セクシー無双で走破する
12/26一部改稿
ヘイトバランスが悪いので、奪衣婆の描写を書き足しました。
二霊山というのは、イヅモの町の北にある山だ。昔から神聖な山として人々の信仰を集め、多くの人が山に登る。親しい人が死んでから49日後に登って、頂上で冥福を祈ると死んだ人が天国に行けるという言い伝えがあるため、多くの人が訪れる場所になっていた。
右京とゲロ子はその二零山の登山口に来ている。入口には登山客目当ての出店が並んでおり、何だかおかしな感じであるが、人が集めるところに商売の種というものは転がっているものである。
頂上まで行けそうもない年寄りには、ロバが引く小さな車で頂上まで連れて行く商売まである。頂上まで20Gほどかかるが、それで登っていく人も多い。自分の足で登らないと意味がないのではと思わんでもないが、どんな手段でも頂上に行けばよいらしい。
右京の格好は他の登山者と大差がない。ただ、足に履いているのがブラックドラゴンのウロコで作ったブーツ。これはシングルハンドというブランドを展開するネイサンという職人に作らせた特注品。ドラゴンのウロコという超レア素材で作ってある。
ネイサンという天才的な靴職人が作ったブーツなのでデザインの素晴らしさも然ることながら、歩きによる疲労も軽減されていた。もちろん、このブーツの能力はそれだけではないのだが、真の力を発揮するのは黄泉の国に着いてからだろう。
そして背中に背負ったリュックサックには7日分の食料と水が詰め込まれている。これは右京が冒険者用に開発させた携帯食であった。乾パンの製造をしている「カクヤ」のジョセフに作らせた缶詰である。缶詰の原理は簡単である。金属製の器に水か油で満たした食品で満たし、封をした後に熱で殺菌するのだ。重量が重くならないのと加工を容易にするために、右京はブリキで作るように依頼していた。
ブリキというのは鋼にスズでメッキしたものである。メッキの技術は金細工師のボスワースが知っていたから、教えてもらいカイルが試作してくれた。リュックにあるのはジョセフが調理した試作品である。右京に食べてもらって美味しかったものを商品化するのだという。また、黄泉の国では飲み水も現地のものを飲むと帰れなくなるので、リュックに持参していた。結構な量なのでかなり重い。20kg以上あるから右京はかなり疲労している。
「それにしても、かなりの霧だな。このまま、この荷物を持って登っていくのは辛いのだが……」
「主様、心配しなくてもいいでゲロ。もう現世から離れつつあるでゲロ」
ゲロ子が言う通り、先程までいっぱいいた登山客の姿が霧で見えなくなる。代わりに絶対に登山客じゃないだろという軽装の顔色の悪い人がちらほらと歩いているのが視界に入ってくる。また、何故かあれだけ重かったリュックが軽く感じられるのだ。
「ゲロ子、周りの人間、ちょっと怖いのだが」
「主様、彼らはみんな死人でゲロ。アリアが言ってたとおりでゲロ」
司書のアリアさんが、二零山は黄泉の国への入口で、条件さえ揃えばそこから行くことができると言っていた。条件とは黄泉の国の物を持っていること。右京の懐には黄泉の国から持ち出された謎の魔道書、『セクシーウィッチ写真集』がある。
これによって、右京は生きながら黄泉の国の入口まで来られたのだ。でなければ、周りを歩いている顔色悪い死人のみなさんのように死なないと来られないのだ。
「ああ……。ついに来てしまった。しかもこんな本を抱えて……」
「仕方ないでゲロ。それより、主様。あそこが第一関門でゲロ」
肩に乗ったゲロ子が前方を指差す。死者たちが列を作って、川を渡るのを待っている。アリアが話していた三途の川である。
「おお! 本当に川がある」
「そして渡し守の鬼婆もいるでゲロ」
三途の川を渡るときに、金を持たずにやって来た亡者の服を剥ぎ取る奪衣婆と呼ばれる鬼婆である。図体は大きく、身長は4mはある巨人である。顔は老婆だが口には2本の牙が見え、醜悪な形相が恐ろしい。
「おら~。貴様らにはもう服なんかいらない。ここで脱ぐのじゃ!」
巨人の鬼婆はそう言って、亡者の服を剥ぎ取る。亡者には逆らう力はない。みんな次々と服を剥がされていく。小さな子供の服まで容赦なく引っ剥がす。さらに奪衣婆は亡者の何人かは船に乗せず、川へ突き落としていく。
「自殺した人間は船には乗せん。そういう決まりだよ。自力で泳いでいくがいいさ」
「お願いです。せめて、子供だけでも船に乗せてください」
泣いて懇願する母親亡者。奪衣婆の足にすがりついている。だが、その姿を笑い、容赦なく蹴倒し、泣いている子供を捕まえる奪衣婆。
「おい、ババア」
「あん?」
奪衣婆は不意に話しかけられて驚いた。亡者が話かけてくるなんてありえないのだ。見ると肩にカエル娘を乗せた若い男である。
「これは珍しい。口ごたえをする亡者がいるのか?」
「みんな乗せてやれよ。それに服を剥ぎ取るのやめろよ。おっさんの裸は見たくないし、女性の裸も一部以外は見たくない」
「主様、正直すぎるでゲロ」
「うるさい。ゲロ子、お前は黙っていろ」
「そもそも、なんで服を脱がすんだ? 亡者でもここの気温じゃ寒いだろうが。子供たちも震えているぞ」
「亡者どものことなど知るかい。服を脱がすのはきまりなんじゃ。何万年も続くきまりだ」
「きまりだと? きまりは常に見直すべきだ。どうせ、始まった時は人間が服を来ていなかったときのきまりじゃないのか? あと聞くが奪い取った服はどうするんだ?」
「そんなものはわしの戦利品じゃ」
「つまり自分のものにしているということ。末端で美味しい汁を吸ってるわけだ。あと、自殺した人間を川に落とすのはなぜだ?
「そんなもん、決まっている。自殺は神への冒涜だ。自殺した者は、船に乗せないのはきまりだからだ」
「またきまりかよ。お前もここの番人のプロだろ。いい加減、自分の頭で考えたらどうだ。別に自殺がいいとは思わないが、好きで自ら命を断つ者はいない。裁きは後で受けるのだから、船に乗るところから差別するのはおかしいだろう。人を大勢殺した挙句、死刑にされた奴が乗れて、自殺した人間が乗れないのはおかしいと言っているのだ」
「うるさい。お前は神様か! 服を剥ぎ取って、川へ叩き込んでやる!」
奪衣婆は右手を差し出して右京をつかもうとするが、まるで煙をつかむようにつかめないのだ。黄泉の国では、生者に触れることはできないのだ。つまり、右京に対してはどんな攻撃も無効なのである。
ただ、これは右京の方も同じである。殴ってもダメージは与えられない。例え、剣や槍などの武器があってもだ。唯一、ダメージを与えられる物。
「セクシー写真集でゲロ」
「ゲロ子、これは殴るもんじゃないだろう」
「中を開けば、魔法が使えるでゲロ。だけど、ここはひっぱたいた方が早いでゲロ」
「じゃあ、そうするか!」
右京は懐から、セクシー写真集を取り出した。それで奪衣婆の足をひっぱたく。一撃で転げまわる奪衣婆
「ギエエエエエッ……。何故じゃ、なぜ、生きた人間がいるのじゃ。そして、なぜ、攻撃できるものを持っている」
「さあね」
さらに足に一撃。足を抱えて倒れる奪衣婆。それでもブンブンと右京をなぎ払おうと龍でを振り回す。仕方ないので、今度は本の角でゴツンとくるぶしにぶつける。
「うおおおおおおっ……」
ズシンと足を抱えて転げまわる奪衣婆。さらの頭めがけてバシッっと強烈な一撃をお見舞いする。それで終わりである。奪衣婆はひれ伏した。
「参りました。この通りだ」
「じゃあ、服を奪うのはやめろ。あと川に落とすのもだ」
「これは黄泉の国のきまりじゃ。服は剥ぎ取り、自殺者は川へ落とすのがきまりじゃ」
「じゃあ、その決まりは今、変更になった。この右京様が今、決めた」
「え、ええ~っ。それじゃ、わしが閻魔様に叱られる」
「じゃあ、ここでお前は消えるか?」
バシバシとセクシー写真集で素振りする右京。ここでは聖剣よりも強いのだ。
「それだけは勘弁を……」
奪衣婆も右京に従うしかない。右京の前に土下座をする。
「それじゃ、俺は川を渡るが、ちゃんと言ったとおりのことしてないと帰りに消すからな」
「はははっ……って、右京様はこの川をお渡りに?」
「ああ」
(ウシシッ。コイツ、知らないようだな。生者はこの船には乗れないことを。この船に乗れないなら黄泉の国には行けない)
稀にこの入口まで生者が迷い込むことはある。だが、そこまでである。この川を渡って生者が黄泉の国へ行くことは不可能だ。過去に英雄と呼ばれて、後に神になった人物が渡ったことはあったが、目の前の青年がそんな伝説の人物になるとは思えない。
だが、右京は川へ足を踏み入れた。信じられない光景である。水の上に立っている。そして、すたすたと歩いて渡って行くのだ。これは右京の履いている『生ける伝説のウロコで作ったブーツ』のおかげだ。
(ば、ばかな! ありえないぞ。わしは夢でも見ているのか?)
奪衣婆は空いた口がふさがらない。だが、すぐに思い直してにやりと笑った。
(川の途中には地獄の大蛇がいる。あんな本なんかで倒せるものか)
「ゲロ子、川の上を歩けるってすごい体験だな」
「ゲロゲロ……。ゲロ子は泳ぐのは疲れるので歩いていけるのは助かるでゲロ」
「まあ、お前は歩いてはいないけどな」
ゲロ子は右京の肩に腰掛けているだけだ。だが、こんな奴でも話し相手になるからまだマシだ。黄泉の国の門まで七日七晩かかるからだ。
だが、川の真ん中辺りに来ると。急に大きな泡が現れ、ザバーッと巨大なものが姿を現した。それは黒い七つの首をもった大蛇である。
「あちゃ~。地獄の番人、ヒュドラでゲロ」
「ああ、アリアさんが言ってたな」
黄泉の国へ行く途中には、それなりの試練があるという。このヒュドラもその一つである。もちろん、生者である右京にはヒュドラでもダメージは与えられない。だが、食われれば強制的に退去させられるという。気をつけないといけない相手である。
「ゲロ子、これは本で叩くというレベルじゃないな」
「いよいよ、そのセクシー写真集を使うでゲロ」
セクシーウィッチ写真集と銘打ってあるが、右京の持っているのは一応、魔道書である。七つの大罪と名付けられた七つの魔法が使えるのだ。右京はパチンと写真集の鍵を外す。
「最初のページの魔法は……テーマは『傲慢』」
バインバインの胸を寄せて上目遣いする鬼のお姉さんの写真が目に飛び込んでくる。
『この傲慢な胸にみんな釘付け!』
『絶対零度で凍りついてしまうぞ!』
『フ・リー・ジ・ン・グ だぞ』
パーっと光が指すと同時に空から氷の結晶が降ってきた。いや、降ってきたのではない。空気が凍りついたのだ。ヒュドラの七つの首が右京めがけて襲いかかったが、その牙は右京までは届かない。氷の結晶に取り込まれてズブズブと川へ沈んでいくヒュドラ。
ヒューと風が川面を流れていく。ひどく冷めた口調で右京はつぶやいた。
「俺、つえええええっ……ってこういうのを言うのだな」
「あの巨大なヒュドラが三秒かからず倒せたでゲロ」
右京とゲロ子はスタスタと何事もなく川を渡る。渡り終わると今度は三つ首の巨大な犬が襲いかかってきた。地獄の番犬ケルベロスである。体長は5m。巨大なモンスターである。
「グオオオッ……」
凄まじい咆哮が周りの空気を引き裂くようだ。だが、右京はここでもセクシー写真集を開く。今度のテーマは『色欲』
鬼のお姉さんが目をつむってキスするポーズである。
エロっちい唇が怪しく光っている。断言しよう。この写真集を買った男は間違いなく唇重ねるに違いない。
『みんな虜になるよ』
『黙って目をと・じ・て』
『オール・サーバント』
「クーン。クーン」
ケルベロスが寝転がって甘えている。この魔法はかけた相手を下僕にするのだ。試しにお手をさせると右手を差し出す。「伏せ」と命ずると伏せをする。
「ボスキャラ級の敵も一瞬とはな」
「主様、この調子で黄泉の国を走破するでゲロ」
「とりあえず、この犬は番犬がわりに連れて行こう。名前はどうする?」
「色が黒いからクロでいいでゲロ」
「クロか……適当だな。クロ行くぞ!」
「わんわん」
右京とゲロ子はケルベロスを番犬代わりにして進んでいく。




