生ける伝説のウロコで作ったブーツ
クロアを元に戻すためには黄泉の国へ行かなくてはならない。そして、そこへ行くためには、7日分の食料はともかく、「生ける伝説のウロコで作ったブーツ」を手に入れなくてはならないのだ。それが何なのかは全く手がかりがないと言っていい。右京が店に戻る途中、肩に乗っているゲロ子が話しかけてきた。
「主様、クロアは別に死んだわけでないでゲロ。小さくなっただけでゲロ。ほっといてもいいのではないでゲロか?」
「そういうわけにはいかんだろ」
「そうでゲロか?」
「元々、俺が鑑定を依頼した本で子供になったんだ。俺にも責任がある」
クロアも鑑定で警告を無視したミスはあったかもしれないが、依頼者は右京だし、クロアにはこの世界に来てから何度も救われている。それに自分のことを『ダーリン』と呼んで親しく接してくれる女の子である。それが強大な力を誇るバンパイアで、たまに血をしこたま吸われてしまうことはあっても、男たるもの何とかせねばと思うのは当然である。
「まあ、このままだと主様は当局に逮捕されるでゲロ。4、5歳の子にダーリンと呼ばせている主様は犯罪者でゲロ」
「知らねえよ! そこだけ以前の記憶が残ってるだけだし。それにゲロ子、てめえ、ただ単にめんどくさいだけだろ!」
ゲロ子はいかにも気だるそうにあくびをした。そして小さく呟いた。
「ばれたでゲロ」
「お前なあ……」
店に戻るとクロアが店の中を元気に走り回っている。手には誰かにプレゼントしてもらったのだろう。大きなうさぎのぬいぐるみを抱きかかえている。愛くるしいクロアの姿に買取り依頼に来た冒険者も目を細める。
「ああ! だ~りん、帰ってきた! お帰りなさい」
右京を見つけると、てとてと走ってくる。その姿が可愛すぎて右京は結婚したら、絶対娘が欲しいと思った。
「クロア、いい子にしてたか?」
「うん。クロアはいい子にしてたよ、だ~りん」
「……」
周りの目が冷たい。こんな小さい子に『ダーリン』と呼ばれるのは、色々と誤解される。
「クロア、俺のことはお兄ちゃんと呼びなさい」
「え? お兄ちゃん?」
「主様、それもどうかと思うでゲロ」
「うるさい。おじさんはショックだし、パパというのもおかしいだろ」
ゲロ子と右京のやり取りをキョトンとして聞いていたクロアは、大きく顔を横に振った。
「ダメ、右京はクロアのだ~りんなの! 一緒にお風呂に入るし、一緒に寝るの!」
大きな声で話すから、右京の周辺から冷たい視線が矢となって右京に突き刺さる。慌ててクロアの口をふさぐ。記憶がなくなり、精神まで子供に戻ったのに右京のことだけはどこかに記憶が残っているのであろう。
「とりあえず、ホーリーのところで預かってもらおう」
教会の子供たちと一緒にいれば、遊び相手にも困らないし、目立たたないから暗殺者の目からも逃れられる。一応、キル子にお願いしてそれとなく警護してもらう。キル子はブツブツ文句を言いながらも、右京の頼みは断れない。それにキル子は小さなクロアに気に入られようと接するが、全く自分に懐かないことに悩む日々を過ごすことになる。
1週間が経過した。その間、右京は『生ける伝説のウロコで作られたブーツ』についての情報を集めた。しかし、それに関して有力な情報を集めることは叶わなかった。そもそも、『生ける伝説』とは何か分からない。ウロコというのだから、生物だろうから『けだもの屋』のフランや靴屋のネイサンにも聞いてみたが分からないという。手がかりがなければ、黄泉の国へは行けないのだ。
「困った……。生ける伝説って一体なんだよ!」
右京はもうお手上げだと言わんばかりに叫んだ。ゲロ子が経営する『ゲロゲロアイス』のオープンテラスのテーブル席である。テーブルには熱いショコラがカップに入って湯気を立てている。
冷たいアイスと熱いショコラの組み合わせも人気で、お客たちはまずアイスを食べて、その後、熱いショコラを飲んで会話をするという人が結構いる。悔しいがゲロ子のアイス屋はなかなかの繁盛ぶりだ。
「あ、カエルのお菓子~っ」
赤い髪を2つのお団子にした小さな女の子がゲロ子を見つけて近づいてきた。久しぶりに見る幼児だ。名前はアディラード。レッドドラゴンの娘でお菓子大好きな女の子だ。お菓子を食べに住んでいる郊外の山から、この町にお菓子を買いに来るのだ。
右京はアディラードの方を見ると、その後ろのテーブルに母親のミルドレッドと父親のケイオスブレーカーが座っているのが見えた。ミルドレッドはお腹が大きくなっている。もうすぐ出産するのであろう。
右京を見て母親のミルドレッドは軽く会釈をした。父親のケイオスブレイカーは憮然とした表情だ。それもそのはず。以前、右京とゲロ子は彼の浮気現場を押さえて弱みを握り、彼のひげ、すなわちドラゴンのひげを切り取ったことがあったのだ。当然、右京たちにはいい印象をもっていない。
「アディラードちゃんは、アイスを食べに来たの?」
「うん。アディは美味しいアイスを食べに来た」
「今日はパパとママと一緒なんだ」
「うん。もうすぐ、ママが赤ちゃんを産むんだよ。だから、遠くのお山でボスキャラやっているパパも帰ってきたの」
ドラゴンの家族も大変である。父親のケイオスブレーカーは、いつもは単身赴任なのである。今日は夫婦水いらずなのであろう。右京はアディの履いてる靴を見た。ドラゴンのウロコで作られた赤いブーツだ。いつも履いているアディのトレードマークみたいなものだ。
「ゲロ子、ブーツだ」
「そうでゲロ。レッドドラゴンのウロコのブーツでゲロ」
「だから、ウロコのブーツだぞ」
「ゲロゲロ?」
「生ける伝説見つけたぞ!」
右京は遠くにいるケイオスブレーカーを見た。彼は今は全身黒で統一したイケメンパパ風の姿だが、正体はブラックドラゴンなのである。冒険者の中でも噂に高い、戦ってみたい敵モンスターランキングの堂々1位の伝説のモンスターなのだ。ブラックドラゴンは生ける伝説と言ってもいいくらいの最強最大で超レアなモンスターなのだ。
「あいつのウロコをもらってブーツを作ればいいんじゃないか?」
「さすが主様、頭がいいでゲロ。だけど、素直にくれるでゲロか?」
「事情を話して分けてもらおう。なに、話せばわかってもらえるさ」
右京は席を立ってケイオスブレーカーの元に向かう。話があるからと彼だけ呼び出して、人気がない店の裏手に連れて行く。ミルドレッドやアディラードの手前、渋々ついてきたケイオスブレーカーだが、ここからの交渉は難航した。彼は人間でないのだ。しかも、前回、右京とゲロ子に脅されてヒゲを失うという屈辱を味わっているからなおさらだ。
「吾輩のウロコをよこせとな? 人間よ、正気でそのようなことを言っておるのか?」
「ケイオスブレーカー、頼む。仲間が困っているんだ」
「ウロコなんてたくさんあるでゲロ。一枚くらいでケチ言うなでゲロ」
「ふん。人間よ。そもそも、貴様らと吾輩とでは格が違う。それが神にも等しい生物である吾輩に頼む態度なのか?」
「お願いします。ケイオスブレーカー様」
右京は頭を下げる。クロアを助けるためなら、頭を上げるくらい安い。だが、ケイオスブレーカーはそれでは気が収まらない。つい調子に乗る。
「頭を下げる程度で、この偉大な吾輩の心が動くと思うのか?」
「では、どうすれば?」
「人間の中では、人にものを頼むときには、頭を地面に擦り付けてお願いするという。なんといったか……。そうそう、土下座だ。土下座してものを頼むと聞くぞ」
「分かりました」
右京は土下座をする。頭を地面にこすりつける。クロアのためなら、これを屈辱とは思わない。何としてでも、彼のウロコを手に入れないといけないという必死の思いだ。
「そこのカエルはどうなのだ? 態度がでかいようだが」
「ゲロ子、お前もだ」
右京はゲロ子の頭を無理やり、押さえて一緒に土下座をする。
「お願いします。ケイオスブレイカー様」
「ふん。人間よ、情けないものだ」
ケイオスブレーカーはますます調子に乗って、靴で右京の頭を踏みつける。完全に勝者になった気分だ。
「では、ウロコをいただけますか?」
「ハハハッ……。馬鹿め、人間よ。この偉大なるブラックドラゴン、荒ぶる神、生ける伝説と称される我が人の願いなど聞き入れる訳がなかろうが!」
「何だと~」
右京は頭をグググっと持ち上げる。そして、ケイオスブレイカーの足を払うと立ち上がって、彼の胸ぐらをつかんだ。
「おい、おっさん、調子に乗るのはそこまでにしておけよ」
「な、なんだと! 人間の分際で吾輩にそのような無礼な言葉遣い、今ここで強大なドラゴンブレスでもって貴様を焼き尽くしてやろうか!」
「ゲロ子」
「アイアイサーでゲロ」
右京はゲロ子から何枚かの紙切れを受け取る。実は先ほど、右京とケイオスブレイカーが話している隙にゲロ子がこっそり、ケイオスブレーカーの財布から抜き取ったのだ。
「何だ、それは。浮気写真ならもうないぞ。あのホワイトドラゴンの部下とは別れたからな。今は愛する妻、ミルドレッド一筋だ!」
「あ、そう」
右京は紙切れの一つをケイオスブレーカーの目の前につきだした。それは名刺である。
『ご指名ありがとうございました。今日は楽しかったです。また、指名してくださいね』
エキドナより
『今日はよかったです。もう、私、へとへとですよ。愛しいケイちゃんへ。また来てね』
ナーガラージャより
『今日も楽しかったです。3日連続ってすごーい。もしかしたら、明日も来てくれるのかな? わたしはとっても楽しみです』
メリュジーヌより
「どああああああっ……。なぜ、お前がそれを~」
「愛する妻がいるのに怪しい店に行くのはどうかと思うでゲロ」
「おっさん、浮気もダメだが、怪しい店へ行くのもダメだろ」
「し、知らんぞ。吾輩は知らん」
「じゃあ、ミルドレッドさんに見せようっと」
「ゲロゲロ……。アディ、こっちへ来るでゲロ~」
「ま、待て。分かった、よく分かった。申し出を受けようじゃないか」
ゲロ子がアイスクリームを待っているアディに呼びかけようとしたので、慌てて、ケイオスブレーカーはそれを制した。以前に浮気がバレて妻のミルドレッドに怒られたのがこたえているのであろう。
「受けようじゃないかって、偉そうでゲロ。頼む時は誠意というものがあるでゲロ」
「ぐっ……わ、わかった……分かったが、この神にも等しい力をもつ吾輩が……」
「あ~、ミルドレッドさ~」
「分かりました。右京様、ゲロ子様」
ケイオスブレーカーは地面に頭をこすりつける。強大なドラゴンが人間とカエル妖精に土下座をして懇願している。
「どうか、私のウロコを使ってくださいまし……」
「最初からそう言えばいいでゲロ」
ゲロ子の奴、下げている頭をペタペタと叩く。ちょっと調子に乗りすぎである。
「ウロコはもらうけど、本当に助かった。それで忠告だけどケイオスブレイカー、俺は思うのだが、女遊びはほどほどにしておかないと、アディラードちゃんに冷たい目で見られるよ」
「ははっ……肝に銘じます~っ」
ケイオスブレイーカーは、ちょとだけ変身を解き、自分の尻尾のウロコをはがすと右京に差し出した。これによって、今回は妻に通報されず、何とか鬼嫁にシバかれることだけは免れた。結果的に今日行くはずだったメリュジーヌの店には行けなくなり、連続記録は3日で止まった。
(本当に懲りない男である)
「それにしても、メリュジーヌって誰だ?」
「湖水の底に住むウォータードラゴンでゲロ」
ブラックドラゴンのウロコを靴職人ネイサンのところへ持っていけば、その神業で右京にぴったりのブーツを作ってくれるだろう。
これが「生ける伝説のウロコで作ったブーツ」となるはずだ。




