黄泉の国へ行く方法
「クロア、この本の鍵を開けた時のこと、思い出して話してくれ」
目覚めたクロアにそう右京は尋ねた。だが、クロアはキョトンとして、首をかしげる。眠る前よりも幼くなったように感じる。
「だ~りん。クロアはしらない。おぼえてない」
「ちょっとしたことでもいいんだ。何か知らないか?」
「知らない」
「参ったなあ……。クロアが幼児になったって聞いたから、来てはみたけど冗談じゃなく、本当に子供になっているじゃないか」
キル子も心配して店に来ていた。ソファに座ったホーリーの膝の上にいる小さくなったクロアを見て驚いている。だが、キル子も意外と子供好きなのか、クロアを抱っこしたいようで、なれない手付きで抱き上げようとした。だが、その試みは瞬時に失敗する。
「わ~ん。こわいよ。おっぱいおばけだ~」
「お、おっぱいって、おい、クロア、お前、本当は記憶があるんじゃ?」
「こわい、だ~りん、こわいよ、おねえちゃん」
そうクロアはホーリーに抱きつく。この姿を見ると完全にクロアの意識は幼児に戻っているのだろうと思われた。これでは彼女が本を開けたときの様子は聞き出せない。
「右京様、クロアちゃんは何も覚えていないと思います。こんなに怯えているし」
ホーリーは怯えて泣きじゃくるクロアを優しく抱きしめる。さすがは愛の女神イルラーシャを信仰する神官である。子供を抱いている姿は正しく女神。母性愛に満ち溢れている。
「畜生。一体どうしてこんなことになるんだ。いっそ、あの本の鍵を開けてしまうか?」
右京はイライラして、そんなことを口走った。魔法のロックはかかっていないのだ。簡単なウォード式の錠前なら、シーフだったネイの腕をもってすれば、針金をちょいちょいと動かせば開くはずだ。だが、それはヒルダが止める。クロアが子供になったことが、この本のせいなら、右京も子供になってしまう。
「ご主人様。それはやめた方がいいと思います。クロアさんと同じことになったら、大変ですよ。……いやいや待ってください。よく考えるとそれはそれでいいかも。5歳に戻ったご主人様をこのわたくしが育てる。これはグットアイデア。わたくしが日々寄り添って育てて、理想のお婿さんにするなんて、ああ……これは名づけて逆光源氏計画……」
ヒルダが目をうるうるさせて語りだす。右京はゲロ子に目配せをする。無言で頷くゲロ子。さっとゴミ袋を出すとヒルダにかぶせる。口を縛ってゴミ箱へ叩き込む。これで静かになった。
「やはり、クロアから聞き出すのは無理だ。体だけでなく、記憶も精神も5歳に戻ってしまっている。だからといって、ヒルダが言ったとおり、素人がこの黄泉の書を調べるのも危険だ。ホーリーの言っていた司書に相談するしかない」
右京はそう言うと黄泉の書を手に取って立ち上がった。ホーリーの知っている司書はこのイヅモにある王立図書館に勤めている。今まで右京は知らなかったが、イヅモの町にはこの国で三大図書館の一つがあるのだ。地下5階まで広がる蔵書スペースには、実に1億冊とまで言われる本が保管されているのだ。
「キル子、ヒルダ、ホーリー。クロアを頼む。この状態で暗殺者に襲われたら、クロアが死んでしまう。守ってやってくれ」
3人とも頷く。女戦士に女神官、特級精霊のバルキリー。ここにはいないが、弓の名手のハーフエルフもいる。彼女たちなら、子供になったクロアを守ることができるであろう。
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右京はゲロ子とともに町の中心部にある王立図書館へ向かった。まるで玉ねぎのような形をした建物が3つあり、中央の一つがセンター機能のある建物。あと2つが蔵書と研究スペースであった。ここでは古書の修復と解読が行われているのだ。
「私が王立図書館司書のアリアです。ホーリーからの紹介状を読みましたわ」
右京とゲロ子は中央の建物へ向かい、ホーリーの紹介してくれた司書に会った。ホーリーの話によるとその司書は、図書館にある蔵書を全て記憶しているというとんでもない人物だそうだ。どんな博識のじいさんが出てくるのかと思ったら、その期待は見事に打ち砕かれた。
王立図書館のカウンターに現れたのは、若い女性であったからだ。その女性の年齢は右京よりちょっと年上な感じ。長いエメラルド色の髪をアップにして、タイトなレディーススーツ姿。ジャケットとスカートが知的な女性を演出していた。首から下げたネームプレートは豊かな2つの双丘の上で名前が天井を向いている。そしてお約束のようにメガネ。大きな赤縁メガネがトレードマークだ。
「あの……その……」
思えば、自分の周りにいる女の子はみんな年下。ちょっと年上でとなると初めてではないか。何か新鮮な感じがする。
「ふふふ……驚いているようね。大丈夫ですよ。私を訪ねてくる人はみんな同じ反応をしますから」
そう言うとアリアは顔にかけて大きな赤い縁のメガネを外して、ハンカチでキュキュっとふく。そして、それをジャキン……とかけ直すと目ざとく右京の持っている本を見た。
「その本が問題の本ね」
右京は鍵付きの本を渡す。アリアはそれを360度、くるくる回して見る。そして、目を閉じて自分の記憶から検索していく。
「黄泉の書に関する記述が見られる本は、この図書館に3543冊あります。都の王立図書館にも4892冊あります。そこから総合して考えるとこの本はこの世界のものではないと言えます」
「確かにそうだけど……」
魔夜がこの世界の住人でなく、彼女が売りに来た品物だ。間違いなく、この世界のものではない。それにしても、アリアの検索はすごい。彼女の頭の中には読んだ本が全てインプットされているのだ。しかも、相当な速読能力をもち、1000ページの本でも1分あればすべて読めるらしい。読書に関してはチート能力をもっているのだ。
「これは黄泉の書と書いてあるけど、これは表紙が別物だわ」
そう言うとアリアは透明のケースを取り出し、本を中に入れる。そして、両手を側面の穴から入れて本の鍵に触る。
「これはなんですか?」
「古書には中身を見られないように呪いや魔法がトラップとして仕掛けられているケースもあります。これはそういうトラップから、人間を守ってくれるものよ」
そう言うと本の鍵を外す。アリアが使用したのは、簡単な鍵穴ならすぐに形状を変える魔法の鍵。大抵の鍵はこれで開く。
「やはりね」
アリアがそういったのは鍵を外して表紙をめくってから。表紙のカバーが外れると本の題名が現れる。カバーには「OYSONIMOY」と書いてあるが、本体は「7つの大罪 セクシーウィッチ写真集」とある。7つの大罪とは、『傲慢』、『憤怒』、『嫉妬』、『怠惰』、『強欲』、『暴食』、『色欲』を指すが、これだけなら黄泉の国から来た本ということで意味ありげだが、そのあとの『セクシーウィッチ写真集』というのがいただけない。
「何だか、色々と残念な本だな」
「1ページ目にこんなことが書いてあります。古代文字ですが、これは解読された文字なので私は読めます」
「なんて書いてあるんだ?」
「『未成年は見るな』とあります」
「ますます残念だ」
「『見るとお仕置きするぞ』とも書いてあります」
「子供は見てはいけない類の本か? 写真集ならそこまで刺激的じゃないだろう」
「黄泉の国は規制が厳しいということでゲロ」
「それはわかりません。それに写真集とありますがこれは魔道書でもあります。魔術指南とも小さく書いてありますし、スペクターや黄泉の国の住人を叩いて追い払えるという力を秘めていますからただの写真集ではないでしょう」
スペクターも黒づくめの男たちもセクシー写真集で昇天したということなのか。黄泉の国の住人、あっち方面の耐性がかなり低いとみた。
「で、クロアはこの本のトラップで子供になってしまったということか?」
「さあ、私には分かりません。でも、黄泉の国は私たちの寿命を管理するところでもあると言われているから、年齢を操作することができるのだと思われます。それにしても、私は何だかこれ以上開きたくなくなってきました。ものすごくくだらない感じがするのです」
「それを持ってきたのは、どうやら別世界から来た魔夜って女の子なんだ」
「魔夜? それはますます興味深い名前ですね」
アリアはまた検索する。目を閉じて記憶を蘇らせるのだ。そして、それに要する時間は1分とかからない。
「魔夜に関する記述は、この図書館に4799冊あります。その中から、有用な情報を統合すると、魔夜という名は黄泉の国で審判を司る者の名前と言われています。黄泉の入口まで行ったのに奇跡的に生き返った300年前の人物カノンによれば、黄泉の国で最初に死人を裁くのが彼女であると言われています」
「そうでゲロか? 」
「俺が見た限りは、13、4歳くらいの女の子だった。そんな怖い仕事をしている感じではなかったが」
「魔夜は黄泉の国の王『YAMA』すなわち、閻魔大王の娘だと言われています。黄泉の国の住人は寿命が1万年とも言われていますから、13、4歳でも実際は、とんでもなく長く生きていると思います。魔夜が持ってきた本なら、これは黄泉の国の物で間違いないですね。『黄泉の書』というのは、黄泉の国にある魔道辞典を指しますが、これは黄泉の国にある謎の子供は見てはいけない魔道書ということになります」
「なんじゃそれ!」
一体どんな中身なのか、ちょっと見てみたいと思った右京であったが、アリアの前で見るわけにもいかず、それに子供にされたクロアを元に戻す方法を知るのが先だ。右京は元に戻す方法はないかとアリアに聞く。
「この本の真の持ち主に聞くのが一番でしょうね。その魔夜って子を追うしかないでしょう」
「彼女は黒づくめの男達に連れ去られた。黄泉の国から来たというなら、そこへ連れ戻されたんじゃないのか?」
「なら、黄泉の国へ行けばいいわ」
事も無げにアリアは言う。黄泉の国は死者の国だ。行くためには死人になる必要がある。右京に死ねということか? だが、アリアは右京の訝しげな表情を見て微笑んだ。
「もちろん、死んで行くのでは意味がないですよ。死人はあの世界では無力ですから。意識を持っていくには、生きながら行くしかありません」
「生きながら行く?」
アリアの言っている意味が分からない。だが、アリアはまたもや自分の頭の中から、情報を取り出す。生きながら黄泉の国へ行くには、いろいろと条件がいる。黄泉の国のことを記した『黄泉へ行くための方法』によると、黄泉の国への入口となる場所で黄泉の国の物を持っていくとある。
「このイヅモから一番近い入口とされる場所は、北にある二零山。魂が宿る山とも言われているわ。この黄泉の国製のセクシー写真集を抱いていけば、黄泉の国へご招待となります。但し、行けるのは抱きしめているあなた一人。もしかしたら、使い魔のカエル妖精さんも行けるかもしれませんが」
「何だか主様が哀れでゲロ」
「俺も想像してみた。セクシー写真集抱きしめてあの世へ行くという構図がなんだかなあ……」
でも、それだけではダメだ。アリアが言うにはこの世との境にある川を渡らなければいけない。生きたまま渡るには『生ける伝説のウロコで作られたブーツ』が必要と言うのだ。これは黄泉の書の写しに記載されている。
「さらにあちらの世界の食べ物は絶対口にしてはいけません。これは神話にもあります。口にすればもうこちらに帰って来られません。ちなみに川を渡って黄泉の裁きを受ける場所まで7晩かかると言われています。
「7日間も飲まず食わずじゃ死ぬでゲロ」
「確かに死んでしまう。それにあちらには鬼やらなんやらがいて襲ってくるのだろう?」
「それは大丈夫ですよ。黄泉の国の住人は生きた人間には手が出せないです。こっち世界に来るとその力は100分の1になると言われていますし、いざとなったら、そのセクシー写真集を使ってやっつければよいのです」
「主様、セクシー写真集で無双でゲロ」
「なんだかなあ……」
アリアのおかげで本の素性と黄泉の国のことは分かった。信じられないこともあるが、クロアを元に戻すなら、やはり連れ去られた魔夜に会いに黄泉の国へ行くしかないだろう。
そのためには『生ける伝説のウロコで作られたブーツ』という意味不明のアイテムと7日間の食料を調達することが必要なのだ。
「それとセクシー写真集でゲロ」
「う~ん。クロアのためとはいえ、残念だ」




