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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第12話 黄泉の書(ブック・オブ・ザ・リバティ)
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携帯食の専門店『カクヤ』

 翌日。出勤時間になるとヤンが右京に報告に来た。ヤンが密かに雇おうとしていた冒険者ギルドのコンシェルジェデスクを任せる従業員がダメになったという報告だ。これは残念な知らせであった。


 現在、伊勢崎ウェポンディーラーズにあるホテル『月海亭』は冒険者に人気の宿泊施設となっている。そこのロビーに冒険者ギルドの出張所を作り、仕事の斡旋や冒険者のサポートを行うコンシェルジェ機能をもたせようと考えたのだ。これにより、宿泊客は冒険者ギルドへ行く必要がなくなる。

 

 コンシェルジェデスクの担当者は、それなりの能力が必要だ。一番の能力は情報を的確に伝え、その客のニーズにすばやく答える力。判断力と推察力が試される。ある程度の経験者でないと務まらないのだ。


「ギルドの窓口経験者を引き抜く予定だったのですが、急に結婚が決まってしまい、イヅモの町からいなくなってしまうことになりました。期待していただけに残念です」


「まあ、そういうこともあるだろう。引き続き、人は探してくれ。俺の方も探しておくよ。それより、カイルの工房、何だか賑やかだな」


 右京は買取り店と連結している裏手の工房エリアから、女性の声が聞こえてくるのを聞いてそう聞いてみた。女性は声で一人はカイルの奥さんのエルスさんであることは分かったが、もう一人の女性の声は聞いたことがない。


「最近、越四郎さんのところに女性が訪ねてきているんですよ」


 そうヤンが曰くありげに片目を閉じた。あの越四郎に彼女(?)ができたと思った右京は、その彼女の顔を見るために工房を足を運んだ。


 カイルの工房は朝が早い。カイルは朝の5時にはここへ来て、弟子のピルトと共に炉に火を入れる。6時には越四郎が、7時過ぎには他の職人もやって来る。ここでカイルの妻であるエルスさんが、朝食を運んできてみんなで一緒に食べるのが日課となっているのだ。


 そんな朝食の輪の中に見慣れない女性が混じっている。その女性は小柄で髪の毛は茶色の猫っ毛。猫の目のように大きな瞳が特徴の可愛らしい人だ。年齢は20代後半から30代前半というところであまり若くはない。トランジスタボディがエプロン姿からでも分かる人妻っぽい雰囲気の女性だ。


「右京さん、お早うございます。」

「ああ、おはよう。エルスさん、カイル、越四郎さん」


 右京を見て、工房にいた職人たちが朝の挨拶をする。朝食中だったようで、温かい飲み物とエルスさんが作ったサンドウィッチ、そしてビスケットのようなものを食べている。


「ゲロ子ちゃんは、まだ寝ているんですか?」


「あいつの起きるのは、店の開店ギリギリだよ。全く、たるんでいる奴だ」


 エルスさんが、右京に温かい紅茶を進める。右京は越四郎にビスケットを勧めている女性を見た。随分と親しい感じだが、越四郎の方がぎこちない感じだ。彼は最近、20年も想い続けていた女性から結果的に振られて、しばらくは放心状態であったが刀鍛冶の仕事に没頭してその傷も癒えてきたようだ。だが、女性と親しく話したことは葵公主ぐらいしか経験のないウブなおっさんである。年下であろう猫目の女性に迫られてどうしていいか分からない感じだ。


「紹介します。サリナさん、こちらは伊勢崎右京さん。このショッピングモールを経営されている方です。伊勢崎ウェポンディーラーズのオーナーでもあります」


 そうエルスさんがサリナという女性に紹介してくれた。サリナはペコリと頭を下げる。


「サリナといいます。町で携帯食の製造をしています」


 そう自分を紹介した。サリナはイヅモの町で冒険者用の携帯食『乾パン』を作っている『カクヤ』という店で働いている。乾パンを作っているのは兄でサリナはそこで手伝いをしているという。


 乾パンというのは、固く焼き上げられたパンで原料は小麦粉、米粉、ごま、砂糖、食塩にイモなどを混ぜ合わせて作る。冒険者がダンジョンで調理できない時に食べる食料として道具屋で買うことが多い。右京は食べたことはないが、冒険者の中では主食としてはポピュラーものである。


 乾パンは長期保存が出来ることと、すぐに食べられること、かさばらず重くないことが重要である。ただ、あまり美味しいとたくさん食べてしまうので、味はそこそこであった。積極的に食べたいと思う代物ではない。


「お一つどうですか?」


 そうサリナが右京に勧めてきた。見るとカイルも越四郎もピルトもうまそうに食べている。どうやら、普通の乾パンではなさそうだ。


「では……」


 右京は一つ摘んで、一口食べてみた。


(あれ?)


 固いイメージが覆される。ふわふわというわけでもないが、十分に柔らかいのだ。さらに、味も軽い甘さで噛むと口いっぱいに広がる。さらにサリナが小さな瓶の蓋をあけた。


「これを付けて食べてみてください」


 瓶の中はハチミツが入っている。それを塗るとさらに美味しくなる、瓶はさらにあって、一つはチョコレートを水飴で練ったもの。もう一つはオレンジのジャムが入っている。


「どれも長期保存が可能です。うちではこれを新商品として売り出そうとしているのですが」


 そこまで言うとサリナの顔が曇った。あまり思わしくないのだろう。右京としては、これが売れないわけがないと思った。


「これどこで売ろうとしているんですか?」


「町で一番の道具屋『ダイフクヤ』です。うちが長年取引しているところですので。ただ、今はちょっと取引が止まっていて……」


「ふ~ん。携帯食か……。今まで考えたことはなかったけど、冒険者には必須アイテムだよな」


 必須アイテムなら専門店があっても良いはずだ。それに携帯食といえば……。日本からやって来た右京にとっては、この辺のアイデアは豊富なのだ。


「サリナさん、お兄さんに会いたいのですが、会わせていただけますか?」


「は、はい。いいですけど……」


 サリナとしてはなぜ右京が兄に会いたいのか分からないが、商売上で兄が困っていることもあって、何かのきっかけになればと思った。ちなみにサリナはここ最近、カイルの工房に朝食代わりに店で作った乾パンを持ってきていた。新作の試食ということらしいが、越四郎とその他の職人たちとの接する様子を見ていると、明らかに越四郎に手厚い。どうやら、惚れているような感じを受ける。


「何やら、サリナさんが男に襲われているところを越四郎さんが助けたらしく、そのお礼にと言って最近、よくいらしているのです」


 そうエルスさんが右京に教えてくれた。サリナの年齢は28歳で34歳の越四郎とは歳の頃も合っていて、うまくいくといいなと思った。


 サリナの家はイヅモの町の南西のはずれにあった、毎日、こんな遠くから工房にやってきたのかと感心してしまう。歩くと2時間は軽くかかる。乗合馬車で30分程だ。


 今回は辻馬車を拾って直接向かったので20分ほどで着いた。町外れにポツンとある小さな工場だ。小さな小屋から煙が上がっている。乾パンを焼いているのだろう。


「兄さん、お客さんよ」


 そうサリナが兄を紹介してくれる。兄の名はジョセフ。年齢は32歳で3年前に亡くなった父親から受け継いで乾パン作りをしていた。妻と子供3人の父親でもある。


「これは遠いところをようこそ」


 作業の途中で手を休めてそうジョセフは右京を出迎えた。『カクヤ』は製造業のみを請負い、父の代からイヅモで一番の道具屋チェーン店『ダイフクヤ』に乾パンを納入していた。


 ところが、最近になってその『ダイフクヤ』から取引を断られてしまったという。今は小規模の店に細々と売っているという。昔からの付き合いの『ダイフクヤ』が取引を断った理由というのが、ひどい話でサリナを後妻によこせというダイフクヤの主人が要求してきて、それを断ったことが原因らしい。


 ダイフクヤの主人は『エジル』と言って50を超える男であるが、最近、妻と別れてしまったそうだ。今まで後継者になる子供ができず、次々と妻を乗り換えているというのだ。


「それで妹のサリナに目を付けて嫁に欲しいと言ってきたのです。今まで子供ができなかったのは、明らかにエジルのせいと思われるのに離婚された女性はかわいそうな話ですよ。そんな男に妹はやれません。それに奴はわがままな男で気に入らないことがあると妻を殴るという話です。未だに母親の言うことには逆らえないマザコンという話ですし」


「それはひどいな」


 右京は話を聞いて腹が立ってきた。妹を嫁にくれないからといって、商売で圧力をかけるやり方はいくらなんでもひどい。


「ゲロゲロ。男はこんな奴ばかりでゲロな」


 いつも間にかゲロ子が右京の左肩に乗っている。起きてすぐ右京の元へ飛んできたのであろう。時間は9時を過ぎている。


「妹は父の看病を長年していまして、ちょっと嫁に行くのが遅くなってしまいました。乾パン職人としても優秀なのでついここまで使ってしまいましたが、そろそろ、よいところへ嫁に出したいと思っているのです」


「なるほど……」


 事情は分かった。右京は視線を外して小さな作業場の中を見る。瓶に詰めてある食品の試作品がいくつか置いてある。右京は乾パンにも興味があったが、瓶詰めのスプレッドを見てあることを思いついたのだ。


「ああ、これは携帯食でもっと種類が増やせないかと思って作ったものですよ。調理した料理を詰めて密封してお湯で煮るのです。すると結構長持ちすることが分かりまして」


 瓶詰めである。この世界ではない食べ物であるが、右京はもちろん知っている。瓶詰めはナポレオンが軍の遠征における食料のアイデアを懸賞にかけてフランスのアペールという人物が発明したものである。それをこの世界ではジョセフが発明したことになる。


「いいですね。今日、俺が来たのは、まさにこのことでして……」



 右京が話を続けようとしたら、表に馬車が止まる音がした。そして、ドアを激しく叩く。ジョセフの奥さんがドアを開けると、乱暴に4人の人物が部屋に入ってきた。一人は初老の女性。宝石を指に散りばめ、かなりリッチそうなババアだ。


 そのババアの後ろに図体のでかい、いかないも薄のろそうなおじさんがいる。こちらも身なりはかなりいい。あとの二人は従者という感じだ。何故か従者の二人は顔にアザを作っている。


「エヴァ様、エジル様、ようこそ、いらっしゃいました」


 そうジョセフがかしこまって出迎える。無礼な客人たちだが下手にでないといけないのだろう。


「相変わらず、小さな工場だこと。元気にやっていましたか、ジョセフ」


 そう老婦人がしゃべる。甲高い声で聞いているだけで不愉快になる。


「は、はい……」


「あなたのところとは、あなたの父親の代から長く取引をしています。そろそろ、困っているかと思ってやってきたのです。取引を再開してもいいのですよ」


「そ、それはありがたいです……し、しかし……」


「もちろん、タダではありませんよ。そちらが条件を飲むこと。妹をうちの可愛い、息子エジルに嫁がせることです」


 そうババアが要求した。50歳を超える息子を可愛いとかマジかと思う。究極のマザコンである。エジルの方は図体ばかりでかくて、いかにも薄のろという風体だ。ダイフクヤは大きな店らしいが、店の経営を仕切っているのはおそらくこのババアだろう。


「それは、もうお断りしたはずです」


 ジョセフははっきりと断った。断ることで取引はできないと分かっていても、この母子に妹はやれない。


「それじゃ、取引は再開できません。それどころか、今、細々と卸している他の店にも圧力をかけますよ。それで、あなたのところは潰れる。それじゃあ、あの世でお父さんが泣きますよ。妹さんだって、その年じゃ、うちよりよいところへは嫁げないでしょう。これは親切心で言っているのですよ」


 いきなり来て、超上から目線で話すババアである。こういうババアは以前にも会ったことあるなあと右京は思い出した。ホーリーを手に入れようとしたマイザーというババアだ。目の前のババアは、それよりも品がよい風体であるが、言っていることはマイザーと変わらない。


「主様、取引を切っておいて日干しにするなんてヒドいでゲロ。下請けいじめでゲロ」


「俺もそう思う」


 右京はダイフクヤの4人の前に出ていった。ジョセフとサリナへの助け舟を出すのだ。


「ちょっとすみません。ジョセフさんと交渉していたのはこっちが先ですよ」

「あんたは……」


 ババアは右京の顔を見て驚いた様子だ。イヅモの町で商売をしている人間なら、右京の顔を大抵は知っている。


「伊勢崎右京!」


「はい。ダイフクヤのみなさん、ジョセフさんは俺と組んで商売するのです。お帰りください。」


 右京はドアを指し示す。出て行けというゼスチャーだ。右京の顔を見て少々、ひるんだものの、エヴァは強気を取り戻す。


「商売と言ったって、乾パンなんかあんたのところじゃ売れないだろう。あれは道具と一緒に売るしかない代物。うちの協力なしでは売れない」


「ご心配なく。あと言っときますが、従者を使ってサリナさんを誘拐しようなんて、やめてもらいますからね。今度やったら、それなりのところへ通報しますから」


 右京は顔にアザを作っている二人の従者を見てそう言った。先日、サリナを誘拐しようとして越四郎に殴られた跡である。


「ちっ……」


 右京にそう言われて引き下がるしかないエヴァとエジル。相手が悪かった。今、話題のショッピングモール経営者であり、噂によると執政官であるステファニー王女とも親しいという。あまり敵に回したくはない。


「うちはこれで帰りますけど、乾パンは定番商品。道具屋の店先ついでに買ってもらう程度の品。この町の道具屋を仕切るダイフクヤの力なくしては商売できませんよ」


 そう負け惜しみを言ってエヴァは、『カクヤ』を後にするしかなかった。彼女らが去って、改めて右京はジョセフに商談を持ちかける。右京が展開しているショッピングモールに携帯食の専門店を作らないかという話である。


「但し、先程の婆さんが言っていたことも正しいです。専門店を開くには売り物の種類が多くないといけません。この瓶詰めはいいアイデアですが、これは重くて大量に運べないのが難点です。そこで……」


 右京はアイデアをジョセフに話す。聞いていたジョセフは驚きの顔で聞いていたが、やがて大きく頷いた。


「右京さん、それは素晴らしいアイデアです。是非、うちにやらせてください」


「肉を調理した料理がいいですね。是非、試してください。容器はカイルの工房で試作できます。サリナさんを連絡係に寄越してください」


 そう右京は要望した。サリナと越四郎の仲を取り持とうという目論見だ。サリナはそう言われて喜びの表情である。


「分かりました。近日中に試作品をお持ちします」


 そうジョセフは右京と約束をした。右京がジョセフにした提案とは、缶詰の製造である。これが完成すれば、冒険者だけでなく、この世界全体に広がる大ヒット商品になること間違いない。




 商談を終えた右京とゲロ子は、馬車で店に帰ってきた。店に入ると小さな女の子がいる。黒髪でちょっとつり上がった目。目の下のくま……どこかで見たような顔。


(いや、どこかじゃない!)

「クロア! クロアだろ!」

「だーりん……くろあ、こまったことになっちゃった。あ~ん」


 どう見ても5歳くらいの幼女が右京に走り寄って抱きついてくる。


「クロアが小さくなったでゲロ」

「どういうことだ?」


 右京は抱きついてきたクロアを見て嫌な予感がした。



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