YOMINOSYO
12月は毎日、飲み会。体と財布に悪いw
クローディア・バーゼル。魔法のアイテムショップ「夜のうさぎ亭」の女主人。この王国の王位継承権第5位の大貴族のお姫様でもある。バーゼル家は現王家のオラクル家とは、血縁関係はない。
それなのに継承権があるのは、建国した初代の王が子孫代々に至るまで王家はバーゼル家を重用すべしという家訓があるからだ。それは継承権を記した王室典範にきちんと明記してあった。直系の王族に優先権はあるが、その次に来るのは、バーゼル家当主ということになるのだ。
よって、現在のバーゼル家の当主であるクローディアが第5位となっている。本人は政治については全く興味がなく、興味があるのは魔法のアイテム。あと商売と投資。彼女は天文学的な財産を所有していると言われているが、普段の生活は一般庶民と大差がない。華美なことを嫌う倹約家でもあった。
建国にあたって、初代王はバーゼル家の当主に命を何度も救われ、また親友として数々の困難に力を貸してもらった。その感謝の気持ちがこの奇妙なきまりを作っていることにつながっている。バーゼル家はパンパイアの家系だ。バンパイアは生まれつき、強大な魔力をもち、運動能力も人間を超える才能をもつ。心臓を白木の杭か銀製の武器で貫かない限りは、事故や怪我では死なない不死身な体をもつが、不老不死というわけではなく、人間と同様に年を取れば死ぬ。病気には比較的強いがそれでも死なないわけではない。
バンパイアは人間と結婚して子孫を増やす。人間と交わってできた子供は100%バンパイアの素質をもって生まれるという。但し、よほど相性が合っていないと子供が生まれず、バンパイア族自体は数が減っているのだ。
そんなクローディアことクロアは、自分と右京が出資した伊勢崎ショッピングモールに自らの魔法アイテムショップ「夜のうさぎ亭」を移転させていた。相変わらず、夕方から開く夜型ショップであった。クロアの希望でショッピングモール内でも、特に目立たない通りから奥に入った場所にあるが、リピーターの冒険者の客が毎夜、訪れていた。そんな冒険者に混じって右京も『夜のうさぎ亭』を尋ねた。
クロアはいつものように黒いうさぎの帽子をかぶり、目の下にくまがある寝不足気味の顔で右京を出迎えた。最近、クロアと取引がないので右京は血を吸われていなかったからだろう。とは言っても、前回吸われたのは1週間前だったが。
「ダーリン、また変な本を手に入れたね」
クロアは右京の持ってきた本をひっくり返したり、逆さにしたりと見るが首をかしげる。普通の魔術書であれば、一応開くことができ、古代ルーン文字とかヒエログリフとかそれらしい文字が読めるはずだが、この本は鍵がかかっていて開くことすらできないのだ。
「これ『黄泉の書』って書いてあるけど、そんなわけないよ」
「え? クロア、読めるのか?」
右京は驚いた。ゲロ子も読めない謎の文字だったはずだ。
「ダーリン、頭が固いよ。反対から読めば、『YOMINOSYO』て書いてあるよ」
「くわーっ! なんでわからなかったんだ。ゲロ子、てめえ、知ってたな?」
「なんのことでゲロか?」
絶対知ってたこのカエル娘。めんどくさいから教えなかったに違いない。
「だけど、これ偽物だと思うよ。『黄泉の書』はこの世界にも写本あるのだけど、文字通り、黄泉の国でしか手に入らない貴重な魔法の本だよ」
「偽物じゃないだろう。俺は確かにこの目で見た。この本で殴るとスペクターが一撃で消滅したんだ。本が武器になるって初めて知ったよ」
「そんなわけないじゃない。本は魔法を唱える際に使うことはあるけど、それ自体で攻撃するなんて馬鹿げているわ」
一刀両断にするクロア。だが、本で殴ってスペクターが消滅したという話には興味がわいた。本自体には魔力を全く感じないのに、どうやってレベルが高いアンデットを葬ることができたのであろうか。
「クロアが見たところ、呪いがかけられている感じでもないよ」
「鍵は魔力が高い人間なら開けられるって魔夜が言っていた」
「魔夜?」
クロアの目が光った。その目は(また女?)という疑いの目だ。クロアはホーリーとキル子と右京を取り合っているから、これ以上、ライバルは増やしたくないのだ。そんな疑いの視線に右京は慌てて弁解する。
「魔夜はお客さんだよ。この本を売りに来た不思議な女の子さ」
「オレンジ髪の変な奴でゲロ」
「オレンジ髪? まさか、その娘。頭に角が生えていたとか……」
「なぜ知ってる?」
「ダーリン、マジ?」
クロアが言うには黄泉の国に住む鬼族は角をもっている。彼らは黄泉に住む番人。黄泉とは、死んだ人間が行く世界であり、両方の世界の人間は簡単に行くことができない。黄泉の世界の住人がこの世界に出てきても、その力は100分の1ほどに抑えられてしまう。
逆にこの世界のものが死ぬと黄泉の国へ行くが、その場合は無力な亡者として、彼らに支配されてしまうのだ。これは現世でどれだけ強くても死んでしまえば、無力な亡者となり、その魂は浄化されて生まれ変わるか、生前の罪を償って消滅させられるかのどちらかになるのだという。まあ、これは神殿の神官の説教で語られる話であるが。
「この鍵は魔法でもロックされているけど、物理的な鍵の機構も使われているよ。ただ、鍵の作りは単純ね」
クロアは本に付けられた鍵を観察してそう言った。魔法で鍵がかけられている場合は、アンロックの魔法が使えれば開錠は可能だ。また、どんな鍵穴でも対応できる魔法の鍵があれば、物理的な問題も解決できる。
ちなみに鍵というのは、かなり昔からあるもので世界最古の鍵は古代エジプト文明に遡る。ナイル河畔にあるカルナック大神殿の遺跡から、回廊の柱に刻まれたレリーフに錠前の絵が描かれていたのだ。神殿が建立されたのは紀元前20世紀と言われているので、4000年前のことなのだ。この錠前は現代のシリンダー錠と原理的に変わらなく、優れたものであったという。
クロアが黄泉の書ではないと疑う目の前の本には、ウォード錠という鍵が使われていた。ウォード錠は古代ローマで発明された機構で、合鍵の判別を『ウォード方式』と呼ばれる方法で行うために名付けられた。これは鍵穴の形状や鍵の内部に鍵の回転に沿って障害物を作り、合鍵の判別を行うもので、合鍵だけが挿入でき、すべての障害を避けて回転できる刻みを施していた。
鍵の魔法はこの形状を瞬時に入れ替えることで発動する。よって、まずは魔法を解除して、あとは合鍵なり、魔法の鍵なりで開ければよいのだ。魔夜は本は売ったが鍵は持っていなかったようで、付随していなかった。魔力のある物なら開けられるとのことだったが、それは嘘ではなかったことになる。
「ちなみに、これが本物の『黄泉の書』だった場合に値段はいくら付く?」
「そうねえ。現存する黄泉の書は2冊。2冊とも写本で隣国ペルガモンの大神殿とこの国の王立図書館にあると聞いているよ。本物なら値段が想像できないくらい。写本でも、軽く100万Gはいくだろうね」
「100万Gでゲロっ!」
ゲロ子がバク転をして、その後に4回転トゥループを披露する。ゲロ子の技は儲かる金額によって難易度が変わるようだ。
「それはないと思うけどね。表紙からして偽物っぽいよ。写本を見たことあるけど、こんなシンプルなものではなかったから」
「う~ん。これ100Gで買ったからな。そんなに高価だとさすがに気が引けるから、その方がいいけど」
「主様は欲がないでゲロ。しらけるでゲロ」
ゲロ子が明らかに不満そうな口調でぼやく。100万Gの夢が一瞬で壊れたので、せめて夢を見させろという感じだ。
「まあ、二束三文ってことはないと思うよ。スペクターを殴って倒すことができたのなら、魔術書の類じゃないとありえないだろうし……」
そう言うとクロアは鑑定待ちの冒険者たちに視線を送った。今日は特に客が多い。冒険で見つけた魔法アイテムの鑑定と買取りの依頼客だ。6人ほどが待っている。
「ダーリン、今晩は忙しいので明日にでも来て。客がいなくなったら開けて中を見てみるよ。どうする? ここで待つ?」
「いや、遠慮しておくよ」
2時間待ち以上はかかるし、何より、クロアが舌を出してちょっと唇を舐めたので、今日はお暇する(逃げる)。久しぶりだからと致死量ギリギリまで血を吸われたら、明日からの仕事に困る。
「仕方ないなあ……」
クロアはそう名残惜しそうに言ったが、客を待たせているのでそれ以上は右京を引き止めることはなかった。




