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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第12話 黄泉の書(ブック・オブ・ザ・リバティ)
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オレンジ髪の鬼娘

 右京の武器買取り店「伊勢崎ウェポンディーラーズ」には、買取りカウンターが3つ程ある。扉がついた個室で売りに来る客のプライバシーが守られるようになっている。


 そして、店員になったハーフエルフのネイに代わり、右京がその買取りブースに入る。目の前の椅子にアイテムを売りに来た客がポツンと座っている。その客は、灰色のマントで体を覆い、頭もフードですっぽりと隠している。チラチラと見えるオレンジ色の髪。体は小さく華奢で、大人ならどう見ても女性であろう。


「お客様、お待たせしました。今回は武器として本をもっていらっしゃったとのことですが」

「そうデス」


 短く答える声は少年か少女の声。かなり若い感じだ。マントから覗く顔をチラリと見る。赤く猫の目のような不思議な目。まつげが長くてなかなかの美人さんだ。鮮やかなオレンジ色の髪の毛が映える。こんなに美形なのに顔を隠す意味が分からないが、右京は彼女(?)が人間ではないからだと勝手に理解した。


 この世界が人間の他に、エルフ族やドワーフ族といった種族がいるファンタジー世界だと思えば、彼女がモンスター種族であっても不思議ではない。


「本は武器ではないと思いますが……」

「武器デス」


 間髪入れずに答えるオレンジ髪の少女(?)


「う~ん。お客様、恐れ入りますが、お名前は? どちらからいらっしゃいました?」


「名前は魔夜まやデス。黄泉の世界から来たのデス」

「はあ……」


 名前はともかくふざけているのかと右京は思った。


(黄泉の世界って何? あの黄泉の国?)


 知っているかとゲロ子に目配せするが、ゲロ子は首を横に振ってゲロゲロ言ってる。ゲロ子の知らない世界から来たらしい。黄泉の国といえば、日本では『死の国』と同じ意味である。死んだものが行く世界だ。ちなみに黄泉比良坂という場所があり、そこは生きる者と死んだ者が住む世界の境界だと言われている。


(まあ、どこかよその国のマイナーな町の名前だろう)

 

 そう思うことにした。右京は改めて魔夜が査定を依頼した本を見る。それはA3サイズ程の大きさである。図鑑か写真集ぐらいの大きさだ。分厚くて国語辞典ほどある。右京はそれを持ってみると、不思議なことに重さを全く感じない。これは不思議だ。ありえない。


「ゲロ子、これは分かるか?」

「分からないでゲロ」

「即答だな」


 表紙は『OYSONIMOY』と書いてあり、なんと読むのか全く分からない。ゲロ子が言うには、この世界で使われている言葉ではないそうだ。


(う~ん)

 

 右京は悩んだ。本は武器ではない。武器でないものは買い取れない。そう言ってお引き取り願えばよいのだが、武器と言い張る理由も聞いてみたかった。もしかしたら、魔法書とか、強力な精霊を呼び出す本かもしれない。なんて思ったが、そもそもその本は鍵が付いていて開くことすらできないのである。中身が読めない本ではさらに価値がない。


「お客様、武器とおっしゃいますが、この本はどうやって使うのですか?」

「知らないデス?」


「はい。知りません」


 ここは正直に答えた方がいいだろうと右京は思った。どうやって使うか興味がわいてきたのだ。


「仕方がないデス。使い方を実演するデス。けど、そうしたら買ってくれるデスか?」


「そうですね。武器として使えることが分かれば検討しましょう」


 右京の言葉を聞いて魔夜と名乗る少女は頷いた。そして、自分の腰に吊るしていた竹筒のようなものを取り出した。筒の穴を塞いでいる竹の楔のようなものを引き抜いた。


「オオオオオオオッ……」


 不気味な叫び声と共に竹筒の中から黒い物体が飛び出した。


「おおっと!」

「ゲロっと!」


 右京もゲロ子も凍りついた。それは天井まで登ると人間の顔のような形に変化をする。それは人の骸骨のようにも見える。


「スペクターでゲロ。上級のアンデットでゲロ」


 ゲロ子はそう言うのが精一杯。右京はというと、ビビって体が動かない。それも無理はない。スペクターは死霊であり、その攻撃方法は恐怖。人間を恐怖で攻撃し、その精神を破壊するのだ。


「心配ないデス」


 魔夜はそう言って、本を両手で持った。そして、カウンターのテーブルに片足を乗せるとジャンプした。空中に浮かんでいるスペクターを本で殴ったのだ。ハラリと頭からかぶったフードが外れる。オレンジ色のショートカットの髪に小さな角が二本見えた。


バシッ!


 実体のないはずのスペクターが殴られてへこむ。そしてそのまま、消滅したではないか。たったの一撃である。


「アンデットはこの本で殴れば、たいてい一撃デス」


 そう言って魔夜はフードをかぶり直した。人間ではないことが確定。鬼娘である。どんな種族か分からないが。まあ、いろんな種族が暮らすこの世界。頭に角が生えた種族もいるのであろう。それよりも右京はこの鬼娘に言いたい。


(本は読むもので殴るものではアリマセン)


 そう心の中でツッコミを入れる右京。それはともかく、今の目の前で起こったことが本当の出来事なら、この本は殴るだけでアンデットモンスターを消滅させるスーパー魔法アイテムということになる。


「あの、使用方法は今ので分かりましたが、これは本ですから、中身を読むこともできるのでしょうか?」


「できるデス。中を開けば魔法が仕える魔術書デス。でも、開かない方がいいと思うデスよ。特に現世の人間はデスね。だから、鍵がかけてあるのデス。これはよほどの魔力がある人じゃないと開けられないようになってるデス」


「……」


 デスデス言われて死んでしまいそうだ(笑)。しかし、これはかなり困った。この本はかなり貴重なアイテムだ。値段も高価だろうと思われた。だが、一体、いくらで買い取ってよいか右京には想像ももつかない。


「あの魔夜さん。魔夜さんはいくらで売却ご希望です?」


 本当は武器買取りでは、相手に値段を聞かない。聞いてしまうと主導権を握られるからだ。値を付けるのはあくまでも買取りする右京がするのは原則。だが、この本に関しては基準がない。そこで聞くことにしたのだ。


「100Gでいいデス」

「安!」


 思わず言葉に出てしまった右京。使い方が正しいかどうかは不明だが、叩けばアンデットモンスターを一撃で葬ることができ、中身は何だかものすごい魔法が使えそうな魔術書。100Gなどという値段では買えない代物だ。だが、右京もプロだ。この怪しい格好の少女が格安の値段で怪しげな本を売る。簡単に買取る訳にはいかない。


「魔夜さん、どうしてお金が欲しいのですか? 見た感じ、この町に住んでいるわけではなさそうですし、観光か何か?」


「この町においしいお菓子を売る店があると聞いて来たのデス。確かゲロゲロアイスとか言う名前で、甘くて冷たいお菓子だそうデス。それを買うのにお金がいるんデス」


「ゲロ子の店でゲロ」


 この鬼娘。どこから来たのか知らないが、無一文でこのイヅモの町へやって来て、ゲロゲロアイス食べたさに貴重な本を売る。ますます怪しい。どこからか盗んできた本かもしれない。そんな右京の心配をよそにゲロ子はこう言った。


「主様、買い取るでゲロ」


「だがな、ゲロ子。これは何だかヤバイぞ。この子が家出をして、家の宝を持ってきたのかもしれないし」


「それなら、余計に主様が買い取るでゲロ。そうでないと、この鬼娘、違う人に二束三文で売るでゲロ」


「うう……それもそうだ」


 100Gくらいなら、もし、予想していた通り、勝手に家のものを持ち出した本なら親に返せるし、100Gくらいなら親も払って買い取ってくれるはずだ。右京はこの本の素性が分かるまで、他へ売却しようとは思わなかった。


「それじゃ、100Gで買取りますよ」

「ありがとうデス」

 

 嬉しそうに100G札を受け取る魔夜。今日は月海亭に泊まり、イヅモの町の見学をする傍ら、ゲロゲロアイスを全種類食べるという。


「毎度ありでゲロ」

「くれぐれもアイスの食べすぎで、お腹は壊さないように気をつけてくださいね」


 右京は魔夜を見送る。魔夜はぺこりと頭を下げる。はらりとフードが外れる。慌てて頭の角をマントで隠す不思議な少女。


「ゲロ子、頭に角のある種族ってどんな種族だ?」

「ゲロゲロ。そんな種族はこの世界にはいないでゲロ。あれはカチューシャか何かでゲロ」


「そうだったか? 俺にはリアル角に見えたぞ」


「主様はあの小娘に虎のビキニ水着でも履かせたいでゲロか? オーガは角があるけど、あんな人間みたいなオーガはいないでゲロ。死者の国の番人をやってるならともかく、この世界に鬼はいないでゲロ」


 そうゲロ子に断言されると、あれは飾りか何かだったのだろうと右京は思うことにした。買い取った本は魔術書のようなので、これは鑑定士の出番だろう。右京の知り合いで魔法アイテムの鑑定士といえば、あのバンパイア娘しかいない。


 魔法アイテムショップ『夜のうさぎ亭』の女主人。クローディア・バーゼル。通称クロア。『夜のうさぎ亭』も右京の誘いでこの伊勢崎ショッピングモールの一角に店を出している。ただ名前の通り、夜にならないと店を開かないのだ。



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