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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第12話 黄泉の書(ブック・オブ・ザ・リバティ)
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ネイサン・シングルハンド誕生

 アビゲイル靴組合はイヅモの町で最大の靴を売る店だ。傘下の靴屋は町全体の8割を超えている。そんなこともあって、今回のコンペティションは町の中央広場で開かれた。周りには観客が詰めかけ、かなりの大盛況であった。

 

 コンペティション開始時間は朝の9時であり、出場者はもうテーブルについていた。9時から3時間で冒険者用のブーツを作るという競技だ。下準備は事前にある程度をやっておくことは認められている。また、助手も一人付けることができるのだ。


 だが、9時になってもネイサンはやって来ない。ネイサンの助手のビアンカは心配で何度も会場入口付近を見ている。親方のフリッツも顔には出さないが、そわそわしているところを見ると気にかけているようだ。


 今朝、ネイサンを呼びに行ったビアンカは、兄弟子たちに昨日から彼が帰っていないことを告げられた。時間も迫っているので準備していた道具と材料が入った箱を持って、この会場まで来たのだ。


「あのへタレのことだ。恐ろしくなって逃げてしまったんだろう。お嬢さん、残念でしたな。やっぱり、ヘタレはヘタレ。今日からこのドニが代わりを務めましょう」


 ドニが勝ち誇ったようにそうビアンカに言った。今日の参加者は15人程いるが、この制限時間にブーツを完成させられる腕の者は半数にも満たない。その中でドニが勝つ可能性は極めて高い。助手を務める男も何か知っているかのようにニヤニヤとしている。明らかにネイサンに何かしたに違いない。


「あ、あんたたち……」


 ビアンカが問い詰めようとした時、会場がざわめいた。遅れていた参加者が到着したのだ。


「ネ、ネイサン!」


 ネイサンの顔を見て安堵したビアンカだったが、ネイサンの姿を見て驚愕した。服はボロボロで汚れ、顔は傷だらけ。そして、右手には包帯が巻いてある。


「これはどういうことなの! ネイサン」

「お嬢さん、説明は後です。競技が始まります」


 9時になった。競技開始の笛の合図が響く。15人の職人たちが一斉に作業を開始した。ケガだらけのネイサンを見て驚いたのは、ビアンカだけではない。ドニも驚いた。


「これはどういうことだ? 俺はあいつらにネイサンを半殺しにして、この大会に出られないようにしておけって言ったぞ」


「失敗したんですよ」

「畜生め。高い金を払ったのに役に立たない奴らだ」


「ですが、兄貴。全く役に立たなかったわけじゃないですぜ。奴の右手を見てください」


 そう助手の男がそっとネイサンの方を目で示した。ネイサンの右手は包帯がされて使いものにならないようだ。あれではブーツ作りなど不可能だ。


「それに兄貴。まだ手を打ってあったんじゃないですか」

「そうだったな」


 ドニは計算外だったが、目論見が全く失敗であったわけではないことを知っている。そして、その企みはビアンカが準備していた箱を開けた時に発覚した。


「ああっ!」


 箱の中を見たビアンカは絶望の声を上げた。思わず涙がこぼれてくる。どうしたのかとネイサンも覗き込む。そして、このブーツ作りで最も重要な材料である白いホースレザーに緑色の染料で斑模様に染まっていたのだ。箱に緑色の染料が投げ込まれている。


「また念のいったことをするもんだな、先輩たちは……」


 ネイサンの口調が、何だかいつもと調子が違うなとビアンカは感じた。この危機的状況でも全然、慌てていないのだ。


「白い革のブーツはやめる。これじゃ、作っても汚いから勝てない。お嬢さん、寮の僕の部屋に古釘が入った壺があるんです。それとついでに紅茶の葉っぱとガーゼを買って来てください」


「紅茶? 釘? 一体何をするの?」


「革を染めるんです。今から1時間で染めます。それから切ってブーツにするのに2時間。ギリギリですね」


 そう言ってネイサンは片目を閉じた。時間がない。ビアンカは慌てて寮に戻る。会場から寮まではそんなに遠くはない。15分で言われたものを揃えた。


「この壺の中身、何が入っているの?」


 そうビアンカが蓋を開けるとつんとした臭いが鼻をついた。酢である。酢に古くクギが浸してあるのだ。


「この液体に革をつけると黒く染るんですよ。そして紅茶に浸すと革は茶色に染まる」


「黒と茶色と緑なんて色彩はデタラメだよ」

「そうかな。僕は面白いと思うけど」


 そう言うとネイサンはさっさと作業を進める。だが、ネイサンの右手はケガをしている。肝心な右手が使えないと作業ができない。だが、ネイサンはめげなかった。左手と助手のビアンカの手を借りてどんどんと作業を進めていく。1時間で染め終わった革を急いで乾燥させ、すぐさま型紙を置いてパーツに切り分ける。靴底をつけて縫い上げていく。そのスピードと正確さは目を見張るものがある。


(馬鹿な、ありえない。なぜ、こんなことになるんだ……)


 ドニは自分も作業を進めながら、自分が仕掛けた妨害をものともせず、ブーツ作りに取り組むネイサンの様子に焦る。だが、ドニも長年、この仕事をしてきた自信がある。負けてなるものかと作業を続ける。




 3時間が経った。競技終了の笛がなる。出来上がったブーツが審査台に並べられる。15人の参加者があったが、時間内にできたのは10人。5人は完成させることができなかった。


「それでは審査を行っていただく。審査員は冒険者ギルド副会長であるロブロ氏、武器ギルドの会長、ディエゴ氏、現役の冒険者の戦士であるシモン氏の3名である」


 そうフリッツが紹介をする。3人の審査員が冒険者が使うブーツという視点で、厳しく審査するのである。まずは作品の出来栄え。短時間で作られたのでどうしても細部にほころびが出る。


 まだ完成品として不十分なところを指摘されて、5つが脱落する。さらにデザインが古臭く、見た目が悪いという理由で2つが脱落した。残ったのは3つ。


 フリッツが予想したように、クレマンとドニと、スタートからつまずいていたネイサンの3名である。特にネイサンは右手が負傷し、そして用意した白い革に緑色の染料が付いてしまうという不運を乗り越えて、ここまで来たのである。


「さて、残り3つとなりましたが、3つにともさすがに最後まで残るだけあって、出来栄えはなかなかのものですね」


 そう武器ギルドの会長ディエゴが口火を切った。冒険者ギルドのロブロ氏は、クレマンの作ったブーツを褒める。


「これは綺麗ですな。燃えるような赤の色彩がいい。宝石をあしらったところも華やかだ」


「ですが、副会長。今日は冒険者が使うことを前提にしたブーツですぞ。そう考えるとこれは町で使う物のような気がします」


 そう言うとディエゴは、若者に試着をさせて用意した泥と水のプールに突っ込ませた。クレマンはブーツに撥水加工はしていたが、さすがにこの泥沼は過酷すぎた。じゃぶじゃぶするとやがて泥水が内部に染みてきた。


「やはり、クレマンのオカマ野郎には無理だったな」


 審査の様子を見ていたドニはそう確信した。クレマンのところのバシュレ靴店は、貴族や金持ち相手の靴を作っているので、こういう過酷な条件に耐える靴作りのノウハウはなかった。


「2番目のブーツ。アビゲイル靴組合の定番のものですな。うちの武器屋で防具と一緒に納入されているものです。これはその中でも実に丁寧に作られている」


 そうディエゴはドニの作ったブーツを評した。だが、堅実なものだが面白みはない。泥水に入れて使用してみたがさすがに簡単には水が染みてこない。


「まあ、堅実ですな。冒険者用は実用的でないと。最後はこの変な色のブーツ。作った職人は左手だけで作ったようだが」


 ロブロはそうネイサンの作ったブーツを評した。緑と黒と茶色のまだら模様。こんな色は見たことがない。いわゆるアーミー柄だがこの世界にこんな柄は存在しなかった。


「いくら実用本位でも、これは変だろう」


 そう言うロブロにこれまで一言も発してなかった冒険者代表のシモンが初めて口を開く。


「みなさん、これを見てください」


 そう言うとネイサンのブーツを会場の植栽の中に置いた。緑の草の色に紛れて見難い。景色の中に溶け込んでいるのだ。


「この色合いは外で活動する冒険者にとって、利点が多いです。これで森の中に入れば敵に見つかりにくいです。実用本位というなら、こういう色もありだと思います」


「なるほど……」


 ディエゴもロブロも納得する。そして、他のブーツと同様にこれも人が履いて泥水の中に入る。防水加工がされていて全く水が染み込まない。


「性能は甲乙つけがたいですな」


 そうロブロが言ったとき、3人の審判はネイサンのブーツの優れた点を見つけた。それは泥水から上がる時に滑らないのだ。前の2つのブーツは泥でずるっと滑って履いていた人間がバランスを崩す光景があったのだ。


 さらにドニのブーツは時間が経つと水がしみてきて、内部がわずかにしっとりとなっているのに対して、ネイサンのブーツはそんなことが全くないのだ。これは縫製技術の差とさらにシールをして水を染み込ませない工夫がしてあるかの差であった。


「これは明らかに決まりましたな」


 ディエゴはそう2人の審判に確認を取った。二人共頷く。



「それでは結果発表です」


 フィリッツがそう宣言する。審判を代表して冒険者ギルド副会長のロブロが発表する。


(俺が勝つ、俺が勝つ……)


 そうドニは心の中で何度もつぶやいた。ネイサンは右手をケガをしている。そして、材料は台無し。こんなハンディがあって負けたら恥である。


「優勝は……ネイサン!」


 おおおおおっつ……。パチパチパチ……。


 会場が拍手に包まれる。ドニは信じられないという表情で立ち尽くす。ネイサンがうれしそうに壇上に上がる。ビアンカも一緒だ。


(バカな、そんなバカな!)


「ちょっと、待ってください!」


 拍手の中、壇上に上がる青年がいる。右京である。同時に会場に縄でつながれたチンピラがキル子に引っ張られて入ってくる。


「みなさんに報告と発表があります」


 そう右京は言うとこのチンピラたちが、ドニたちに雇われてネイサンを襲ったこと。そのため、ネイサンは右手を怪我してしまったこと。さらにネイサンの用意した革を台無しにしてしまったことを話した。


「うそだ! 俺はそんな事してはいない。そんな奴ら、俺は知らない」


 ドニは必死に否定する。だが、キル子に小突かれたチンピラはドニに雇われたことを白状する。さらにゲロ子がのこのこ出来てきた。


「この写真を見るでゲロ。こいつらが箱に染料をぶち込んでいるところでゲロ」

「ぬおおおおっ……」


 ドニが慌ててゲロ子を捕まえようと壇上に上がろうとした瞬間、その手を掴んで一気に投げ飛ばした。ネイサンである。投げ飛ばされたドニは気を失ってしまう。


「ああ、言い忘れたけど、あのチンピラ、全員、このネイサンがやっつけましたからね」


 右京の報告にこれまた信じられないという表情のビアンカ。あの弱々しいヘタレの面影は全くない。


「そして発表です。本日、優勝したネイサンは伊勢崎ショッピングモールに店を出します。冒険者専用の革ブーツ専門店ですよ。期待してください」


 この大会を見に来ていた冒険者に対して大変な宣伝になった。



「ネイサン、これはどういうこと? あなた、本当はとても強かったんじゃ?」

「ビアンカ」


「え? は、はい」


 いつも『お嬢様』と呼んでいたのにいきなり名前である。そう呼ぶように散々、ビアンカが言っていたのに直らなかったのに。


「兄弟子だったから、わざと負けてやったんです。でなければ、あのチンピラと同じようにボコボコにしてますよ。そして今は僕も一国一城の主。ビアンカ、僕と一緒に店を開いてくれるよね」


「……は、はい。喜んで」


 二人の門出を祝福するように大きな拍手が起きた。




「いろいろあったでゲロが、主様が一番儲けたでゲロ」

「そうだな。伊勢崎ショッピングモールに名店を1軒増やしたからな」


 昨晩、ゲロ子はドニがネイサンの準備物に悪さをする証拠写真を撮ると、ネイサンがチンピラをボコボコにしているところへ行ったのだ。ケガをしてしたネイサンを右京のところへ連れて行き、ホーリーのところで手当をさせ、チンピラはキル子に頼んで全員縛って警備兵につきだしたのだ。


 その後、悪事がばれたドニと兄弟子は破門されて、アビゲイル靴組合から追い出されたという。また、ネイサンの店は今回の競技において左腕一本でブーツを作ったところから、『ネイサン・シングルハンド』という店名になった。有名なブランドとして伊勢崎ショッピングモールの有名店となる。



 店に帰った右京にネイが困り果てた顔で駆け寄ってきた。


「右京さん、困ったのじゃ」

「何だよ。また、難しい武器の査定か?」

「それが武器じゃないのじゃ」

「なんだ?」

「本なのじゃ」

「おいおい、本は武器じゃないだろう」

「そうでゲロ」

「それが武器らしいのじゃ」


 そうネイは買取りカウンターへ来るように右京に頼んだ。これは結果的に厄介な買取り案件となるのだが、右京はまだ知らない。


本編やっと来た~っ。

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