悪巧み
ストレスが溜まるのと本編に早く行きたいので、続きは明日の7時に。
スキッリします!
「ホースレザーを使うのか」
「はい。南部産の馬の革は耐久性に優れているのです。それにこの白い色は南部産のものしかできません」
「白いブーツか。女性冒険者に受けそうだな」
「はい。今回は美しさも採点基準に入っています。革の美しさを十分引き出したものになるでしょう。但し、革は水には弱いので表面を加工する必要があります。通常は撥水製のあるクリームを塗るだけですが、自分はゴムを使った混合剤を塗布して表面を覆います」
ネイサンはそう右京に説明をする。ネイサンの作るブーツは革製にもかかわらず、耐水性にも優れ、デザインの美しさだけでなく機能性にも優れていた。
「なるほどね。だが、完全防水だと通気性が悪くて普段は履き心地が悪くないか?」
「イセサキさんはいいところに気がつきますね」
「右京でいいよ」
そう右京はネイサンに言った。年で言えばネイサンは28歳。気弱そうな風貌なので、つい忘れがちだが右京よりも年上なのだ。
「右京さん、確かに防水加工だと通気性が悪くなります。そこでブーツ革は二重になっていて、その間にはメッシュ加工したスポンジ状の布を入れています。足首のところに空気の排出口を設けていますので、中の湿気が外に排出されるようになっています」
「すげ!」
なかなかのアイデアであるが、これは作るのはたいへん難しそうだ。ネイサンの作るブーツは靴底も工夫されていて、車のタイヤのような溝が作られており、滑り止めにも優れていた。
「はい、ネイサン。ハサミも針も確認したよ。これで準備はできたわ」
ビアンカはこの一週間、ネイサンの助手として熱心に働いていた。彼が勝たないと別の男と結婚させられてしまうのである。ネイサンにはこれまで遠まわしに結婚を迫っていたが、どうもはっきりした返事がなかった。これはネイサンが一人前の靴職人になるまでは、自分にプロポーズしてくれないのだと感じていたのだ。このコンペティションはそう言う意味では、とてもいい機会であった。
「ありがとう。お嬢様」
「だ・か・ら~っ。お嬢様じゃないでしょ!」
ビアンカはバシバシとネイサンの頭を革生地で叩く。そんな二人を見ていて、この二人には幸せになって欲しいなと思った。
「ゲロゲロ……いちゃつかれてゲロ子は不愉快でゲロ」
「ゲロ子、お前は相変わらずだな」
「つまらないでゲロ。どうせ、その男に勝てる職人なんていないでゲロ」
「そうだな。ネイサン、明日の勝負、俺も見に行くよ。見事な勝利で未来を切り開いてください」
「はい。頑張ります」
右京はそうネイサンと約束した。明日はアビゲイル靴組合主催のブーツコンペティションだ。冒険者に合うブーツを提案し、一番になった人物が優勝。ビアンカとの結婚が許される。右京としては、ここでネイサンが勝ってくれると彼と新しく出す店の宣伝になるので是非とも勝ってもらいたいと思っている。
ネイサンたちと別れた右京は、ゲロ子と一緒に店に帰る。帰りがてらにゲロ子がこんなことを言い始めた。
「主様。ゲロ子は何か嫌な気がするでゲロ」
「なんでだ?」
「ネイサンは腕のいい職人でゲロ。そして今回、この勝負に勝つと女と店をゲットするでゲロ」
「そうだが」
「こういう時は、たいてい悪い奴が妬んで邪魔をスルでゲロ。そういうもんでゲロ」
「なるほど。ゲロ子、お前、なかなか気が回るな。珍しく」
「珍しくなんて失礼でゲロ。ゲロ子はおバカバルキリーのヒルダと違って、いつも活躍しているでゲロ」
そうゲロ子におバカ呼ばわりされたヒルダ。新しい教会でホーリーとお祈り中であったが、大きなくしゃみを二回もしてしまった。
「で、ゲロ子、お前はどうすると言うのだ?」
「ゲロ子はゲロ子で手を打っておくでゲロ」
「ふ~ん。何をするかは知らんが、とりあえず任せる。それにしても、ゲロ子、今回はお前にしちゃ、親切だがどうしたんだ?」
「主様。そんなことは決まっているでゲロ。金の匂いがするからでゲロ」
(やっぱり……)
明日の準備が整ったネイサンは、いつものとおり、工場の寮に帰って明日に備えて寝ようとしていた。だが、兄弟子のドニが待ち構えていた。
「おい、ネイサン」
「は、はい」
「お前、今から酒買ってこいや」
「い、今からですか?」
「当たり前だ。明日の俺の勝利を願ってみんなで酒盛り中なんだ。酒が切れたらシラケるだろうが!」
そう言うとまたパンチをネイサンの腹に一発ブチ込む。『うっ』とうめき声を上げてうずくまるネイサン。
「早くしろよ」
「ドニの兄貴の前祝いがシラケるだろう!」
兄弟子たちがそう口々にネイサンを罵倒する。食べてしまったつまみの皿や飲んでしまった酒の瓶を投げつける。痛みが引いてのろのろと立ち上がるネイサン。
「あの、ドニさん」
「何だ、早く行けよ」
「酒代は?」
「そんなものお前のおごりに決まってるだろ! それとも何だ? お前は俺の勝利を祝えないというのか?」
ネイサンは渋々と酒を買いに出た。これは毎月ある出来事だ。兄弟子たちは事あるごとにネイサンにパシリをさせ、酒代もたかっていたのだ。
「行ったか?」
「はい、行きましたよ。あのヘタレ」
「帰り道に襲われることも知らないで……」
「しっ!」
ドニは酒が酔って不用意なことを話そうとした男をにらみつけた。これは表に出るとまずい行為なのだ。職人の技ではネイサンに勝つ自身のないドニとしては、どんなに汚い手を使ってもネイサンを潰そうとしていたのだ。
(奴さえ、いなければ明日は俺の勝ちだ。出場者のうち、俺より上手い奴はバシュレ靴店のクレマンだが、アイツは貴婦人用の靴は作れても冒険者用のブーツは作れない。つまり、ネイサンさえいなければ、俺の勝ちは確定なのだ)
そう思うとドニは丸くなった自分の腹をポンポンと叩いた。勝てば親方の娘、ビアンカを自分の嫁にすることができるのだ。
「しかし、羨ましいですなあ。ビアンカお嬢さんをドニの兄貴がねえ……」
「ああ~っ。あっしもあやかりたいですぜ」
「ふふん。心配するな。お前たちの分も俺があのビアンカを調教してやるからな」
酒に酔った男どもの卑猥な話が盛り上がる。そんな様子を荷物の影で聞いていたゲロ子。こんなこともあろうかと一部始終聞いていたのだ。
(思ったとおりでゲロ。とんでもない悪巧みを考えていたでゲロ)
どうやら、この小悪党の悪巧みは既に始まってしまったようだ。だが、悪党が勝利を確信して高笑いしたところをひっくり返すのがゲロ子のポリシーだ。しばし、考えたゲロ子は『ゲロゲロ』と頷くと右京の元へ報告に行った。
一方、夜の町に酒を買いに行くネイサンの前に7人のチンピラが立ちはだかった。手には棍棒や鉄の棒をもっている。
「おい、兄ちゃん。ちょっと痛い目にあってもらうぜ。悪く思うな」
「命までは取らないさ。その右腕、折らせてもらう」
ジリジリとネイサンを取り囲む。辺りは人通りもないさみしいところだ。ネイサンはこれは兄弟子たちが仕掛けた罠であることを悟った。
「腕も悪けりゃ、性根も汚いとはね」
いつも自信のなさそうなことしか言わないネイサンが、この状況で恐れもせず、キッとチンピラたちを睨みつけた。その目力にチンピラたちは立ちすくむ。気の弱い弱っちい男だと聞いていたが違うようだと感じた。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「ヤッちまえ!」
7人のチンピラたちは一斉にネイサンに襲いかかった。




