ブーツコンペティション
本編になかなか入れず。
せっかく、本は武器だと応援してくれるのに。
「フラン、このショートブーツすごいデザインじゃないか。革の色も不思議だ。手触りもサラふわっとして素敵だ」
「霧子さん、さすがっす。目の付け所がいいっすね」
1週間前のこと。キル子は新しい冒険者用のマントを作ろうと革問屋の『けだものや』に来ていた。ここで材料となる革を買って仕立て屋に作ってもらうのだ。そのために店の中の革を物色していた時に、見本に置いてある革製のブーツを見つけたのだ。それはフランが店の宣伝用にネイサンに発注したものだ。
「このブーツを作った職人、若いけどとても腕がいいんすよ」
上から目線だがフランも小娘に過ぎない。年上のネイサンを褒め称えるのも何だか変な話だが、革問屋のプロとしてフランはネイサンのことを買っていた。彼は革の取り扱いが上手でよく性質を理解していた。そして、機能性を失わずに洒落たデザインで人を魅了する。本人はちょっと自信なさそうな風貌であるが、作った品物は素晴らしいものであった。
「霧子さん、このブーツの素晴らしさはデザインや見た目だけではないっすよ。これ、完全防水なんですよ。信じられます?」
「うそ。そんなわけないでしょ」
フランの言うことをキル子としては信じることはできない。革製なのに防水なんてありえない。そもそも、革は水に弱いはずだ。
「これ見てくださいっすよ」
フランは見本のブーツをタライに入れた水に漬けてみた。履いていて深い水たまりに足を突っ込んだ状態だ。そして中を確認させる。全く濡れていない。しかも、水から上げたブーツは水を弾いている。
「なるほど、丁寧な裁断と縫製、縫い目をきちんとロウでシールしてある。革を防水加工することはできるけど、たいてい縫い目や隙間から水が侵入するものだ。それが全くないということは作り方の技術がすばらしいということ」
「さらに言うなら、足首が傷つかないように2重にしたパッドと特殊な糸で縫い上げたち特別な加工をされた革で足首をガード。弾力性と滑り止め加工された分厚い底。これなら、過酷な状況で使う冒険者に配慮したものっす」
「フラン、これを作った職人に会いたい。会って、あたし専用のブーツを注文したいんだ」
目を輝かすキル子。これはいいものを手に入れられるチャンスだ。そして、タイミングよくネイサンが通りかかった。フランは手を上げてネイサンを呼んだ。それでキル子は、自分の足にぴったり合ったブーツを作るように頼んだのであった。
「そういうわけで、このブーツ、その男に作ってもらったんだが、これかなりいいだろう」
「ああ。すばらしい。というより、この世界じゃどこにも売ってないだろ」
この世界の履物は様々なものがあるが、どれも似たようなデザインで革の違いか種類の違いぐらいしかない。
「このブーツ、その男にしかできないんだよ。これ売り出せば儲かると思わないか」
「思うでゲロ」
ゲロ子がぬぼっと会話に介入してきた。自分の経営しているアイスクリーム屋の打ち合わせに行っていたから不在だったのだが、いつの間にか帰ってきたようだ。金の匂いがするところには必ず現れるカエル娘である。
「おい……ゲロ子、脅かすなよ」
「主様、これは金の匂いがするでゲロ」
ゲロ子は頭にかぶった間抜け顔のカエルフードから、長い緑髪の端をちょっとだけ飛び出させて真顔で言った。
(また金かよ……)
と右京は思ったがこういう時のゲロ子の勘はたいてい当たる。それにゲロ子に言われなくてもこれは売れると思った。これはブランド商品になると右京も思った。そうなれば、伊勢崎ショッピングモールの目玉店になるはずだ。
「キル子、このブーツを作った職人に会いたい。」
キル子は右京に話して正解だったと思った。明日、一緒にネイサンのところへ行くことにした。
「……以上だ。参加したいと思う独身の男は、1週間後に冒険者用の戦闘ブーツを作る勝負をする。これは全加盟店共通のコンペである。それまでに材料を用意し、デザインを考えておくように」
そうアビゲイル靴組合の組合長であるフリッツは、職人たちの前でそう宣言した。このことはすぐ傘下の加盟店にも知らされる予定だ。これは娘のビアンカの婿選びを作るブーツの出来栄えで決めようというのだ。少々乱暴な決め方だが、職人たるものはその腕が最も大事であるという考えからであった。
「勝てばビアンカお嬢さんと結婚できるのか!」
「おお……俺にもチャンスがある」
「ひゃほう! ビアンカちゃんを俺の妻に」
独身の職人たちは自分が勝つんだと意気込んだ。ビアンカは可愛らしかったし、靴職人としての腕もある。ビアンカには兄がいるので、アビゲイル靴組合の後継にはなれないが、出資してもらって加盟店は出せるはずだ。この勝負は美しい妻と一国一城の主になれる千載一遇のチャンスなのだ。
独身の靴職人はたくさんいるが、フリッツが考える婿候補は3人いた。まずは、加盟店であるバシュレ靴店の跡取り息子クレマン。今年23歳になる青年である。ウェーブのかかった金髪が王子様のようだといわれ、アビゲイル靴組合のプリンスと言われているイケメン職人である。本人はちょっとなよなよしたお姉キャラで、ちょっとカマぽいところが玉に傷だが、まるで女性がデザインしたかのような美しい飾り付けを施した靴を作ることができた。
2番目は自分の弟子であるドニ。15歳から靴作りを学び、今はフリッツの片腕として働いている。現在は32歳。堅実な仕事ぶりで決められたデザインの靴を忠実に作ることができた。但し、新しい靴のデザインとなると発想力が今ひとつであった。ネイサンの兄弟子である。
最後の一人はネイサン。フリッツは密かにこのネイサンの才能に期待していたが、本人は気弱で自己主張がないところを不満に思っていた。兄弟子にいじめられていることは知っていたが、娘と結婚するならそれくらいは乗り越えるべきだと放置していた。あと、独身の職人たちは何人かいたが、靴作りの腕から行くとこの3人に絞られると思っていた。
「お父さん、急にコンペだなんてひどい。それに優勝者の商品がわたしとの結婚だなんて、わたしの意思は無視だなんて!」
「こうでもしないと、お前の結婚が決まらないだろうが。お前もいつまでもウジウジしている男にかまけていたら、婚期を逃してしまう」
「そんな……一方的だよ」
「奴が本物なら、この勝負に勝ち上がるだろう。だが、それすらできないのならお前の夫にはふさわしくはない。その時は諦めろ」
フリッツはそうビアンカに言い放った。冷たいようだが娘の幸せを考えてのことだ。このくらいの困難を乗り越えられないようなら、娘を託す訳にはいかないのだ。
「ネイサン、絶対勝ってよね。そうじゃないとわたし、他の男のものになってしまう」
「お嬢様……」
「お嬢様じゃないでしょ! わたしは職人としてはネイサンの後輩。ビアンカと呼び捨てにしてって、いつも言ってるじゃない!」
「でも……」
「ああん。もう、ネイサンは男らしくないんだから!」
ビアンカは怒って背を向けた。いつものことだが、そんな後ろ姿を見たネイサンも覚悟を決めないといけないと思った。それにブーツの手作り勝負なら自信があった。少なくとも兄弟子には負けるつもりはない。
「お嬢さん、僕は勝ちますよ。僕も職人の端くれ。今できる最高のブーツを作るよ」
「よく言ったじゃない。その意気よ」
ビアンカはネイサンの方を振り向くとバシっとネイサンの手を両手で覆った。激励の気持ちである。
「おやおや、我が妻はヘタレな職人とイチャイチャするのが好きらしい」
そう嫌味たらしく話しかけてきた男がいる。兄弟子のドニである。ドニは背が低い小太りな男で見た目は悪い。腕はそんなに悪くないのに、この見た目のせいでこの年まで結婚できなかったとも、密かにビアンカのことを狙っていたので結婚しなかったとも言われていた。
「ドニ、あなたの妻になった覚えはないよ」
「ふん。気の強い女は好みだ。こんなヘタレよりも俺の方があんたの夫にふさわしいことを見せてやるよ」
「ネイサンはヘタレじゃないわ」
「ヘタレさ」
そう言うとネイサンの腹に一発パンチを入れた。ネイサンがくの字になってその場に崩れる。
「何するのよ、ネイサン、大丈夫」
慌ててネイサンに駆け寄るビアンカ。それを冷たい目で見下ろすドニ。
「これは兄弟子からの指導だ。それじゃ、ビアンカ、お前をモノにするのは俺だ。覚悟しておけよ。はっはは……」
そう言うとドニは高笑いして去っていた。彼はネイサンをこれまで散々虐めてきた兄弟子グループのリーダーでもあった。
右京はアビゲイル靴組合に来ていた。キル子が紹介してくれた靴職人ネイサンに会いに来たのだ。まずは組合長であるフリッツに会う。ネイサンの独立開業についてである。ネイサンが靴屋を経営するには、靴ギルドの加盟が必要であり、それには親方であるフリッツの許可がいる。
「あんたが噂のイセサキさんか。なかなか、商売繁盛しているそうじゃないか?」
「まだまだですよ」
右京はフリッツの話をそう受け流して、この職人気質の親方に単刀直入に話した。自分のショッピングモールにネイサンの店を出店する話だ。
「あんたは目の付け所がいいね。そうやって売れ筋の店を出店させているんだな。確かに奴は腕がいい。アイデアも豊富だ。だが、奴の欠点は自分に自信がないこと。そのせいで作る靴がどこか弱いのだ。才能があるのだから、もっと大胆になればよいのだが。まあ、これはいい機会だ」
そう言うとフリッツはコンペの話を右京にした。コンペに勝とうが負けようが、ネイサンは自分の元を去るだろうと言った。勝てばビアンカを娶って店を出す。負けたら一人で店を出す。ビアンカを失ってはこのアビゲイル靴組合にはいられないだろう。
「僕が店を出すのですか?」
フリッツに呼ばれてやって来たネイサンは、右京からの申し出に喜んだ。やはり、職人としては自分の店を出すことは夢である。しかも、今回は今話題の伊勢崎ショッピングモールに自分の店を出店できるというビックチャンスなのである。
「君が作ったブーツを見てこれは……と思ったんだ。どうだろう? 君の名前のブランドで売り出すのは」
「ありがたいです」
「ネイサン……とてもいい話じゃない」
「お嬢さん……」
ネイサンと一緒に来たビアンカも喜んだ。だが、その喜びもこれからのことを考えると不安になる。今回のコンペでネイサンが負ければ、自分は一緒に行けないのである。そんなビアンカの表情を見てネイサンも決意した。
「大丈夫です。僕は勝ってお嬢さんと一緒にイセサキさんのところで自分のブランドの靴屋をやりたいです」
「ネイサン! よく言ったわ。わたし、信じているからね」
「それじゃあ、そのコンペに勝てるよう俺も協力するよ。新しい店の宣伝にもなるし」
右京は右手を差し出してネイサンと握手をした。できれば、コンペに勝ってよい形で出店してもらいたいと思った。
「なんだって? ネイサンの野郎に独立話が?」
「へい、ドニの兄貴。さっき聞いたんですよ。正門付近に展開しているショッピングモールのオーナーが金を出して出店するらしいですぜ」
「なんでアイツばかりにそんなおいしい話があるんだよ」
「俺らを差し置いて許せん!」
ネイサンの兄弟子たちは嫉妬心からそう不満を爆発させた。職人としての腕はネイサンより下だが、あんな年下のヘタレ男に自分が劣るとはみんな思っていない。
「まあ待て。あのヘタレにそんなことさせるかよ。この話、ぶっ潰してやるぜ」
「兄貴、そんなことできるんですかい?」
「悔しいけど、アイツの腕はそれなりにありますぜ」
「ふん。そんなのはここを使えばどうにでもなる」
ドニは自分の頭を指差した。腕ではなく頭を使えということらしい。そして、仲間にヒソヒソと考えたことを話す。
「そりゃいいね、兄貴」
「面白いぜ。あのヘタレが泣き叫ぶ姿を笑ってやりましょうよ」
仲間は話を聞いてニタニタと薄笑いを浮かべた。仲間の一人は『さすがにそこまでは……』と反対したがドニを始め、他のみんなが睨みつけて沈黙してしまった。
「これでビアンカは俺のもの。あいつの出店話もぶっ潰れるさ」
ドニの目が光った。それは悪意に満ちた輝きを放っていた。




