靴屋ネイサン
新しい話開始です。
本って武器になるのか? というツッコミ待ちw
但し、しばらくは本編に入らず、ショッピングモールに入るテナントの物語がショートで続きます。
「それでは伊勢崎ショッピングモール経営戦略会議を始めます」
そうヤンが宣言して第1回の会議が開かれる。出席者は現在テナントを経営している店のオーナーと伊勢崎ウェポンディーラーズのメンバーである。テーマは伊勢崎ショッピングモールの今後の戦略だ。イヅモの町の正門から続くエリアの再開発事業に乗っかって土地を買い占め、ショッピングモールを始めたのだが、まだ、発展途上であり、今後の展開が重要であった。
「この町に来た冒険者が集うショッピングモールにしたい。冒険者がここで準備をし、心と体を癒し、また、帰ってくる場所。これが俺の考える経営方針です」
右京は冒険者相手の武器買取り業をメインとしている。そこから手を広げて、このショッピングモール経営に携わっているが、まだショッピングモールと呼ぶには入っているテナントが少ない。
今あるのは、武器関係の店が3店舗。飲食関係が3店舗。宿泊施設が1つ。薬屋が1つ。クロアの魔法のアイテムショップが1店舗。日用品を売る店が2店舗。服屋が1店、ボスワースの金細工屋にカイルの武器修理工房、フランのけだものや2号店と15店舗しかない。まだ、ショッピングモールと呼ぶにはお粗末な状況だ。
武器関係の店は、右京の経営する中古武器の買取り店『伊勢崎ウェポンディーラーズ』これは買取り店とそれをリニューアルした販売店が併設されている。これにモイラ布を使ったクロスアーマーの店。アマデオに出店してもらった新品武器のアウトレット店の3つである。
モイラクロスアーマーはその性能から、注文が殺到しているが今はダンゲリングの傭兵団への供給が先で生産量が追いついていない状況だ。
「帰ってくる場所ということでは、宿泊室である月海亭は連日満員で大成功ですが、ロディさん、何かご意見は?」
ヤンがそうロディに話をふる。ロディはホテル月海亭の支配人で、妹ミーアとともに冒険者相手に手厚いサービスで繁盛させていた。
「お客様のほとんどはリピーターです。一度泊まられると1週間くらいは滞在していただけます。ただ、お客様の動きを見ていると飲食関係が弱いと思います。一応、月海亭でも朝と夜には食事ができますが、毎日では飽きますし、お客様もいろんなものを食べたいと思うのです」
「うむ。特に夜は手薄だもんな」
右京が言う通り、夜になるとフェアリー亭が閉まってしまうのでミートバーガーの店と月海亭でしか食事ができなくなるのだ。これは早急に対応するべきだろう。フェアリー亭は元戦士のガランが経営する店だが、開いているのは朝から夕方まで。夜は美しい新妻とゆっくり過ごしたいので店を閉めている。
「食べ物屋は早々に良さそうなところをスカウトして増やそう。そのためには、もっと冒険者を惹きつける店を増やす必要がある」
「分かりました。出店候補のリストを作っておきます。みなさんもお勧めの店があったら、教えてください」
「わかったでゲロ」
ゲロ子が小さなノートを出してチェックしている。自分が食べた店のコメントと星印が付いている。ゲロ子の奴が経営しているゲロゲロアイスも相当に繁盛しているので、この方面の情報は侮れないだろう。
「冒険者連中が言うには、無料のシャトル馬車が便利だけど、ちょっと待つんだよねと言っていたぞ」
そうキル子が冒険者目線で意見を述べた。シャトル馬車は右京のアイデアで、町の中心と伊勢崎ショッピングモールをつないでいる。1回に15名が乗れて30分おきで運んでいるがどの便も満員であった。ほとんどの客は冒険者ギルドに用事があるので、ショッピングモールと冒険者ギルドを結ぶことは必然性があった。
また、イヅモの町を訪れる人間は、正門とされる東門からやってくるわけではない。門は全部で4つあり、それぞれ東西南北の門から毎日、たくさんの人がやって来るのだ。それらの人々が集まる中心エリアからの人の流れを作りたいところだ。中心エリアからここまでは歩いて30分であるが、歩きたくないという人も多いだろう。
「それについては、30人乗りの馬車を2台追加して、15分おきに運行できるようにする予定ですが、店が増えるとなるとさらなる増強が必要ですね」
さすがヤン。既に手を打っている。右京はつくづく、この青年を雇ってよかったと思う。アイデアは右京が出せるがそれを適切に運用できるのは、彼の手腕があってこそである。
「ご主人様、冒険者ギルドの出張所を作る件はどうなりました?」
ヒルダがそう右京に尋ねた。ゲロ子もそうだが、使い魔は行ったことのある冒険者ギルドへ瞬時に移動する能力がある。それでギルドに出ている討伐依頼や仕事内容を掲示板から知ることができる。今はゲロ子に3時間おきに見に行かせて、月海亭のロビーに掲示しているが、そこで受付ができるとさらに便利がいい。
「ギルドは好意的で話は進んでいるけど、肝心の窓口業務をこなせる人間がいなくてね。これはかなり重要な仕事なので、それなりの人物じゃないとできないのだ」
右京がそう説明した。手数料で稼ぐ冒険者ギルドとしては、出張所を作って客を獲得してくれるのは悪い話ではないが、本部との連携がうまくいかないとダブルブッキングなどのトラブルもある。
「それについても近々、ギルドとの交渉が終わります。窓口担当者についても、心あたりがあるので、なんとか立ち上げられそうです」
「ゲロゲロ……ヤンはスーパーでゲロ」
「確かに君はすごい」
ヤンは銀行員をやめて右京のところへやってきた若者だ。融資業務をしていたのだが、今はショッピングモールを経営するという仕事に水を得た魚のように生き生きとして仕事をしている。彼なしではここまで順調にやって来れなかったであろう。
「では、各自、それぞれの部署で頑張ってくれ。以上で戦略会議は解散だ」
右京がそう言って会議は終了した。終了するとキル子が右京のところへやって来た。何か相談があるみたいだ。
「右京、このブーツを見てくれないか」
キル子がそう言って椅子に自分の右足を乗せた。ちょっと行儀が悪いが、いつものショートパンツにビスチェ姿にショートブーツという格好でこのポーズは、どこかのグラビアモデルを連想させて右京も釘付けになる。
「キル子、焦ってお色気攻撃でゲロか」
「焦ってない!」
テーブルのゲロ子を指で弾きつつ、グイグイと右京に迫る。
(おおお……)
グイグイ迫る肉感ムチムチボディ。
「おい、どこを見ている右京」
「股間でゲロ」
「見てねえ!」
右京とキル子の同時攻撃でゲロ子、またしてもテーブルの上で転がる。改めてキル子の履いているブーツを見る。この世界で一般的な牛皮製の黒いものではなく、黄色の皮で作られている。靴底は分厚く、固いゴムが貼られ、さらに丈夫な紐で編み上げられている。
「キル子、なかなかの物だが、あまり見たことない製品だな」
「そうだろう。これはオーダーメイドなんだ。ある靴職人に頼んで作ってもらったのだ。これは完全防水でもあるんだ」
「へえ! それはすごい。どこで手に入るんだ?」
「それがな……」
キル子が話を始めた。ある恵まれない靴職人の話だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある靴職人がいる。イヅモの町で最大の靴組合アビゲリル靴組合に務める青年だ。容貌は痩せて丸めがねをかけ、天然パーマの黒髪が唯一印象に残る、冴えない感じ。今年、28歳になる。貧しい農家の出身で、口減らしのために12歳からこの靴組合の丁稚奉公に出されて16年になる。
「ネイサン、また勝手なことをして。てめえは言われたことをしていればいいんだよ!」
「そうだ。短い休み時間はきちんと休めよ。そんなことしてミスをしたら俺たちに迷惑がかかるだろが」
兄弟子たちにそう叱られるネイサン。いつも朝早くから夜遅くまで靴組合の生産工場で働かされ、指示されたとおりの革靴を作っている。だが、昼休みの時間に食事もそこそこにして、試作品を作っていたところを咎められたのだ。ちなみにネイサンの腕は兄弟子たちよりもはるかに上で、疲れたからミスをすることはありえなかった。そんなところが妬みの対象にもなっていた。
「材料は自分で買っています。工場のものは使っていません」
「当たり前だ。工場の材料を使ったら、半殺しだぞ」
兄弟子と言ってもネイサンと同時期に入ってきた男たちだ。隙あらばサボったり、休日には僅かな金を握ってギャンブルや酒場で散在したりする兄弟子とは違い、ネイサンは自分の腕を磨くことに余念がなかった。今も自分のお金で革を買い、自分でデザインしたショートブーツを制作していたのだ。
「何だ? この革。黄色いじゃないか?」
「こんなもん、売れるわけねえだろ」
兄弟子たちは口々に馬鹿にする。工場が決めた企画の靴は作れるが、自分でデザインしたものなど作ったことがない連中である。ちなみに今回、試作しているブーツは、ヌバックであった。これはネイサンのアイデアで町の革専門店「けだものや」で取り扱っている製品である。
ヌバックとはなめし終えた革の表面をごく薄く剥ぎ取り、紙やすりで繊維を毛羽立たせたものである。これに染料で色をつければ色々と加工できる。手触り感の優しさが特徴であった。
同じようなものにスエードがあるが、これはなめした革の裏側を使うもので、ヌバックとは製法が違うが、共に革製品として応用がきく素材であった。だが、昔ながらの靴作りを信条とする靴組合では、そんな新しい素材を使うという発想がなかった。
ガシャンと兄弟子の一人が道具を蹴り飛ばす。この年下の男が自分たちよりも腕がいいことへの腹いせだ。何の努力もしてこなかったことは棚に上げている。
「まさか、お前、お嬢さんを狙っているんじゃないだろうな」
「そんなことありません」
「ふん。親方は腕のいい職人にお嬢さんを嫁にやると言ったから、そんなブーツを作ってアピールするつもりだろうが」
「いいえ、そんなこと……」
兄弟子たちは言いがかりをつけて、ネイサンに暴力を振るおうとしたが毅然とした声にそれは制止された。
「何をしているの! あなたたち!」
このアビゲイル靴組合の令嬢ビアンカである。短くした栗色の髪が快活な印象を受ける娘である。令嬢と言っても靴組合はそんなに大きな組織でなく、従業員30人程度の小さな町工場であった。ビアンカ自身も職人と一緒に働いていた。
今年、22歳になる女性である。この世界ではもう嫁に行ってもおかしくない年頃であるが、父親が溺愛していて気に入った婿がいないので、未だに結婚していなかった。
「ちっ、お嬢さんか」
「お嬢さんは、いつもこいつを甘やかす。そんなんじゃ、組合のためになりませんぜ」
「組合のためにならないというなら、あなたたちは何をしてるのですか?ネイサンはいつも自分の腕を磨いているじゃないですか」
「ちっ……。お嬢さんはそいつを贔屓しすぎですぜ。いくら小さい頃、遊んでもらったからって、そんなヘタレをかばうことはない」
兄弟子たちは白けてしまい、その場を立ち去った。後にはネイサンとビアンカが残る。
「お嬢様」
「もう、お嬢さんじゃないでしょ! ビアンカと呼べって、いつも言ってるじゃない」
「そんな大それたことはできません。親方の大切なお嬢様を名前で呼ぶなんて」
「はあ……。ネイサンって、もっと自己肯定感をもっていいと思うわ。腕は超一流なんだし、あんなクズ職人にいじめられるなんてどうかしている」
「一応、年上だし……」
ウジウジしているネイサンの背中をパンと叩くビアンカ。この6つ年上の青年には、小さい頃、随分遊んでもらった。ビアンカが6歳でネイサンが12歳の時である。その後、ビアンカも靴職人を目指して工場に入ったから、ネイサンの才能を買っていた。靴作りの腕もかなりのものだが、新しい発想で靴をデザインする力に惚れていた。これは父親のフリッツも買っていた。後継は息子がいるので、娘のビアンカは腕の確かな職人に嫁にやりたいと思っていた。ネイサンは密かに婿候補であったが、気の弱さから決めきれないでいたのだ。




