慕情は美しい過去となる
第11話、堂々の完結。
ちょっと長いです。
「はあ~っ。退屈だ」
「ご主人様、わたくしの魔法で脱出しましょう。こんな牢などわたくしにかかれば……」
「まあ、待てよ。そのうち、助けが来るから」
「もう~。ご主人様ったら、それじゃ、わたくしが全く活躍できないじゃないですか!」
ヒルダがぷくっと膨れるが、それなりに満足そうだ。ゲロ子の代わりに自分が右京の傍らにいられるからであるが。今はホーリーのところにゲロ子。右京のところにヒルダと使い魔が逆転している状態だ。今日で右京が牢にぶち込まれて今日で2日目となる。
罪状はオルンハルト公爵をぶっとばしたからであるが、裁判なしに拘留されているのは、被害者の貴族がもうすぐ結婚し、恩赦が出ることを見越してであろう。だが、右京は余裕であった。昨日のうちにヒルダがやってきたこともあるが、こうなることを見越していざとなったら救出してもらうことをある人物に頼んでおいたのだ。
「どうやら、待ち人が来たみたいだぞ」
右京が耳を澄ますと、コツン、コツンとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。その後から複数の足音も。そして足音は右京の牢の前で止まった。
「右京、こんなところに閉じ込められて。寒くはないのですか?」
「寒くはないけど、快適でもない。飯もまずい」
「でも、面白そうなところね。わたくしも右京となら、ここで一晩泊まってもいいかもしれないわ」
相変わらずどこかズレた言動の若い女の子の声。その声の主は右京がよく知っている人物である。顔を上げると両脇に家来を二人引き連れた王女様が立っていた。二人の悠長な会話に付き人が口を挟んだ。
「殿下、早くしないと式が始まってしまいます」
「そうね。それではサンケス大尉、右京様を出して差し上げて」
そう命令するステファニー。執政官としてイヅモに赴任した彼女にとっては、このイナの町も管轄の一つなのだ。つまり、彼女はこの町の行政で絶大な権力を握る人物なのだ。右京は万が一のためにステファニーに頼み、この町に足を運んでもらって一挙に解決してもらおうと手配していたのだ。
いつも暇を持て余しているステファニーは右京と遊べることが楽しくて、すぐに部下に命じてイナの町で起きていることを調べ上げ、右京が牢に入れられたことも知って助けに来たのだ。これも優秀な部下のおかげである。なぜなら、ステファニーは無能王女。脳内はいつも雲一つない晴れ女なのだ。
「ティファ、馬車の用意はできているよな」
「もちろん。カンサク秘書官、用意はできていますね」
「はい。殿下」
そうかしこまる秘書官。この秘書官と右京を牢から出してくれたサンケス護衛官はともに25歳のエリート青年。サンケスは軍人らしく刈り上げヘアのアーミー男子。秘書官のカンサクはメガネが似合う長髪男子だ。ともに背が高く、ステファニーの両脇に立っているだけで絵になる青年だ。2人ともステファニー王女が執政官を無事に務めることができるように、政府から特別に付けられた優秀な人間なのだ。
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「それでは新郎、ゴルル・ド・オルンハルト、汝はこの女を妻とし、一生愛すると誓うか」
神官の問いかけにオルンハルトは力強く答える。
「ウッホホホ……。誓うでウホ」
あまりの嬉しさに変な言葉遣いが交じるオルンハルト。いつか見た光景と一緒である。式を取り仕切る神官は思わず苦笑したが、すぐ厳格な表情を取り戻した。
「それでは新婦、ホーリー・ド・セガール……汝はこの男を夫と認めるか」
沈黙があった。それでオルンハルトは昔を思い出した。嫌な思い出だ。そんなことを思い出したのも先日のハンババ討伐でアオイを見たからであろう。オルンハルトが気絶している間に彼女は消えてしまったが、初めて会った時と変わらぬ美しさであった。でも、今、自分の横に立つ少女は、それに比べても遜色ない。それにこの少女はアオイとは違い、99%手に入れたも同然なのである。
「……はい」
抑揚のない小さな声でそうホーリーが答えた。心の中で(やった!)と小躍りするオルンハルト。実際にはハンババ退治で負った傷で右足は骨折していたし、左腕も折れていた。今は松葉杖をついてかろうじて立っている。だが、今夜はそんなケガを忘れてハッスルするつもりだ。腰が自然にカクカクと動く。
だが、まだ確実ではない。結婚証明書にサインをしてからだ。これで100%決定だ。神の前でこの証明書にサインすれば例え国王でも意義を唱えられないのだ。
オルンハルトはサラサラとサインする。そして、ホーリーも淡々とサインした。これで決定である。オルンハルトは勝ったと思わずガッツポーズをした。その時だ。
「その結婚待った!」
式場全体に響く声。同時に神殿のドアが開く。なんとなく、オルンハルトはこんなことが起こるのではないかと予感していた。しかし、もう遅い。誰がなんと言おうとも今日は傍らの新妻とオールナイトフィーバーなのである。
「誰だ!」
一応、オルンハルトは叫んだ。同時にセガール侯爵も叫ぶ。護衛の兵士が駆け寄る。ドアのところに若い男が一人立っている。右京である。そして、その後ろに若い女の子と2人の男が立っている。
「ええい! 下がれ、下がれ!」
ステファニーの近習である護衛官のサンケスがペンダントの紋章を掲げる。それには王家の紋章があった。
「このお方を誰だと心得る! この国の王位継承権3位。ステファニー王女殿下であるぞ」
ステファニーが胸を張って一歩前に出る。こういう時はステファニーの気位の高さが、威厳につながり人々は思わず頭を垂れた。
兵士たちも敬礼する。セガール侯爵もオルンハルト公爵もぽかんと口を開けるしかない。
右京とステファニーがゆっくりと歩いて、ホーリーの元へ行く。右京が花嫁姿のホーリーに話しかけた。
「大丈夫か、ホーリー」
「……」
人形のように無表情なホーリー。明らかに何かされたようだ。
「セガール侯爵、これはどういうことですか? イヅモより女の子を誘拐し、無理やり結婚をさせるなんて。それに彼女はイルラーシャ神の神官ですよ。神官を誘拐するとは、重罪に値します」
ステファニーがそう叱責する。実際は秘書官のカンサクが差し出す原稿を棒読みしているだけだが。だが、セガール侯爵には、この叱責に対する対抗手段があった。
「恐れながら、王女殿下、ホーリーは私の娘です。ほら、このように証明の書類があります。ホーリー自身がサインしています」
そうセガール侯爵が書類を掲げる。ホーリーがセガール侯爵の娘であるなら、誘拐したことにはならない。神官であっても親の権利の方が強いのだ。そして、娘の結婚は親が決める権利がある。これはこの国の貴族の不文律であった。さらに勝ち誇ったようにオルンハルト公爵も先ほどホーリーがサインした結婚証明書を右手で掴んで見せる。
「この結婚も正当なものである。このサインを見ろ。例え、王族でもこの結婚に対する意義は唱えられない」
勝ち誇る二人のおっさん。だが、ここで来る。待ってましたとばかりに来る。それがゲロ子なのだ。ホーリーの胸元からもそもそとはい出てきたカエル娘。
「ふぁあああっ……でゲロ」
大きなあくびをする。ついでに腕を上に向けてグイっと伸ばす。そして、おもむろにポケットから飴玉を取り出してホーリーの口にねじりこんだ。
「グゴッ!」
あまりの辛さに一瞬で目が覚めるホーリー。これはゲロ子が福袋で当てた魔法効果を打ち消すアメの効果である。
「わ、わたしは今まで何を……」
ホーリーに意識が戻り、二人のおっさんはちょっと焦った。だが、証明書という公的な味方があった。今はその効力に頼るしかない。
「ふん。もう遅いはお前は今日からわしの嫁。今晩は寝かせないぞ。ウホホ……」
片手で胸を叩くオルンハルト。家来の支えられての勝利の雄叫びだ。だが、右京はゲロ子によくやったという合図で親指を立てた。そして、このイケメンゴリラに正義の鉄槌を食らわす言葉を発した。
「おっさん、よく見ろよ。そのサイン、おかしくないか?」
「な、なんだと!」
セガール侯爵が書類を見る。ホーリーのサインがおかしい。思わず、書類に近づき、何度も読んだ。どう見てもおかしい。そこにはホーリーの名前の代わりに
『いせさきげろこ』
と書いてある。
「だ、誰だ~っ。いせさきげろこって誰だあ~っつ」
ゲロ子が耳の穴を掘った指先にふうと息を吹きかけた。
「ゲロ子でゲロ」
「ぬおおおおおおおっ……。馬鹿な、いつの間に!」
さらに、オルンハルトが掴んでいる結婚証明書のサインもおかしい。
『ゴリゴリ子』
と書いてある。
「ゴリ子って誰だよ!」
セガール侯爵もオルンハルト公爵も何が何だか分からない。二人共、目の前でホーリーが確かにサインするのを見た。魔法薬で意識を奪い、操ってであるが。
「この嘘が書けるペンが役だったでゲロ」
ゲロ子が自慢げにふんぞり返った。手にはホーリーがサインしたペンが握られている。ゲロ子がホーリーが書くときにこっそり入れ替えておいたのだ。
「書類は無効。兵士たちよ、わたくし、ステファニー・ラ・オラクルが命令します。この2名を逮捕しなさい」
またもや原稿を棒読みするステファニー。それでも王女で執政官の命令だ。兵士たちが動こうとする。しかし、オルンハルトが叫んだ。
「親衛隊、この者共は反逆者だ。逮捕しろ!」
この神殿にはオルンハルトが国から預かった駐留軍の他に、自らが雇っている私軍の兵士もいた。オルンハルトは親衛隊と呼んでいたのだ。これは借り物の軍とは違い、自分に忠実な兵士だ。この神殿に30名ほど配置していた。だが、この親衛隊、オルンハルトの命令に誰一人として現れない。
「エテ公、あんたの部下は来ないよ。私がぶちのめしたから」
「ア、アオイたん」
神殿の出入り口に立っている男女のペア。親衛隊の代わりに現れたのはハンババ退治した勇者アオイと越四郎であった。彼らの人間離れした無双で、オルンハルトの親衛隊をすべて倒してしまっていたのだ。
「全く、相変わらずだな、エテ公」
「ア、アオイたん、わしの元へ戻ってきてくれたんだね」
「そんなわけないだろう!」
アオイはハンババ退治の依頼人であるホーリーの母、シンシアにハンババ退治の報告と彼女から聞いていたオルンハルト公爵の悪事を聞いて天誅を下しにやってきたのだ。元婚約者として引導を渡すのが仕事だ。
「ア・オ・イた~ん」
足を骨折しているのにアオイに駆け寄るオルンハルト。ゴリラの目に涙。歓喜の涙。アオイを抱きしめようと両手を大きく広げた。
カシャンアオイはカタナを抜いてまた鞘へ戻した。一瞬の居合抜きである。鞘に戻った瞬間にオルンハルトの服が切り刻まれて落ちた。裸のまま、その場に崩れるオルンハルト。
「みね打ちだ。エテ公、捕らえられて裁きを受けるがいい」
すぐさま、兵士が倒れたオルンハルトを縛り上げる。セガール侯爵も同じく捕らえられる。罪状は誘拐と一般人への従属の魔法薬投与の罪である。
「これにて一件落着です」
満足そうに微笑むステファニー。ちょい役であったが、彼女は満足であった。この後の措置は優秀な二人の部下に任せて、これからイナの町を右京とデートでもしようかなと脳内にお花畑が展開されている。
この騒動はステファニ-の思惑通り、彼女の有能な部下たちが適切に処理した。それによるとセガール侯爵は一般人の誘拐と結婚の強要、虚偽でもってハンババ退治に国軍を使い、多数の犠牲者をだしたこと。さらにはメイドへの虐待も罪に問われた。彼は隠居。そして都にて禁固1年を命じられた。セガール家の家督は息子のジュラールが継ぐことになり取り潰しだけは免れた。これはイナの町の住人の強い要望に配慮した結果であった。
また、オルンハルト公爵はハンババ退治で失態し、多くの兵士を死なせた罪。無理やり少女と結婚しようとした罪で、司令官職を免職。都へ収監されて無期限の謹慎処分となった。
「葵公主様。これからどうなさいますか」
全てが解決したのを見届けて、越四郎はそうアオイに尋ねた。20年ぶりに会った幼馴染である。お互いに年を取ったが、心はあの時のままだ。越四郎は葵公主がオルンハルトの結婚を拒んで逃げ出し、冒険者のグループに助けてもらったことまで聞いていた。越四郎はできれば、一緒に義の国に帰るか、別の町でアオイと一緒に暮らしたいと考えていた。だが、アオイの言葉は意外であった。
「ん? 話してなかったか? 私は……」
アオイがそこまで言うと言葉を遮るように不意に声がした。
「お母様、また、こんなところで遊んでいる」
越四郎が見ると15歳くらいの男の子とその下くらいの女の子。3、4歳くらいの幼児が立っている。傍らには上級貴族が使用する豪華な馬車がある。お付の家来も何人かいる。
「あら、エドモンドにシズカ、エリンまで来たの?」
「来たじゃないよ、お母様。お父様はお母様がいないと仕事が手につかず、毎日、ふさぎこんでいるし、本国からの公務も滞っています」
エドモンドと呼ぶ男の子がアオイに説教をする。慣れた感じがするのは、いつものことなのであろう。そして、シズカと呼ぶ女の子。顔はアオイそっくりである。あの外で真っ黒になって一緒に遊んだアオイがそこに立っている。
「もうお母様ったら、暇を見つけるとすぐ冒険で出てしまうのだから。エリンの世話、大変なのよ!」
強気な感じの性格もアオイ譲りである。越四郎はおそるおそる尋ねた。尋ねなくてもおおよそ、頭の中で理解はしていた。あくまでも確認である。
「葵様、この子達は」
「ああ、私の子供たちだ」
「へ?」
予想はしていたが、越四郎、やっぱり固まる。何万年前の氷河に閉じ込められた感じだ。
アオイが参加した冒険者のグループは、隣国ペルガモンの第3王子がリーダーを務めていたのだ。王子の武者修行のために編成されたグループであったのだ。5年ほど行動を共にしたアオイはこの第3王子ハリーと結婚したのだ。今は特命全権大使としてアマガハラの都に駐在している夫に付いてこの国に住んでいる。
時折、大使夫人の仕事に飽きると単独でふらりと冒険の旅に出る癖があるが、赴任するまで15年間は、ペルガモンの王宮で暮らしていたのだ。どうりで今まで見つけることができなかったわけだ。
(そ、そんな……)
落胆する越四郎。だが、子供たちと楽しそうに話しているアオイの姿を見ると越四郎は、心がだんだん晴れてくる。さすが男、男の中の男だ。迎えに来た馬車に乗り込むアオイに越四郎は尋ねた。
「葵公主様」
「なんじゃ、越四郎」
「葵様は、今、幸せでござるか」
「……ああ。私はとっても幸せだ」
「……よかったでござる」
越四郎はそう笑顔でアオイと子供たちが乗る馬車を見送ったのであった。
そんな越四郎の肩をポンと叩く右京。
「越四郎さん。越四郎さんは立派だと俺は思います。好きな女性の幸せを考えられる人は素晴らしいです」
越四郎がアオイのことを20年も探していたことを告げたら、きっとアオイは苦しむことになるだろう。それをさせまいとした越四郎の男気に右京は感動した。
「おっさんは、人が良すぎるでゲロ。ここは全てぶちまけて、ドロドロの愛憎劇に……イタタでゲロ」
右京がゲロ子のほっぺたを引っ張る。このカエル、相変わらず人の不幸は蜜の味という奴だ。それに女なんてやっぱり気まぐれだ。右京は昔、会社の先輩が落ち込んでいるので、理由を聞いたことを思い出した。3年ほど付き合っていた彼女が結婚してくれなければ別れるというので、めんどくさくて別れたのだが、その彼女、その3ヶ月後に結婚したというのだ。
「右京、女なんて信用するなよ。あいつら、身近の男にすぐクラっといってついて行ってしまう生き物なんだ」
よりを戻そうと思っていたのに、この結果を受けて男泣きする先輩を慰めた右京だったが、今のケースも同じようなものだ。女は遠くの思い人よりも近くの男。右京は花嫁姿のホーリーをチラリと見た。
(彼女もやっぱり、そういう生き物なんだろうか?)
「どうしましたか? 右京様。わたしの顔に何か付いています?」
「いや」
ホーリーに限ってそれはないと思いたい。キル子やクロアもだ。
「ご主人様~っ」
自分に向かって飛んでくるバルキリーは絶対ないだろうとは思うが。右京は気を取り直して、越四郎に右手を差し出した。
「越四郎さん、うちに来ませんか。あなたの技を是非、うちで生かして欲しいのです」
「……了解したでござる。微力ながら力を尽くすでござる」
固い握手をする男二人。
「気持ち悪いでゲロ。女を救出に来たのに最後は男の友情でゲロか?」
収入
獅子王の売却 8500G
源氏車修理代 800G
(未払代金はアオイ大使夫人から後日支払われる)
支出
獅子王買取り 3500G
修理費用 500G
ホーリー救出費用 1000G
「儲かったでゲロ」
「話が長かった割にはあまり儲かっていませんね」
「ヒルダはそんなこという資格ないでゲロ。ゲロ子の活躍ぶりに比べて、最後は全く目立たなかったでゲロ」
「それは仕方がないですううう……。人間相手に攻撃魔法ブチ込むわけにはいないですから」
「全く、オーバースペックな奴は使い勝手が悪いでゲロ」
おっさんの慕情、ここに散るw
きっと次の出会いがあるよ。そのうち。




