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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第11話 慕情の太刀(黒漆糸巻太刀 『銘 獅子王』
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エテ公の嫁にはなりたくない

当時、東方の小さな島国『義』では、反乱軍を討伐するために強力な軍事力を必要としていた。そのため、公主を王国の有力貴族に嫁がせて、その軍事力の援助を確固たるものにする必要があった。

 

そこで選ばれたのが四女の葵公主。間もなく16歳になる美しい公主であった。相手は王国の軍人で有力貴族の息子。将来は軍の重鎮になること間違いないという男であった。ゴルル・ド・オルンハルト男爵。オルンハルト公爵家の後継者であった。

 

葵は無理やり船に乗せられ、王国に着くと休む暇もなく、アマガハラの都へ連れて行かれた。そして、到着と同時に純白のドレスを着せられ、神殿での結婚式となった。こんなに急に自分の人生が変わってしまうことに、最初は反発した葵だったが、ここまでの旅の間に葵なりの考えが出来上がっていた。


それは、自分がこの政略結婚を受け入れることで、『義』の国の安寧が保たれ、多くの人民が平和に暮らせるということ。王族である公主は政略結婚の道具として存在するのだ。それは王族の務めなのである。葵としては受け入れるしかないという心境であった。


「それでは新郎、新婦、お互いの顔を見なさい」


 黒いベールに顔を覆われて、この時点で自分の夫となるべき人物の顔を見ていなかった葵は心臓がドキドキしてきた。国のために自分の身を任せる男である。どんな男か興味が高まる。それは新郎の方もであった。若きオルンハルト青年は25歳。これまで多くの女性と浮名を流してきたが、今日、正式に正妻となる女を娶るのだ。16歳の若い嫁である。


オルンハルト青年はそっと花嫁のベールをめくる。夫だけに許された行為である。そして、花嫁の顔を見た。


「か、可愛い……」


 驚愕の可愛さである。ちょっとつり上がった目が生意気でこれまた、オルンハルト青年の心を鷲掴みにした。今日から花嫁になる女性の名前は『葵』と言った。


(アオイ……アオイたん!)


 ひと目で恋に落ちたオルンハルト青年であったが、花嫁の方は別の反応であった。


(エ……エテ公?)


 見間違えたのかと思い、葵は目を閉じてもう一度花婿を見る。サルだ。どう見てもサルだ。サル意外にありえない。20年後には貫禄がついて、イケメンゴリラになるオルンハルトもこの時はチンパンジーであった。


 オルンハルト青年はこんな可愛い花嫁をもらうことができて、自分は幸運だと神に感謝した。この式が終わったら早速、屋敷に籠って子作りだと思うと、キレのいい腰でクイクイと動かしてアピールする。


(ゾゾゾ……)


 この時の葵は結婚した男女がどうなるかということは、あまり分からなかったが、それでもオルンハルトの姿を見ていたら、どうにも受け入れられない不潔な行為だと思わざるを得ない。


「それでは新郎、ゴルル・ド・オルンハルト、汝はこの女を妻とし、一生愛すると誓うか」


 神官の問いかけにオルンハルトは力強く答える。


「ウッホホホ……。誓うでウホ」


 あまりの嬉しさに変な言葉遣いが交じるオルンハルト。


「それでは新婦、アオイ・ゲンジ・ワガクト……汝はこの男を夫と認めるか」


 シーンとなった。沈黙は1分続く、そして葵は大きな声で言い放った。


「エテ公はムリ」

「は?」


「私はサルと結婚するつもりはない。さらばじゃ!」


 ドレスの裾をビリビリ破る。侍従に預けてあった自分の愛刀『源氏車』をひったくるとあっけにとられている新郎と招待客を残して出口へとダッシュした。そして、外につながれた馬に飛び乗るとムチを入れて駆け出した。


 もちろん、追手が後を追う。葵公主は乗馬も得意で、最初は追手を巧みにかわしていたが、ついには包囲されてしまった。後ろは断崖絶壁で下は川である。


「さあ、葵様。神殿へ戻りください」


「わがまま言っていないで、オルンハルト男爵の妻になるのです。それであなたの国は助かるのですぞ」


「それでもエテ公は無理!」


 葵は躊躇なく、川へ飛び込んだ。



 川の流れは速く、危なく葵は死んでしまうところであったが、泳ぎも達人級の葵はなんとか川の下流で岸へ流れ着くことができた。


「はあはあ……なんとか逃げ切ったか」


 逃げてみて、葵は大変な事をしてしまったと気がついた。これで政略家婚は台無しである。こんなことしでかしては、国にも帰れない。


「困った」


 葵は愛刀に寄りかかって座り込んだ。これからどうしたらよいのだろうか。


「どうしたんですか?」


 不意に声をかけられて葵は振り向いた。旅をしていた4人の冒険者たちであった。葵は迷ったがこれまでの事情を話してみた。何だか、この出会いに運命を感じたからだ。


「ふ~ん。それは災難だったね」


 リーダーの男がそう言った。装備からして剣士という感じだ。葵と同じくらい若い男だ。あとのメンバーは老齢の魔法使い、20代後半の女神官、筋肉もりもりの中年のおっさん戦士とリーダーの青年よりも年上だ。育ちの良さそうな顔つきを見ると、どこかのお坊ちゃんで仲間は雇われた人間だろうと葵は思った。


「行くところがないなら、しばらくこのパーティで冒険者稼業しないか? 一緒に行動していれば追手に見つかりにくい」


 そう青年が誘ったのは葵のもつ刀が普通じゃないと感じ、葵の剣の腕を見抜いてのことだ。腕に覚えがあった葵は、このパーティに加わって全国を旅することにしたのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ホーリーお嬢様、花嫁の衣装にお着替えなさってください」


 そうホーリー付きメイドのハンナは、純白のドレスを持ってくる。ホーリーはオルンハルト公爵の竜騎兵の一団に捕らえられて、セガール侯爵家に連れ戻されたのである。オルンハルト公爵はハンババ退治に向かっており、それが終わればホーリーと結婚式が開催されるのだ。


「嫌です。そんなもの着たくありません。右京様の元へ嫁ぐならともかく、あんなサルのおじさんの妻にはなりたくありません」


 ホーリー激しく拒否する。自分は母親に会いに来ただけなのに、どうしてこういうことになってしまったのだろうか。


「着ていただかないと私が旦那様にお叱りを受けます。先日もお嬢様がいなくなったので、旦那様から罰を受けました」


 ホーリーがハンナの右手の甲を見ると赤くなっている。ムチで手を叩かれたようだ。メイドを虐待するとは最低の男である。


「ハンナさん、こんなところのメイドは辞めて、イヅモの町へ来てください。ハンナさんなら、右京様の店で雇ってもらえると思いますよ」


 そうホーリーはハンナを誘った。右京のところで働けば、給金は今よりも確実に上だろうし、失業した兄や父親も働ける。右京の作ろうとしている伊勢崎ショッピングモールは、どんどん拡大していて、従業員を大量に必要としていたからだ。


 特にハンナはメイドとして心遣いがよく、針仕事ができるので重宝されるはずだ。だが、それもホーリーがこのピンチから逃れることが出来てからの話であるが。


「ホーリー、侯爵がやってくるでゲロ」


 ゲロ子が、もそもそとホーリーのかぶった帽子から出てきた。ハンナと目が会う。


「カ、カエルがしゃべった!」

「カエルじゃないでゲロ。ゲロ子でゲロ」


 ハンナはゲロ子をじっと見る。確かに身長15センチの小さな緑髪の女の子がカエルの着ぐるみを着ている。


「ホーリーさん、これは何ですか?」

「ゲロ子をこれ呼ばわりでゲロか?」


「ゲロ子ちゃんと言って、右京様の使い魔なんですよ」

「そうでゲロ。主様に言われてホーリーを守りに来たでゲロ」

「右京様って、もしかしたらお嬢様の彼氏ですか?」

「えっ……。あ、あの、右京様はわたしにとって神様みたいな人で……」


 なんて言ったらよいか分からないホーリー。だが、ドアの音で話は中断する。セガール侯爵が部屋に入ってきたのだ。ゲロ子はテーブルに置いてあるカゴに隠れる。


「おや、まだホーリーの支度ができていないではないか! ハンナ、一体何をしていたのだ、このウスノロめ!」


「だ、旦那様、すみません」

「侯爵、ハンナさんを叱らないでください」


 ホーリーはハンナをかばう。セガール侯爵は振り返ると怒った顔を作り笑いに変える。


「ホーリー、いよいよ、今日がオルンハルト公爵閣下との結婚式だ。おめでとう」


「その話はお断りしたはずです」


「どうしてもセガール家の娘になるのは嫌か? オルンハルト公爵との結婚は嫌なのか?」


「はい」

「仕方がない」


 セガール侯爵はポケットに忍ばせた噴霧器を取り出すと、ホーリーの顔にひと吹き吹きかけた。ピンク色の霧が発射されてホーリーはそれを吸ってしまった。


「あっ……」


 一瞬で目の前がブラックアウトし、床に崩れるように倒れた。

「お嬢様!」


 ハンナがびっくりして駆け寄る。抱き起こすと息はしている。意識が一瞬だけ飛んだようだが、やがて薄らと目を開けた。だが、ハンナは先ほどまでのホーリーとの雰囲気に驚いた。目が死んでいる。まるで人形のような目だ。


「ホーリー、立ちなさい」

「はい、旦那様」

「私のことお父様と呼びなさい」

「はい、お父様」

「よろしい。そこの椅子に座ってこの書類にサインをしなさい」

「はい、お父様」


 ホーリーはヨロヨロと立ち上がって、椅子に座る。セガール公爵のことを『お父様』と一度も呼んだことのないホーリーが抑揚のない声でそう呼ぶ。明らかにおかしい。ピンクの霧が何らかの作用を引き起こしたに違いない。


 セガール侯爵はホーリーがセガール家の娘であるという書類にサインを書かせた。これでホーリーは正式にセガール家の娘となる。


「ホーリー、すぐに花嫁衣装に着替えなさい」

「はい、お父様」

「ハンナ、急げ。式は1時間後だ」

「は、はい。旦那様」


 そう言うとセガール侯爵は部屋を出ていった。馬車を用意し、急いで式の行われる神殿へ向かう準備を進める。


「お嬢様は一体どうなってしまったの?」

 

 人形のようなホーリーにドレスを着せていくハンナはホーリーの様子がおかしいことに気づいて心配していた。


「ゲロゲロ。あのピンクの霧が魔法の薬だったでゲロ。人間を服従させる魔法薬でゲロ」

 

 ゲロ子が言ったことは正解であった。ホーリーが自分の説得に応じて書類にサインをしてくれないことを見越したセガール侯爵は、反抗的な使用人をしつける魔法薬を手に入れ、それをホーリーに使ったのだ。これを使えば、主人の命令には全て『YES』という文脈で答える。


「まあいいでゲロ。ここは主様の期待に応えるのがゲロ子でゲロ」


 ゲロ子には秘策があったが、ここは大人しく命令に従った方がいいとハンナを急がした。どうせなら、相手が完全に勝ったと思ったところでひっくり返そうと思ったのだ。


(その方が面白いでゲロ)



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