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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第11話 慕情の太刀(黒漆糸巻太刀 『銘 獅子王』
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右京、エテ公をぶっ飛ばす

「ホーリー無事だったか」

「右京様~っ」

 

計画通り、右京はイナの町の神殿のところでホーリーを待っていた。右京の顔を見てホーリーは緊張の糸がぷつりと切れて、その胸に飛び込んだ。安心感で涙が出てくる。


「ホーリー、よく頑張ったな」


 そう右京はホーリーの頭を撫でなでする。ホーリーはそれでますます安らぎと安心感を得ることができた。


「ご主人様、ホーリー様が逃げ出せたのはわたくしがいたからでございます。わたくしも頭を撫でてくださいませ」


 そうヒルダが頭を差し出した。だが、右京はヒルダの顔を見て怪訝な表情を浮かべた。ヒルダの額には『肉女』とあるし、『超ブス』『キモ女』という文字も頬にある。


「ヒルダ、その顔の落書きなんだ?」


「これですか? ゲロ子先輩が書いたのです。消す暇がなくて。まあ、事実なのでそのままにしていましたが……」


「事実だって?」


 右京はヒルダがおかしくなったのではと思った。この子は最近おかしな言動が多いのだが、いくらなんでもおかしい。


「ヒルダ、鏡を見てみろよ」


 神殿の前庭の池の水面に顔を映すヒルダ。最初見たときには、『美人』と書いてあったのに今は『肉女』と読める。魔法が切れたようだ。


「ゲロゲロ……このペンで書くと嘘が書けるでゲロ。書いたこととは別のものが対象者には見えるでゲロ」


「先輩、馬鹿ないたずらはやめてくださ~い」


「ヒルダはここまで何の活躍もしていないでゲロ。ここで活躍しないとお笑い要員決定でゲロ」


「ご心配なく!」

「おおお……」


 バタバタっといつの間にか背後から近づいた2人の男が倒れた。セガール侯爵家の追っ手の男たちのようだ。町の各所に配置されて警戒していたようだ。オルンハルト公爵の駐留軍も動員されてホーリーの行方を探しているのだ。


「ヒルダ、殺してしまったのか?」


 右京は倒れた男たちのことを心配した。さすがに命を奪うのはまずいだろう。


「大丈夫です。スタンの魔法です。一時的にショックで気を失わせるだけの初級魔法です。さらにわたくしの手にかかれば……」


 10人ばかりの兵士がこっちへ向かってきている。駐留軍の部隊である。


「眠りの神、ヒュプノスよ。今ここにまどろみの雲をもって、汝の力を示せ」


 ヒルダがそう呪文を唱えて右手を突き出すと白い煙の塊がボンっと発生して、それがゆっくりと兵士へ向かっていく。兵士は身構えるがその煙が体に当たって拡散すると強烈な眠気が襲って体の力が抜けていく。スリープクラウドの魔法である。


「ゆっくりはしていられないな。ホーリー、町を脱出するぞ」

「は、はい」


 右京は神殿の影に待機させていた馬車へ急いだ。イヅモの町へ帰るために雇った馬車である。ホーリーを乗せて、自分も乗り込むと御者に命じて出発させた。カラカラと音を立てて小さな馬車が進む。


 馬車は目立たない仕様で町では珍しくないものであったので、警戒中の町の中をなんなくすり抜けることができた。問題は町と外をつなぐ検問所。ここでは馬車の中を点検されるのが普通だ。通常なら積荷や乗客の顔を一通り見るだけであるが、この警戒態勢では町の外へ向かう馬車への検分は厳重に行われるはずだ。

特に若い女性には念入りなチェックが行われるはずである。


「困ったな。ちょっと変装すれば抜けられると甘く考えていた」

「大丈夫でゲロ。ゲロ子の魔法アイテムが役に立つでゲロ」


 かくれんぼ毛布である。これをかぶれば姿が消えるという効果がある。遊びでしか使えないと思ったアイテムが今なら役に立つ。すぐホーリーにかぶせると席に座っているのに姿が見えなくなった。


「よし。これなら抜けられる」


 右京も太鼓判を押す。これなら右京一人しか乗っていないように見えるから、検問所は簡単に通過できるであろう。予想どおり、馬車は念入りに調べられたが、小さな馬車で人を隠せるスペースも見当たらず、男一人が乗っただけであったから、簡単に通してくれた。ゲロ子、ナイスである。


 だが、1時間ほど走ると道を塞いでいる軍に出くわす。オルンハルト公爵が率いる駐留軍のうち、選りすぐりの竜騎兵部隊である。人数は100騎ほどである。松明を掲げて野営していたのだ。


「こんな夜に移動とは大変だな」


 馬車に近づいたのは竜騎兵隊長とオルンハルト公爵。ここでイヅモの町へ向かう人間を調べていたのだ。もう日が落ちて道沿いには人はいない。夜に移動するのはよほどのことがない限りはしないものだ。すなわち、右京は怪しいと疑われたのだ。だが、右京は落ち着いて町を出るときに警備兵に告げた理由をよどみなく話す。


「武器商人をしているのですが、明日の朝に急に重要な商談が入ったんですよ。夜通し走るはめになりました。本当なら今頃、イナの町でゆっくり過ごしていたのですがね」


「そうか。それはご苦労なことだ」


 隊長はそう答えた。部下が馬車を調べるが怪しいところはない。オルンハルト公爵は馬車の中を見たが若い女性は乗っていない。右京は初めてオルンハルト公爵を見たが、ほとんどゴリラという容貌であったから、一発で公爵だと分かった。


 ヒルダやゲロ子から話を聞いていたが、ここまでサルとは。容貌で差別するのはいけないが、彼が女癖が悪くて猿人公爵など影で言われていることを聞くと、ホーリーを渡すわけには絶対にいかない。


「うむ……」


 別に怪しいところはないので、オルンハルト公爵も一度は踵を返した。だが、(くん……)と鼻に香しい匂いを感じた。猿人公爵オルンハルト。類まれな女好き公爵は、特技の一つに女性を匂いで識別できるという変態的能力があった。一度、嗅いだ女性の匂いは忘れないのだ。


(このフローラのごとく、可憐で若々しい匂い。これは……)


 オルンハルト公爵は振り返った。そして、命令する。


「この馬車だ。我が妻となるべき、娘が乗っているのは! 者共、捕まえろ!」


 たちまち、100騎の騎兵が馬車を包囲する。


「え、そんな女性乗ってませんよ。どこにいるんですか?」


 慌てて右京はオルンハルト公爵に訴える。だが、オルンハルト公爵は右京に言い放った。


「貴様はその馬車に一人で乗っているのに、なぜ右側に座っているのだ。普通なら真ん中に座るはずだ。そのぽっかりと空いた左席が怪しい。男よ、馬車を降りてもらおう」


(おい、ヒルダ、ゲロ子、やばいことになったぞ)

(ご主人様、左席の透明毛布をめくられたらアウトですよ)

(顔はサルでもサル語は話さないでゲロ)


 右京はゆっくりと馬車を降りる。竜騎兵に囲まれていては突破もできない。ここは外に出て戦うしかない。戦うといってもヒルダの魔法だよりであるが。


(外に出たら戦闘開始だ。ヒルダ、ケガをさせない程度に魔法を使え)

(お任せ下さい、ご主人様)


 兵士が馬車の中を調べようと乗り込もうとした。その瞬間、右京のマントの中に隠れていたヒルダが白い翼をはためかせて飛び出した。


「地の神よ、封じ込めしその力をいまここで解放せよ! アースクエイク!」


 局地的に地震を起こす魔法である。馬車を中心にした半径50mの空間が激しく揺れる。これには竜騎兵たちはたまらず転倒する。馬も転げる。馬車に乗ろうとした兵士もひっくり返った。ホーリーは毛布を脱いで窓から叫ぶ。


「右京様、今です。逃げましょう!」

「おう!」


 馬車につかまり、かろうじて転倒を免れた右京は直ぐに馬車へ乗り込もうとした。だが、この地震に耐えた人物が一人いた。猿人公爵オルンハルトである。超人的な身体能力でうねるように揺れた地面の上で立ち続けたのだ。


「待て!」


 乗り込もうとした右京の肩を強烈に掴む。その力はゴリラ並みである。身動きできない右京。


「ご主人様!」


 ヒルダが次の魔法を唱えようとした瞬間にオルンハルト公爵が左手でヒルダを叩く。


「はれ~っ」


 暗闇の中へ目を回して飛ばされるヒルダ。とんでもない脳筋公爵である。


「これはこれは……我が妻よ。こんな夜にどちらへ行かれる?」


 オルンハルト公爵はうやうやしく、馬車のドアを開けるとホーリーに降りるように合図した。右京は既に引き倒されて兵士に押さえ込まれている。


「右京様に手を出さないでください」


「我が妻の頼みとあらば、怪我はさせませんよ。但し、あなたが大人しくイナの町へ戻ることが条件ですがね」


「……戻ります」


「それがいいでしょう。町でお父様と話し合いなさい。わしはここで野営して明日にハンババ退治に向かわねばならない。これはあなたの父上との約束ですからな」


 そう言うと兵士に命じて馬車にホーリーを乗せて20騎ほど護衛して町へ帰るように命令した。右京については誘拐犯ということで町へ連行するように兵士に命ずる。


「ぬおおおおおっ……」


 3人の兵士に押さえ込まれていた右京が、突然、すさまじい力で3人を吹き飛ばした。驚く兵士をぶん殴る。殴られた兵士は5mほど吹っ飛んで気を失う。暗闇に飛ばされたヒルダがストレングスの魔法を唱えたのだ。重ねがけすると力が倍々になる魔法である。今は3回かけて16倍になっていた。人間3人くらい軽く吹き飛ばせる。魔法の力で筋肉もりもりの超人になった右京。近づく兵士の剣を叩き折り、盾をボコボコにし、2、3人まとめて吹き飛ばす。


「面白い! わしと力比べをしようじゃないか!」


 オルンハルト公爵が右京に近づく。服を脱いで上半身裸になる。毛むくじゃらの体は筋肉もりもり。ゴリラのように胸を叩いてがっしりと右京と両手をつかみ合う。プロレスラーがよくやる力比べだ。両腕の筋肉に血管が浮き出て、両者互角の様相。


「ウホウホ……」


 オルンハルトが雄叫びを上げるが、右京の力が勝る。グイグイと力を加えてオルンハルトを押さえ込もうとする。オルンハルトは苦し紛れに右京に頭突きをかました。頭を打ち付けられて目から星が飛び出る右京。


「痛いじゃないか! このエテ公が!」


 怒りの右ストレートがオルンハルトの顔に命中する。5mほど吹き飛んで気を失うオルンハルト公爵。兵士たちはあまりの恐怖に足が動かない。


「さあ、次はどいつだ! かかってこいや!」


 右京が両手でかかってこいと挑発した。だが、そこまでであった。ストレングスの魔法の効果は3分ほど。ヒルダが魔法をかけた後に気を失ってしまったようで追加魔法もない。


 プシューっと膨張した筋肉が縮んで元に戻る右京。


「あれ?」






「びっくりしたでゲロ。ゲロ子は主様が伝説の格闘家になったと思ったでゲロ」


「うるさい。ゲロ子。お前、俺たちが戦っていた時にまた隠れていただろう」

「仕方ないでゲロ。ゲロ子は戦闘力0でゲロ」


 右京はあの後、兵士の反撃で軽くのされてロープでぐるぐる巻きにされてイナの町へ護送中であった。オルンハルトは気を失っていたので竜騎兵隊長の命令で、イナの牢屋へぶち込まれるらしい。ホーリーが泣いて頼んだのであまり兵士に殴られなかったが、顔にはいくつか傷の跡がある。ヒルダはゲロ子が体を隠したので、捕まらなかったのが幸いであった。


「おい、ゲロ子。ホーリーの方が心配だ。お前はホーリーの元へついてやってくれ」


「主様はよいでゲロか?」

「既に手は打ってある。明後日には助けが来るさ」


「わかったでゲロ……。ヒルダには目が覚めたら主様のところへ行くように書き置きしておいたでゲロ」



「はううう……」


 気がついたヒルダ。何故か木の上の鳥の巣の中。隣には親鳥が卵を温めている。


「クックル……」


 夜だから鳥も寝ている。起こさないようにそっと立ち上がるヒルダ。随分と長く気を失っていたようで、間もなく夜が明けようとしていた。ふと見ると紙切れが置いてある。


 主様が捕まったでゲロ

 イナの町の牢につながれると思うでゲロ。

 救出に行くでゲロ


「わ、分かりました。昨日は途中で気を失ってしまったけれど、不肖、ブリュンヒルデ、愛するご主人様のために無双します!」


 右手をギュッと握り締めて立つヒルダ。


 朝日を受けて神々しいその顔には、「マヌケ女」「役たたず」「エロ女」と書かれていた。


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