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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第11話 慕情の太刀(黒漆糸巻太刀 『銘 獅子王』
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無能な領主と優秀な後継者

 トントン……っとドアを叩いてセガール公爵は部屋の中にいるホーリーに呼びかけた。ドアは特別に外から鍵がかけられるように改造してあった。


「ホーリー、よく考えたか? お前も生みの母親と一緒に暮らした方がよいと思わないか?」


「よく考えました、お父様……でゲロ」


「?……そうか、そうか、よく考えてくれたのか。それでどうだ、私の娘になることに決めてくれたか?」


「はい……。わたし……お父様の娘になる……でゲロ」


 何だか変だとセガール侯爵は思った。声は確かにホーリーであるが語尾に不思議な言葉が付いているのだ。


「ホーリー、入るぞ」

「ダメです、お父様……今、着替えている最中でゲロ……エッチでゲロ」


「そ、そうか……」


 さすがに義理の娘の裸を拝むわけにはいかないので、セガール侯爵は扉の前で待った。3分経った。


「もういいか? ホーリー」

「ダメです……今、パンツを履いているでゲロ」


「パ……パンツ? それではちょっと待とう」


 5分経った。


「ホーリー、さすがにもういいだろう? 入るぞ」

「ダメです……。今、ブラジャー付けているで……ゲロ」

「ブ……ブラジャー!」


 セガール侯爵、ドアに鍵を差し込んだところで止まった。開けるのはまずいだろと思ったが、さすがにおかしいと思った。1分ほど待って、ドアを勢いよく開けた。一歩、部屋に入るとバナナの皮を踏んだ。必ず踏んで滑って転ぶ魔法のアイテムである。大きな音を立ててセガール公爵はひっくり返った。バナナの皮が頭にペタリと乗った。


「どうしました? お父様……でゲロ」


 ホーリーの声の正体。ゲロ子が買った福袋に入っていた魔法のお札。壁に1枚貼ってあって、そこから声がする。これは任意の人物の声で受け答えすることができるアイテムだ。ホーリーの声を覚えさせて、ゲロ子が言葉をしゃべって覚えさせたのだ。ちょっと不良品だったみたいので、語尾のゲロが変換されなかったようだ。


「逃げたな! 畜生め!」


 セガール侯爵はここへ来てやっと状況を理解した。早急に何とかしないと自分の破滅だと慌て始めた。


「ルイ、ルイはいるか!」

「旦那様。わたくしめはここに……」


 忠実な執事のルイを呼ぶ。30代前半と思しきこの執事は、容姿も優れているが、行動も優れていた。既にセガールがドア越しにホーリーを呼んでいた時に異変を察知して、すぐに追手を差し向けていた。この没落寸前貴族に仕える者たちの中で、秘書官のミッシェルとこのルイは優秀であった。


「ホーリーが逃げた」

「はい。既に追っ手を向かわせております」


「オルンハルト公爵閣下に伝令を……」

「既に出してあります」


「そ、そうか……」

「旦那様の移動の準備も整っております」

「わ、わしがか?」


 ルイの手はずの良さに圧倒されるセガール侯爵。痩せた貧相な体格でいかにも小物感が漂う男であるが、鼻の下のピンと張ったヒゲだけ自慢であった。不安になるとそのヒゲを右手で触る癖がある。


「旦那様が直接指揮を取れば、追っ手の者たちも勇気づけられましょう。それに旦那様ご自身でいかなければ、オルンハルト公爵閣下にも顔向けができません」


「そ、そうだな……」


 セガール侯爵はルイが手配した馬車に乗り込み、ホーリーの後を追った。逃げるとしたら、イヅモの町へ行くはずで、そのルートを遮断すれば捕まえるのも難しくはないというのが優秀な執事ルイの判断である。


「あら、優秀な執事様はまるで犬のように忠実ね」


 セガール侯爵が慌てて出立していくのを送り出した執事のルイに、秘書官のミッシェルが皮肉を言った。彼女もルイと同じ年なので口調に遠慮がない。


「執事たるもの、例え、主人に非があってもお支えするのが職務」

「間違っていたら正すのも職務だと思うけど」


「それは執事の仕事ではない」

「そりゃそうだけど。でも、あんた、旦那様について行かなかったわね」


「執事の仕事は屋敷内で起きたことに限定される」

「とかなんとか言って、あんたも旦那様のやり口には反対のようね」


 執事のルイは優秀だ。セガール侯爵についていけば、現場で色々と助けてしまうだろう。それが彼の職務であるから。付いていかなければ、力を貸すこともない。ルイはそうミッシェルに指摘されたが、答える代わりに右目で軽くウィンクした。


「早く、旦那様には引退してもらって、ジュラール様が後を継がないかしら。このままじゃ、この家の将来は真っ暗だわ」


 無能な当主に仕えると使用人は苦労する。領民もである。今はモンスターの出現で町の主要産業である木材の生産に支障をきたしているが、その前にセガール侯爵のまずい経営のせいでみんな困っていたからだ。


「そういえば、ジュラール様は今朝からどこに行かれた?」

「森林組合長のところによ。密かに進めているビジネスの件が本格始動するらしいの」


「そうか」


 ジュラール・フォン・セガール。まだ14歳の少年であるが、都で学問を学ぶ傍ら、領民とも交流を進め、この苦境に対して積極的に関与していたのだ。



「ジュラールお坊ちゃま。ご指示の通り、試作品をいくつか作りましたが、うまくいきました。これなら売りものになりそうです」


「強度はどれくらいです?」

「この厚さの板で馬車が踏んでも割れません」

「水への耐性は?」

「1ヶ月水につけても腐らないです」

「それはよかった」


 ジュラールは朝からイナの町の森林組合長と工場長と相談していたのだ。このイナの町の主要産業は木材である。木材は私領であるセガール侯爵家の持山から調達する。その木材を加工し、建築資材として売っていたのだが、他地域との競争に負けて不況に落ちていたのだ。町の大半の住民は木材関係の仕事をしていたから、町は火を消したように活気を失っていた。そこでジュラール少年が考えたのが木を使った新しい加工品の販売である。


 木を大根の桂剥きのように薄く切り、それを繊維の方向を交差させるように重ね、膠などの接着剤で圧締して貼り合わせて作る合板の生産である。接着剤の種類や圧締する方法を工夫することで、割ることなく強固な合板を作ることに成功したのだ。これはジュラールのアイデアと組合長を中心とするプロジェクトチームの努力の賜物であった。


 合板は木よりも重さの割に強度があり、伸び縮みが少なく、熱伝導率も低いなど利点が多くある。また、大きさも変えられるので広い板を作ることができる。これは加工するのに有利な材料となる。但し、接着剤で貼るから薄く剥がれてしまうという欠点もあり、この世界の技術ではまだ実用には遠い性能しかなかったのだ。


 それをジュラールたちのアイデアで解消したのだ。まずは接着剤の工夫。通常よく使うにかわではなく、尿素を使った接着剤を使用したのだ。これは王都で研究を進めている科学者から聞いた話を元に作ったものである。これを使って熱を加えた圧締する技術で開発したのだ。これはまだどの地域でもやっていない新技術である。


「これを売り出せば、注文が殺到します。解雇した人々もまた雇うこともできます」


 そう工場長がうれしそうに言った。現在、工場は生産停止状態であったから、この合板を作ることで人々に仕事が与えられるのだ。


「そうしてくれるとうれしいです。工場も拡大して多くの人を豊かにしてもらいたいです」


「この合板なら、色々と用途が広がりそうです。家具や生活用品、例えば、包丁の柄やナイフの柄にいいですね、耐水性もありますし」


「資金は侯爵家の屋敷と土地を担保に借りる予定です。銀行も投資先として有望だと言って貸してくれますから、うまくいくでしょう」


 組合長も工場長もこの少年が早く、セガール侯爵家を継いでこの町の領主になってくれないかと思った。14歳ながら大人顔負けの経営力を持っており、考え方も大人である。天才と言ってよかった。無能で性格も利己主義な現当主にはさっさと引退してもらいたいのである。だいたい、モンスターが出現して木材生産も滞っているのに右往左往して、1年経ってもそれを解消できないばかりか、領民のことを全く顧みない態度は昔から評判が悪かった。


「ジュラール様。本当にありがとうございます。それに本当に侯爵家に収めるのは、このビジネスの利益の5%だけでよいのでしょうか?」


「領主たるもの、まずは領民の幸せを第一に考えるものです。それにそれだけあれば、贅沢はできないけど、貴族の体面を保てるだけのお金はあるでしょう。あまり、父に大金をもたせるとろくなことになりませんから」


 そうジュラールは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。聞いていたものはその通りだと心の中で賛同の拍手を送ったが、さすがに侯爵に失礼なので表面には出さなかった。



 ジュラールは話し合いを終えて町の外に出た。視察やら会議やらで、もう夕方になっている。町は閑散としている。ふと見ると知っている人物が走ってくるのが見えた。神官服を着ている女の子である。


「ホーリー姉さん」

「あ、ジュ、ジュラールさん」


 ホーリーは慌てた。右肩にヒルダとゲロ子を載せている。今はあまりセガール侯爵家の人間とは関わりたくない。ジュラールが味方とは限らないのだ。


「逃げてきたのですか?」

「……はい」


 ホーリーはこの年下の義弟にそう正直に答えた。ジュラールの答えはホーリーにとっては予想外であった。


「それは正解ですね。追っ手に追われているのでしょう? こっちの建物の中を通ると人に見つからないで行けますよ」


 そうホーリーを木材組合の建物を通るように教えたのだ。工場や倉庫が連なり、障害物も多いので閑散とした街中を移動するより見つからないはずだ。ホーリーは右京との待ち合わせ場所であるこの町の神殿を目指していたので、ちょうど、工場の中を通って裏から出れば大幅に時間を短縮できるので助かった。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ジュラールはそう言ってホーリーと別れると今度は追ってきたと思われる男達に出くわした。


「これはジュラール様」

「ホーリー様を見ませんでしたか?」


「さあね。ああ、そういえば神官服を来た女の人があっちの方へ行くのを見たような気がする」


 そう言って全然違う方向を指差した。男たちは顔を見合わせて礼を言ってそっちの方向へと走り出した。


(全く、父上は進歩がない。自分で解決することもできないのだから困ったものだ)


 ジュラールはそう男たちの背中を見てため息をついた。これは早々に父を隠居させないと侯爵家だけでなく、この町全体にも悲劇になると思ったのだ。


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