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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第11話 慕情の太刀(黒漆糸巻太刀 『銘 獅子王』
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すれ違い

「刀にはと呼ばれる溝と彫り物がある。これは何のためにあるかお分かりか?」

 

越四郎は刀を丁寧に砥ぎ上げるとカイルに刀を見せてそう尋ねる。差し出した刀には,以前『棒樋ぼうひ』と呼ばれる単純な溝が彫ってあった。今はそれを発展させた溝になっている。


「重量軽減のためでしょうか?」


 カイルはそう刀を見て言った。鍛冶職人らしい答えでそれは半分当たっていた。棒樋ぼうひのような単純な直線の溝は、刀身の重さやバランスの調整のために付けられたものである。


だが、越四郎が刀に施したのは菖蒲樋しょうぶひと呼ばれる2本の筋が先端でつながったもので、菖蒲の葉のように見えるデザインだ。この場合は、古来より菖蒲は魔除けの力をもつ植物と考えられていたので、刀身に掘ることで刀に神秘的なパワーを与えることができたのだ。さらに彫り物は刀に竜や不動明王などの図柄を彫ったものだが、細工する人間の魔力を込めることで刀に付加価値を与えることができるのだ。

 

越四郎は買い取った『来光』の名刀にさらに工夫を加えていた。『菖蒲樋』を彫ることで刀に魔を退ける力を与え、さらに『獅子』の図柄を彫り込むことでこの刀を使う者の攻撃力を2倍にする力を付与したのだ。これは刀匠とうしょうとして魔力をもつ越四郎だからこそできる技であった。


「すばらしい出来です。刀をただ修理するだけではなく、その攻撃力を上げるところなど勉強になります。それに刀は見れば見るほど美しい」


「強い武器ほど見た目も美しいものだ。カイル殿、西洋の剣ではそういうことはしないのか?」 


 逆にそう越四郎は尋ねた。カイルのこれまでの経験では、西洋の剣は実用本位で、刀のような伝統工芸の技で作られているものは珍しく、特に美を追求した剣などはあまりなかった。例外的にキル子の持っている『ガーディアンレディ』は装飾が美しく攻撃力も相当なものであった。


 元魔剣のアシュケロンも美しい剣であるが、これは昔魔剣であった名残だろう。カイルは改めて、刀の奥深さを学ぶことができた。


「越四郎さん。刀には名前があるそうですが、この生まれ変わった刀にどんな名前を付けますか?」


「うむ」


 越四郎は懐から矢立を出し、ピルト少年が差し出した紙に墨でデカデカと刀の名前を書いた。達筆で書かれその文字。それにはこうあった。



来光作 黒漆糸巻太刀 銘『獅子王』 


 銘とは作った作者のことを指すことも、優れた物自体に付けられた名前を指すこともある。作者の銘として『来光』この刀自体の名前としての銘を『獅子王』としたのだ。

 

 刀身に彫られた獅子の模様が刀に絶妙なバランスと攻撃力を2倍にする特殊能力を付与したのだ。全体が漆で加工され、色合いは真っ黒で地味だが何とも言えないオーラが全体を包み込んでいた。まさに『獅子王』の銘にふさわしい刀であった。



「すばらしい名前です。これいくらで売りに出しますか?」


「新品で『来光』の刀を買うとなると、1万Gは下らない。これは相当古いものの、手入れは十分されており、また傷も修復してある。中古品であることも考慮して、8500Gではどうだろう?」


「いいですね。右京も喜ぶでしょう。これならゴーストのような霊体もぶった斬れますし、巨大なモンスターにも立ち向かえる」


「久しぶりに仕事をして疲れた。拙者は少し寝かせてもらう」


 そう言うと越四郎は作業場で横たわる。ここ2日間、全く寝ずに刀の修復にあたっていたので完成を受けて疲れがピークに達したのだった。ピルト少年に毛布をかけてもらうと越四郎はそのまま気を失ったように寝てしまった。


 カイルはできたばかりの刀を伊勢崎ウェポンディーラーズの販売店舗にもっていった。これは目玉商品になるはずであった。


◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆



「ここが伊勢崎ショッピングモールというところか。まだ、店は多くないが人は多いな」


 勇者アオイは冒険者ギルドから無料のシャトル馬車なるものに揺られてやってきた。安くてなかなか快適だという月海亭という宿に泊まる客も多いと聞く。今度、ここに泊まってみようかなとアオイは思った。


 アオイのお目当ての店は武器屋である。冒険者ギルドで引き受けたハンババ退治のために急遽、武器の入手が必要であったからだ。自分が愛用している刀は修理が必要なくらい傷んでおり、その修理も頼まなければならない。


「ごめん」

「いらっしゃませ」


 そうアオイが店に入ると愛想よくハーフエルフの店員が出迎えてくれた。ネイである。


「今日はどんな御用でいらっしゃったのじゃ」


 アオイは腰かに差した自分の刀をネイに見せた。かなり見事な代物でネイも思わずうっとりしてしまうものである。


「武器の修理をしていると聞いたが、刀の修理はできるか?」

「カタナのう……。カイルさんに聞いてみるのじゃ」

 

 ネイがカイルを呼ぶ。鍛冶工房からカイルがやってきて、アオイの刀を見る。先ほど、越四郎が鍛え直した『獅子王』もよかったが、アオイの刀も見事な造形であった。


「私の愛刀だ。少々、メンテナンスが必要なのでお願いしたいのだが……」


「刀は特殊な技術がいるので通常の店では修理を受けていません。この伊勢崎ウェポンディーラーズもそうですが、今は幸い、その道の専門家がいます。その人ならば、きっとできると思います。この刀はお預かりしましょう」


 そうカイルはアオイの刀の修理を引き受けた。越四郎に頼めば、直せると判断したのだ。


 アオイは刀を鞘ごと腰から抜くと、テーブルにそれを置いた。


「ありがとうございます。それではお願いいたします。あと、こちらの店には刀は置いていませんか。至急、代わりの武器が必要なのです」


 そう尋ねた。刀は珍しい武器でそう滅多に武器屋に置いてある代物ではない。だが、カイルには出来立てホヤホヤで紹介できた。店頭に並べようと思った刀を見せたのだ。


「この刀はいかがですか? 銘は来光。黒漆糸巻太刀 銘『獅子王』といいます」


「これはすばらしい……」

 

 アオイは見た瞬間にこの刀は買うべきだと思った。惹きつけられるオーラが全体から出ていたし、何より刀自身が生み出す魔法効果が素晴らしいと思った。よほどの刀工しか作り出せない品である。


「いくらだ?」

「8500Gです」

「買う」

(早!)

 

 アオイの即答。ネイより早い。


「買うけど、今、手持ち資金としては6000Gほどしかない。あと2500Gは一週間後ということにはならないか?」

 

 そうアオイは頼んだ。ギルド銀行には口座をもっていなく、普通の銀行にしかお金を預けていなかったのだ。もう夕方で銀行は開いていないし、ここで武器を手に入れてすぐにでも依頼場所へ移動したいと思ったのだ。


「それは困るのじゃ。お客さんを信用しないわけじゃなけど……」


 この世界にクレジットカードがあれば、問題ない場面だがあいにくそういうものはない。基本、いつもニコニコ現金払いが普通だったからだ。これがアオイが常連客であったら違っただろう。


「そうだな。修理に預けた刀も相当な価値があるが、どうだろう。これも置いていくよ。とても大切なものなんだ。それに私が一週間経っても戻らなかったら売ればいい」


 そう言ってアオイは腰から鉄扇を抜いた。ずしりと重いそれには黒地に金の獅子が描かれていた。ネイが考えるに不足分の2500Gは十分回収できるものだと思った。


「わかったのじゃ。いいだろう? カイルさん」


「俺には商売はわからんだが、この女性勇者さんに売るのはいいことだと思う。刀が主を見つけて嬉しがっているように見える」


「そうかや?」

「ありがとう」


 アオイはこうして『獅子王』を手に入れた。これで代わりの武器は十分だ。今からイヅモを立ち、ハンババ退治に向かうことにする。




 2時間ほど熟睡した越四郎は、自分が修理した『獅子王』が一瞬で売れてしまったことを聞いた。そして修理を引き受けた刀を見て驚いた。


「こ、これは……。銘『源氏車』間違いない、葵公主の愛刀だ。ネイ、これを置いて行った方は今どこに?」


「もう町を出たと思うのじゃ。一週間後には戻ってくるそうじゃが」

「町を出た? 一週間後に来るだと?」


「これも置いていったのじゃ」


 そうネイは経緯を詳しく説明し、そしてアオイが置いていった鉄扇を広げた。黒地に金の獅子が描かれた鉄扇。越四郎がもつ銀の獅子と一対である。


「どこへ行かれた?」


「何やら、ハンババというモンスターを倒しに行くと言っていました。場所は聞かなかったけれど、冒険者ギルドへ行けば分かるのでは?」


 そうカイルが助け舟を出した。越四郎が探している人物の可能性があるのだ。越四郎はネイから鉄扇を受け取ると、刀を買った女性勇者の情報を集めに冒険者ギルドへ行く。20年間探していた幼馴染の公主かもしれないのだ。



越四郎、不覚!

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