猿人公爵オルンハルト
翌朝。ホーリーはいつものように朝早く目を覚ます。いつも早起きをして、教会の掃除やら子供たちのお弁当を作ったり、朝食を作ったりと忙しいのだ。だが、このセガール家では特にすることがない。ホーリー付きのメイドであるハンナが、洗面から着替えまで手伝ってくれるのである。
「ハンナさんはメイドになって1ヶ月ということですが、それまではどこに住んでいたのですか?」
ホーリーは朝からこまねずみのように働いているハンナにそう話しかけた。ハンナはおどおどしながら、ホーリーの問いに答える。
「イナの街の北にある森林地帯の村から来ました。お父ちゃんは木こりをしていました。でも、恐ろしいモンスターが住み着いたもので、お父ちゃんも兄ちゃんも仕事ができなくて。仕方ないので町へ出てきたのですが、町じゃ日雇いの仕事しかないので困っていました。そうしたら、こちらのお屋敷でメイドを募集していると聞いて応募したのです」
「そ、そう」
勤労少女ハンナ。今は彼女の働きで一家を支えているのだ。ただ、セガール侯爵家も困窮しており、以前は30人ものメイドや使用人を雇っていたが今は10人程だという。ハンナを雇ったのも年少で給金が安いという理由からだった。
「それではお嬢様。昨夜着ていただいたお召し物を来ていただきます」
ハンナはそう言うと昨日、ホーリーに着させたドレスを出してきた。昨日着させたのは、ホーリー用に寸法直しをするため。昨晩にハンナが手直しをしたのだ。
「ハンナさん。わたしは神官服でいいです。ご挨拶をしたら今日中にイヅモへ帰ります。お母さんとも会いましたし、教会の仕事もあります。子供たちも待っていますから」
ホーリーは教会を預かる3等神官なのだ。信者との礼拝や儀式をするのが仕事だ。それに副業でやっている薬酒造りもある。
「だ、ダメです。今日は大切なお客様がいらっしゃるので、ホーリーお嬢様をきれいに着飾るように旦那様より言われています」
「ですが、わたしはこの家とは関係がないのですよ」
「そう言われてもお願いです。わたしが怒られてしまいます。それでクビになったら、家族が困るのです」
そうハンナに言われるとホーリーもハンナに悪いと思い、言われた通りにするしかない。ドレスに着替えるとセガール一家と朝食を取る。相変わらず母親のシンシアは浮かない表情だし、セリナは目も合わせない。長男のジュラールは用があるからと町へ出て不在。セガール公爵だけが饒舌に話し、ホーリーの美しさを褒め称える。
セガール公爵が待ちに待ったお客は、10時頃に屋敷に到着した。4騎の騎兵に守られて馬車から降り立ったのは、身長190センチはあろうかという大男。顔はゴリラみたいだが、精悍な顔立ちでゴリラの群れの中であったなら間違いなくイケメンボスになっただろうという容貌だ。胸板も厚く、ウホウホと胸を叩いて威嚇すれば大抵の人間はビビって降参するだろう。
「これは、これはオルンハルト公爵閣下。むさ苦しいところへよくいらっしゃいました」
「ご謙遜を。この町の名士でいらっしゃるセガール侯爵の館。今日はお招きいただき、光栄に存じます」
オルンハルトはそう言ったが態度は別であった。実際、セガール侯爵家の館は、ここ1年で寂れており、資金不足から庭の手入れも十分ではないため、一流貴族の館としてはみすぼらしいと言ってよかった。
(ふん。木材の商売がうまくいってないらしいが、これは相当やばいみたいだな)
オルンハルトはキョロキョロと屋敷の中を見ながら、セガール家の困窮ぶりを慮った。今日はそのことで自分に相談があるというのだ。もちろん、それはオルンハルトにとっていい話である。
「ほう……。さすがはセガール侯爵のご自慢の奥方。美しいですな」
オルンハルトはシンシアを見てちょっと食指を動かしたが、それよりもっとよいものが視界に入った。娘たちである。
(おお……いいじゃない、いいじゃない~)
猿人公爵というあだ名は周りが話していることで、知らないのは本人だけだが、その由来は気にいった女性を手に入れると1ヶ月はベッドにこもって腰を動かし続けるという超絶倫体質なところから来ている。まるでサルである。
彼にはこれまでに5人の妻がいたが、そのうち3人は夜の相手で体を壊してしまったことによる離縁であったのだ。
まさに下半身はサル状態というお下品な男である。ただ、この小さな町では絶大なる権力をもっていた。身分は王族に匹敵する名家。公爵という臣下では最高の爵位。そして千人もの駐留軍の司令官で大金持ちなのだ。
そのオルンハルト公爵がセガール家の娘たちを見て、下半身のウォーミングアップを意識するくらい心が踊った。
「閣下、こちらが我が娘。セリナとホーリーでございます」
「ホーリーです」
「セリナと申します。公爵様、お初にお目にかかります」
ホーリーはぺこりと頭を下げ、セリナは両手でスカートをつまむと貴婦人らしくちょこんと腰を落としてお辞儀をする。貴婦人の礼である。セリナはこれみよがしにホーリーとの差を強調してみせた。
「うむ。美しい娘たちだな」
オルンハルト公爵はセリナとホーリーを見て目を細めた。
(両方ともよいが、セリナちゃんはまだ若すぎる。まだ熟していない果実はあまりうまくはない。あと2、3年寝かすのが吉だろう。それに比べてホーリーちゃんはどストライクだ。ククク……。この歳でこんな若い嫁がもらえるとは。権力とは実にありがたい)
オルンハルトは2人の娘を値踏みすると、さっそく商談に移る。別室へ移動し、セガール侯爵と密談をするのだ。
「閣下、どうですか。ご希望通り、我が娘を見ていただきましたが……」
「侯爵はよい娘をお持ちだ。実に美しい娘であった」
セガール侯爵はちょっとだけ心配になった。このオルンハルトが、セリナがいいなんて言ったら、大変困ることになると思ったのだ。それでセリナにはわざと質素なドレスを着させ、ホーリーにはより美しい装いをさせたのだ。
「わしはホーリー姫が気に入った」
「それは、それは……」
セガール侯爵はしてやったりと、心の中で勝利宣言をしていた。これで商談が成立する。
「オルンハルト公爵様。それでは娘を嫁がせる代わりに2つお願いがございます」
「ふん。おおよそ、分かっているが申してみよ」
「ははっ……。お恥ずかしい限りですが、1つは魔物退治であります。我が持山に住み着いた魔物を退治してもらえませんか」
「侯爵。わしが国家より拝領した軍は、国家の防衛のためにあるものである。貴族の私領である侯爵のために軍を動かす訳にはいかぬ」
オルンハルト公爵はそう正論を述べた。容姿がイケメンゴリラだけに正論を吐くとそれだけで威厳が出る。こういう場合は、当の貴族が傭兵なり冒険者に金を払って解決するのが筋なのである。
無論、金があればセガール侯爵もそうしたい。だが、山に住み着いたモンスターはかなり強く、今まで雇った冒険者はみんな任務に失敗し、ある者は殺され、ある者は大怪我をし、当初は認定ランクがBだったのに、今はランクSとなってしまった。それだと最低でも賞金は2万G以上となり、今のセガールでは金の工面ができないのである。それで国軍の駐留軍の手を借りようというわけだ。
「どうでしょうか? オルンハルト閣下。 ホーリーに閣下の身の回りの世話をさせたいと考えております」
「うむ。その魔物とやら、時折、町に降りてきて人を害するのだな」
そうオルンハルトが変なことを聞いてきた。山に住み着いて1年になるのだが、町へ降りてきたことなど一度もない。
「いえ、町には……」
「ゴホン、ゴホン……」
オルンハルトはわざと咳をした。そしてセガールをにらむ。そうじゃないという合図だ。それでセガールも気がついた。オルンハルト公爵は大義名分が欲しいのだ。
「そうでした、そうでした。そのモンスターは時折、町へ降りてきて人を喰らうのです」
「なるほど。それでは軍を出撃しても問題はない。セガール侯爵、もう一つの願いとは何か、申してみよ」
「ははっ。これもお恥ずかしながら、我が事業に投資をしていただけませんか」
「何? 投資とな?」
セガール侯爵は説明をした。山の木材を切り出し、それを建築資材として売る事業に投資して欲しいと願い出たのだ。オルンハルト公爵はちょっと考えた。木をそのまま売るだけでは儲けが少なく、他の産地との価格競争にさらされる。セガール侯爵はそこで知恵をしぼり、木を加工して板や柱にしてから売ることを思いついたのだ。
(ふん。思いつきはよいのだが、そもそもこの男に加工する技術はない。となると人を雇わねばならないが、残念ながらそういう人脈もない。経営者としての手腕はゼロ)
オルンハルトは金持ちだ。先祖代々の財産があるからであるが、その分、自分の財産を守る術には長けていた。おいしい話には毒があるというのが家訓なのである。このセガール侯爵の2つ目の申し出は乗るべきではないと判断した。そこでオルンハルトは、微妙な言い方をした。
「投資となると共同経営者となるが、わしは忙しくてそんなことはできん。どうだろうか。ホーリー姫を娶るための結納金として4万G支払おうじゃないか」
出資となると多額の金がいる。下手すると失敗の尻拭いまでしなくてはならないかもしれない。そんな危険はまっぴらゴメンだ。だが、あの美しいホーリーが手に入るなら、4万Gは高くない。要するにホーリーを金で買うという判断だ。
セガールは考えたが、それ以上の成果は望めないと判断した。それなら、魔物退治と結納金で手を売った方がいい。どうせ、ホーリーはタダで手に入れたのだから儲けものである。
「分かりました。オルンハルト閣下。それで手を打ちましょう」
セガールは右手を差し出した。オルンハルトは毛むくじゃらの手を出して握手をする。契約成立だ。有名な時代劇なら『お主も悪よのう……』などといったかもしれないオヤジどもの悪巧みである。
「それではセガール殿。ホーリーはお持ち帰りできるのか?」
もうオルンハルトは下半身がウズウズしている。辛抱たまらんという感じだ。だが、さすがにセガールもここでホーリーを渡すわけには行かなかった。まだ、ホーリーは正式な書類にサインしてなく、法的にはセガールの娘ということにはなっていなかったからだ。今のままだと、誘拐罪に人を金で売った罪に問われかねない。
「公爵閣下。お楽しみはまた後日ということで」
「ふん。お主も食えぬ男よなあ……。まあいい。それでは魔物退治をしてからでよいだろう。それまで養生して貯めておこう。そして濃~いのを打ち込んでやる。ウホホホッ」
お下品なサル発言して、オルンハルト公爵は屋敷を後にしたのだった。
お下劣発言にヘイトが貯まる。
安心してください。
近いうちにすっきりさせますから…




