幼馴染の公主
ゲロ子、大幅に投稿が遅れてしまった。
ゲロゲロ……。中年おっさんのノロケ話なんか誰も読みたくないでゲロ。
それを言うなゲロ子。
鉄扇とは、鉄でできた扇子。昔、武士が刀を持ち込めない場所に行くときに自分自身を守るために携帯したとされる武器である。作られた始めの頃は鉄の骨組みだけで扇子部分がなかったが、時代とともに扇子部分がついたものが使われるようになったと言われる。
もちろん、これは東の島国『義』だけに伝わる武器である。武器としての威力はさほどでもないが、鉄でできているためにこれで殴り殺すことは可能である。
越四郎がもっている鉄扇は開くと扇子部分に絵が描かれている。黒地に銀の塗料で描かれた勇猛な獅子の絵である。
「これは我が姫、葵公主から拝領したもの」
「公主」とは義の国で姫と同じ意味の言葉である。越四郎は、義の国の領主のお抱えの刀鍛冶の息子であった。葵公主は越四郎よりも1歳年上であったが、女にもかかわらず、武芸が好きで刀が作られるところも興味があって、ちょくちょく、屋敷を抜け出して鍛冶場へ顔を出していたのだ。
「越四郎、今日も来たぞ。一緒に遊んでくれ」
そう葵公主は6歳の頃から越四郎と鍛冶場で遊んでいた。義の国は小さな国で、領主と領民との距離が近いこともあって、身分違いでも遊ぶことができたのである。しかも、葵は領主の四女であったこともあり、比較的自由に育てられたこともあって、かなり活発に育っていた。
越四郎との遊びは、荒っぽいことが多く、野原を駆け回り、木に登り、獣を追った。このお転婆公主は、剣の稽古も熱心で、8歳から始めた剣の技は15歳になる頃には甲信流免許皆伝の腕前になっていた。越四郎も付き合ううちに剣の腕も達人の域に達していた。
葵公主は小さな頃から目がクリクリして、艶やかな黒髪が美しい美少女であったが、成長するにつれて美しさは増し、義の民が賞賛する美貌を誇る公主になっていた。越四郎が13歳。葵公主が14歳のときのことであった。
「越四郎、聞いてくれ」
「なんでしょうか、葵様」
「父上が私に、もう剣の稽古はするなというのだ」
「そ、それはどういうことですか」
少年だった越四郎は、葵の言葉に戸惑った。公主とはもう8年の付き合いだ。毎日のようにこの公主様と遊び、剣の稽古をしてきた。13歳になった越四郎は、領主お抱えの刀鍛冶になるために、修行が始まり、忙しかったが、公主が遊びに来るとそれに付き合っていたのだ。
「父上が女には武芸はいらぬ。お花やお茶を嗜めというのだ。それに大陸の作法を学べと仰せだ」
「……大陸の作法ですか?」
「そうじゃ。例えばな」
そう言うと葵は越四郎の手を取った。越四郎はドキッとする。葵公主とは長い付き合いだが、その体に触れたことは思春期に入ってからは一度もなかったのだ。柔らかい感触が気持ちよく、越四郎は天に登るような気持ちになった。
「これがダンスというものだそうだ」
葵は越四郎の両手を取って、ステップを踏んで回る。越四郎は葵の動きにバタバタと体を動かす。日本の和装の格好であるが、葵の可憐な足さばきで越四郎を見事リードした。
「大陸ではこんなことを男と女でしているそうじゃ」
「そうなんですか」
越四郎は初めての経験でコメントのしようがない。だが、葵と近い距離でいられることが嬉しかった。
「大陸では親しい男女がこうやって踊るそうだ。変わった風習だろ?」
「……」
越四郎は返事に困った。親しい男女というところへの反応だ。越四郎は葵公主と一緒にいられることは嬉しいと感じてはいたが、身分違いであることも自覚していたからだ。
「父上は剣をやめないと嫁には行けんと仰せだ。確かに姉様たちは15や16で興し入れをしている。だが、私は好きな男と結婚したいと思っているのだ」
「……葵様から好きな男という言葉が出るとは思っていませんでした」
「どうしてだ? これでも私は女だぞ。嫁には行けても婿にはいけん」
(そりゃそうだ……)
と越四郎も納得した。このおてんば姫もいつかは嫁に行く日が来るのだ。
「なあ、越四郎」
「なんでございましょうか?」
「私とダンスを踊ってくれないか?」
「葵様、拙者はダンスなど踊れませんが」
「馬鹿だな。そういう意味ではない」
そう言われて越四郎は顔が熱くなってきた。心臓もドキドキしてくる。
「葵様……?」
「にぶい男だ。私を嫁にもらえということだ」
「え? そ、それは」
「嫌なのか?」
(嫌じゃない)と越四郎は思った。一つ上のお姉さんではあるが、越四郎にとっては守ってあげたいと思った。幼い頃から一緒に遊んできたが、葵公主も成長し、胸のふくらみもあるし、体も全体的に丸くなってきている。異性として意識してしまう存在である。
「嫌ではありません。越四郎、公主様を一生守り続けたいと思っています」
「嬉しいが、それは私の家来としてか? それとも夫としてか?」
「夫なんて、恐れ多すぎます」
「意気地のない男だ。こういう場合は夫と言って私を押し倒すものだ」
そう言ってから(ふふふ……)と葵は笑った。それから、しばらくは何事もなく、普通に遊んだが、1年後に大陸の大貴族と葵公主が結婚するという話が持ち上がった。義の国が大陸の王国との間に強力な関係を結びたいと思った結果であった。
その話を越四郎が聞いた日。葵公主が越四郎を訪ねてきた。雨がしとしと降る晩であった。
「越四郎、私を連れて逃げてくれ」
葵公主はそう越四郎に言った。屋敷から逃げ出してきたらしい。草履も履かず、傘もささずに雨に濡れて黒い長い髪がほおに張り付いている。
「葵様……」
「越四郎、私は身も知らぬ男のところへは行きたくはない。この国に居たいのだ。頼む、越四郎。私と逃げてくれ」
無謀な企てだと賢明な越四郎は思った。だが、葵の必死の懇願に越四郎も決意した。
「分かりました。公主様。明日の夜、あの丘の一本松のところで待っています。公主様、抜け出して来れますか?」
「もちろんだ」
そう言うと葵公主は越四郎の胸に頬を寄せた。こんなに体を密着させたことがない越四郎は固まる。そんな越四郎を上目遣いで葵公主は見た。
「いつの間にかお前は私より背が伸びて、こんなにたくましい体になったな」
「毎日、刀鍛冶で鍛えていますから」
越四郎はまだ14歳ながら、刀鍛冶職人の才能を発揮しており、毎日の仕事で鍛えられた体は筋肉で覆われていた。
「その腕で私を養ってくれ」
そう言うと葵公主はそっとつま先立ちをした。
葵公主の突然の振る舞いに、体を硬直させた越四郎。5秒ほど経って、越四郎は頭が真っ白なまま、葵公主が渡す鉄扇を受け取った。黒地に銀で描かれた獅子が描かれている。
「これは約束の品だ。一対の片割れを私がもっている。私のは黒字に金で描かれた獅子の絵だ。この鉄扇が再び対になるとき、私とお前は夫婦だ」
そう言って葵公主は去っていった。
「それでそのお姫様は約束のところに来たでゲロか?」
「来なかった。拙者は待ったが来なかった。領主様に駆け落ちのことがバレて軟禁されてしまったらしい。葵公主様は、翌日には厳重な警護の元、大陸に連れて行かれてしまったのだ」
「それでそのお姫様はどうなったのですか?」
右京は話が幼馴染の恋バナから、急に悲劇っぽい話になって少々戸惑った。越四郎が探しているのがその葵公主なら、話は間違いなく悲しい方向になるだろうと思われた。
「公主様の結婚相手は、オルンハルト公爵とかいう女癖の悪い大貴族だった。それで輿入れした1年後に公主様はそいつの下から姿を消してしまったそうだ」
妻に逃げられたオルンハルトは公主の行方を散々探したが、見つからなかったそうだ。川の傍に公主の靴が置いてあったそうで、入水して命を自ら絶ったということになった。
「葵公主様が、自ら命を絶つなんて考えられない。それで拙者はこの20年。公主様の手がかりを探して時間を見つけては王国各地を回っているのです」
「20年もでゲロか?」
越四郎は刀鍛冶の修行をしつつ、時間を見つけては大陸に渡って公主の行方を探していたのだ。今、有名な刀鍛冶職人になってもその生活は変わっていない。この前のWDに出場したのも、どこかで葵が見ていて自分のところへ来てくれないかと思ったからであった。
話を聞く限り、葵公主は悲しいことにこの世を儚んであの世へ旅立った可能性が高い。越四郎の人探しは、永遠に終わらない旅かもしれないのだ。
「公主様はこの鉄扇の対の片割れをもっている。黒地に金の獅子が描かれた鉄扇だ」
「それが唯一の手がかりというわけか」
「それだけが頼りだ。右京殿、拙者は路銀を稼ぐために、あの刀の修理をさせてもらえないだろうか。手間賃をもらえればありがたい」
「それは助かります。しばらくはうちで働いてお金を稼いでもらっていいです」
そう右京は承諾した。ほんの数日でも越四郎のような腕の良い刀鍛冶に手伝ってもらえるのはありがたいことである。
「ゲロゲロ……。20年も探して見つからなきゃ、きっと死んでるでゲロ。川で土左衛門になったでゲロ」
「だが、越四郎さんの話じゃ死体は上がっていないというし」
「国にも帰っていないのでゲロ? 普通は逃げたら実家へ帰るでゲロ」
「そうだな。だが、何か事情があったのかもしれない」
越四郎と幼馴染の公主をつなぐ唯一のアイテムが鉄扇なのである。もし、生きていたとして、葵公主はどうやって暮らしているのであろうか。




