東方から来た侍
眠いでゲロ……。
「ご主人様、わたくしの専門辞書による検索でも刀については、詳しいことはわかりません。『義』の国の主要な武器であることと、武器性能としてはAAランクの非常によく切れるとしか分からないのです」
右京は教会の引越し作業が一段落して店に顔を出したヒルダに聞いてみた。特級精霊であるヒルダの特殊能力『専門辞書』の検索機能を使っても刀についての情報はわずかしかなかった。
ちなみに『専門辞書』は本を読むことで蓄積される。ヒルダの蓄積された本は3万冊にも及ぶが、残念ながら『義』の国は異国であるために情報がなかったのだ。
「ゲロゲロ……。こういう時に役に立たないのではヒルダの存在意義がないでゲロ。ただのヤンデレ残念キャラでゲロ」
「ゲロ子先輩、ヤンデレ残念キャラとは失礼ですうう……」
ヒルダがそうゲロ子に抗議したが、あの優秀で品のいいバルキリーが今ではゲロ子と双璧のお笑いキャラ要員。ここで役に立たないとゲロ子以下である。
「う~ん。困ったな。ヒルダでも分からないとなると手がかりがない」
調べようがなければ、査定もできない。これは困ったことになったと右京は思った。せめて、『義』の国出身の人間がいれば、何か知っていることがあるかもしれないと思ったが、そんな国の人間にお目にかかったことがない。
「おや?」
そんなことを考えていると、ネイが話している客に目がいった。その男は日本で言う着物を着ていた。このファンタジーな世界では違和感のある格好だ。下半身は袴で刀を二本差し、長く伸ばした髪の毛を一つに縛っている。足には草履を履いて見ただけで侍という文字が浮かび上がってきそうな凛とした男である。『義』の国の人間であることは一目瞭然である。
男は腰に差してあった短刀をネイに見せていた。男の見せた短刀も『義』の国製であり、ネイも初めて見たものであるために値段が付けられないでいた。その短刀は刃長が21センチ、幅が3センチほどの大きさである。ちなみに長さが30センチ以下のものを言う。これよりも長くて60センチ以下のものを脇差しと読んで区別する。西洋なら短剣とショートソードといったところか。
短刀も実用を考えれば、短剣と同じであるから適当な値段を付けられなくはない。短剣は新品で買うと200~1000G程と物によって違うがそう高いものではない。だが、ネイに見せた短刀はそんなものとは次元が違う美しさをもっていた。
「ネイ、見せろ」
「右京さん、これはとても高価だとうちは思うのじゃ」
刃紋が大海原の波を思わせ、躍動感にあふれる。刀身には神を称える文字が刻まれ、無駄のない造形が美しかった。これはかなり高価なものであると右京は思った。
「あのう……失礼ですが」
右京が美しい短刀から目を離し、売ろうとしている客に視線を写した。『義』の国の男であるが、右京はどこかで見たことがあると思った。
「お客様のお名前は?」
「越四郎と申す」
「ゲロ! デュエリスト・エクスカリバー杯に出ていた男でゲロ」
「ああ!」
右京は思い出した。あの都でのWDの全国大会で2回戦まで進んだ男である。
「これは、これは……。あの大会で決勝まで進んだ伊勢崎殿ではないか。この店は貴殿の経営する店であったか」
そう言って越四郎は店の中を見回した。故郷である『義』の国で刀工をしているこの男は、刀を持たせれば達人の域の剣技を見せ、また、刀造りにおいては名人級であった。年齢は30半ばくらいに見える。
「越四郎さん。この短刀、大変見事です。見事すぎて値段を付けることができません。俺には刀を査定する力はないのです。かなり高価であることはわかりますが」
「これは拙者が作った中でも最高の出来の短刀。手放したくはないが、路銀に困っており、これを手放すしかないのだ」
そう越四郎は言った。越四郎は人を探す旅の途中であった。デュエリスト・エクスカリバー杯に出場することになって、この国にやってきたのだが、本当の目的は人探しで、大会後に各町を回る旅をしているという。ところがお金が尽きてしまい、やむを得ず、この短刀を売ろうと思ってやってきたそうだ。
「どうでしょう? 刀の専門家の越四郎さんなら、鑑定もできるはず。今、刀を一本客から預かっているんですけど、それを査定してもらえれば助かります。査定料を払うので、その大事な短刀を売ることもないでしょう。それに刀の鑑定の仕方を教えてくれれば、御礼をさせていただきます」
そう右京は申し出た。越四郎が売ろうとした短刀は見事なものであったから、失礼のない値段で買い取ってもよかったのだが、ここは彼の能力を買おうと決めたのだ。
「伊勢崎殿。かたじけない。拙者の能力で路銀を稼ぐことができれば助かる」
交渉成立だ。右京は先ほど、客から預かった日本刀を見せた。越四郎はそれを鞘から抜くと、じっと観察する。
「地鉄は板目肌。刃文は丁子と美しい造形。鞘に鍔、柄に至るまで黒漆で塗られていることを思えば、これはかなりの業物と思われる」
かなり難しいが越四郎が言うには、日本刀は鉄を熱して叩いて雑物を取り除き、それをたがねで切込を入れて重ねてまた叩くといった作業を繰り返す。それによって刀身にできる模様を鍛え肌と言う。
地鉄を鍛えるときにまっすぐ折りたたんでできた模様を板目肌というのだ。刃文は刀の焼入れの工程の際に生まれる模様で、刀工の工夫でいろいろな模様をつくることができる。刀の刃に浮き出る波模様のようなものを言う。
「拙者の国で買えば、1万Gは下らない名品。銘も入っている」
越四郎は、目釘を外して『茎』と呼ばれる刀身の端部に刻まれた刀工の名前を確認する。『来光』とある。
「来光というのは、拙者の国では著名な刀工の名前。相場は1万G以上で取引されている」
「なるほど……」
右京もこの刀がよいものであることは感覚でわかったが、それほどのものであることは分からなかった。右京は越四郎に日本刀を見るポイントをいくつか教えてもらったが、彼の豊富な知識と刀工としての腕前の確かさが想像でき、この男が欲しいと思った。
自分の店の鑑定人とカイルの工房で鍛冶職人として働いてもらえないかと思ったのである。お礼に200Gを渡して、右京は越四郎を誘ってみた。
「どうでしょう? 越四郎さん、俺の店で働いてくれませんか? あなたの経験と知識が必要なんです」
「これはありがたい申し出。拙者もこの店の仕事に興味はあります。しかし、今は人を探している身。その申し出を受けるわけにはいかないでござる」
「そうですか……。越四郎さんは誰を探しているのですか? 差し支えなければ、教えてもらえないでしょうか? 何かの手がかりがあるかもしれませんよ」
そう右京は聞いてみた。探している人が見つかれば、この男を自分の店に雇うことができるかもしれないのだ。越四郎はそっと帯に挟んだ鉄扇を取り出した。それを開いて、自分が探している人物について語り始めたのだ。




