新装開店
ショピングモール、一部開店でゲロ。
右京の店が新装開店した。場所は新しく開発された商業エリア。イヅモの町の正門から続くエリアである。ここは通称『伊勢崎ロード』と呼ばれる道路の両側に店が立ち並んでいる。
普通の商店街と違うのは。この一帯の土地を右京とクロアが買い占めて、計画的に建物を立てて、冒険者に必要な店をテナントとして集めているところである。道もこのエリアだけ特注のレンガで舗装され、エリアの中心部には噴水まで設置されているから、ちょっとしたショッピングモールなのだ。
このショッピングモールには、武器屋や防具屋、道具屋といった冒険者にとって定番の店が並ぶ予定だ。その中で右京の武器買取店と中古武器屋は中心的な存在だ。よって、伊勢崎ロードに入ったところの角地に店を構えている。武器の買取り店があり、その横にリニューアルした武器を割安の値段で売る武器ショップがある。
中古武器のイメージを変えるために、店構えはまるで高級ホテル並みの仕様にしている。床には分厚い絨毯を敷き、照明もやや落としている。店員はお揃いの黒を貴重としたタキシード風の制服を着ている。商品はカイルが修理した新品同様の性能であり、それで新品よりも半値で買えるとあって人気を博している。
特に滅多に入らないレア級の武器が手に入るかもしれないということで、それ目当ての客もやってくるようになっていた。こういう武器は中古といえども、非常に高く売れるので右京の店の重要な商品であった。滅多に仕入れられないのが実情であるが。
右京の店の隣には、アマデオが経営する武器屋がある。これは新品の武器を売るところである。中古武器屋が隣にあってリーズナブルなプライスタグを付けていては、新品は売れないと思われがちだが、これが意外に売れることになる。
右京としては客の選択肢を増やすということで、ギルドの武器屋を誘致したのだが、客は中古と新品を見比べ、やっぱり新品がいいと思えばすぐ買えるようにしたのだ。もちろん、新品を買いに来て中古を見て、気に入って買うという逆のケースもあるので、相乗効果という点で右京の狙いが当たった。アマデオも仕入れる商品をワケありで統一して、少々割安で販売するという作戦を取った。いわゆる、アウトレット商法が当たるわけである。
アマデオが儲かっても、右京としてはテナント料が入ってくるので損はしないのだ。武器屋の隣はモイラ布の店。冒険者の日常品を売る道具屋が続く。フランの『けだものや』も2号店を出店してもらっている。革製品全般はここで手に入る。
さらに食事ができるフェアリー亭、ミートサンドの店に、ゲロ子御用達のソフトクリーム店も入店している。ソフトクリームは、右京がこの世界に持ち込んだものだが、ゲロ子が行きつけのお菓子店にそのレシピを教えてソフトクリーム屋として新たにオープンしたのだ。
右京の店のお向かいには、ホーリーの教会が建っている。信者の寄付と薬酒の販売で新たに建てたのだ。その横にはロンが経営する薬屋がある。今のところはこんなもんである。まだまだ、店は足りないがこれから右京がスカウトして、冒険者に魅力な店を集める方針である。
「右京さん、宿屋の準備ができました」
そうロディが報告に来た。あのハリマの町の月海亭の青年である。月海亭は町の混乱の中で消失してしまった。それを再建するために、右京の要請でこのイヅモに2号店を開いたのだ。ここで利益を上げ、資金を集めて本店であるハリマの月海亭を再建する予定なのだ。本店は父親が経営することにして、このイヅモ店はロディと妹のミーアで成功を目指すのだ。
「そうか、それはよかった。今日からお客さんは宿泊できるんだよね」
「はい。先ほど、第1号のお客様がいらっしゃいました。ミーアが張り切って接客しています。従業員にはしっかり教育してありますが、おもてなしの心の体現には経験が必要な部分もありますからね」
「月海亭のサービスは抜群だけど、費用対効果を考えると過剰な気がしなくもない。一泊いくらだ?」
「ハリマよりも高い設定です。お部屋も広いし、綺麗ですからね。一泊20~30Gです」
「それでもあのサービスがあれば安い」
「50Gとっても問題ないと思うでゲロ」
「いえ。わたしたちは安くてもサービスは丁寧がモットーですから、そこは譲れません」
そのサービスとは、右京が体験したきめ細かなおもてなしのことである。あのサービスで20Gなら客も満足するだろう。というか、既に冒険者からの予約で満室になっており、予約状況を考えるとしばらくは続きそうである。
右京がホテルを見に行くと、ミーアが丁寧な対応をしており、新しい従業員へ同時に教育を行っている。これなら安心であろう。全部で77室あり、全室シャワー完備である。これはお湯番のムクじいさんが、建物の屋上で沸かしたお湯を供給することで可能としている。
これは町の一番高級なホテルと同じである。冒険者の宿としては贅沢な仕様だが、右京は敢えて採用した。ここに泊まったら、他所では泊まれないと思う。ましてや、冒険中は野宿は多い冒険者は、月海亭のサービスで癒される。この伊勢崎ショッピングモールに宿屋目当てで来ることも見込んでいた。
「ロディ、スタートから順調だな。なによりだ」
「右京さんには妹共々、感謝しても感謝しきれません」
「こっちもメリットが大きいからね。月海亭が来てくれて嬉しいよ」
これは右京の本音である。冒険者にとって宿は体を休める場所であり、仲間や仕事を集める場所でもある。月海亭の1階にはフロントとギルドからの情報を知らせて、仲間集めに手助けをするコンシェルジェデスクを置くことにしている。これは冒険者ギルドとの交渉が出来次第、行う予定で、今後、ここの受付嬢もどこかでスカウトしないといけない。
「右京さん、店に戻って来るのじゃ」
月海亭の様子を見に来ていた右京は慌てて、彼を探しに来たネイにそう呼ばれた。ネイによると、右京しか鑑定できない武器を持ち込んだ客がいるという。武器の査定は一般的な武器については、右京のマニュアルに従って買い取らせているのだ。今回の新装開店によって、ネイを含めて3人の従業員を新たに雇っている。
彼らは普通の武器は査定できるが、マニュアルにない武器やブランドものの武器、あと古い武器については査定ができない。これは右京がすることになっている。いわば、滅多に出ないレアアイテムの可能性がある武器なのだ。
右京はもう少し、月海亭の様子を見たかったが、珍しい武器を持ち込んだ客を待たせるわけにはいかない。直ぐに店に戻ることにした。
客が持ち込んだ武器。それは一見すると日本刀であった。ゲロ子に言わせると東方にある島国で『義』と呼ばれる国があり、そこの人間が携えている武器だそうだ。作り方が特殊でこの大陸では製造されていない。右京は先日のWDの全国大会で越四郎という選手が使っていたのを見たことがあるからだ。
「こりゃ、どう見ても日本刀だな」
右京は鞘から抜いて刀身を見る。右京は日本にいるときは、ブランド品の買取りをしていたので、刀のような美術品に該当するようなものは査定したことがなかった。だが、先輩社員に詳しい男がいて、その人から多少の知識は得ていた。
日本刀は姿、形によって呼び名が変わる。平安時代中期以前のものは、『大刀』といい、それ以後は『太刀』『刀』と呼ぶのだ。太刀と刀の違いは形状で、刺突よりも斬ることに特化したため、反りが深い湾曲した刀身をもつものは太刀という。
太刀は左腰に鎖や革紐で吊り、刃を下に向けてもつことになっていた。逆に刀は打刀とも呼ばれ、刃を上にして腰帯に差して使っていた。抜き打ちがしやすくするために先反りが強くなっているのも特徴だ。
右京が見ているのは、明らかに『太刀』の方である。だが、右京の観察もここまでである。日本刀に対して、ほぼ素人の右京がこれ以上は知識がない。こういう時にゲロ子だが、ゲロ子のもつ一般辞書機能では、刀に関する情報が不足していて分からないのであった。
「お客様、この刀、どこで手に入れましたか?」
右京は客に聞いて見た。男は鋼鉄製のブレストプレートを付けた戦士風の男だ。男は先日の冒険の様子を興奮気味に話した。何やら、東方の港町に近くのダンジョンの話から始まり、そこで出会った変わった服装の話をし始めた。服装から、東方の島国『義』から来た人間であることは分かった。
東方の港町には『義』から来た人間が多く住んでいるのだ。ブレストプレートを着た戦士自身は、その男と協力してモンスター退治に行い、その男から感謝の品としてもらったのだという。
(困ったな……)
珍しい武器だ。右京が見た限り、くもり一つなく輝く恐ろしいまでに美しい刀である。惜しむべきは、刃にちょっとヒビが入っている箇所がある。何か硬いものを斬った感じだ。
「う~ん。傷はあるがいい品だと思う。だが、引っかかるんだよな」
「主様、適当に買い叩けばいいでゲロ」
「ゲロ子、伊勢崎ウェポンディーラーズの社訓は?」
「また、それでゲロか。飽きたでゲロ。主様、ヒルダなら何か分かるかもでゲロ」
「そうだな。ゲロ子、たまにはいいことを言う」
ヒルダはホーリーと一緒に引越し作業をしているので、いつもの午前中の手伝いには来ていない。彼女の持つ検索能力『専門辞書』なら刀に関する情報があるかもしれない。右京は申し訳なさそうに戦士の男に申し出た。
「……お客様、この刀、少しだけお借りすることはできますか? ちゃんとした査定がしたいものでお時間をいただけるとありがたいです」
「ああ。今日から3日間はここの宿屋へ泊まる。いい値段を付けてくれるなら、待ってもいい。3日後にはまた冒険に出るからな。それまでに査定してくれればいい」
そう戦士は言った。右京としても店が新装開店して、これから勢いに乗ろうという矢先だ。この刀の素性を確かめ、正当な評価をしたいと考えたのだ。




