プロフェッショナル
これだけ読むと全然違う小説です。
なんじゃこれ? と見捨てないで。右京が売った武器を使う暗殺者の話です。
期待されている修羅場は次次回です。右京、まだ束の間の平和を享受。
「ボス、屋敷へ侵入しようとした男を捕まえました」
極丸会の手下どもが厳重警戒しながら、一人の男を引きずり出してきた。男は捕まえられる前にかなり暴れたらしく、今は両手を後ろにして金属の鎖で巻かれ、3人の手下が両隣と背後について見張っている。
「持ち物を調べましたところ、自爆用の魔法アイテムを隠し持っていました。おそらく、ボスに近づき、自爆しようとしていたと思われます」
「何だと……」
極丸会のリーダーを務めるサンジェストは、引きずり出された男を見る。中年であるが屈強な体つきである。これは訓練された人間であることが分かった。だが、顔が見えない。
サンジェストは男の顔を上げるように両隣の手下に目で合図する。手下は後ろ髪を掴んで顔を上げさせた。その男の顔を見た瞬間、サンジェストは一瞬、足のつま先から凍りついていく感触を味わった。恐ろしいまでの冷徹さがその顔に現れている。
「自爆などという馬鹿げたことができるのは、ハク中毒患者か狂信的な宗教信者しかいない。この男が自爆などするものか。こういう目の男は殺し屋だ。しかも相当なプロフェッショナル。プロは自分を犠牲にすることはしない」
サンジェストはそう男を評した。男の名は『シャドウ』。もちろん、極丸会の連中には名前を話していない。一切、黙秘を通している。
「貴様、名前は何という?」
「……」
「目的は何だ?」
「……」
「この野郎、ボスがお尋ねしているだろうが、答えんか!」
背後の男が蹴りを入れるが体は鉄柱のように動かない。蹴りを入れた手下の方が足を負傷する始末である。
「ボス、拷問して背後関係を吐かせますか? どうも胡散臭い」
「いや、こういう男は何をしても話さないだろう。どうだ、男よ。わしの方につかんか。報酬は思いどおりのままだ。いい思いをさせてやる。金に女に権力。何不自由ないぞ」
そうサンジェストはシャドウを誘った。一目見ただけで、この男は味方に取り込む価値があると思ったのだ。だが、シャドウは返事をしない。
「オヤジ、極丸会の掟じゃ、オヤジを殺そうとした奴は即処刑と決まっている。明日にでも公開処刑するべきだ」
そう息子が主張したが、サンジェストは殺すのが惜しいと思った。だが、今のままではこの男に忠誠は誓わせられないとも思った。悪でも人の上に立つ器量の男らしい判断を下す。
「この男は塔の6階に閉じ込めておけ。いいか、7階ではなく6階だ」
「オヤジ……どうしたんだよ。いつもなら処刑だろ、7階送りだろ?」
「ふん。この男は使える。是非ともわしの部下にしたい。お前のような出来損ないとは違う有能な男だ。1週間ほど干上がらせれば、わしの部下になると泣いて頼むであろう」
(ちっ……)
シャドウは内心で舌打ちをした。順調に行けば、処刑を命じられて塔の7階へ幽閉されるはずだったのに、部下にしたいと色気を出したサンジェストがシャドウを生かそうとしたので目算が外れた。6階では狙撃ポイントとして不適当であるし、6階には終身刑の囚人が多数おり、暗殺行為が極秘に進められないことが懸念された。
「来いよ!」
サンジェストの息子はシャドウの尻を蹴飛ばし、手下に連行させて父親に命じられた通りに塔の6階へと連行する。だが、6階にたどり着いたら、シャドウが急に暴れだした。右隣の手下に頭突きをかませ、さらに左隣の手下には強烈なキックをお見舞いする。驚いたサンジェストの息子の鼻に強烈な頭突きをヒットさせた。
「ブギュッ!」
また豚みたいな声を出して鼻血を吹き出す。
「若!」
慌てて護衛の男たちがシャドウに殴りかかる。シャドウは拘束されたまま、しばらく格闘していたが、両手は縛られて多勢に無勢である。武器を抜いた手下についに押さえ込まれてしまった。
「この野郎! 鼻が折れたじゃないか!」
サンジェストの息子は怒り狂って、床に這いつくばり、手下たちに押さえ込まれているシャドウを何度も蹴る。血が飛び散る。
「若、これ以上はヤバイっす」
「この野郎、絶対許さねえ。俺が処刑してやる。おい、7階へ連れていけ」
「し、しかし、ボスは6階だと」
「構わねえ。こいつは明日の処刑に一緒くたにして地獄へ送ってやる」
「それでは、ボスの命令に反するかと……」
「お前らよ、次期ボスは誰だと思ってんだよ。この俺様だぜ。その次期ボスの命令が聞こえないってのかよ」
「そ、そんなことは……」
「こんな危険な奴、手懐けられるわけがねえ。我が極丸会にとっての驚異は小さいうちに取り除くことが肝要だ」
これはある意味、正しい判断ではある。だが、息子はなぜ、シャドウともあろう男がこの6階で意味のない抵抗をしたのかを考えるべきであった。
ガチャン……ドン。
シャドウを蹴り飛ばして牢にブチ込む。牢に入れても危険なので両手は後ろ手に金属の鎖で縛ってある。これでは何もできないはずだ。
みんな行ってしまうとシャドウはゴソゴソと動き出した。彼のようなプロの暗殺者にとって、拘束具などは意味をなさない。口を動かすと仕込んであったピンを吐き出し、それを使って金属の鎖をいとも簡単に解除してしまったのだ。
コキコキと体を動かして立ち上がるシャドウ。それを明日処刑されるロジャーズが感心して話しかけた。
「あんた、ただもんじゃないな」
「助かりたければ、黙っていろ」
「黙っているが、どうする気だ? 忠告するがここで出されものには気をつけろ。10日前に毒殺された若者もいるからな」
ロジャーズはどうやら右京が毒殺されたと思っているらしい。それは無理もないことだ。さらに前回は暗がりだったので、シャドウと右京の会話も聞いていないし、見てもない。
「ふふふ……。気をつけるさ。だが、明日の朝食を食べるつもりはない」
シャドウは牢の窓から外を除く。
(ちっ……)
小さく舌打ちをした、7階の牢獄は全部で3つの牢がある。そのうち、ロジャーズが入っている牢はターゲットの屋敷の反対側だ。残り2つは屋敷を狙える位置。だが、できれば右側の方がよかった。右側なら直接、バルコニーに出たターゲットを狙えるのだ。
だが、入れられたところは左側。ここからだと狙いにくい位置なのである。だが、狙いにくいだけで、不可能ではない。シャドウは手はず通り、指を口に当てて指笛を吹いた。短く、一瞬だけ。響いた音が暗闇に消える。
するとパタパタと飛んでくる生き物がいる。夜目が利くフクロウである。それが足に武器をくくりつけて飛んでくるのだ。町に潜入させていた仲間からである。
「よし」
窓から手を伸ばしてその武器を手にすることは容易であった。それは一見、クロスボウのように見えるが、少しだけ形状が変わっていた。弓床には細い金属のパイプのようなものが取り付けられている。そのパイプは真ん中に切れ目が入っており、ドラゴンのひげで作った弦がその切れ目に沿って動く仕組みになっている。現代の人間が見るなら、弦はともかく、銃のように見えなくもない。
「このストロー状の金属パイプの中をドラゴンのひげの反発力で押され続けたこの弾が進みます。力を加え続けられた弾はスピードを上げて飛び出していきます」
右京はカイルに作らせた改造クロスボウの説明をした。撃ち出すのは矢ではなく、ドラゴンの歯で作られた弾。それは半分は金属で作られ、先端が尖ったドラゴンの歯なのである。重さも充分吟味され、実験では550mのターゲットを撃ち抜くことができた。
「パイプの中も工夫しています。らせん状の溝を彫ることで弾に旋回運動を与えて、ジャイロ効果で直進性と軌道の安定性を高めます」
これはオーガが持っていたアサルトライフルから気付いた工夫だ。ちなみにアサルトライフルは爆発の衝撃で使い物にならなくなっている。弾は今回のために参考にはなったが。
ちなみに右京はこの銃のように改造したクロスボウを『ドラゴンバレットクロスボウ』と名付けた。ドラゴンの銃弾を撃つ武器なのである。弾は貴重なため、2発しか作れなかったが、シャドウには一発で十分であった。
「全く、不思議な奴だ。だが、今必要なのは500m先のターゲットに届くという事実のみ」
夜が明けて太陽が登る。朝の朝礼にサンジェストがお出ましになる時間だ。シャドウはクロスボウを構えた。
「ん……」
重大なことに気付いた。サンジェストがいつもの場所に立っていない。今日は何故か、シャドウから見て左寄りに立っている。これは今までの観察からは考えられない行動であった。サンジェストはいつも決まったことを正確に行う男だったからだ。
(よりによって、今日だけどうしたことだ?)
困るのはサンジェストの牢獄からは届かない死角になるのだ。何とか首を向ければサンジェストの位置を確認できるが、クロスボウはその体制では撃てない。ましてや、正確な射撃となるとなおさらだ。隣の牢からならバルコニー全域が射程範囲になるのについていない。
『キーンコーン……キーンコーン』と鐘が鳴る。視界に見える教会が朝の時間を告げる鐘であるのだ。シャドウは閃いた。鐘が左右に揺れる。ドラゴンバレットクロスボウの照準を鐘の端に狙いをつけたのだ。
「これで終わりだ」
シャドウが引き金を引いた。発射されたドラゴンバレットは教会の鐘の端に当たって方向を変えた。いわゆる跳弾である。それは軌跡を描いてまっすぐサンジェストの頭部を左斜め上から撃ち抜いた。
サンジェストがゆっくり倒れていくのが見えた。警護をしていた手下が慌てて駆け寄る様子が見える。極丸会の朝会に出ていた構成員の動揺が遠く離れた塔からも分かった。
「任務完了だ」
シャドウはドラゴンバレットクロスボウを地面に落とした。右京が考案し、カイルが丹精込めて作った武器だが、シャドウは仕事で使った武器はすべて処分するのだ。塔の周りは深い堀で囲まれている。泥沼の中に落ちれば発見されることはないだろう。サンジェストを倒した武器がどんなものか、これで永遠の謎になる。
シャドウはまた隠し持っていたピンで牢の鍵を開ける。ついでに向かいのロジャーズの鍵も開ける。
「もう少しすれば、混乱が起きる。そのどくさくさに紛れて脱出しろ」
そう言い残す。そしてやり残した仕事をやりにいく。
やり残した仕事……それは自分に暴力を振るったサンジェストの息子への復讐だ。
これで町に平和が戻ったでゲロ。
それにしても……息子はどうなった?




