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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第2話 努力のメイス(ホーリーメイス)
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キル子の帰還

「おじさん、すごいね」

 

 ピルトはカイルの作業を見ていて思わず感嘆の声を上げた。折れたヘッド部分の継ぎ目と柄の部分を削り、継手になるよう加工していく工程が精密機械のように行われていくのだ。ある程度削るとヤスリで数ミクロン単位で調整をしていく作業は神業のようである。触るだけで削り取る量が分かるのだ。


「坊主、ヤスリの3番、もって来い」

「はい、おじさん」


 ピルトはこの3日間。朝から晩までずっとカイルの作業を見ている。見ているだけでなく、カイルに指示されて道具を持ってきたり、掃除をしたりしていた。命ずるとすぐに動いてカイルのサポートをした。ピルトは賢い少年で、カイルの地道な作業をつぶさに観察し、次に必要な作業をある程度予想しているので、動きが早くミスもなかった。


「お前、そっちのレバーを力いっぱい持ってろ」


 武骨なカイルの指示はいつも短い。今も万力に柄を挟み、ヘッド部分の継手を組んでいく作業でピクトを使う。カイルは仕事でどうしても2人必要なときは妻のエルスに手伝ってもらうことがあるが、力仕事は頼めない。今の作業もピルトがいて助かっていた。カイルは小槌を叩いて、徐々にはめていく。計算された継手は見事にはまった。3キロのメイスをカイルは片手で振った。かなりの強度がある。振る度に白銀の光が飛び散り、聖なるパワーがほとばしる。


「うむ」


 そう言うとカイルは今度は鋼のプレートで継手の箇所を覆う。それを2本のボルトで締め上げた。継手だけでも十分であるが、この補強でかなりの耐久力を確保できたと思われる。仮に折れても補強用プレートで1、2回の攻撃は続けられるだろう。


 最後に持ち手の加工をした。オリジナルは銀製のままであったが、これでは手触りも悪いし、攻撃したときの手へのダメージがある。例のスライムの革を塗って衝撃緩和材として、その表面をユニコーンの革で覆ったのだ。


 目を輝かしてメイスが再生されていく様子を見るピルトにカイルはぼそっと言った。


「坊主、いや、ピルト。この仕事に興味はあるか……」


 言われたピルトは初め何のことか分からなかったが、視線をメイスの方に向けて丹念に布で吹き上げるカイルの表情を見て悟った。ピルトはその場で深々と頭を下げた。


「おじ……じゃなかった、カイルさん。鍛冶の仕事に興味があります。僕は技を身につけてこの腕一本で生きていきたいんです」


 メイスを磨く手を休めず、カイルは続けた。ゴシゴシと磨く音が静かな工房に響く。


「10年だ。10年修行すれば一人前にしてやる」


「は、はい。カイルさん、お願いします」

「親方だ」


「は、はい。親方」


 ピルトはまたしても深々と頭を下げた。少年は新しい目標を見つけた。一人前の鍛冶職人になって、教会の幼い妹や弟を養っていきたいと思った。


 夫のぶっきらぼうなもの言いに陰で聞いていた妻のエルスは思わず微笑んだ。夫は前から弟子を雇いたいと言っていた。2人いれば剣を作ることもできる。今のような小物や武器の修理だけでなく、オリジナルの武器を作ることもできるのだ。右京のおかげで商売は順調で弟子を雇う余裕も出てきた。ちょうど良いタイミングで優秀な少年を見つけることができたのだ。思えばこの少年も右京が連れてきたのだ。カイルとエルス夫婦にとっては右京は幸運を運んでくれる人間だと思った。


 その幸運を運んでくれる男がやって来た。


「カイル、メイスは仕上がったか?」

「ああ」


 右京はメイスを受け取る。ずっしりとした重量を感じる。そして身を清められるような新鮮な気持ちになる。持っただけでこの感触だ。戦闘態勢で使えば、この武器の良さが十分身にしみて分かるだろう。


「うん。いい感じだ。折れたところも完全修復されている。見た目にも分からないし、補強の鋼のプレートがいいアクセントになっている」


「ゲロゲロ……。誰か戦士に素振りしてもらって感触が聞きたいでゲロ。こういう時にあの姉ちゃんがいないとは役にたたないでゲロな」


 ゲロ子が(あの姉ちゃん)と呼ぶのは自称伊勢崎ウェポンディーラーズのデモンストレーター。霧子・ディートリッヒ。通称「キル子」である。


「はん。ちょっといない間に生意気言うようになったじゃないか」


 聞きなれた声に一同が振り向く。なんという絶妙なタイミング。開け放たれた入口の壁に背中を預けてセクシーな片足を上げて腕組みしている女戦士。背中にはモフモフの鞘に入れられた「ガーディアンレディ」をくくりつけている。本当はずいぶん前から右京に会いに来ていたのだが、右京に会うのがちょっと恥ずかしくて表をウロウロしていたところは、ゲロ子に見られていなかったようだ。


「キル子」

「キル子、早いお帰りでゲロ……」


 キル子というのは右京が名づけたあだ名だ。他人が、特にゲロ子が言うとムカツク。決していい意味ではないが、右京に言われると何だか嬉しくなってしまって受け入れてしまうのだ。


「3日ぶりだな。元気してたか」


 一応、知り合いなので右京はねぎらいの言葉をかける。キル子は冒険者で町の外にクエストに出かけていた。怪我なく街に帰って来られたのはめでたいことなのだ。


「も、もちろんだとも……。この霧子様が怪我なんてするかよ」

「そ、そうか……」


 久しぶりに右京の顔を見て霧子は心臓がドキドキしていた。町に帰ってきてから、旅装も解かずに真っ先に右京に会いに来たのだが、それを悟られたくない気持ちが邪魔をする。


「一応、帰ってきたことを伝えるのがスジってもんだからな。休みたいのを我慢して来てやったんだ」


「しばらく冒険に行くとか言っていたでゲロ。3日でお帰りとは発情したビッチは始末におえないでゲロ」


 ゲロ子の言葉が終わるか終わらないかのうちに、バシッとゲロ子を潰す。ペラペラになるゲロ子。言葉より先に手が出るキル子であった。キル子が今回引き受けたミッションは町外れのダンジョンでのクエストであった。そこまで1日かかるので、ダンジョンには1日だけ入ったことになる。普通入れば1週間は出てこない。それだけ、冒険者にとっては稼げる場所なのだ。わずか1日で町へ帰還しなかればいけない理由が生じたのだ。


「鎧の化物が邪魔をしてね。どうにも退治できないから、クエストは中止になったんだよ」


「鎧の化物って、新聞に出ていた奴か……」


 3日前に読んだ新聞記事にそんなモンスターが迷宮に出現して冒険者が苦戦しているとか出ていた。まあ、商売人の右京には関係ない話だが。


「それより、その武器。いい感じだな」


 キル子はさすがに戦士である。武器を見る目は確かだ。右京はキル子にメイスを渡す。彼女は一応、デモンストレーターなのでメイスを振ってもらい、感触を見てもらおうと思ったのだ。右京から差し出されたものをちょっと顔を赤らめて受け取ったキル子。受け取ったとたんにキル子の体が頭の先からつま先まで真っ白に染められていく。


(な、なに……この感覚~ううううう)


 まるで何も知らない純真無垢な幼い幼女に生まれ変わった感覚。重いはずなのにまるで水鳥の羽のように軽く感じる。


(こ、この感じ……。処女にしか触らせないユニコーンに頬ずりし、そして、乗りこなす感じ)


キル子は軽く構えて振る。ビュン、ビュンと音がして同時にキラキラとした光の残像が残る。キル子の体は熱くなり、強烈な快感で体が打ち震える。ユニコーンに乗り、武装する戦乙女。バルキリーになって魔物をすべて滅する自分の姿がイメージされる。体全体がキュンキュンと痺れるような快感に包まれる。


「す、すご~いいいいいっ……」


 3度メイスを振って、キル子はへなへなと座り込んだ。女の子座りして(はあはあ)と息を整える。あまりの快感に思わず腰砕けになってしまった。ガーディアンレディの破壊力に酔いしれる感覚とは違った別の感覚。力ではなく、心が洗われ、清められていくことによる感覚だ。


「なんだでゲロ。キル子、イっちゃたでゲロか? ビッチの割にはイクのが早いでゲロ」


「ば、ばっきゃろー。ビッチじゃないからな。あ、あたしは、その、男の人とは、その経験がない……って、なに言わせるんだよ!」 


 ブンブンとメイスを振り回してゲロ子を潰そうとする。それをひらりひらりとかわすゲロ子。もうこの2名はコンビを組んでお笑いにでも行ったほうがいい。


「まあまあ、キル子、怒るなよ」


 右京がそっとキル子の肩に手をやった。ビクッと体が反応するキル子。ゆっくりと右京の顔を見る。その目に吸い込まれるような感覚を覚えるキル子。手にしたメイスをそっと渡した時に手が触れる。右京の手は温かくて全てを包んでくれそうな安心感がある。


「う、右京」

「いいじゃないか。経験ない方が」

「えっ。右京、それは本当か?」

「ああ。その方が可愛いじゃないか」


「う、右京。それじゃあ、あたしの初めての男に……最初はファーストキスを……」


 キル子の脳内イメージが広がる。生まれたままの姿でユニコーンにまたがるキル子。その後ろからそっとキル子を抱きしめる右京。唇がゆっくりと重なろうとしている。


(ああ……。霧子、とろけてしまいそうです……)


「メイスを使った経験がなくても、キル子なら使いこなせるよ。これで邪悪なモンスターもバッサバッサと殴り倒せる。可愛い顔とギャップ萌えが期待できるって?  どうしたキル子?」


 きょとんとしてしばらく右京の顔を見つめるキル子。そのうち、顔がきゅうううっと赤くなり、頭から煙がで出てきそうになる。自分の妄想に恥ずかしくなってしまった。


「うるせーっ! てめえなんかぶっ殺してやる! わ~ん」


 キル子は急に泣き出して店の外へ駆け出した。なんでキル子が急に機嫌を悪くしたのか分からなくて立ち尽くす右京。


「全く、ビッチと見せかけて未通女おぼことは、女は見かけによらないでゲロ」


 そう言いながら、ゲロ子が右手で持ったメイスを杖がわりにしている右京に近づき、そのメイスに触った。とたん、ばふっと煙が立ってゲロ子がその場にへなへなと崩れ落ちた。どうやら、メイスの聖なるパワーが作用したらしい。邪妖精とはよく言ったものだ。


「存在するだけで邪悪なものを寄せ付けないとは、この武器、高く売れるぞ」


 あの1等神官メリンが言っていたように、存在するだけで神々の祝福ブレスの魔法が効果を現す。物理的破壊力は鋼鉄製でもっと重いメイスには負けるだろうが、これは邪悪な力を退散させる力が秘められているのだ。


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