右京死す
「どういうことだよ、ゲロ子」
耳をホリホリして口でふいてカスを吹き飛ばしたゲロ子は牢の床に寝転がる。一応、わらが敷いてあって固い石よりはマシな状態である。まあ、家畜並みの扱いではあるが。
「主様、シャドウが裏切ったとして何の得があるでゲロ。向こうについたわけでもなく、賞金もパアでゲロ。それにこの稼業で信用は第一でゲロ。シャドウのおっさんは一度も任務を失敗したこともないということでゲロ」
「それは伝説の13の男の話だろが」
そうゲロ子に突っ込んでみたが、シャドウには右京を売るメリットがない、もしかしたら、自分が逃げるために右京を犠牲にしたのかもと考えたが、彼がそんなドジをしたとも思えない。今日、待ち合わせに来なかったことと言い、わざわざ、ガセ情報をサンジェストの息子に流したことと言い、深いわけがありそうであった。
「ゲロゲロ……。明日の朝までに何かが起きるでゲロ。それまで寝てるでゲロ」
「おいおい……余裕だなゲロ子。って、お前はいいよな。処刑されるのは俺であって、お前は隠れてればいいのだからな」
「グウグウ……」
「寝やがったのか? なんつー、使い魔だ」
やっぱり、ゲロ子はゲロ子である。だが、よく考えれば、こいつを使って鍵を手に入れ脱出することもできるのだ。そう考えると心に余裕が出てきた。周りを見渡すと最上階には他にも牢がある。
「新入りさんかい? あんた何をしたんだって愚問だな。ここは無実の者が入る牢だ」
そう牢に入っている男が口を開いた。長いこと牢につながれていたのだろう。ヒゲが伸び放題で何歳なのかが判別できない。
「月海亭の兄妹を助けただけで処刑だそうです」
「な、なんだって! 月海亭だと。あんた、ロディやミーアに会ったのか!」
「おっさん、ロディとミーアのこと……まさか!」
この囚人は話に聞いていたロディたちの父親であった。名前をロジャーズという。月海亭のオーナーで、この町の名士であった。サンジェストの排斥活動に身を投じたが敗れて、同士と共に牢につながれたのだ。多くの仲間が処刑されたが、ロジャーズだけは何故か処刑されずにずっと牢に入っていたのだ。だが、急に処刑が決まり、2週間後に刑が執行されることになっていた。
「そうですか……あの子らが月海亭を……」
ロジャーズはそう言って涙した。2人が無事であることを知って安心したものの、その前途は決して安全ではなかったからだ。今はどこかへ逃亡中である。極丸会の連中に見つかったらただでは済まないであろう。
コツコツ……と石壁を叩く音がした。静かな牢獄に響くその音。初めは風が何かを飛ばして壁に当たった音かと思ったが規則正しいリズムが刻まれている。右京は音がする壁を見た。そこには鉄格子がはめられた窓がある。そっと外を見る。
「思ったとおり、そこに入れられたようだな」
「お、お前は!」
右京は驚いた。窓の外にはロープを伝って屋根から降りてきたシャドウがぶら下がっていたからだ。
「どういうことだよ。俺を暗殺者に仕立て上げて。それに約束のところへも来ないで」
「それはこういうことだ」
シャドウは指を指した。片方の手はロープを握っている。両足を塔の壁につけて指差す方向へ顔を向けている。こんな高いところで恐怖心はないのであろうか。ロープ一本で体を支えているだけだ。よく高い塔に無断で登った若者がネットに無謀な体勢で撮った動画をネットに流しているが、それをみて背中が寒くなるのと同じである。あまりシャドウを見ないようにして右京は指差す方を見た。
「ターゲットの屋敷が見えるだろう」
「なるほど。狙撃ポイントはこの牢獄ってことか。ゲロ子、正確な距離を計れ」
「ゲロゲロ……計測中でゲロ」
ゲロ子の特殊能力である。正確な距離が分かるのだ。
「およそ502m32センチでゲロ」
「なんとなく、無駄な正確さが虚しいな」
「ターゲットはあのバルコニーに立つのが日課だ。後は屋敷の奥深くにいて外には出てこない。朝9時の部下への激励の時間が唯一のお出ましだ」
バルコニーは張り出た屋根部分が邪魔をして上からの攻撃を防ぐ役割をしていた。この塔から水平に撃てば上からまっすぐにバルコニーを狙えるがそれは僅かな進入路であった。通常、矢を射つ場合は斜め上を狙う。そうすることで矢は放物線を描いて重力に引かれてスピードが増して攻撃力と射程距離を高めるが、この塔からでは屋根が邪魔をして狙えない。さらにバルコニーには呪文無効化の封呪がしてあった。
「これは風も計算に入れないといけないな」
右京は風が強いことも懸念材料であった。海からの風が強い。特に上空は風が巻いていて塔から攻撃するとなるとかなり矢は影響を受けるであろう。
(これでは弓矢の攻撃は無理だ。ターゲットを倒すには僅かなルートでしか攻撃を受け付けないし……)
シャドウがどうやって牢に入って狙撃をするのかは分からないが、ここから狙うとしても困難極まるミッションである。
「状況はわかったようだな。どうだ、できるか?」
「難しい……だが、やらねばならない。しかも一週間後だ。でないとロジャーズのおっさんが殺されてしまう」
「うむ。では、明日の朝、お前を救出してイヅモへ戻る。2週間後、ここから狙撃して奴を殺す」
「シャドウさん。疑ってごめんなさい。俺、てっきり、シャドウさんが裏切ったと思っていて」
「この方法でなかったら、同じようにロープで屋根に登って見てもらった。こっちの方がよかったか?」
「いえ。そちらでなかったことがこれだけ嬉しいとは……自分の幸運に感謝です」
シャドウと同じようにこの塔の屋根に登ることなんて無理だし、登ってバルコニーを確認するためにロープ1本でぶら下がるなんて無理だ。下手すると処刑される前に死んでしまう。
「それでは、明日の処刑前に救出する」
そうシャドウは言い残して姿を消した。どうやって救出するか教えてくれなかったが、シャドウはその道のプロだ。信じるしかない。それに右京を助けなければ、狙撃する武器は手に入らないのだ。
朝が来た。爽やかな朝だ。
「そんなわけね~っ」
処刑される朝なのだ。牢獄に柔らかく差し込む一筋の光が天国の光のように見えたとしても爽やかではない。コツコツと牢番が階段を上がってくる足音がする。
「最後の食事だ。味わって食べろよ」
そう言って牢番の男は水とパンを置いていった。固いパンである。月海亭の柔らかいパンが食べたいと思った右京だったが、死刑囚はこんな扱いだろう。ゲロ子はわらに包まってゲロゲロと寝ている。右京はコップを掴んで水を飲んだ。
「グッ……」
一口で胸が締め付けられた。喉が焼けるように熱い。手からコップが落ちる。手がしびれる。いや、しびれは全身にくる。コップは石の床に落ちて割れた。
「主様、主様、死ぬなでゲロ」
ガクッとひざをついた。体が支えられない。右京はバタリと倒れた。気が遠くなり、天から可愛い天使がラッパを吹きながら降りてくるのが見える……。
ラララ~ラララ~ラ~ラッラララー
(やめろ、その音楽はやめろ)
(それにどうして天使がゲロ子なんだ!)
「ど、毒が入っていた……そんな……こんな終わり方って……」
右京はゆっくり目を閉じた。
「主様~っでゲロ」
「これで伊勢崎ウェポンディーラーズは終わるでゲロ」
「こんな終わり方があるわけないだろう!」
もちろん、続きます。
まさか、主人公が死ぬなんて!
どんな展開でゲロ?




