勇者様は一人ぼっち
じいさんの厳しい顔に一同、一瞬その場で凍りついた。ボケ行動をしていたじいさんだが、これでもエルフ族を取り仕切る長なのである。触れてはいけない禁忌を侵してしまったのかと、心臓がドキドキする右京たち。だが、じいさんは厳しい顔を崩した。
「なんじゃ、ネイ。『疾風の弓』に興味があるなら早く言うのじゃ。あれはエルフ村の宝じゃ。受け継ぐのはネイ。お前しかおらん」
(おいおい……。意味もなく驚かせるなよ!)
心の中で悪態をつく右京。だが、ネイのじいさんはそんな空気は全然読まない。
ネイが見せてくれというので、じいさんはウキウキと村の中へ右京たちを案内する。どうやら、見せられないというほどのものではないようだ。じいさんが案内したのは、村の宝物殿。奈良の東大寺に行けばあるような校倉造りの高床式倉庫である。
じいさんは、はしごを登ると首にかけてあった鍵で扉を開ける。しばらくゴソゴソと探すとやがて、ガラスケースに入った弓を取り出した。
「これじゃ、ネイ。我が村に伝わる『疾風の弓』」
じいさんは語り出した。ちなみにこのじいさんの名前は確か『ヨイチ』だったはずだ。どうでもいい情報だが。
『疾風の弓』はこのエルフ村を作った初代村長、アーノルドが使ったとされる武器だ。アーノルドは勇者で、魔法と弓を使う珍しいタイプの勇者だったらしい。『疾風の弓』は彼の愛用の弓であった。
矢を放てば疾風となって突き進み、どんなものでも射抜いたと言われる伝説の弓だ。多分、当時は魔法付与がされており、すさまじい威力を誇ったという。一説には空飛ぶ鵺を一撃で仕留めたとか、雷神を撃ち落としたなどという話も残っているくらいなのだ。
(まあ、こういう話は大抵眉唾物だが)
右京は弓を見る。見た目は大して変わりがない。装飾はさすがに豪華でそれなりだが、もっと立派な弓はたくさんある。
「ネイが言うには湖の端から射ると対岸まで届くとのことですが」
「無論じゃ。今からわしが見本を見せてやるのじゃ」
ネイのじいさんはそう言うと弓をもって湖へ行く。村の近くに水源となる綺麗な水を湛えた湖があるのだ。じいさんはローブを脱ぐ。そして上半身を露出させる。じじいとは思えない筋肉である。湖の対岸にりんごの木がある。そこにはたわわに実ったリンゴがぶら下がっている。
「ゲロ子、あそこまでの距離はどのくらいだ」
「ゲロゲロ……。ちょっと待つでゲロ」
ゲロ子のフードのカエルの目がめまぐるしく変わる。何かの計算をするときはいつもこうなる。
「およそ350mでゲロ」
「マジかよ。ロングボウで届くなら、同じ材質の弦を使ったクロスボウなら充分届くぞ」
「おおおおおおっ……」
ネイのじいさんが雄叫びを上げる。そして筋肉をピクピクさせて弓を持って舞いだす。まるで大相撲の弓取り式みたいだ。
「ネイよ、そして客人よ。見るがいい。我がエルフ村に伝わる伝説の弓の力を」
弓に矢をつがえる。そして、それを引き絞ろうとした瞬間。
グギッ。
鈍い音がした。ネイのじいさんが真っ白になっている。
「イタタタっ……」
じいさんはその場で崩れ落ちた。張り切りすぎて腰を痛めたようだ。
「意味がないでゲロ」
「代わりにネイが使えよ」
「分かったのじゃ」
倒れたじいさんからネイが弓を預かる。そして矢をつがえる。力いっぱい引こうとするネイ。だが、弦が硬すぎて引き絞ることができない。
「無、無理じゃ。これは硬すぎるのじゃ」
どう考えても華奢なネイがこんな強弓を引けるわけがない。
「おいおい。それじゃ、『疾風の弓』の性能が分からないではないか」
「全く意味ないでゲロ」
がっかりする右京たち。だが、腰を痛めたネイの祖父は切り札をもっていた。弓を引ける客人が村に滞在しているらしい。
「こんな弓を引ける者なんているんですかね」
じいさんの話を既に信頼していない右京だったが、じいさんが呼んだ客人を見て驚いた。20代後半の体操選手のような引き締まった肉体。金髪刈り上げのアーミーヘア。右京が見知ったあの勇者だ。
「値切りの勇者でゲロ」
ゲロ子の失礼なあだ名は置いておいて。あの買い物上手な勇者オーリスである。なんでこんな村にいるのか。いつもの仲間がいない。
(特にわがまま魔法使いジャスミンさんが)
「これはオーリスさんじゃないですか?」
「おお、君はあのイヅモの町の中古武器屋。久しぶりだな」
勇者オーリスにはこれまで『斬鉄剣』と『ゲロ子シールド』を買ってもらったことがある。いずれも大金で買ってくれたお得意様である。多少は値切られたが。
「勇者のあなたがなぜ、こんな小さな村にいるのですか?」
右京がつい不用意なことを聞いた。なぜ、不用意かというと、オーリスが急に哀愁を顔に浮かべて、視線を遠くの景色に向けた。地味に落ち込む勇者。
「どうせ僕は役たたずだよ。こうやって仲間を集めにエルフ村へやってきたなんて……」
ブツブツ言ってるオーリス。落ち込む彼をなだめて話を聞くと、とある冒険で仲間の戦士グラムと女魔法使いジャスミンが恋仲になり、結婚するから引退するなんて言い出したのだ。その結果、勇者オーリスは一人ぼっちになってしまったのだ。
「なんだ、値切り勇者だけじゃなくて、ぼっち勇者だったでゲロ」
ゲロ子の辛辣な言葉。勇者様に向かってボッチとは何事だ。昔のゲームの主人公はみんな『ぼっち』だった。
「あれだけ、パーティ内での恋愛は禁止とか言っていたのにジャスミンの奴、急に『男は筋肉よ』なんて言い始めて。そりゃ、グラムの三角筋や上腕二頭筋は僕よりもすごいよ。だからといって、急にパーティやめられても困ってしまうよ。ドラ○○Ⅱから急にⅠへ移った気分だよ」
ブツブツ言っているので後半のヤバイセリフはよく聞こえなかったが、勇者オーリス。パーティメンバー探しにこのエルフ村へやってきたらしい。
「オーリスさん、じゃあ、この弓を引いてデモンストレーションしましょうよ。ちょうど、村人も出てきてます。ここはオーリスさんの力を見せればあそこにいるエルフの美しいお姉さんが、勇者様素敵~っと言って仲間になるかもしれませんよ」
「そ、そうかな」
「そうですよ。もしダメなら、俺と一緒にイヅモの町で探しましょう。弓を引いてくれれば俺も協力しますよ」
「うむ。分かった」
やっとオーリス立ち直ったみたいだ。何だか、めんどくさい気がするのは右京だけではないはずだが、ここは勇者の力に頼るしかない。
オーリスが『疾風の弓』を手にする。そして矢をつがえて引いた。ネイや右京が引いても引けない弦がキリキリと伸ばされていく。それが美しい弧を描いたとき、キュンと矢は放たれた。矢はまさに疾風のように水平に飛び、対岸のりんごを見事、射落としたのだ。
「すげ! 射程距離350mオーバーかよ」
「これだけ力があるのに、ぼっちとは悲しいでゲロ。残念でゲロ」
「はあ~っ」
また落ち込む勇者。(ゲロ子、勇者様をいじめるでない)
「この弓の弦はあるもので、できているんじゃ」
そうネイの母親に湿布を貼ってもらい、寝そべりながらネイのじいさんは説明をする。伝えられた話によると弦の材質は『ドラゴンのひげ』らしい。
「ドラゴンのひげ」
「そうじゃ。これはクラウドドラゴン『フウジン』のヒゲと言われている」
「じゃあ、ドラゴンのひげを使えば距離が出るってことか」
右京は解決への道が見えてきた気がした。どうにも改造する方法が見つからなかったが、一つ目標ができたのだ。
「ドラゴンのひげをゲットするでゲロ」
「無理だね」
話を聞いていた勇者オーリスがそう即答した。水を差された形になった右京とゲロ子。
「ドラゴンのひげを得ようとするなんて命がいくつもあっても足りないよ。まず、ドラゴンのひげは逆鱗と同じだ。触れるだけでドラゴンの怒りを受ける」
よく逆鱗に触れると言われるが、『逆鱗』とは竜の顎の下にある一枚の逆さに生えたウロコのこと。これに触ると普段はおとなしい竜が激怒し、触った者は必ず殺されるということから言われるようになった言葉だ。
オーリスが言うには『ひげ』も同じらしい。オスのドラゴンにとって、それは自分のプライドの象徴であり、それを切られるのは屈辱以外何物でもないのだ。
「大体、クラウドドラゴン級のドラゴンなんて、そんな滅多にお目にかかるもんじゃないよ。よって、この話は無理ということだね」
そうオーリスは断言した。クラウドドラゴン級ということは、ドラゴンの中でも強大な力をもつレジェンド級である。ラストボスを務めることができるのを言うのだ。お菓子を買いに来るアディラードのような赤ちゃんドラゴンや彼女の母親のようなレッドドラゴンではない。それに彼女らは女性だ。ヒゲがない。
「それでは意味がないでゲロ」
「ここまで来て、手がかりが消えた」
がっくりする右京。そもそも、ドラゴンに心当たりがあっても、逆鱗に触れてまで手に入れる手段がない。頼みの綱の勇者オーリスも結局、村では仲間を集められなかったみたいだし。世の中、うまくいかないものである。




