ある男の注文
ここから第10話開始です。
ショッピングモールを作りながら、またまた、事件に巻き込まれていく右京。
武器は『クロスボウ』ありきたりでごめんなさい。
「いいか、ネイ。武器の査定のポイントはまず、傷がないか、錆がないか。全体の傷み具合をチェックしろ。剣で見るポイントはまずブレイドの部分。ここが一番大事だ」
「うむ、分かったのじゃ」
今日も右京は店を終えてからネイを始めとする従業員に買取りのコツを研修している。売る方はある程度の商品知識があれば売れるが、買取りとなるとやはり研修が必要だ。冒険者が持ち込んだ武器を査定し、修理すれば新品同様になるものを見抜くことが、収益につながるのだ。買取り店の一番の心臓といってよい。
それでも買取り査定には経験がいる。一応、従業員には初級レベルの一般的な武器の買取りができるように訓練する。銘が入ったブランドの武器や魔法の武器は右京やヒルダが鑑定する。そういうものは滅多にないから、初級レベルの従業員がいれば右京が楽できるのだ。
「それからネイ。買取りで一番大事なのは何だと思う?」
ハーフエルフは腕組みをして考えるが、すぐに諦める。考えることはあまり好きではないようだ。
「ううむ。分からんのじゃ」
「お前、もう少し考えろよ」
「うちは考えるよりも知りたいのじゃ」
「仕方がないなあ。その品物を自分が買うならいくらで買うかという直感だよ。それを元に買取り価格を決めるんだ」
「なるほどのう……」
「だから、冒険者としての感覚は大事だし、今の流行りを敏感に感じ取ることも必要だ」
「ふむふむ……」
冒険者のネイが右京の店で働きたいと言い出した時には、ちょっと心配したが、ネイの武器に関する感覚は天性のものがあった。特に短剣と弓に関してはいい値付けをする。まだまだ、経験と研修は必要だが、今、開発中の新しい店舗では買取り部門を強化するから、従業員が欲しいのである。今は買取りをする従業員を鍛えているところである。
店の完成にはまだ半年以上かかるので、それまでの間に従業員とテナントに入居する店を募集しないといけないのだ。右京は買取りと販売、従業員教育とテナントの募集と超忙しい毎日を送っていた。
伊勢崎ショッピングモール構想は順調に進んでいて、今は入居するテナントを選抜してる。まずは中古武器の買取り&販売の伊勢崎ウェポンディーラーズ本店。
これは中央の一番よいエリアにどんと構える。買取り店と販売店が両隣になった店だ。広さは今の店の10倍になる。中にはカイルの武器修理部門も設置する。内装は豪華で美しく、新品武器屋よりもエレガントな店舗である。中古というイメージが一挙に払拭されるデザインになる予定である。
アマデオが店長となる新品を売る武器屋も店を開く。中古武器屋と新品武器屋が隣同士で売るなんておかしな話だが、これは右京がディエゴ会長に頼んで出店してもらった。敢えて併設することで、客をひとりでも多く引きつけようという作戦である。ここへ来れば、武器は新品からでも中古からでも選べるという利便性を重視したのだ。品が豊富にあるというのも冒険者には魅力である。
さらにモイラ布とモイラアーマーを売る店。革製品を売る『けだものや』の2号店。ボスワースの金銀細工の店が確定している。食べ物屋はフェアリー亭と右京行きつけのハンバーガー屋さんに出店してもらうことになっている。ハンバーガー屋のオヤジも屋台から、ここへ本格的な店を構えることになる。
「ゲロ子の好きなソフトクリーム屋も出店させるでゲロ」
「ゲロ子、それは自分のことしか考えていないだろう」
「当然でゲロ」
「右京社長、お向かいに教会と薬屋が入ります。冒険者が集まるとなると、飲食店もまだ足りないですし、日用品屋装備も扱う店も必要です。道具屋とか服屋とかいるでしょうね」
そうヤンが計画地図を出して右京に説明をする。彼は元銀行員で右京の商売に魅力を感じて、右京の店に務めることになった男である。彼は有能な男で銀行時代のツテを使って、優秀な人材を集めて経理部門での仕組みづくりを担っていた。
「ヤン、冒険者と言ったらやっぱり、あれだろう」
「そうあれでゲロ」
右京は地図のあるエリアを示した。ここに冒険者の宿をつくるのだ。やっぱり、ゲームでも冒険者は宿を起点に活動を開始する。今のところ、冒険者ギルドがある中央エリアに冒険者は集まるのでそこに宿も集中している。この町の入口とも言える場所に泊まれる拠点を作れば、ここに冒険者が集まり、武器の売上も高まるというものだ。
もちろん、宿の1階には冒険ギルドの出張所を設けて、この宿屋で手続きもできるようにしてしまうのである。今、そのことをヤンに命じて交渉させているのだ。問題は冒険者が泊まってくれるよい宿を経営することだが、これについては右京も専門家ではない。そういう宿を経営できる人物を探さなければならない。
「右京さん、いますか?」
そう言って店に入ってきたのは、エド。からくり武器のデザイナーである。武器ギルドの招きで新しい武器の開発をしている男だ。
「ああ、エド、久しぶり」
エドはドワーフである。よって、ちょっと小太りで背の低い筋肉質の男であるが、茶色の縮れ髪をヘアバンドで留めて、ヒゲをダンディに手入れしたおしゃれなドワーフである。右京は彼のデザインする武器が好きで、これまで2度ほど対決してきたがいいライバルだと思っている。それはエドも同じである。
「実はちょっと困った注文を受けましてね」
そうエドが困惑して右京に相談をした。1日前にやってきた男の話をしたのだ。
その男は身長が180センチほど。分厚い胸板をもつ傭兵稼業でもやっていそうな体格をしていた。眼光鋭く、獲物を狙う鷹のような雰囲気の男である。その男がエドに500m先のターゲットを射抜く武器を注文したのだ。
「ご、500m先って?」
「そのおっさん、アホでゲロな」
長距離武器としては弓があるが、その射程距離はせいぜい100mである。現代のライフルならともかく、500m先のターゲットを射抜くのは難しい。
「しかも、その男は矢が水平に飛んでいくことを条件にしたんだ」
それではますます、距離を稼ぐのは困難である。弓というのは距離を出すために45度の角度で射出する。そうすることで矢が放物線を描いて上から落ちていくことで、矢の重さを使って威力を高めるのだ。水平に飛んでターゲットを仕留めるなど不可能である。
「一応、僕も研究をしてね。こういった武器を作ったんだけど……」
エドが手にしたのはクロスボウである。クロスボウは大変古い武器で、古代ギリシア世界に遡ることができる。原型は『ガストラフェーテス』と呼ばれるもので、弓の尾部に丸みを持った台架が取り付けてあり、先端を地面に付けて湾曲した台架を腹に当てて、操者の体重で弦を引く構造をもっていた。
弦が強ければ強いほど威力があり、遠くまで飛ぶので、硬い弦を引くための構造と言える。これが改良されて、矢をつがえる溝と弓と弦を固定し発射する引金がついた柄状のものである。長さは1m、横幅は70cmほどであった。
特徴は技がないと使えない長弓に対して、だれでも遠くへ飛ばすことができる点である。よって、傭兵が装備して中世のヨーロッパの戦場で使われることになる。但し、連射しにくいという欠点が響き、長弓に勝てず戦争から姿を消すことになった武器なのである。
エドはこれに工夫を加えていた。弓の弦をレバーを回すことで巻き上げる装置を取り付けることで、人力では不可能な硬い弦を引くことを可能としたのだ。
「すごいな、これ。これでどれくらいの射程距離なんだ?」
「約200mです」
「すげ!」
これは驚きの数字だ。だが、エドに注文した男は500mの射程距離を要求しているのだ。まだまだ足りない。
「それでね。僕はもう知恵を出し尽くしてお手上げなんです。これをその男に2000Gで売ったんだけど、男はこのクロスボウをさらに改造してくれるところを探してるんだよ。それで、右京さんを紹介したんだけど」
「えーっ。俺? 無理だよ!」
「そこを何とか、頼みますよ。右京さんなら何かアイデアが浮かぶはずでしょ」
「それは買いかぶりしすぎだって!」
右京はそう言ったが、500mの射程距離をもつ武器なんて面白いと思った。不可能なことを可能にするなんてやりがいのある仕事である。
「また主様は金にならないことを引き受けるでゲロ。この忙しいのに変な仕事を引き受けない方がいいでゲロ」
エドが去ってゲロ子が毎度のごとく文句を言った。確かに忙しいが、右京の本分は武器を改造して性能を上げて付加価値を付けて売ることだ。この難しいミッションを受ける価値がある。
「ゲロ子、この件に関しては、金は儲かるぞ。注文した男はよほどの金持ちで、金にいとめは付けないらしいから」
「そうでゲロか?」
そして夕方になってその男は右京の店に現れた。エド作ったクロスボウを持って。
「店主、このクロスボウを買ってもらいたい。そして、それを改造して500m先のターゲットを射抜けるように改造してほしい。それを言い値で買取ろう。」
男は眼光鋭く、そう右京に言ったのであった。彼の出した売却の希望額は200Gである。2000Gでエドから買ったばかりなのにその10分の1の価格提示である。




