鑑定依頼
「カイル、いい考えが浮かんだ」
「ああ……俺もだ」
カイルの鍛冶屋の工房に駆け込んだ右京は息を整える間もなく、カイルに話かけた。カイルも思案が終わったところで、何やら図面を書いている最中だ。奥さんのエルスさんが気を利かせてコップに水を入れて右京に手渡す。それを飲み干して心を落ち着かせる右京。
その後にピルト少年とその頭に乗っかったゲロ子が到着する。右京の後を必死に追いかけてきたらしい。
「あら、こっちの男の子は新顔ね。ゲロ子ちゃん、いらっしゃい」
「また来たでゲロ」
ペコリとエルスさんに頭を下げるピルト。ゲロ子はぴょんと飛んで右京の背中に張り付いて、もそもそと登って右肩の定位置に座る。
「先にカイルの方のアイデアを……」
「ああ……。溶接は諦める。代わりにハンダ付けで仮固定する」
ハンダ付けは鉛とスズの合金で金属をつなぐ接合法である。だが、これでは脆すぎて武器としての使用は不可能だ。そこでカイルは2枚の鋼の板を巻きつけて、ボルトで止める方法を考えた。これだと再び折れても鋼の板が分離を防ぐ。
「なるほど。だが、やはりハンダ付け程度では強度が担保できない」
「ああ……。それは分かっている」
「カイル、だがいいアイデアだ。俺の考えたアイデアと合わせれば完璧だ」
右京はそう言って自分のアイデアをカイルに説明する。右京の思いついたのは大工技術である継手である。木の先端を加工して組み合わせることで強度を保つ伝統技術だ。この世界にはない技術であった。この世界は釘と金具の多用で建築するいわゆるツーバイフォー工法なのである。
右京のアイデアは(腰掛け鎌継ぎ)という方法で家の柱をつなぐ際に使われるもので、衝撃に強いのだ。昔、父親が右京の目の前で加工してつないだ記憶を思い出したのだ。
「すごいアイデアだが、これはかなり難しいぞ」
そうカイルは腕を組んで考え込む。確かに木と金属は違う。金属は熱すれば膨張するし、木のように簡単に加工できるわけでもない。幸いなことにメイスは銀主体の合金だから、鉄ほど固くない。カイルの腕ならなんとかできるかもしれない。これでつないだ後に、カイルの考えた方法で補強すれば完璧だろう。
「これでこのメイスは蘇る。カイル、どれくらいでできそうだ?」
「3日だな」
「了解。いつものように工賃は現金で払おう。いくらだ?」
「200だな」
「遠慮するなよ。この難しい作業だ。100上乗せしよう」
右京はポケットから100G札を3枚出してエルスさんに渡す。カイルならこの難しい作業を成功させるはずだ。
「じゃあ、3日後に来るよ。ピルト、行くぞ」
そう右京は声をかけたが、ピルトはカイルの作業の様子にクギ付けである。珍しいのであろう。それにメイスがどう扱われるか知りたい彼にとっては、カイルがどう修理するのか興味があった。
「あの、おじさん……。見ていてもいいですか?」
「……邪魔をしなければな」
ピルトの申し出にカイルはそう答えると一心不乱に作業に取り掛かった。折れた先端をならした後に削って加工するのだ。足で動かす旋盤を巧みに動かし、徐々に削るという気の遠くなる作業を行うのだ。
「主様、次は何処へ行くでゲロ?」
「神殿に行く。お墨付きを得ないとな」
カイルの鍛冶屋を出た右京は進路を中心街に向けた。街の中心には行政役場があり、そこの周りには図書館や神殿、冒険者ギルドの建物が集中するのだ。言わば、情報の集積地と言っていい。右京はメイスの入っていた木の箱を手にしている。メイスにも刻まれていたが、この箱にも銘が刻まれていた。
(パトリオール・マニシッサ 701)
箱の方は直筆と思われるサインが見て取れる。古くてぼやけているが、ちゃんと判読できるレベルだ。右京が訪れたのは神殿に併設された研究施設だ。ここの研究員に右京の知り合いがいるのだ。
「おお、こんなところにお前が来るなんて珍しいな」
知り合いの2等神官レオナルドが右京を見つけて手を上げた。レオナルドとはひょんなところで知り合った悪友だ。年は右京より10歳上の31歳だが、カイルと同様に気の合う学者肌の男だ。時間が合えばよく町で酒を酌み交わす仲だ。彼の務めるこの研究施設は古代の魔術書を解読し、神聖魔法の発掘とその術式の解明。マジックアイテム等の鑑定をしていた。
もちろん、一般向けにはあまり知られていない。鑑定は冒険者ギルドに頼んで専属の鑑定士がやるのが普通だが、それだと鑑定料が高くつく。物によっては鑑定料だけで1000Gを超えるケースもあるのだ。だが、この研究所だと格安でやってくれるのだ。これは学術的な研究の一貫ということで、鑑定した物の情報を神殿の記録に残すことが条件であるが、ギルドの3分の1でやってくれる。
これは禁止されておらず、規定にもないのでグレーゾーンであるが、違法ではないらしい。
「これを鑑定してくれ……」
右京はメイスの入っていた箱を見せる。興味深そうにそれを手に取るレオナルド。彼の胸に下げられた神のシンボルのペンダントが光る。
「うぎゃ~でゲロ」
右肩のゲロ子が目を回してその場で倒れた。慌ててペンダントを外してポケットにしまうレオナルド。
「悪い悪い……。邪妖精のゲロ子ちゃんには毒だったね」
ゲロ子の奴、邪妖精と呼ばれている。レオナルドが言うには妖精も白魔法系の妖精と邪悪な黒魔法系の妖精がいるらしい。右京の使い魔ゲロ子は普段の生活どおり、悪い方のようだ。レオナルドが首から下げているペンダントは、聖なるアミュレットと言って、邪悪なモンスターを追い払う効果があるという。
(ゲロ子、お前、モンスターの仲間だったのか)
「ほう。パトリオール・マニシッサと銘がある。これはすごいね」
「そ、そうか!」
「本物なら国宝級だよ。彼は伝説の大神官だからね」
「すごいでゲロ。億万長者でゲロ」
ゲロ子と右京の心臓が高鳴る。思わぬ出物かもしれない。国宝級なら値段は10万Gとか20万Gではすまないだろう。
「パトリオール大神官の専門家がいるから呼んでくるよ。これは超掘り出し物かもしれないね」
「おおお!」
「やったでゲロ」
ゲロ子がウキウキとダンスをしだした。10万G以上で売れたら贅沢三昧である。
「ゲロゲロ……。10万で売れたら専用馬車を買うでゲロ。店も買い取って、いや、もっと大きな店にするでゲロ。メイドも雇えるでゲロ。毎日、ご馳走三昧でゲロ」
よだれを垂らすゲロ子。もう頭の中はパラダイス、妄想の世界である。
「ゲロ子、浮かれるな。まだ、鑑定が確定したわけではないぞ」
「そういう主様も顔がにやけているでゲロ」
「こ、こういう時こそ、落ち着くのが肝心だぞ」
右京は冷静になれと自分に言い聞かせるが期待で心臓が高鳴る。もしかしたら、とんでもないお宝を発見したかもしれないという期待感だ。ゲロ子に注意した分、何とか自制しているが、そうでなければゲロ子のように踊っている。
そうこうするうちにレオナルドが専門家という白いヒゲの生えた老人を連れてきた。神官服に身を包んだ小さな老人だ。
「メリン1等神官です。こちらが友人の右京くんとゲロ子ちゃんです」
「フッオホホホ……」
小さな体なのに笑い声は大きい。右京とゲロ子は自己紹介する。メリンはポケットからルーペを取り出すとさっそく箱の中身を見る。サインを見て頷いた。
「中に入っていたのはメイスだったな」
「はい。長さは80センチぐらいの……。やはり、実物がないとダメでしょうね。実物は今、修理中で……」
メリンは手のひらを広げて右京の話を遮った。
「いや、見なくてもおおよそ分かる」
そう言うと取り出した本を広げる。そこには右京が買い取ったメイスの絵が書かれていた。形、大きさ等の特徴はそっくりだ。
「この箱に入っていたのなら、パトリオール・マニシッサ大神官の縁のものであろう」
「ヤッタでゲロ~。億万長者でゲロ!」
ゲロ子が飛び跳ねる。飛んで前転して立ち上がり、後方回転して、トリプルアクセルまで披露する。右京も右手をグッと握り締める。
「まあ、待て」
メリンはそう言って両手で抑える仕草をした。
「パトリオール・マニシッサは伝説の大神官で、生涯に3つの武器を使用したという。一つは(神の鉄槌、クロスハンマー)これは都の大神殿に祀られている。2つ目は(白銀のフレイル)これは王宮の宝物庫に所蔵されている」
「じゃあ、3つ目がメイスでゲロな?」
「んにゃ」
ゴホンとメリンは咳払いをした。もったいぶってないで早く教えて欲しいものだ。
「3つ目は(大僧正の杖、リカバリースタッフ)。これは我が神殿に奉納されている」
「じゃあ……。これは偽物?」
ズドーンっと右京は落胆した。ゲロ子に至っては四つん這いになって反省ポーズだ。
「いいや。これは大神官の直筆。入っていたメイスも直接見なくては確定できないが、おそらく本物だよ。ただ、彼が若い時に使っていた物だ。ここに701とあるだろう。彼が大神官ではなく、一介の神官時代に使ったものだろう。使い古した武器を立ち寄った教会に寄付することはよくあることだ」
「じゃあ、価値は?」
「ないことはない。メイスは初期の頃によく使っていたようで、現存するメイスは5本見つかっている。価値は状態にもよるが1万から2万Gというところだろう」
「随分安くなってしまったでゲロな」
「まあいい。それでも1万Gの価値はあるんだ。大儲けには違いない」
がっかりするゲロ子。右京もがっくりだったが、そんなことは顔には出さない。努めて冷静に自分に向けて言った。メリンは続ける。
「実物を持ってくれば、鑑定書を発行してやろう。たぶん、年式的に(祝福=ブレス)の魔法が常時発動するタイプであろう。貴重な魔法の武器だ。なんなら、この神殿で買い取る用意もある」
「了解しました。今は状態が良くないんで、いずれ鑑定に来ます。今日はいくらで?」
「10Gでよい」
「はいでゲロ」
ゲロ子がメリンに10G札を渡す。正式な鑑定書は100Gはするそうだ。だが、それが付けば値段は確実に上がる。伝説の武器ではなかったが、高価な品であることは間違いないようだ。右京の目利きは間違ってはいなかった。高値で売れればホーリーたちも助かるであろう。利益は折半するというのが約束だったからだ。




