7匹のオーガ
モイラ族はゲロ子が説明したように、イヅモの町から北西に行ったモイラ湖周辺に住む少数民族である。彼らはその湖と付属する森で狩猟生活や農業をして自給自足の生活をしていたのだ。モイラ族の作る独特の布は、このモイラ湖に自生するモイラ草から作られる。
モイラ草はここの湖だけにしか生息できないのだ。植物学者によると、モイラ草はモイラ湖の水質と底にあるドロの成分が必要不可欠で、仮に違う場所に植えたとしてもすぐ枯れてしまうそうだ。
「そのモイラ草が取れなくなってしまって、作ることができないでゲロか?」
ライラ婆さんの話を途中まで聞いたゲロ子がそう言ったが、それではモイラ族がこのイヅモの町にやってきたことにはつながらない。モイラ草がなくても生活はできるからだ。
「オーガじゃ。オーガたちがやってきたのじゃ」
そうライラは自分たちが暮らしていた土地を追われた理由を話しだした。半年前のことだ。モイラ族が住む村の森に7匹のオーガが住み着いたのだ。オーガとは亜人類。人間より一回り大きい屈強な体をもつ一種の巨人である。性格は凶暴で戦闘的。自分たち以外の種族は全て食べ物と認識する恐ろしい生き物である。
体には粗末な布を巻きつけて服としており、武器も棍棒をもっていることが多く、ある程度の知能はあるとされている。
それが7匹も住みついたのだ。オーガたちは当然、モイラ族の村を頻繁に襲うことになる。これは大変な驚異である。
「だけど、それならモイラ族で一致団結して、討伐すればよいのではないのですか?」
「そうでゲロ」
ヤンとゲロ子がそう言うのもおかしくはない。いくらオーガが強くても、人間には知恵がある。また、モイラ族も少数とはいえ、オーガよりも数が多いのだ。戦える男たちを総動員すれば、多少の犠牲はでるかもしれないが、7匹程度は駆逐できるはずである。
「それが無理だったんじゃ……」
そうライラ婆さんは目に涙を浮かべた。モイラ族は戦える男たち47人を揃えてオーガに立ち向かった。相手は力が強くても知恵がない。罠にかけたり、弓などの長距離の武器で攻撃したり、孤立させて攻撃すれば楽勝と思われた。
だが、オーガたちは罠にもかからず、弓は盾を使って防いだ。1匹、1匹が個々に戦わず、集団で戦ったのだ。これにより、47人のモイラ族戦士は次々にオーガの前に倒れていった。しかも、信じられないことに魔法を使うものがいたのだ。炎の攻撃魔法を使われたモイラ族は敗走した。戦死した者は20人にも上った。
村に侵入したオーガたちは無抵抗な老人、女子供まで殺戮したのである。それで殺されてしまったものが30人近くにもなった。生き残った者は、なんとか脱出したが、村はオーガに支配されてしまうことになったのだ。
「なんてことだ。軍は何してるんだ? 50人もの人が亡くなるなんてとんでもない事件じゃないか?」
右京はおかしいと思った。毎日、新聞を見ているがそんな事件はどこにも載っていなかった。話を聞いただけでも、この国を揺るがす大事件である。
「もちろん、わしらはこのイヅモの町へ逃れて、役所へ訴えたさ。じゃがの、わしらが少数民族だからなのだろう。未だに討伐の動きはないのじゃ」
「そんな馬鹿な!」
モイラ族はこの国に住んでいる異民族である。同じ国に住む国民とは思われていないのだ。それで役所は討伐軍を出すことをしなかったのだ。都へ訴えに行ったモイラ族もいたが討伐に軍隊を派遣してくれることはなかった。
「差別もあるでゲロが、今は国内がガタガタしているでゲロ。都から軍を動かすことはしないでゲロ。同じ理由でイヅモの駐屯軍が動けないのだと思うでゲロ」
この間のクーデター騒ぎがこんなところに影響しているということだ。軍が動かせないとなると、次には冒険者に討伐を依頼するしかない。だが、冒険者ギルドに仕事依頼すると報酬が必要となる。7匹のオーガを倒す報酬は最低でも3000Gはすると言われた。オーガは危険なモンスターなのだ。そんなお金は自給自足のモイラ族には無理な話であった。
「野蛮で知性が低いオーガが魔法を使えるなんて聞いたことがありませんね。今の話が本当なら、7匹のうち、1匹はオーガロードでしょうね」
「オーガロード?」
右京はヤンに聞き返した。オーガロードとはオーガの王である。オーガの中でも知性が高く、強いので他のオーガを従えるのだ。オーガロードがいる集団は、戦いも集団戦で行うために、かなり手強いことになるのだ。
「それでもオーガロードが魔法を使うなんて聞いたことがないでゲロ」
ゲロ子のモンスター辞書にも魔法を使うオーガなんて記載はない。彼らにはそんな高度な知性はないのである。
「そのオーガどもを退治して、また、モイラ族が土地を取り戻したら、この布は、というか、この生地でクロスアーマーを作ることは可能ですか?」
クロスアーマーとは、字のごとく布でできた鎧である。様々なタイプのものがあるが、綿を入れてキルティング加工されたものがこの世界でも使われている。布製なので防御力が高いとは言えないが、打撃系の武器の衝撃には耐えることができる。大抵はチェーンメイルや鉄の鎧の下に着るのが主な使用方法であった。
だが、右京が思うにモイラ布で作ったクロスアーマーなら、チェーンメイルを今改造しているコンポジットアーマーの下に着る必要はなくなる。すなわち、重量をかなり減らすことができるのだ。
「わしと娘のランノならできる」
そうライラ婆さんが答えた時、右京には素晴らしい儲け話が頭で描くことができていた。
「分かりました。オーガを俺たちが追い払ってやります。その代わり、このモイラで作るクロスアーマーを俺の伊勢崎ウェポンディーラーズの専売契約にしてくれませんか」
右京はそうライラ婆さんに申し出た。これは投資である。オーガを追い出して、モイラ族に戻ってきてもらい、モイラ草を採取してもらう。それを村で糸に加工し、それをこのイヅモの町へ持ち込む。ライラとランノがそれでクロスアーマーを作る。伝統の技を他の者に教えてくれれば、なお生産量が上がるのだ。原材料の買取り、道具、設備の用意、給料の支払い等すべて右京が行う。
「もし、わしらの土地を取り戻してくれるなら、その条件をのもう。あの土地は我らモイラの先祖代々の土地。こんなことで失いたくはない」
契約成立だ。右京はライラ婆さんから、サンプルで婆さんの夫が使っていたというクロスアーマーを貸してもらった。ライラ婆さんが婿をもらった時に自ら編み上げて作った思い出の品である。
「主様、あんなこと約束して、どんな得があるでゲロ?」
「ゲロ子、お前にしては鈍いな。これはとんでもない儲け話だぞ」
「そうですね、社長。これは投資すべきです」
右京とヤンは分かっているがゲロ子には事態が飲み込めていないようだ。モイラ草はモイラ湖でしか採れない。そしてそれを糸に加工する技術はモイラ族しか知らない。さらにその糸でクロスアーマーを作れるのは、ライラ婆さんとその娘ランノだけ。
モイラ草で作ったクロスアーマー、モイラアーマーの性質は布であるにも関わらず、その強度はチェーンメイルと同等である。それなのに重さは10分の1以下なのである。布だからチェーンメールのように歩くたびに音もしない。
これは冒険者が欲しがる品だと右京は思った。冒険者だけではない。軍の需要にも期待できる。希少性もあるから値段は高いし、他では真似もできない。
「ゲロゲロ、なるほどでゲロ……。大金の匂いがしてきたでゲロ」
「だろ?」
だが、右京がこの契約を成立させるには、オーガどもを退治しないといけない。話を聞くにかなりの強敵である。冒険者に頼めば最低3000Gと言ったが、おそらくそんなことではダメであろう。かなり高レベルの冒険者を雇い、オーガを倒す装備を考えれば、その3、4倍以上はかかるだろう。そこで右京は一計を案じたのだ。
今回の最強の鎧の注文をした、イヅモ銀行の出資者ダンゲリングをこの投資話に引き込もうと右京は思ったのだ。
ビッグ4と呼ばれるダンゲリングという人物は、大金持ちであると共に傭兵団の隊長でもあるのだ。




