モイラ族の布
本編に戻りました。
ヒルダの日記はちょっと刺激が強すぎたようです。
「ヤン、これはすごいな」
右京は自分が買い取った土地を見て驚いた。場所はある程度知っていたし、住居が集中していた場所を解体している途中は見たことがある。今は更地になって道路が整備されているのだ。入口から両側の100mに渡って右京の買った土地が続く。ここに3階建ての店舗を建てるのだ。伊勢崎ウェポンディーラーズの本店だ。
1階は買取り専門ショップ。ガラス張りでお客さんが待機できる場所があり、売りに来た人はお茶を飲みながら順番を待つことができる。査定する部屋は個室で客のプライバシーに配慮する。
2階はオフィス。ヤンを中心とした経理部門である。金庫もここにあって毎日、買取りに使う現金を保管しておく。3階は右京の生活拠点。3LDKの部屋である。買取り店の隣には買い取った武器を売る店を設置。ここで販売を強化する。
その隣にはボスワースの金細工店やフランの経営する『けだものや』革店も出店する予定である。店の奥には倉庫と川沿いにカイルの鍛冶工房が続く。武器修理も受け付けるカイルの鍛冶工房は、表の受付で武器を預かると奥のエリアで修理するのだ。熟練の鍛冶職人を3人確保して、こちらの生産力も上がるだろう。
幅10m程の川を挟んで対岸にはカイルの家を建てる。カイルは橋を渡って工房に出勤することになる。道をはさんだお向かいにはホーリーが主催するイルラーシャ神を祀る教会。その隣に薬屋がオープンする。ここはロンが経営する予定だ。姉のササユリとロンが商売するのだ。ホーリーが作る薬酒もここで販売してもらう予定だ。
ざっと、こんな計画だが、空いたスペースには他にも店舗を経営したいという要望が殺到しており、今、建物のイメージと合う店を選抜中だ。15件は出店できる予定である。そう考えるだけで右京の夢がどんどんと膨らむ。ちょっとしたショッピングモールになるのだ。中古武器屋の買取り店をしていた自分がと思うと感無量である。
「主様、まだ13万Gの借り入れが決定したわけでないでゲロ」
ゲロ子の言葉で現実に引き戻される右京。とりあえず、銀行から借りた20万Gと自己資金12万Gで工事は進めているが、13万Gの借り入れができないとまた、資金集めに奔走することになる。
「それにしても、ここで働いている人、変わった格好しているな」
右京は工事現場で働いている人間がイヅモの町の住人とは違う格好をしているのを不思議に思った。男たちは上半身裸でズボンを履いているが、なぜか、緑色の布一枚を腰と頭に巻きつけている。
何人か女性も軽作業を手伝っているが、その布1枚を体に巻きつけた格好である。まるでインドのサリーのような格好だ。顔には染料で描いた模様があり、明らかに異民族だというビジュアルである。
「あれはモイラ族ですよ」
そうヤンが教えてくれた。ゲロ子が一般辞書を検索して追加説明してくれる。
「モイラ族。イヅモの町から北西に行ったモイラ湖周辺に住む少数民族でゲロ」
「少数ってどれくらいだ」
「ひとつの村だけでゲロ。その村には200人ほど住んでいるでゲロ」
「ふ~ん。で、なんで彼らはここにいるんだ?」
工事現場でモイラ族と思われる人間を数えると、ざっと50人はいる。200人しかいないなら、これは相当な人数だ。集団で出稼ぎしに来たとは思えない。
「3ヶ月前にこのイヅモにやってきたのですよ。ここにあった住居に住んでいたみたいですが、何故か村に住めなくなったみたいでイヅモの町へやってきたようです」
ヤンも事情はあまり詳しくないようだ。ここに住んでいたら、今はどこに住んでいるのだろう。ここを追い出されて行くところはあるのだろうか。モイラ族の人々の表情は一様に暗いのが気になった。
ふと見ると子供がいる。見た感じ5、6歳の男の子だ。大人たちと同じように上半身裸でズボン。裸足である。腰と頭にはやっぱり緑色の布を巻いている。頬には3本の線が描かれている。
お腹が減っているのか、ぽかんと口を開けてひもじそうな雰囲気である。右京は思わずポケットに手を突っ込んだ。銀貨が数枚あるのを確認する。
「坊や、これでお菓子を買いなさい」
右京は単純な親切心からそう言った。だが、素直に受け取ると思った男の子はその銀貨を差し出す手を振り払った。
「バカにするなっちゃ。おいらは小さいけど、モイラ族の男だっちゃ。物乞いじゃないっちゃ」
そう言って右京をキッとにらむ。その目は誇りに満ちていた。右京は自分が甘かったと思った。
「それは済まなかった。坊や、名前は?」
「ラジャル……」
「ラジャル君はどこに住んでるのかな?」
「あそこだっちゃ」
指差す方向を見るとバラックがいくつか立っている。工事現場で働く労働者用の簡易住居である。
「ここに住んでいたモイラ族が、立ち退きになってそのまま、工事現場の労働者になったようですね。あそこに住んで働いているようです」
「ふ~ん。とりあえず、住むところはあるようだが、この工事が終わったら彼らは……」
「お払い箱でゲロ」
ゲロ子が厳しいことを言うが、それが事実だろう。それにしても、彼らがこのイズモの町にやってきた理由は何だろうか右京は気になった。そんな右京の好奇心を感じたゲロ子はまた、いつもの毒舌を放つ。
「ゲロゲロ……。また、主様の悪い癖が出るでゲロ。すぐ金にならないことに首を突っ込むでゲロ」
そうゲロ子は言うが、これまで首を突っ込んでトラブルには巻き込まれたが、結果的には利益につなげている。右京の好奇心は商売をする上でプラスにはなっている。
「それにしても……」
右京はモイラ族が身に付けている布が気になった。近くで見ると素材が独特で、ただの布に見えないのだ。
「ラジャル、ちょっとその布を見せてくれないか?」
そう言って右京は男の子が身に付けている布を見せてくれるように頼んだ。頭に巻いているものと、腰に巻いている布だ。
「いいよ」
そうラジャルが言ったので右京は触ってみた。手触りは麻のようなゴワゴワした感じだが、通気性がよい。さらっとした感じだ。何より、分厚い布地は不思議な繊維の糸により丹念に編み上げられている。よく見ると複雑に絡み合って編まれており、これは作るのに相当な手間がかかっていることが予想できた。
「ああ! 危ない!」
男の子の布に触って感触を高めていた右京は、急に工事現場で上がった叫び声の方向を見た。足場を組んでいた男が足を滑らせて落下するのが見えた。2階からの落下である。下は土台の基礎工事が行われており、レンガや鉄線が置かれている。そこへ男が頭から突っ込んだ。
(これは大惨事だ!)
事故の状況からして、男は頭に大怪我を負ったはずだ。だが、落ちた男はちょっと頭を振っただけで何ごともなく立ち上がった。
「馬鹿な、あんな体勢で落ちて怪我しないなんておかしいだろ?」
「主様、モイラ族の男は耐久力があるでゲロ」
「そんなことあるものか。同じ人間だぞ」
「あの頭に巻いた布じゃないですか?」
そうヤンが言ったのを聞いて、右京の中で何かが動いた。
「ラジャル、この布のことで聞きたいことがあるんだ。君のお父さんかお母さんに話を聞きたい。今、家にいる?」
「お父ちゃんは工事現場で働いているけど、近くにいないみたい。お母ちゃんは市場で働いている。家にはおばあちゃんしかいない」
「じゃあ、おばあちゃんでいい」
右京はラジャルに案内させて、彼の祖母に会いにいくことにした。
ラジャルの祖母は工事現場用の仮設住宅にいた。80過ぎの相当に年を取った感じである。長い白髪とシワシワの皮膚にモイラ族の印である赤い染料の模様が頬に描かれている。
「これはこの町の住人がなんの用じゃ」
祖母はそう右京を見るなり、険しい目でにらんだ。このイヅモの町に来てあまり歓迎されなかったのであろう。この町の住人に厳しい態度である。
「伊勢崎右京といいます。この町で中古武器屋をやってます」
「すると、あんたがあそこの工事の発注者か」
「そういうことになります」
「住居を追い出された時には、恨みもしたが今はあそこで働かせてもらっとる。感謝をしないといけないのう」
そう老婆はゆっくりと頭を下げた。総勢50名程のモイラ族の人々がこの工事で働いているという。老婆はモイラ族の族長だという。
「あの、それでちょっと聞きたいのですが。みなさんが身に付けておられる緑色の布。なんで出来ているのですか?」
右京は老婆に聞いてみた。先程、頭に巻いていた男がケガをしなかったのだ。これは何か秘密があるはずだと右京は思った。
「これか?」
老婆は自分の体に巻きつけている布に視線を落とした。女性は体に巻きつけているのだ。
「これはモイラ草で作った布じゃ」
「モイラ草?」
「村にある湖にしか生えない草じゃ。それから作った糸で編んで作ったものじゃ」
「先程、工事現場で事故があった時に男の人がそれを頭に巻いていたおかげで、ケガをしなかったのを見たのですが」
「それは不思議ではない。われらモイラ族はこの布を防具がわりにしているのじゃ。鉄製の兜と同じ効果があるのじゃ」
「防具だって?」
「防具でゲロ?」
右京とゲロ子は思わず同時に声を出した。この布はモイラ族が独自の伝統技術で作り出したものだ。その性能は驚異的である。まず、刃物で切りつけても切れない。ショートソードで切りつけてみたが、弾力があって刃を弾くのだ。まるでゴムのよう。突く攻撃にもかなり耐える。試しに矢でグリグリ突き刺したが、貫通することができなかった。これはショートソードで突いても同じなのだ。
「これは……凄すぎる」
右京はこの布のポテンシャルに舌を巻いた。これだけの防御力があって通気性がよいのだ。これは使えると思った。この世界、まだまだ使える素材があるものだ。
「あの……おばあさん」
「ライラでよい」
「ライラ婆さん。この布で鎧の下に着るシャツを作ることは可能ですか?」
容易に切れないことや、製造方法が謎であるが製品として活用できるか、可能性を聞いてみた。
「切ったり、縫ったりするのは難しい。じゃがの、我らモイラ族はかつてこれを編んで作った防具を身に付け、戦いに趣いたことがあるのじゃ」
「じゃあ、できるのですね」
「布までできる者はたくさんおる。じゃが、服を編んで作れるものは村に2名しかおらぬ」
そうライラは言った。服を編んで作る技術は相当難しいのだ。だが、その伝統技術を継承している人間が2人いるのだ。
「あの、ライラ婆さん。その伝統技術を継承した人って?」
「わしと娘のランノじゃ。ランノはそこにいるラジャルの母親じゃ。じゃがの、この布はもう作ることは不可能じゃ」
ライラはそう言うと悲しそうに視線を落とした。何やら訳がありそうだ。
「どうしてでゲロ?」
ゲロ子が聞くとライラ婆さんは、その訳というのを話しだした。




