コンポジットアーマー
さて、どうやって鎧を強化するでゲロ?
『コンポジット・アーマー』は別名『プレートメイル』と呼ばれ、胴、腕、肘、脛、膝等を革皮のバンドがついた鉄板で覆ったものである。これを鎖で編みこまれた服の上から装着するである。総重量は20kgを超える重量のある防具だ。チェーンメイルと合わせれば、総重量は40kgは超える重さになる。
右京がイヅモ銀行のビック4のひとりであるダンゲリングから受け取った『コンポジット・アーマー』はダンゲリングが若い頃から使っていたもので、いくつも改良されてかなり防御力が高いものになっていた。エーレットと呼ばれる肩当ての部分には、泣く子も黙る『吠えるライオン』傭兵団のエンブレムが描かれ、鎧全体の迫力を増していた。
「ご主人様。この鎧は表面が緩やかにカーブしていますね。槍や弓矢などの攻撃を受け流すように作られています」
ヒルダがそう解説する。午前中はホーリーとヒルダは店の手伝いに来てくれるのだ。これはホーリーが自主的にやってくれていることで、右京へのお礼だと言う。ヒルダはホーリーの使い魔であるが、武器の知識はゲロ子以上なので、非常に助かっているのだ。
「ダンゲリングさんの要望は、この鎧を最強の鎧にしてくれということ。カイル、どう思う?」
「うむ……」
カイルは既にこの鎧を丹念に点検している。表面の加工によって飛び道具に対する防御力に加えて、硬い鋼でできた材質によって刀や槍による攻撃をはね返す。さらに胸や首等の急所に当たる部分は鉄板が重ねてあり、工夫の余地がないくらいに作りこまれているのだ。これ以上に防御力を上げてくれと言われても困るくらいに、既にレベルが高い鎧となっている。
「構造的に弱点を上げるなら、革ベルトでつないでいる関節部分だろう。ここを狙われると脆い」
カイルはそう意見を述べた。それは右京も思っていたことだ。腕や足、胴体のパーツを金属のリベット等で接合したものをプレートアーマーといい、時代的にはコンポジットアーマーよりも新しいものとなる。この異世界にはまだ、この発想がなくそういった鎧は作られていなかった。
「カイル、これを金属で留めれば改善できるな」
「ああ……。だが、どうやって留める。可動部分が動くように留めるとなると難しいぞ」
「ああ、それは大丈夫だ」
右京はこの問題に対して答えをもっている。この世界の人間ではなかった右京の知識チート力を生かすのだ。子供の頃に某ロボットアニメのプラモデルをいくつも作った経験である。
「こういう円柱状の金属で作れないか? リベットというのだが、これを打ち込んだあとに反対側を潰すことで接合ができ、パーツとパーツがなめらかに動くようになる」
そう言って右京は図を描いた。カイルはそのアイデアを聞いて目を見開いた。この世界の住人にとっては驚くべきアイデアだ。
「以前から感心していたが、お前の発想は群を抜いているな」
「さすが、ご主人様です」
カイルがそう褒め、ヒルダは感動で目をうるうるさせて、両手を握っている。目がハートなのは無視しておこう。そこまで感動されると恥ずかしくなる。現代日本人なら誰でも思いつくアイデアである。
「どうやって作るか、どうやって留めるかはカイルに任せる」
右京はモノづくりについては素人だ。アイデアはあるが、実際に作るのは無理なので、ここは有能な鍛冶職人であるカイルに任せる。カイルならアイデアさえあれば、実現できるはずだ。
「分かった。できると思う。それで接合部分の強化はよいとして、他に強化する方法はあるのか?」
カイルがそう尋ねた。右京の表情からまだアイデアがありそうな雰囲気を感じたからだ。
「それから……」
「革でゲロ」
右京の代わりにゲロ子が答えた。さっきから黙っていたゲロ子だったが、ここからは自分の時間だとしゃべり始める。
「内側にスライムの革を貼るでゲロ。これで対衝撃力をプラスするでゲロ」
こういう重鎧の最大の弱点は、打撃である。メイスやモールなどで攻撃されると、鎧は耐えても衝撃は体に伝わり、ダメージを受けるからだ。衝撃を吸収するスライムの革を5ミリ程度貼れば、かなりのダメージを吸収できる。
「さらにその内側にヒートスライムの革、コールドスライムの革をそれぞれ2.5ミリずつ貼るんだ。すると熱にも寒さにも強い鎧になる」
「凄いですうううううっ……ご主人様」
ヒルダ、ますます目がハートになる。これはすごい鎧になる。まずは金属製の鎧で斬る攻撃を防ぐ。曲面仕上げてによって、突く攻撃もある程度受け流せる。打撃力はスライムの革で緩和され、魔法攻撃による熱や凍らせる攻撃も無効にするのだ。接合部分はリベットでつながれて攻撃しにくいが、そこを狙われても下に着込むチェーンメイルが防いでくれるはずだ。
理論上は、最強の鎧になる。
「ダメだな。それでは……」
カイルが少し考えてそう言った。なんでも盛り込み過ぎるとダメなようにカイルは、右京とゲロ子のアイデアの問題点を指摘した。重量の問題である。改良されたコンポジットアーマー(プレートアーマー)は1センチの革を貼ることで重量が増す。
おそらく20kgは超える。下に着込むチェーンメイルと合わせて重量は40kgを超す。そうすれば、使用者は体力を消耗するし、そもそも動きがより緩慢になってしまう。これは致命的な弱点である。
「そうなんだよなあ……。そこが弱点なんだ」
「弱点でゲロ」
重量オーバーの件は右京も考えていた。現時点では最強の鎧ができても実用性が皆無となる。これは車で性能を上げるべく、とにかくでかいエンジン載せればいいということで改造したが、燃費が悪すぎて使えないということと同じである。モノづくりはバランスを取りながら、実用性を上げていくものだからだ。
「重量の件は後ほど考える。とりあえず、リベットによる接合は進めてくれ」
「分かった」
右京はとりあえず、カイルには鎧の強化作業を進めてもらい、それと並行して重量の問題を解決する方法を考えることにした。
「右京社長、新しい土地の買収が終わりました。こちらが契約完了の書類です。それと、これが新しい店の設計図です」
午後になると新しく経理担当として雇ったヤンが書類をもって現れた。この有能な青年は銀行からの借り入れと新店舗の建築を担当して、毎日忙しい毎日を送っていた。この男がいなかったら、全て右京がやらないといけなかったのだ。
おかげで伊勢崎ウェポンディーラーズにはプラスであったが、この青年を手放した17銀行は大きな痛手であろう。まあ、右京とのつながりの価値を見抜けなかったくらいだから、有能な人間を手放すことのデメリットも気づかないであろう。
「これはすごいな。開発地区のいい場所を独占しているじゃないか」
正門から続く大通りの両側を押さえているのだ。これは素早く動きだした右京の判断の結果であったが、それを事務能力で実現したヤンの手腕も大きかった。彼なくしてはこんなに早くは進められなかったであろう。
「この町の住人は経済の中心は町の中央部という保守的な考えをしますからね。既存の商売人たちが新しい場所に出店するなんて気持ちがなかったのが幸いしました。新しく商売をしたい人は資金がないし、よその町の人間は情報を知るのが遅れましたからね」
新しい商業地区に対して懐疑的に見ていたイヅモの町の商人たちも、右京が店を構えると噂に聞いて進出を検討しだしたが、よい場所は既に右京が押さえていた。おかげでその周辺に進出してくれることで、商業地区の価値まで上がりそうである。
「右京社長、進出する土地を見に行きますか?」
「ああ。行こう。ゲロ子ついてこい」
「アイアイサーでゲロ」
「ああ~ん。ヒルダも行きたいですううう……」
「ヒルダは午後からホーリーと教会の仕事があるだろ」
「ご主人様のいけずうう……」
残念そうにヒルダはそう言うしかない。ヒルダは午前中はホーリーと一緒に手伝いに来てくれるが、あくまでもヒルダはホーリーの使い魔なのだ。
(まあ、いいですわ。わたくしとご主人様は切っても切れない運命なのですから……)
右京の店の移転に伴い、向かいにあるホーリーが運営するイルラーシャの教会も移転する。信者が多くなってきたことと、薬酒の販売も増えてきたこともあって、規模を拡大する時期であったからだ。移転先は右京が店を作る真ん前である。ここを右京から土地を借用して教会と薬酒専門店を作る予定なのだ。




