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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第9話 伝統のクロスアーマー(モイラクロスアーマー)
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倍倍倍倍々返しでゲロ!

やるでゲロ、主様。

おう、ゲロ子、待たせたな!

「オストラスト君、君がこの案件を担当したと聞いたが本当か?」

 

 支店長は努めて冷静に話しかけた。平社員とは言っても一応、自分より年上だ。支店長といえども、ぞんざいな態度は品格にかかわる。だが、その態度がオストラストを勘違いさせた。


「はい。私です。小さな若造の武器ショップですよ。そんな案件は我が王立銀行にはふさわしくないって追い返しました。書類も捨てたのですが、なぜ、支店長のところに? ああ、そこの小娘が拾って支店長に……。これは失礼しました。この馬鹿女は私がよく教育しておきますから」


 プルプルと震える支店長。だが、まだ、冷静に冷静にとオストラストに聞く。


「断った? 課長にも相談せずにか?」


「はい。カエル妖精を連れたふざけた若者ですよ。20万Gも借せるわけがない。課長に相談する必要はまったくありません」


「君は……」

「は?」


「君は伊勢崎ウェポンディーラーズを知らないのか?」

「は、はい」


 プツンと何かが切れた。温厚と言われた支店長がキレた。これは銀行の存亡に関わる案件に発展するかもしれない。


「ば、ばかもの! バンカーたるもの世の中の動向に気を配らないとは勉強不足も甚だしい。伊勢崎ウェポンディーラーズは今、話題の店だ。成長が大きく期待ができる。武器ギルドのディエゴ会長からも先日、よろしく頼むと言われているのだ」


「へ? そんなに有名で……。ディエゴ会長が?」


「それにだ。伊勢崎ウェポンディーラーズの初期の出資者はあのクローディア姫様だ。クローディア様は当行に相当額の預金をしてくださっているお得意様だ」


 オストラストはブルブルと震えだした。自分がとんでもない失敗をしたのだと自覚したからだ。


「す、すぐさま、出かけて言って謝罪するんだ。そして融資の件をまとめろ。他の銀行にこの案件を取られてみろ。このイヅモの町でのナンバー1の座を他の銀行にとられてしまう」


「は、はい~っ……」


 オストラストは慌てて店を飛び出した。この案件をクリアしないとクビは間違いない。あと、3年で退職、悠々自適の窓際生活だったのに。融資を求めてやってくる弱者をいじめて気分良く仕事をしていたのに大誤算である。




 その頃、右京とゲロ子、ヤンはイヅモの町の3番目の銀行、イヅモ銀行に来ていた。担当者はヤンの友人である。


「伊勢崎様、お待ちしておりました」


 担当者の青年はそう店の前で待っていた。昨日のうちにヤンから来店を告げられていたので、外で待っていたのだ。ヤンが彼にちょっと手を上げて挨拶した。


「主様、これまでの対応とは全然違うでゲロ」

「ああそうだな。ちょっと気分がいい」


 イヅモ銀行はこの町を基盤とする銀行だ。規模は小さいがそれだけに大手2行との競争に負けないようにと頑張っている。右京のこともちゃんと調べているようだ。


「どうぞ、奥へ」


 案内されたのは頭取室。頭取とは銀行のトップ。このイヅモ銀行で一番偉い人間である。精悍な顔つきの50過ぎの男である。ロマンスグレーのおじさんだ。いきなり、頭取が待っていたのでさすがの右京もたじろいだ。


「ようこそ、イヅモ銀行へ。頭取のナデルです」


 そう言って、右京をソファに座るよう進めた。既に部屋には担当者、その上司の課長、支店長が並んで座っている。右京たちも座る。


「実は昨晩に担当者から連絡が入りまして、今朝、頭取を交えた緊急会議で、伊勢崎様への融資を銀行内では決定をしております」


 そう融資課長が右京に告げた。右京にお金を貸してくれるという。まずは20万Gを貸し付けてくれるというのだ。これに関しては既に書類ができていて、右京がサインをするだけになっている。随分と手際が良い。


「それでは確認させていただきます」


 ヤンが書類に目を通す。こういう時に経理のプロがいるというのはありがたい。書類の確認をしている間に女子行員がお茶をもってくる。お菓子までついていたので、ゲロ子は早速かぶりついている。


「すばやい対応でありがたいです」


「いえ。こちらこそ、伊勢崎様とは末永くお付き合いいただきたいので、迅速に進めさせていただきました」


 頭取自らそう右京に答えた。20万Gは日本円で1億円である。右京には現在、担保になるものは一切ない。伊勢崎ウェポンディーラーズという武器の中古買取りの商売に対する評価で1億円である。これは信じられない程の高評価である。だが、右京たちの計画では20万Gでは足りない。あと13万Gは必要なのだ。そこで右京は聞いてみた。


「残り13万Gは融資できるのですか?」


「もちろんです。追加融資で対応します。但し、20万Gまでは頭取の権限でお貸しできますが、それ以上になると銀行の出資者であるビック4と呼ばれる出資者の了解を得る必要があるのです。


「ビック4でゲロか? 変な名前でゲロ」


 お菓子を食べながらゲロ子が感想を言う。イヅモ銀行は創立にあたって4人の資本家から資金を調達している。それがビック4と呼ばれるご意見番がいるのだ。銀行のTOPである頭取は20万Gまでの貸出権限をもっているが、それ以上だとビック4の承認がいるのである。


「これも4人中3人まで了解済みです。みなさん、伊勢崎様のファンでいらっしゃいます。是非、力になりたいとのことです」


 そう頭取は応えて、まもなくもうひとり来客が来ることを告げた。


「ただ、ビック4の残りの一人が条件付きでないと出資を認めないとおっしゃるのです」


 トントンとドアを叩く音がする。秘書が来客の到来を告げた。後ろから顔に複数の傷がある男が入ってきた。胸板が厚く、まるでプロレスラーのような体のおじさんである。Tシャツにズボンというラフな格好である。後ろに付き人であろう人物が金属でできたコンポジットアーマーを台に乗せて運んでいる。


「君が伊勢崎右京君か?」


 男は右京を見て迷わず、右手を差し出した。右京のことをどこかで見かけたことがあるのだろう。右京も手を出す。


「こちらは当行の出資者の……」


 頭取がそう紹介しようとすると、プロレスのおじさんは笑顔で自己紹介した。


「ダンゲリングだ。よろしく」

「伊勢崎右京です」


「うむ。わしはお前に会いたかったぞ」


 ダンゲリングはそう言ってドカッとソファに座った。これから話があるのだろう。頭取と顔を寄せ合って小さな声でやりとりをしている。


「右京社長、ダンゲリング氏はこのイヅモ銀行の出資者で傭兵の元締めをやっているお方です」


 そうヤンが小声で右京に話した。


「右京君、わしは君にお願いがあるのだ。それをクリアしてくれたら出資を承認しようじゃないか。それにこれは君にとっても悪くない話だ」


 唐突にダンゲリングはそう右京に切り出した。彼の出す条件をクリアすれば、残り13万Gをなんと無利子で貸そうというのだ。これは破格の条件である。


「無利子ですって? それは本当ですか?」

「豪勢でゲロ」


 残りの融資金額は13万Gである。この無利子は大きい。


「どんな条件でしょうか?」


「何、簡単だ。10日以内にこのコンポジットアーマーを最強の鎧にしてくれ。君は中古品を買い取ってリニューアルして売るビジネスモデルで成功したのだろう。だとしたら、これはお安い御用だと思うのだが」


 そうダンゲリングはコンポジットアーマーに視線を向けた。その鎧はダンゲリングが自らの経験と知恵を注ぎ込んだ自慢の鎧らしい。だが、作っては見たものの、これが最強であると胸を張っては言えなかった。まだ、欠けているものがあるのではないかと思えてならないのだ。それを右京に解決してもらいたいというのだ。それが融資の条件というなら、受けてたとうと右京は思った。


「ダンゲリングさん、やりましょう。伊勢崎ウェポンディーラーズの総力を上げて必ず満足する鎧を作り上げてみせます」


 そう右京はダンゲリングと約束をしたのであった。




 オストラストはタオルで汗をふきふき、イヅモ銀行近くまでやってきた。右京の店まで行ってイヅモ銀行へ行ったと聞いてやってきたのだ。右京たちが店から出てくる。表情が明るいところをみると融資が成功したようだと予想できた。だが、オストラストは軽く考えていた。


(融資してもらっても、どうせ、融資の半分程度を認められたぐらいだろう。まだ、逆転はできる。なにせ、うちは王立銀行。この国最大の銀行だ。負けるはずがない。イヅモ銀行よりいい条件でこちらへ乗り替えさせることもできる)



「おい、お前たち、ここにいたのか?」


 オストラストはそう言って何事もなかったように手を上げて右京たちに近づいてきた。横柄な物言いである。


「主様、昨日の高飛車オヤジでゲロ」


「ああ……。現在、ぶん殴りたいランキング1位の奴だ」


「右京社長、あれが王立銀行のタチの悪いオヤジですか?」


 ヤンにも王立銀行であったことを話していた。ニコニコの顔で近づくオストラストと明らかに歓迎していない3人の顔が対照的だ。


「どうだ、融資は受けられたか? 借りられたとしても、こんなちっぽけな銀行じゃ全額は無理だろ? 大丈夫だ。このわしが支店長に掛け合って融資にこぎつけた。全額貸してやるから、ありがたいと思え」


 相変わらず上から目線の提案である。この期に及んで何言ってるのか、ある意味滑稽である。もちろん、右京は相手にしないと決めている。いや、散々馬鹿にされた分、ここで倍倍倍倍々返しだと心に誓った。


(主様、この男を徹底的にやっつけるでゲロ)

(ああ、今回はその提案に賛成だ)


「はあん~? 何言ってるんだ、このおっさん」


「ちっちゃなおっさんが何か言ってるでゲロ。聞こえないから無視するでゲロ」


 そう言って通り過ぎようとすると、オストラストは慌てて右京たちを引き止める。


「ちょっと待て。いや、待ってください」


 言葉が丁寧になるのが白々しい。


「どうか王立銀行に融資させてください。全額、お貸しする用意があります」


「もう間に合っているでゲロ」

「……」


 右京は冷たい目でオストラストを見る。その冷たさにオストラストは自分が間違っていたと思った。首の皮一枚つながったと支店長は言ったが、既に首は切り飛ばされて100m先まで飛んでいってしまった状態である。


「利子も安くします。どうでしょう、イヅモ銀行の半分では?」

「……」


 相変わらず冷たい目の右京。オストラストはどんどん吹き出てくる汗をタオルで拭う。拭いても、拭いても出てくる汗。


「どうですか? うちの方が大銀行で今後、商売するのにも何かと便利ですよ」


「おっさん」

「は、はい?」


「ビジネスの話をする前にあんたは俺たちにすることがあるだろう。昨日、あんなに冷たく不親切な態度で、今日は手のひらを返したような態度だ。信頼するに値しない」


 オストラストは慌てて頭を下げる。深々と下げる。だが、顔を上げると相変わらず右京は冷たい目である。


「そんなんで、あんたは謝罪できたと思うのか?」


 そう言って立ち去ろうとする右京。ここで逃したら間違いなくクビである。何とかしなければと思ったオストラスト。その場に土下座をする。頭を地面にこすりつけた。


「申し訳ありませんでした。このとおりです。お願いだから話を聞いてください」


「今更、聞くことないね」

「聞く必要ないでゲロ」


「どうでしょう? 無利子で全額お貸ししましょう。最初の3年は無利子で!」


 右京は足を止めた。オストラストは効果があったと思って顔を上げた。だが、右京が話した言葉は予想外であった。


「馬鹿にするなよ。商売は金じゃない、ハートだ。あんたとは、信頼関係は築けない。王立銀行とは取引しない。もし、誠意見せたいならその格好のまま、夕方まで土下座してろよ。そうしたら考えてやるよ」


 そう言って右京たちは立ち去った。後に残されたオストラスト。土下座したまま固まった。だが、それも10分持たなかった。野良犬がやってきてオストラストにおしっこをかけたのだ。おめおめと帰ってきた彼を支店長が許すはずがない。


 翌日、王立オーフェリア銀行の掲示板に人事連絡が貼られた。


懲戒免職 オストラスト・シウバ(57)


職務怠慢 重大なミスで銀行に多大な損害を与えたため。


懲戒免職では退職金はもらえない。


 窓際で退職までサボって勤めようと思っていた小心者はバッサリと切られた。王立銀行にとっては、ある意味よかったかもしれない。



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