倍返しでゲロ
「右京さん、支店長に直談判しましたが、支店長は課長よりも頭が固かった。いや、ある程度は予想していましたが、あそこまで保守的とはね」
夕方のフェアリー亭にやってきた17銀行のヤンはそう残念そうに右京に報告した。ヤンは隙を見て、支店長室へ行き、話をしてみたのだが取り付く島もなく却下されたそうだ。自分の頭越しに相談したことで課長も激怒し、ヤンは大喧嘩をやらかしてたった今、やめてきたのだという。
「思い切ったでゲロな」
「未練はありません。どうせ辞めるつもりでしたし。いい機会だと思いましたから」
ヤンはあっけらかんとしている。右京としては、何だかバツが悪い。結果的には右京のせいでヤンが仕事をクビになったとも言えるからだ。
「で、ヤンさん。明日からどうするの?」
「ヤンでいいですよ。どうでしょう? 右京さん」
「君がヤンなら俺は右京でいいよ」
「それでは右京。僕を雇ってください」
「はあ?」
「ゲロ?」
急なことで右京はうまく事態が飲み込めない。
「正式にお願いします。右京、いや、社長。僕をあなたの店、伊勢崎ウェポンディーラーズで雇ってもらえませんか。店を大きくするなら専属の経理担当者はいるでしょう。僕に金庫番をやらせてもらえませんか」
ヤンはそう言って立ち上がり一礼した。
「うん。こちらこそ、頼むよ」
右京はそう言って右手を差し出した。ヤンとがっちりと握手をする。店を大きくするなら経理を任せる人間は必要だ。仕入れから売却、従業員への給料など、これから事務量は莫大に増えるはずだからだ。
「そうしたら社長。銀行の融資の件でお話があります。現在の計画ですと新しい開発区に本拠地を構えるとのことですが、現在の計画より土地をもう少し広く確保しましょう。具体的には、左サイドのこのエリアとお向かいの2区画です」
「そんなに広い土地を買ってどうすんだ?」
「社長、武器を買取り、修理をするとなると他にも業者が必要でしょう。鍛冶屋だけでなく、金細工や革加工などの店を呼ぶんです。そうすれば相乗効果で集客もできますし、商売もやりやすいでしょう」
そういってヤンは地図を広げる。確かにまだ手つかずの土地である。将来、本拠地とするならできるだけ広いエリアを買っておいた方がよい。だが、それだと試算で28万Gを調達すればよいところをあと5万Gが必要になる。計33万G(日本円にして1億6千5百万円)借りることになる。
「大金でゲロ。そんなに借りられるとは思わないでゲロ」
ゲロ子はソーセージにかぶりついてそんなことをつぶやいた。右京も同感である。
「28万Gだって無理だったのに、さらに貸してくれなんて無理でしょ」
「社長、逆にこの投資の魅力を大きく語った方が銀行を説得しやすいです。スケールメリットを強調して収益を大きく上げるプランの方が逆に説得できますよ」
「そんなもんかなあ……」
「投資というのはここぞという時に、最大の攻撃をもってするものです。大丈夫です。明日はイヅモ銀行に行くのでしょう? 僕も経理担当者として同行します。イヅモ銀行の融資担当者は同期なんです。顔つなぎもできますから」
右京は銀行から金を借りることはできなかったが、優秀な部下を手に入れることができた。伊勢崎ウェポンディーラーズの経理部長になるヤン・フェイである。ひょろっとした長身の体格であるが趣味はマラソン。毎朝、イヅモの町を走っているらしい。
次の朝、王立オーフェリア銀行のイヅモ支店長は机の上に置いてある書類に気がついた。
「伊勢崎ウェポンディーラーズ? ああ、あの急成長中の武器中古ディーラーじゃないか。武器ギルドのディエゴ会長も一押しと言っていた。なになに……?」
支店長は興味深々で書類をめくる。書類は何故かクシャクシャにされたものが伸ばされた感じで気になったが、読めば読むほど興味がわいた。支店長はこの町で行われたWDの試合を2回とも見ており、右京の出品した武器の素晴らしさとそれが高く売れる様を見てきた。収益率は非常に高いと評価していたのだ。
「このビジネスモデルは、しばらくは競争相手がいない。適切に武器を査定してそれに付加価値を付けて売るなどというのは、相当な技術とアイデアがないと無理だろう。しばらくは右肩上がりの成長が続くはずだ。うちに融資の申し込みが来るとはラッキーだ」
そう言いながら書類をめくるが、妙なことに気がついた。通常は担当者のサイン、融資課長のサインがあるはずだが、サイン欄には誰もサインしていない。支店長は不思議に思って、支店長室を出て融資課長を呼んだ。
「融資課長、この書類は何だ? サインがしてないぞ」
机の上にある書類を叩いて、直立不動で立っている融資課長にそう尋ねた。融資課長は朝から呼びつけられて訝しげであったが、その書類を見てさらに困惑した。どう見ても一度、クシャクシャにした書類に見えたからだ。
「支店長、それはゴミ箱にあった書類が間違って置かれたのではありませんか?」
「うむ。私もそう思う。これは失敗したものなのだろう。で、本物は君のところで決済中なんだろうな?」
「へ?」
融資課長は今年47歳。大銀行の融資課長を拝命しているのだから、一応、出世頭である。ここでポイントを稼いで、次はこの支店の次長ポストを狙っている。将来の目標は支店長である。そのためにも今の支店長には気にいられないといけない。だが、その書類は融資課長も全く知らないものであった。
「君が知らないということはどういうことだ。こんな有望な案件が決済に上がってないのか。誰がこの書類を受け取ったんだ」
「支店長。至急、調べます。少し、お待ちを……」
融資課長は慌てて部屋を出る。そして開店準備をしている銀行員に呼びかけた。
「誰だ! 支店長の机に融資案件の書類を置いたのは?」
そう叫んで店内をギョロりとにらむ。一人手を挙げている女子行員が目に入った。すぐさま、その女子行員と支店長のところへ行く。
「君が私の机に置いたのか?」
「は……はい。ゴミ箱に捨てられていたので私が拾いました」
「なぜ、そんなことを! ユキ君、これは大失態だ!」
融資課長は事態が飲み込めていなかった。支店長がくしゃくしゃの書類に対して怒ったのだと勘違いしていたのだ。訳も分からず、自分の管理責任を問われないように女子行員を叱り飛ばす。女子行員は半べそになる。
「ば、バカもん! 私はユキ君を叱りたいわけじゃない。ユキ君、この書類はどうしてゴミ箱に捨てられていたのだ。伊勢崎ウェポンディーラーズの経営者が店に来たのだろう。誰が対応したのだ? まさか、融資を断ったんじゃないだろうな」
「そ、それはオストラストさんが対応しました。冷たく断って書類を課長に見せると言って、預かったのですがオストラストさんはゴミ箱に捨ててしまったのです。私はこれは当行にとって損失だと思ったのでゴミ箱より回収して、支店長に見てもらおうと机の上に置きました」
「よ……よくやった! 首の皮一枚つながった」
「へ?」
まだ融資課長は事態が飲み込めていない。これでは支店長はおろか、今の地位についても能力不足である。
「すぐ、オストラストを呼べ」
「は、はい」
融資課長は転げでるように部屋を出た。就業間際ギリギリにいつもの如く、オストラストがひょこひょこと出勤して来るのが見えた。就業15分前にはみんな自主的に集まって、店の掃除をしているのだが、オストラストはいつもそれが終わる頃を見計らってくるのだ。
「オストラスト!」
「な、なんでしょうか? 課長」
「支店長がお呼びだ!」
朝から温厚な課長が激怒している。小さな男、オストラスト、57歳。定年まであと3年の男に試練が訪れた。
明日は倍返しでゲロ×2




