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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第2話 努力のメイス(ホーリーメイス)
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匠の技

 古来より「銀」は魔を打ち払うことで知られている。狼男を倒すことができるのは銀で作られた弾丸バレットであるし、グリム童話でも鉛の弾丸では死ななかった魔女を銀のボタンを弾の代わりに撃って倒すという話がある。


 右京は自分が小学生の頃に見たホラー映画を思い出す。狼人間の村に連れ去られた妻を救い出すために、夫が骨董店を回り、銀製の弾丸を手に入れる場面だ。最終的には男は銀の散弾を撃ちまくり、狼男を倒して妻を救い出すストーリだったが、普通の鉛玉では効かないのに、銀製の弾だとバッタバッタと強大な狼男を倒せるのだ。よく考えると不思議な話だ。


 神秘的な力はただ単に迷信で銀にはそんなファンタジーな力は備わっていないというのが、科学的なモノの考えから導き出される結論だ。だが、この銀のもつ神秘的な力は元々は硫黄化合物やヒ素化合物などの毒に反応し、黒ずむことから毒殺を恐れる王族や貴族が食器に利用したところから、由来するという説もある。


 現代では銀イオンがバクテリアなどに対する強力な抗菌作用があることが分かり、消臭剤や抗菌加工の材料として使われたりしている。そう考えると全くありえない話ではない。さらに銀は熱伝導率、電気伝導率、可視光線反射率は金属中最大を誇り、美しい金属光沢をもっている。その輝きから昔の人が魔を払うと考えることは容易に想像がつく。特に右京が飛ばされたこのファンタジーRPGのような世界においては、「銀」製の武器は聖なる武器としてステータスがあるものなのだ。


 右京は店に帰ってから、じっくりとメイスを観察する。攻撃をするヘッドの部分と柄の部分が見事に折れている。全体的に酸化せず、黒ずんでいないことと、打撃を与える部分はかなり硬い素材になっているところを見ると、純銀製ではなさそうだ。純銀は柔らかいので傷がつきやすいのだ。おそらく銀に他の金属を混ぜて合金にしていると思われた。古風なデザインと素晴らしい輝きで右京が見ても何だか神秘的な力が出ているような感覚を受ける。銀という退魔的な力を持つ素材に加えて、祈りによる不思議な力が込められているのだろう。


 だが、ゲロ子に言わせると、


「折れているから、神秘的な力も失われているでゲロ」


 ということだ。神秘的な力というのは「完成型」でもって発動するらしく、このメイスのようにヘッドの部分と柄の部分がポッキリと折れてしまっていては、発動するどころではない。


「まずは修理だな。カイルのところへ持っていくとして、どうやって直すかだ」


 直し方のアイデアを考えないといけない。もちろん、カイルは専門家の意見をくれるだろうが、折れているところが致命的なところだけに悩むに違いない。




「う~む」


 案の定、カイルは一目見て頭を抱えた。単純に溶かして溶接してしまえばよいと考えがちだが、武器の性質上、打撃を与えた瞬間に最も力が加わる場所である。最初のうちはよいとしても、使用する度に劣化が進み、また折れてしまうのは目に見えていた。それにどんな合金が混ぜ合わされているか分からないのだ。銀自体の融点が低く、熱伝導率がよいために修理箇所以外も溶けてしまう可能性もある。これは単純なようで難しい作業なのだ。


「どこかに強力な接着剤はないでゲロか?」


 ゲロ子も腕を組んで考える。右京は現代の瞬間接着剤アロ○アル○○があればと思ったが、市販の強力接着剤が実際はそんなに強力じゃないことも知っている。半分に割れた鉄球をくっつけて人がぶら下がるなんてCMを見たことがあるが、あれはかなり大げさな映像だ。実際に右京が使ってみるとくっつかなかったり、ポロリと取れたりした。ふざけて両手のひらに塗ってくっつけてしまったとか、間違えて脇に塗ってしまったとか、笑い話はあるがいずれも医師によって皮膚ごと切ってはがしたというオチで解決している。話はそれたが、このファンタジー世界に金属をくっつけるそんな都合のよい物はなかった。


「何かいい知恵はないか考えてみるよ」

「ああ……。こっちも考えてみる」


 カイルは目を閉じたまま、そう言った。無骨なカイルがこの体勢になると2、3時間は動かない。職人としての知識を総動員しているのだ。右京はそっとカイルの傍から離れた。心配そうに見守っている奥さんのエルスさんに声をかけてから鍛冶屋を出た。折れた金属をくっつけて武器として使用するのは思った以上に難しいことだ。だが、やらなければ右京は大損をすることになる。思案しながら右京は町を歩く。こうやって歩いているといいアイデアが出てくるのだ。


「ゲロゲロ……。やっぱり、主様は甘かったでゲロ」

「女に同情して大損したでゲロ」

「ゲロ子というものがありながら、あんな貧弱な女に狂いやがってでゲロ」

「うるさい! アイデアが浮かばないだろう」


 右京の右肩に座ってブツブツ聞こえるように嫌味を言うゲロ子の頬をギュッと引っ張る。ニューっと伸びてゲロ子がぶら下がる。


「痛いでゲロ。ゲロ子の独り言でゲロ。独り言に怒るのは人間が小さいでゲロ」

「お前の方が小さいわ! 終わったことをブツブツ言っても仕方ないだろう」


 いっそのこと、武器での使用は諦めて、装飾品として売ろうかと思った。武器として使えなくても教会や神殿に飾りとして置いてもらえないこともない。


(いいや……。武器としても使えるから装飾品としての価値が出るんだ。最初のコンセプトを変えるのはよくない)


 そんなことを考えると、よく昼ごはんを買いに来る店の前に来た。そこはひき肉をこねたパテを香ばしく焼き、ソースと絡めてパンにはさんだ食べもの(ぶっちゃけハンバーガーだ)を売っている店だ。調理場しかない小さな店で、店頭で注文して受け取ってから、客は外に設置された3つ程のテーブルセットで食事をするのだ。注文を受けると店主のおっさんが目の前の鉄板で焼いてくれて、いい匂いが漂いアツアツなものを出してくれるので右京はよく買っていた。まだ、昼飯時には時間が早いので客はいない。


「よう、右京。今日は買っていかないのか?」


 おっさんがそう声をかける。そういえば、最近はエルスさんが昼ごはんをおすそ分けしてくれるので、あまり来ていなかったなと右京は思い出した。昼飯時にはまだ時間はあったが、話ついでに注文をした。肉はダブルでホットペッパーにチリソースをかけたものだ。


 ゲロ子にはじゃがいもを揚げたスナックを一つもらってやった。そいつをカジカジ食べている間は、嫌味は言わないだろう。1G札を渡して右京はおっさんから出来たてのハンバーガーをもらう。世間話ついでにおっさんに話題を振ってみた。


「金属をくっつけるねえ……。わしは肉の扱いは得意だが専門外だよ。ちなみにひき肉はよく練らないとバラバラになるからな。粘着力を出すには塩も必要だ。あと、むやみに練るだけじゃダメだ。温度管理。肉の脂が溶け出すとまずくなる」


「へえ……」


 右京はそう感心した。自分の解決にはならないが業種が違うといろんな工夫があるものだ。右京が興味深そうに聞いているので、バーガー屋のおっさんも調子が出てきたのか、練るときはボールを氷水につけながらこねているとか、秘伝のタレの作り方まで喋り始めたので、右京は出来たてのダブルバーガーを食べることができない。困っていると、ゲロ子が右京の服を引っ張った。


「主様、見るでゲロ」


 ゲロ子が指差す方を見ると坊主頭の少年がこっちを伺っている。どこかで見た顔だ。先ほどのホーリーの教会にいた子供の一人だ。


「おい、少年どうした?」


 右京はそう気さくに声をかけてやった。少年は右京のことをこっそり観察していたようで、声をかけられてビクッとして慌てて、建物の陰に頭を引っ込めたが、手招きをするゲロ子と右京に観念したのか、おずおずと出てきた。


「君はホーリーのところの……名前は」

「ピルトです」


 少年は意外にも素直に自分の名前を名乗った。状況から不貞腐れて何も言わないかと思ったが、そうではないようだ。


「俺のこと見ていたようだが、なんか用があるのか?」

「あ、あるよ。おじさんがホーリー姉ちゃんから買ったメイスをどうするか、心配になったから見張っていたんだ」


「……」


 右京はおじさんと言われて、少々傷ついた。ゲロ子が「おじさんだ! おじさんだ」と浮かれているので、バンっと叩いて平面カエルにしてやった。


「俺は21だぜ。おじさんじゃなくて、お兄さんだろ」


 一応、訂正する右京。ピルトは右京とホーリーの取引を見ていたが、ピルトなりに右京のことが信用できなくて心配で見に来たらしい。


「ホーリー姉ちゃんはあのとおり、誰でも信用してしまう危なっかしいところがあるから、僕が支えてやらないといけないんだ」


「なるほどねえ……」

 姉思いの弟である。血は繋がっていないだろうが。


「心配しなくても俺があのメイスをリニューアルして高く売ってやるから、教会に帰りな」


「……」


 どうやら、少年の疑念は晴れていないようだ。右京は少年の様子を見て、バーガー屋のおっさんに一つ追加で注文した。それが出来上がり、香ばしい匂いに包まれてテーブルに置かれるとピルトはつばを飲み込んだ。ホーリーの持ってきた朝ごはんを小さい子に分配して自分はあまり食べなかったのであろう。それだけでもこの少年は心根の優しい子だと右京は思った。


「まあ、腹が減っては話もできないだろう。食えよ」

「あ、ありがと……」


 少年は恐る恐る手を伸ばすと、肉厚のハンバーガーをひと噛み、ふた噛みする。噛み締めるように味わっている。あんな貧乏生活だ。こんなファーストフードでも食べた経験はあまりないのだろう。


 おっさんのハンバーガーのおかげでピルトから色々なことが聞き出せた。自分の生い立ちのこと。教会での生活のこと。ホーリーのこと。ホーリーから身の上話を聞いてはいたが、子供たちだけで暮らすのは並大抵のことではないようだ。17歳のホーリーと15歳のピルト、14歳のタバサは昼の市場で日雇いのバイトをして僅かな日銭を稼ぎ、何とか食いついないでいた。


「君、将来なりたい職業はないのか?」


 15歳だと、この世界では普通に働いている年代だ。金持ちの子供は上級学校に行くようだが、庶民は大体15歳で働くことが多い。


「僕の親父は大工だった」

「ほう……。奇遇だな俺と一緒だ。俺のオヤジも大工だった」

 

 この世界の建物はレンガ造りが多いが内装は木でできているところもあるし、木造りの家も存在する。大工は人々の生活に欠かせない職業である。父親のことを話したピルトは口をつぐんでしまった。


「じゃあ、君はお父さんのような大工になりた……」

「大工にはならない! あんなクソオヤジの職業なんか継ぐかよ!」


 礼儀正しいピルトの言葉が急に荒々しくなった。残ったバーガーにかぶりついて、忌々しそうに咀嚼を繰り返している。なだめて聞くとピルトの父親は酒飲みで酔っては母親を殴り、そのうちロクに働くこともせず、病弱な母親が働いて生活していたという。母親は心労がたたって幼いピルトを残して病死してしまい、親父も酒の飲みすぎで死んでしまったという。尊敬できる父親ではなかったようだ。一人ぼっちになったピルトは、神官のラターシャに引きとられてホーリーたちと暮らすことになった。


「だけど、僕は手に職をつけたい。この腕一本でいつか、ホーリー姉ちゃん達を楽させてやりたいんだ」


 教会の孤児たちはみんな前向きだ。ラターシャの育て方が良かったのだろう。後を継いだホーリーも貧しいけど、卑屈にならないたくましさがある。


(確かにたくましいでゲロ。とんでもない大食い娘でゲロ)


「そうか。まあ、頑張りな。自分の道は自分で切り開く。男は女を守ってやらなくっちゃな。大切な姉さんや妹たちを守ってやれよな」


 現代日本では社会で活躍する女性も多くなり、代わりに男が草食系と言われて弱々しいなどと言われてはいる。だが、やはり、男は女を守るべきだと右京は思っていた。守れないような男はタ○をぶら下げている資格はないのだ。


「うん。僕がしっかりしなきゃね」


 ハンバーガーを食べ終わったピルトはそう力強く言った。貧しくとも人は心優しく育つ。いや、貧しいからこそ、人の温かみが分かるのであろう。


「なるほどね。まあ、俺の親父も聖人君子ではなかったけど、腕は確かだったからな。職人は技で飯が食えるからな。あの木を削って組む技なんかは……」


 そこまで喋った時に右京の頭に閃が走った。それは難問を解決する光であった。右京は席から立ち上がる。ピルトも立ち上がった。あのメイスは教会の宝。恩人であるラターシャ司祭の形見だ。困ったときには売るように言われてはいたが、それがどう扱われるのか自分の目で見届けたいとこの少年は思っていたのだ。


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