名剣誕生!
「予想はしていたけれど、こういう手で来るとはね。おかげで決勝戦はめちゃくちゃだわ。ダーリンが優勝して名前が国中に届くチャンスだったのに」
VIPルームから出てきたクロアは、暴れるドラゴンゾンビと警備兵たちの戦いの様子を見ている。ヒルダの魔法攻撃に始まり、警備兵や冒険者が総動員して対決しているが、さすがにS級のモンスター。簡単に倒せるものではない。会場の何万人もの観客の脱出を優先して、人員を配置していたのでドラゴンゾンビと戦う戦力が不足していたことも原因であった。
「クロア様。王宮の方は手はず通りです」
そう衛兵隊長がクロアに報告に来た。ドラゴンゾンビの召喚は予想外ではあったのだが、クロアはこの決勝戦に後継争いでうごめく勢力が何かやってくると考えていたのだ。大会長のステファニーには内緒で、大会運営組織を掌握してこの緊急事態に備えていたのだ。
自分が暗殺者に狙われてから、王宮内部の自分の支持者と連絡を取り、反対派が何を企てているかおおよそ予想していたのだ。
「で、ステファニーは? 混乱の中で怯えていたらかわいそう」
全然、かわいそうじゃないと思っていない口調で言うクロアに、衛兵隊長は機械的に続けて報告する。
「ステファニー様の救出は遅れましたが、幸いにも右京さんが救出したようです」
「あら、ダーリンたらちゃっかりとナイト役を射止めて。これでステファニーがダーリンに惚れたら厄介だけど」
「クロア様。救援が来ないとなるとこちらの方が危なくないでしょうか」
「敵の狙いはこの期に応じて王宮の守備隊が手薄になることだよ。その件は近衛兵本部と相談済み。こちらはこちらで対処するしかないわね。まあ、クロアが本気出せば難しくはないけれど……」
クロアがそこまで言った時に、青い光の玉がドラゴンゾンビの頭上に現れて、それが破裂して広がっていくのが見えた。アンチマジックシェルの魔法である。それは、魔法の無効化バリアをつくるものである。よほどの上位の魔法ではないと破れない。
「そりゃそうよね。敵はドラゴンゾンビだけじゃないね。どこかにネクロマンサーがいるわよね。召喚したということは」
ドラゴンゾンビと対峙していた冒険者や衛兵がたじろいだ。魔法の効果が消されたということは、恐怖をなくす魔法が取り払われ、ダメージ軽減魔法も無効化される。さらにドラゴンゾンビめがけて打ち込んできたファイアー系の魔法が使えなくなる。戦いが一気に劣勢になる。ドラゴンゾンビとの肉弾戦になるからだ。
「ネイ、これを使いなさい」
クロアは目の前をウロウロしているネイを見つけて、弓を渡した。観戦していたネイは武器をもっていなかったのだ。
「クロアさん、うちに戦えというのかや。嫌じゃ、あんな化物と戦うのは無理じゃ」
「あんたみたいな子供ハーフエルフにドラゴンゾンビと戦えなんて言わないよ。奴の傍にネクロマンサーがいる。それを見つけ出して倒すの」
「ネクロマンサー?」
「そう。どこかに紛れている。案外、ドラゴンゾンビと対峙している冒険者の中に紛れ込んでいるかもね」
「どういうことなの?」
クロアとネイの会話を聞いていたのは、偶然、通りかかった瑠子・クラリーネ。顔見知りの衛兵隊長がクロアと話していたので、気になって近づいたら気になる話を耳にしてしまったのだ。
「あら、瑠子さんもいいところに。ネイだけじゃ心もとないから、あなたも参加して」
「いいけど~。それであのドラゴンゾンビは倒せるんでしょうね」
「ドラゴンゾンビは魔法で動いているよ。魔力を注いでいるネクロマンサーを倒せば、そのうち、魔法力が枯渇して土に還る。まあ、最後は強力な攻撃力が必要だけど。それはあの色黒ホルスタインがいるから大丈夫よ」
キル子が大剣「アシュケロン」を振り回してドラゴンゾンビに攻撃を加えている。その攻撃は凄まじく、ひと振りするだけでドラゴンゾンビの腐った肉がごっそりと削ぎ落とされる。だが、ネクロマンサーの魔法がそれを回復する。やはり、どこかに紛れ込んでいるに違いない。
「わかったわ。霧子ちゃんだけに活躍はさせない」
瑠子の目は戦闘モードになった。ドラゴンゾンビの周りで戦っている人々の中に紛れ込んでいるネクロマンサー。不審な動きをする人物はいないか目を凝らす。魔法を封じられて右往左往する魔法使いたち。その中に黒いローブを着て悠然と立っている男がいる。
魔法が使えないエリアなのに、明らかにおかしい行動だ。キル子のすさまじい攻撃に回復が間に合わず、正体がバレるのを覚悟でとっている行動であろう。いや、このパニック状態で自分がドラゴンゾンビを召喚した張本人と思われないと甘く考えたのかもしれない。だが、それはやはり甘かった。
「見つけた」
「うちもじゃ」
同時に瑠子とネイが叫んだ。瑠子がレイピアを抜いて走る。
「ネイは瑠子の援護をするんだよ」
「わかったのじゃ」
クロアに言われてネイは黒いローブの男に狙いをつける。走る瑠子がレイピアで襲いかかるのが見えた。
「く、貴様ら……」
「あなたね。こんなことして大会をぶち壊して」
「ふん。バレたら仕方がない。どさくさ紛れに貴様も殺してやる」
「ネクロマンサーが接近戦で瑠子に勝てると思うの」
瑠子が突き出した鋭い切っ先は、ネクロマンサーの男の右手の甲でいなされた。初老に見える男だがただのネクロマンサーではない。武術の心得があるようだ。いなしたついでに瑠子の右手を掴んで、軽く投げ飛ばす。だが、瑠子もデモンストレーターとして名高い騎士である。体を反転させると地面に膝をついて倒れない。
シュッ……。ネイの弓が放たれた。それがネクロマンサーの男の肩に刺さる。不意をつかれた男は苦悶の表情を浮かべた。その瞬間に瑠子のレイピアが男の心臓を貫いた。
「ぐおおおおっ……。そんな……こんなところで……公爵様」
バタッとネクロマンサーは倒れた。これでドラゴンゾンビを回復させることはできない。あとは魔剣『アシュケロン』とキル子の独壇場であった。バーサーカーのようなキル子の攻撃にドラゴンゾンビはダメージを受け続け、魔法無効化が解かれたためにヒルダを始めとする魔法使いの炎攻撃の集中放火を受けて、ついに強大なモンスターは倒れた。
「あら、クロアが出る暇もなかったようね。それにしてもあの大剣、すごい力だよね。ダーリンが見つけてカイルが整備した武器。それをあの色黒ホルスタインが使って名だたる武器になる。名剣の誕生というのはこういうことね」
「クロア様。そろそろ、王宮の方へ移動されますか」
「そうね。あっちがメインだからね。面倒だけど、これ以上、クロアの生活を邪魔されたくないし、陰謀は取り払っておくべきだね。隊長、ステファニーの警護をお願いよ」
「はっ。了解しました」
「それじゃ、ダーリン。クロアは行ってくるよ」
遠くの方でステファニーと戦いの成り行きを見守っている右京を見るクロア。ドラゴンゾンビは倒され、一番の功労者であるキル子が冒険者や衛兵たちから祝福を受けている。もう大丈夫であろう。
会場はめちゃくちゃに壊され、大会自体はぶち壊しになってしまったが、このデュエリスト・エクスカリバー杯の優勝者が誰かは、ここで戦いを目撃していた全ての人は分かっていた。キル子を胴上げする冒険者の中に、あのマイケルムーアも加わっていたし、スタジアムで一部始終を見ていたアルフォンソも認めたくないけれど、拍手を贈る自分を止めることはできなかった。




