ドラゴンゾンビ召喚
現れたのはドラゴンゾンビ。しかもリアル!
大会ぶち壊しじゃん!
読者の予想を打ち砕くでゲロw
黒い煙が拡散するとそこには赤い皮膚をもつ火竜ではなく、ドロドロに腐った体をした大きなモンスターに変わっていた。スタジアムに決勝戦を見に来ていた観客は、その姿を見て悲鳴を上げた。一つの悲鳴が連鎖し、数百、数千の悲鳴が響き渡ると同時に出口に出口に向かって駆け出した。パニックである。
「ゲロ子、あれは何だ!?」
右京も驚いてベンチから立った。どう見ても幻影師が作り出したヴァーチャルモンスターではない。のそりと歩むその重量感は、明らかにリアルなモンスターだと告げていた。
「ドラゴンゾンビだと思うでゲロ」
ゲロ子はそう言うと頭を抱えてうずくまる。ヘタレのゲロ子のこの姿は相当にヤバイ証拠だ。普通ならさっさと逃げ出すズルい奴だが、パニクっているに違いない。
「ご主人様、ドラゴンゾンビはモンスターランクで言えばSランクに相当する強敵です。ただでさえ強いドラゴンのアンデット化したものです」
「ヒルダ、弱点は?」
「アンデットですから、炎攻撃に弱いです。つまり、ここはヒルダの独壇場! ご主人様は下がってください」
運営のスタッフが避難誘導し、護衛兵や腕に覚えのある冒険者がドラゴンゾンビに立ち向かう。だが、ドラゴンゾンビの攻撃力は半端ない。まずは毒のブレスを吐いた。これで近づく兵士はバタバタと倒れていく。神経麻痺系の毒だ。
「炎の精霊サラマンダーよ。この世に具現化し、その力、われに貸し与えよ! ファイヤーストーム!」
ヒルダが両手を突き出すと、すさまじい炎の渦がドラゴンゾンビを包み込む。悶え苦しむドラゴンゾンビ。さらに周りの冒険者の魔法使いも戦いに加わる。無数のファイアーボールやファイアーアローが飛ぶ。
グギャアアアアアッ……。
ドラゴンゾンビは苦しげな咆哮をあげるが、元々、死んでいるモンスター。体が全て朽ち果てるまで動き続ける。毒のブレスをさらに吐く。それを吸えば人は意識を失うのだ。
「姉さん、倒れている人をここへ。早く治療をしないと危ないです」
ロンはすぐさま、カバンを開いて解毒薬を調合する。ドラゴンゾンビの毒ブレスは驚異だが毒の種類はテトロドキシン。かなりヤバイ毒だが、すぐさま解毒薬を飲ませるか、神聖魔法の毒払いを施すしかない。
「ご主人様、今です。脱出してください」
ヒルダがそう右京に逃げるよう叫ぶ。もう何発か強烈な火炎魔法をぶつけようと思うが、いかにバルキリーといえども、ドラゴンゾンビを倒すほどの力はない。
「ホーリー、ネイ、お前たちは逃げろ」
そう右京は言ったが、ホーリーは神官としての使命が恐怖に打ち勝ったらしく倒れている人々を治療するという。ネイはビビって言われなくてもさっさと逃げる体勢だ。全く、守りがいのない女たちである。ディエゴはギルドの指導者らしく、てきぱきとエドやアマデオに避難指示を出している。瑠子は自分の剣を抜いて、ドラゴンゾンビとの戦闘に向かっている。
ふと見ると右京は、審査員席の下で腰を抜かしている人物に気がついた。美しい金髪が乱れている。王女ステファニーである。ステファニーは王女だから、当然、護衛の人物が真っ先に逃がすはずであるが、不幸なことに護衛官がみんな最初のドラゴンゾンビの毒ブレスを吸い込んで倒れてしまった。
同じ審査員のバッシュとハイケル侯爵も倒れている。ブレスが風で流されて審査員席を襲ったらしい。ステファニーも毒を吸ってしまうはずだが、彼女は幸いというか、不幸というか。ドラゴンゾンビが出現した時に恐怖で椅子から転がり落ちて、床に這いつくばってしまったのだ。
毒霧は軽いので上の方に上がり、床ギリギリで倒れたステファニーは吸わずに済んだのであった。右京はステファニーのところに駆けつける。
「王女さん、大丈夫ですか」
「……は、はい」
「立てますか?」
「無、無理です」
どうやら腰が抜けてしまったようだ。右京はやむを得ず、ステファニーを抱きかかえる。バッシュとハイケル侯爵も心配だが、毒で気を失っていてはどうすることもできない。
「王女さん、見た目よりも重いな」
「し、失礼ですね。あなた!」
「ゲロゲロ……腹黒王女、調子が出てきたでゲロ」
ギャオオオオオッ……。
ドラゴンゾンビの声が響く。ステファニーはまた恐怖で顔を引きつらせた。
「大丈夫ですよ。王女さんは無事に助けますから」
そう言うと右京はステファニーだけを連れてスタジアムの安全地帯へと走る。ドラゴンゾンビから最も離れた場所だ。ここで待機して観客席のお客が外に出たら脱出するのだ。今は出口付近が大混雑して、外に出られそうもないのだ。
だが、ドラゴンゾンビが巨大な尻尾を振り回した。すさまじい風圧が起こる。尻尾に当たって倒れる衛兵や冒険者。風圧でも何十人と飛ばされた。右京もまともに風圧を背中に受けて、体が浮き上がる。そのまま、10mほど飛ばされる。ステファニーを抱きかかえたまま、倒れ込んでしまった。
「む、むぐぐぐ……」
「う、うううう……」
目を同時に開けた右京とステファニー。倒れたついでに口と口が触れ合った。
「あちゃ~でゲロ。お約束でゲロ。定番でゲロ。マンネリでゲロ」
ゲロ子が片手を額に当てて弱ったというポーズをしている。慌てて口を離す二人。ステファニーは驚きで声も出ない。
「まあ、パンを加えて通学路で衝突、キスしちゃったでゲロよりマシでゲロが。このあと、王女様がファーストキスをあげたのだから、お嫁さんにしてくださいというパターンでゲロ」
「そんなわけあるか!」
右京がゲロ子を叩く。コロコロ転がるゲロ子。右京はまだショックで動けないステファニーを抱き起こす。風圧のショックで声が出ないのか、キスしたショックで声が出ないのか分からない。
「さあ、王女様、行きますよ」
右京はステファニーの手を取る。為すがままのステファニーだったが、駆け出すとつないだ左手をギュッと絡めてきた。
「右京、わたくしのことはティファと呼んでください」
「え? 王女……様?」
「ティファです。わたくしが友達にしか呼ぶことを許さない愛称ですわ」
「は、はあ。でも、俺なんかにいいのですか? 一国の王女様に」
走りながら右京はステファニーを見る。ステファニーは慌てて目をそらす。顔が赤いのはどうしたことか。
「いいのです。あなたはわたくしの命の恩人ですから……それに……」
「それに?」
「別になんでもありませんわ」
「そう。もうすぐです。あそこの壁を乗り越えて隠れましょう。大丈夫ですよ。冒険者や警備兵が足止めしているうちに国軍がやってきます。いくらドラゴンゾンビが強くても軍隊が総動員で戦えば勝てますって」
そう右京はステファニーを励ました。大パニックになっている会場であるが、こういう時にこそ冷静な判断が必要だ。だが、冷静に考えると王女ステファニーとの関係がまずい方向に進みそうだと予見できたが、そこまで考えることはできなかった。
(わ、わたくしの初めて……。あんな形で初めてなんて……。これって運命? よく見れば右京っていい男よね。クローディアのダーリンってことだけど、奪い取るのもいいかも。これは運命よね。神様がステファニーにGOってサインを送ってるのよ。運命よ)
「単なる事故でゲロ」
右京の右肩でゲロ子が耳糞をホリホリして、ふっと息を吹いてカスを吹き飛ばした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まさか、本物が現れるとは……」
マイケルムーアは『グラム』を構えて敵と対峙している。氷系の魔法剣である『グラム』はドラゴンゾンビにあまり有効ではない。しかし、ここは少しでもダメージを与えて、このアンデットを土に返してやろうと奮闘していた。
(あの女は……)
マイケルムーアは自分の対戦相手であったキル子を見た。キル子はあの大剣『アシュケロン』を地面に刺して、何故かその剣と会話をしているように見えた。
(このピンチの時に彼女は一体何を……)
キル子は剣と対話していた。傍から見ると剣とブツブツと会話をする危ないグラマー娘であるが、当のキル子の目に映るものは違っていた。それは小さな女の子であった。神秘的とも思える銀髪のおさげ髪。まつ毛が長い5、6歳くらいの幼女である。
「ママ、あのドラゴンは危険だよ」
「ママって、あたしは霧子。お前のママじゃないんだけど」
「アシュケロンを使っているから、アシュケロンのママだよ」
少女はそう言ってドラゴンゾンビを指差した。その目には恐れがない。こんな幼女なら普通は恐怖で泣き出しているだろう。現に会場はドラゴンゾンビと戦う怒号と泣き叫ぶ声、負傷者のうめき声で小さな子供には耐え難いものになっている。
「お前は剣の精霊か。ゲロ子やヒルダが言っていた」
「そうだよ。我はアシュケロン。ウキョーによって眠りから覚まされた。長らく、記憶を失って全て忘れていたけど、ママと戦って思い出した。我は剣の精霊。だから、ウキョーはアシュケロンのパパで、霧子はママ」
そう言って幼女アシュケロンはキル子の胸に飛び込んだ。思わず母性愛に目覚めてしまうキル子。右京がパパで自分がママなんて、言われると猛烈に嬉しさがこみ上げてくる。この幼女も自分が生んだ子じゃないかと錯覚する。いや、こういう可愛い子が生まれることは間違いない。
「でね、ママ」
「な、なんだ、アシュケロン」
「あのドラゴン、昔、我が倒したドラゴンが生き返ったもの。かわいそう……」
「かわいそう?」
キル子はアシュケロンにそう言われて、ドラゴンゾンビを見る。腐臭を放ちながら、醜悪な体を晒し、暴れるモンスター。周りから忌み嫌われ、寄ってたかって攻撃を受けている。言われてみれば哀れである。恐ろしい咆哮も悲しみの叫びに聞こえた。
「ママ、あのドラゴンを土に返してあげようよ。安らかに眠れって。それがあのドラゴンを殺した我の義務」
「義務って……。難しい言葉を知っているな」
「知ってるよ。我はアシュケロン。生まれて150年になる魔剣の精霊。さあ、ママ、我を手に取って」
キル子がアシュケロンに触れるとそれは剣に変わった。2mにもなるツーハンドソードである。キル子がそれを両手で握ると凄まじい力が地面から沸き起こり、それは円筒形の筒状になって空へと放たれた。キル子の髪が逆立ち、ジンジンと体が熱くなる。今ならとてつもない力が出せるとキル子は思った。
「アシュケロン、いくぞ。あのドラゴンゾンビを眠らせるんだ」
「霧子ママ、ドラゴンに永久の眠りを」
やっちゃったでゲロ。
ステファニーも……取り巻きに?
まあ、ほどほどにしておきます。




