火竜『ドルトムント』
投稿1日サボっただけで激減PV。笑うしかない。
ポイントには関係ないけどw
ファンタジー世界においてドラゴンはモンスターの中の王者といっても異論を唱えるものはいないであろう。ファンタジーゲームの中でもボスキャラとして登場し、冒険者にとって乗り越えるべき壁として立ちはだかることに枚挙がない。
ドラゴン古代ギリシアで「蛇」を意味するドラコ(DORACO)がその語源と言われる。世界中にドラゴンの伝説があり、形も大きさも様々なものが存在する。亜種もいろいろあり、『ワイバーン』や『ワーム』などと言った大きいものから、『ドラゴンニュート』と呼ばれる人型のものまで存在する。それぞれが雑魚ではない扱いで、それなりに強く、冒険者には手強い相手である。
右京はアディラードの父親が黒龍に戻った時にドラゴンを見ているので、目の前のバーチャルモンスターを見て、さほどの驚きはなかったが、じっくり見るとその恐ろしさがじわじわと伝わってくる。基本、首の長いトカゲであるが頭には鋭い角を4本もち、背には一対の翼がある。
鋭い牙と爪に身を守る硬い鱗で攻守どこを見ても隙がない。さらに、知性が高く、高度な魔法を使えるものもいるし、一番怖いのは炎や冷気を吐き出すブレス攻撃が驚異的なのだ。
「あんなの2人だけでどうにかなるものなのか」
強大なドラゴンの姿を見て右京はそうキル子を心配した。いくらヴァーチャルモンスターで攻撃力は大幅に抑えられているとは言え、これまでの敵とは雲泥の差があるのだ。
「ご主人様。ドラゴンとの戦いは長期戦です。一度、戦闘開始すると倒すまでに5時間から6時間かかると言われています」
ヒルダがモンスター辞典『正しいドラゴンの倒し方』を参照して右京に情報を伝える。ドラゴンを対峙するにはなるべく多くの人数。戦士に魔法使い、神官と直接攻撃、魔法攻撃のバリエーションをもち、回復、防御の魔法を駆使して戦わなければ勝てないのだ。今、目の前にいる火竜『ドルトムント』は13年前に退治されたドラゴンではある。その時は実に8時間にも及ぶ激闘だったと伝えられている。
「ヴァーチャルモンスターなので力は相当弱められているとはいえ、決勝戦に出てくるモンスターだ。一つ間違えれば一瞬で戦いから除外されてしまう」
ディエゴはそう戦いの成り行きを見守っている。まずは最初の関門だ。戦いが開始されて、火竜『ドルトムント』が巨大な口を開けた。
(ドラゴンブレスか!)
誰もがそう思った。それはドラゴンの最強の攻撃方法であったからだ。だが、以前のデュエリスト・エクスカリバー杯で『ドルトムント』と戦ったことのあるマイケルムーアは、それが何なのか分かっていた。彼は剣を立てて正面に構え目を閉じた。
(ドラゴンが敵に対して最初に行う攻撃。それは恐怖の咆哮)
ぐおおおおおおっ……。
地の奥底より響き渡るその音は聞くものを凍りつかせる。あまりに恐ろしさに体が動かなくなるのだ。対ドラゴン戦では、神官が最初に恐れを払う魔法『ウォークライ』を唱える。そうしなければ、動けなくなってしまい、ドラゴンの次の攻撃で命を落とすことになる。
マイケルムーアが持つ魔法剣『グラム』は氷の剣であるが、その魔力は持つ者に勇気を与える『ウォーリア』の魔法が常時発動している。このおかげで国一番のパラディンと称されるマイケルムーアは恐怖で動けなくなることはなかった。
(私は大丈夫だが、あの女はそうはいくまい……)
マイケルムーアはそうキル子の方を見た。ドラゴンの咆哮を浴びて恐怖で動けなくなったであろう褐色の美女がそこにいるはずであった。だが、彼に目に映ったものは既に攻撃態勢に映った女豹のような女戦士であった。
「ば、馬鹿な。魔法剣でない武器であの咆哮に耐えられるわけがない!」
身につけている防具に防ぐ力があるのかと疑ったが、キル子が身につけているのは質がよいものではあるが、普通の革の胸当てであり、ホットパンツにブーツという軽装姿なのである。
「そりゃ!」
ドラゴンに接近したキル子は最初の一撃を与えた。ドラゴンも咆哮で獲物が動けなくなると想定していたので、油断をしていたところへの一撃だ。
「おおおっと。ファーストアタックは意外も霧子選手でした。ダメージは750。すごいです!」
ミランダがキル子の華麗な攻撃を解説する。観客もボルテージが上がった。一撃で750ダメージを与えるキル子の武器にみんなが注目する。ドラゴンは斬られた足を上げる。血の代わりに火の粉のようなものが飛び散る。魔力が拡散しているのだ。ヴァーチャルモンスターは魔法で作られたまがい物だ。ダメージを与えられると魔力が散ってしまい、姿が保てなくなる。
「すごい武器というものは、使い手に強固な勇気を与えてくれるものさ」
キル子はそうマイケルムーアに叫んだ。キル子のもつ『アシュケロン』は魔力を失った魔剣の成れの果てであるが、攻撃力が極限まで高められ、そのほとばしる攻撃力がキル子の精神を高揚させ、彼女自身の強固な意志と合わさってドラゴンの咆哮の恐怖を跳ね返したのだ。
「さらに2擊目!」
右へ払った剣擊を今度は回転を加えて左垂直に変えてドラゴンの本体にぶち当てる。光の粒が飛び散ってさらにダメージを与える。その数字は950。『ドルトムント』の総ヒットポイントが12万であるから、まだ微々たるダメージではあるが、このまま、少しずつ削っていけば倒せるという予感を見ているものに与えた。
(なんという攻撃力。そしてあたしが感じるこの安心感)
キル子はこの2回の攻撃でこの『アシュケロン』の虜になった。攻撃力はキル子の愛剣ガーディアンレディの数倍である。普通の振りでこのダメージだ。もし、全身の力を一気に貯めて斬ったら、ドラゴンすらも一撃で倒せるそんな気がしてきた。まるで力強い男性に抱かれる安心感。キル子の褐色の肌がしっとりと濡れてくる。
「キル子、お前ならやれる。ドラゴンを倒せる」
「右京、お前にそう言われるとあたしはできるような気がしてくるよ」
「俺が支えてやる。思う存分、暴れてくれ」
「右京、あたしが暴れると激しいよ……」
「激しい? 俺がお前にもっと激しことをしてやるよ」
「ああん……。ダメだよ、右京、そんなことしたらダメええ」
ドラゴンの激しい爪攻撃をかわして、トランス状態のキル子。右京とイチャイチャしている妄想中。キル子がこの状態の時は超人的な動きをするのだ。このキル子の攻撃にマイケルムーアも驚いた。
「な、なんという動きだ。めちゃくちゃだが、確実にドラゴンにダメージを与えている」
既に与えたダメージは1万ポイントに達していた。マイケルムーアも攻撃をしているが、2500程である。信じられないことに魔法剣『グラム』が押されている。これは『グラム』の性能が悪いのではない。2500ダメージも驚異的な数字だ。キル子の『アシュケロン』はそれ以上なのだ。
「はううううっ……。キ・モ・チ・イ・イ……」
キル子が20連擊の末にフィニッシュ。火竜『ドルトムント』の右手が切り払われて、粉々に砕け散った。猛攻により1万2千ポイントが失われた結果であった。
おおおおおお……。
スタジアムに大歓声が巻き起こる。割れんばかりの拍手と掛け声や応援の叫びが交錯する。
「すげえぜ、あの褐色の姉ちゃん」
「剣を振るたびに揺れる胸がたまんねえ」
「開始して5分経ってないだろ。それでヒットポイント2割ってありえなくね?」
確かに誰もが予想しなかった展開であった。だが、火竜「ドルトムント」はただのモンスターではない。大きな口を開けると火を吐いた。すべてを燃やし尽くす3000度の炎だ。今はヴァーチャルなので炎は熱くないが触れればそれだけでヒットポイントを失う。それはイコール、ゲーム終了なのだ。
キル子とマイケルムーアは素早く円を描くようにドルトムントの周りを走って避ける。追ってくる炎をかわしつつ、円を広げて炎のブレスの射程外へ逃れる。そして、炎が途切れるとすかさず、地面を蹴ってドラゴンへ肉迫する。大きな大剣を振り上げて打ち下ろす。
「さすが、決勝戦に残るだけのことはある。その剣、確かにすごいものがある。だが、私の剣もこの程度の力ではない。魔法剣の力を見るがいい」
マイケルムーアは両手を添えた自分の大剣『グラム』に魔力を注ぎ込む。それは剣に付与された魔法と合体し、剣に氷属性の攻撃を加えるのだ。そのまま、硬い鱗に覆われた本体を突き刺す。突き刺すと一瞬でドラゴンの体全体を凍らせた。
ガキガキガキ……。
『ドルトムント』がもがいて氷を砕く。表面を凍らせただけあったので、抵抗で砕いたようだ。だが、今の攻撃は一撃で5000ポイントに達した。
「す、すげえ。一段と冴え渡っているじゃん。あんなグラム見たことねえ」
昨年の決勝でマイケルムーアと魔法剣『グラム』を見たことのある観客も感嘆の声を上げるしかない。
「両者ともすごいですな」
審査員のハイケル侯爵が残り2人の審査員にそう感想をもらした。火竜『ドルトムント』はバーチャルとはいえ、巨大な戦闘力と耐久力をもつ。このドラゴンを倒すことは不可能で、両デモンストレーターは自分のヒットポイントがなくなるまでどれだけダメージを与えられるかということになるのだ。
「わしは魔法剣よりもあの褐色の姉ちゃんがもっている大剣を評価するな。魔法が付与されていなくても、あれだけすごい攻撃ができるということを我々に見せてくれている」
そう冒険者代表のバッシュが答えた。『アシュケロン』は無骨なバッシュにとっては、理想の剣に映った。
「あらあ。バッシュさんは、伊勢崎ウェポンディーラーズのメンバーに大食い勝負で負けて、1回戦の武器を提供させられたとお聞きしましたわ。負けた相手を随分褒めますこと」
王女ステファニーは右京に対しての複雑な気持ちから、そうバッシュに言った。彼女は元々、マイケルムーアのファンだったし、右京はクロアの知り合いだから勝たせたくないのだ。だが、そんなステファニーもキル子が使う『アシュケロン』に魅了されたし、躍動する褐色の女戦士の美しい動きも目が離せなくなっていた。
「キル子、見事、ドラゴンを倒すことができたら結婚しよう」
「え? 今、なんと……」
「結婚するんだよ。俺たちは」
「そ、そんな……。あ、あたしでいいのかよ。あたしはホーリーみたいに可憐じゃないし、クロアみたいな大金持ちでもない。ヒルダみたいに病んではいないけれど……」
「いいんだよ。俺はお前が好きだ。お前しかいないんだよ。俺の嫁は」
「右京……」
ザクザクと剣でドラゴンを斬り、刺し、ダメージを与えるキル子。脳内妄想と攻撃による興奮で超人的な動きが止まらない。
「はうううううっ……。あたし、幸せすぎて死んでしまうよ~」
そう言いながらドラゴンの角を一本斬り飛ばす。華麗に空中を舞って着地し、すぐさま跳んで尻尾の攻撃を避けると、そのしっぽを一刀両断にする。大きな尻尾が切り離されてうにょうにょと動いている。
「悔しいが、攻撃力は圧倒的に向こうが上のようだ。だが、この勝負は攻撃力だけではない。マイケル、剣の魅力をアピールするのだ。我が『グラム』の力を解放しろ」
ここまで黙って戦闘を見ていたエンチャンターのアルフォンソであったが、このままでは負けてしまうという危機感からそう叫んだ。モンスターに与えるダメージでは負けてしまう。だが、この勝負は武器の優越が採点ポイントだ。
右京の出した剣は、剣そのものというより、女戦士の戦闘力によるものが大きいとアルフォンソは考えた。あの攻撃力も褐色の女戦士が使っているからこそ。審判もそこに気がつけば、自分の『グラム』にも勝算があると思ったのだ。そう思うしかなかったのだ。実際には『アシュケロン』がキル子とシンクロして彼女の身体能力を数倍に引き上げているからであったが。
キル子は超人的な力でドラゴンの体を駆け上がると、その頭めがけて大剣を突き刺す。強烈な攻撃である。これでマイケルムーアと合わせて与えたダメージが半分にあたる6万ポイントに達した。
「うううううっ……。右京、これ以上、気持ちいいと……お前の赤ちゃんができちゃう」
「ママ……」
キル子の耳に女の子の声が聞こえた。マジで自分と右京の間に赤ちゃんができて、その子がしゃべったと思った。その声がトランス状態からキル子を現実に引き戻した。目の前には銀色の髪をおさげにした小さな女の子がいる。ドラゴンの体から飛び降り、地面に突き立てたアシュケロンの代わりにまつげの長い可愛い少女がいるのだ。
「ママ……。まずいよ。本物が来る」
そう女の子は言った。キル子がゆっくり振り返るとヴァーチャルモンスターが光に包まれて粉々になっていく。まだ、ヒットポイントは半分しか削っていないはずだ。それなのに消えていくのだ。代わりに黒い煙のようなものがムクムクと現れた。
「あ、あれは何だ?」
キル子はその黒い大きな物体からの禍々しい気配に体がすくんで動けなくなった。
「やはり、仕掛けてきたわね」
VIPルームで観戦していたクロアがそう言って立ち上がった。




