サビ喰い虫の女王
だめっ娘になりつつあったヒルダ。やっぱり、出来る子だった。
サビ喰い虫クイーンは近づく緑の小物体に対して、鋭い刺のついた右前足でなぎ払った。だが、それは地面につくくらい低い体勢でかわす。さらに左前足の攻撃もジャンプでかわすと、もっていたレイピアを空高く突き出し、それを逆さに持ち替えるとクイーンの背中に突き刺した。そして3回転して地面に降り立った。
「フッ……。決まったでゲロ」
ゲロ子である。レイピアの先端に塗ったネオニコチノイド系の毒である。体に注入されれば、いかに巨大なサビ喰い虫クイーンでも崩れ落ちる。
「勝ったでゲロ。やっぱりゲロ子は使える子でゲロ。やれば出来る子でゲロ。主様もゲロ子を見直すでゲロ」
ゲロ子は手にしたレイピアを肩でトントンしながら歩き出した。余裕の姿である。背後では巨大なクイーンが無様に倒れつつあるはずである。だが、そう簡単にはいかなかった。
ドン……と鈍い音がした。クイーンが地面に崩れ落ちた音ではなく、右足でなぎ払った音である。ゲロ子が吹き飛んだ。ドンドンドン……と地面に転がり叩きつけられたゲロ子。
「い、痛いでゲロ……。鼻血が出たでゲロ」
ゲロ子、鼻血を出してズタボロ状態である。そんなゲロ子に向かって、重い体を動かしてクイーンが迫る。
「毒が効かなかったでゲロか?」
ゲロ子は今一度、鞘にレイピアを戻す。鞘の先端に毒が仕込んであり、戻すことで先端に毒を塗布することができるのだ。
「ゲロゲロゲーっ。ゲロ子、百烈斬」
ゲロ子は起き上がって、得意の高速攻撃をかます。ブスブスとクイーンを何度も突き刺した。だが、クイーンは何事もなかったようにゲロ子に左前足でなぎ払う。またもや、転がるゲロ子。ズタボロの雑巾のようだ。
「分かったでゲロ……。皮膚が分厚くて毒が注入できないでゲロ」
倒れたゲロ子はゆっくりとレイピアの先端を見る。10センチ(ゲロ子の体比)ほど差し込んだが、硬い皮膚はそれ以上の厚さがあった。毒攻撃が効かなければゲロ子に打つ手はない。
「ヒヒヒ……ハハハ……も、もう……しつこいのは嫌い! 炎の力よ。我の願いに応えて、その力を解き放て。ファイアボム!」
ドゴーン、ドゴーンと連続爆発してサビ喰い虫が数十匹単位で空中に舞い上がった。ヒルダの上に乗っていたサビ喰い虫もすべて吹き飛んだ。周辺10m(ヒルダの体比)の敵を排除したヒルダ。サビ喰い虫に舐められて穴の開いた鎧をまとい、何とか立ち上がった。周りは無数の虫がザワザワと近づきつつある。
「あ、危なかった~。もう少しでお嫁にいけなくなるところでした。ご主人様にも見せたことがないのに、こんな気色悪い虫に拝ませてなるものですか」
ヒルダが顔を上げるとはるか前方にクイーンとゲロ子の戦闘シーンが目に入った。ゲロ子が一方的にやられている。
「あらまあ。ゲロ子の奴、わたくしを犠牲にして美味しいところを持っていこうとしたけれど、失敗したようね。やっぱり、神様、ご主人様はわたくしを見捨てていないのですね」
ヒルダは両手を組んで感謝の意を示す。ここまでカッコ悪かったが、ヒルダはバルキリー。特級妖精なのだ。2級邪妖精とはレベルが違うところを見せるのは今だ。
「まずは道を開きます」
ヒルダは自分に対して時間を速くする魔法をかける。そして10倍のスピードで火炎魔法『ナパームボム』を唱える。これは爆発炎上するファイアボムの上級版である。すさまじい破壊の玉が次々と炸裂していく。サビ喰い虫には炎は効かないが、強烈な爆風で吹き飛ばされてお互いが衝突して死ぬものもいる。
10連発の魔法で数百匹はあの世へ旅立ったであろう。これが通常のモンスターなら間違いなくジェノサイドである。だが、敵は1万匹だ。この攻撃でも殲滅はできない。だが、これによって、爆風で飛ばされてクイーンまでの道が開かれたことが大きい。
「雷神よ、我が足に宿りて加速せよ。ライトニング・ダッシュ!」
ヒルダは自分に加速して移動できる魔法を唱える。ライトニング・ダッシュはまさに電気のスピードで動ける。切り開いた道を一気に駆け抜けるヒルダ。金髪の美しい髪がなびく。
「あなたを倒して、ご主人様と素敵な結婚式をするですううううう……」
稲妻の如く、駆け抜けたヒルダはレイピアごとサビ喰い虫クイーンの懐へ飛び込んだ。クイーンが足で攻撃するが、高速で動くヒルダを捉えることはできない。そしてヒルダが突き出した剣先は、確実にクイーンの心臓を捉えていた。
キュウウウウウウッ……。
心臓を貫かれたクイーンは断末魔の声を上げた。ヒルダが一撃で仕留めたのだ。クイーンの巨体が地面に倒れこみ、やがて赤茶けた錆の如く消失する。サビ喰い虫どもも動きが鈍くなり、少しずつ、クイーンと同じようにチリと化すものもいた。
「やりましたわ……ご主人様」
ヒルダは誇らしげに空を見上げる。ここは剣の表面だ。はるか上に右京たちがヒルダたちの帰りを待っている。
「大丈夫か、ゲロ子」
ヒルダがその声の方を見ると黒い髪の小さな女の子がゲロ子を介抱している。この剣の中にいるからには、只者ではない。
「あなた何者?」
アシュケロンはヒルダを見る。神々しいまでのバルキリーの姿だ。背中の白い翼が赤茶けた風景に映える。
「我はアシュケロン。この剣、そのものだ」
「アシュケロン? あなた、この剣の精霊?」
ヒルダはそう尋ねた。どうやらゲロ子と知り合いのようだ。ゲロ子はクイーンの攻撃でのびてしまっている。アシュケロンと名乗る少女は心配そうにゲロ子に寄り添っている。
ヒルダは剣の精霊と呼んだが、魔剣という類のものはそれ自身が生命を宿していることが多い。このアシュケロンもそうなのであろう。同じ精霊として通じるものがあるし、ゲロ子と仲がいいのも魔剣という邪悪な精霊と波長が合うのであろう。
「我はこの剣そのものだ。この剣の今の持ち主、ウキョーによくお礼を言っておいてくれ。これでアシュケロンは真の力を出せると」
「ふ~ん。魔剣ということは魔法力も蘇ったの?」
「それは無理だ。魔法は枯渇してしまった。この身に炎のドレスは纏えない。だが、心配するな。我がドラゴンスイレイヤーとなったのは付与された魔法のおかげではない。この剣の攻撃力そのものだ。サビ喰いを退治した今、我の力は戻りつつある」
「わかったわ。その力をご主人様のために発揮してちょうだいね。それじゃ、わたくしたちは戻るから」
ヒルダはゲロ子を背負うと体を元に戻す魔法を唱える。細菌サイズから元のフィギュアサイズへ戻るのだ。アシュケロンがぺこりと頭を下げた。
「ヒルダ、ゲロ子、よくやった。表面からサビが消えつつある。もう一度、カイルに鍛え直してもらえれば、ドラゴン退治の大剣が生まれ変わる」
「はい。ご主人様」
「ゲロゲロ……」
ツーハンドソードは徐々に輝きを増している。3日もすれば完全にサビ喰い虫が死に絶え、剣の本来の輝きを取り戻すに違いない。これで決勝戦に挑むのだ。
あの魔法至上主義のエルフ男。アルフォンソをギャフンと言わせ、優勝をしてやると右京は思ったのであった。
ゲロ子はやっぱりゲロ子でした。




