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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第8話 忘却の大剣(魔剣アシュケロン)
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弓の名手

 3回戦の戦いは空中から襲ってくる敵モンスターを撃ち落とし、隙を見て小舟に設置された扇を撃ち落とすという戦いである。お互いの船の距離は50mほどあり、かなり慎重に狙う必要があった。となると空中からモンスターが襲ってくる状態では無理なので、いかに早くこれを殲滅するかにかかっていた。

 

 ネイは無言で右手に矢を3本持った。そして、それを次々と発射する。流れるような所作で見るものを魅了する技。連続発射された矢は3匹のハーピーを次々と撃ち落とした。すべて急所である首を貫いていた。クリィティカルヒットでHPが0になり、ガラスのように砕け散るバーチャルモンスター。


「ネイの奴、やるね。ただの小娘じゃないわね」


 クロアもネイの技量に驚いた。ネイの弓の技術は一緒に冒険のでたことのある右京から聞いてはいたが、少し疑っていた。せいぜい、扱えるくらいじゃないと思っていたが、これはプロ級である。足場の悪い今の状況から考えれば、驚異的と言ってよかった。


「あ~ん。わたくし的には何だか面白くないけど、ゲームは盛り上がってますわね」


 ステファニーは観客の大歓声で、ちょっと興奮気味であった。それくらいネイの技は素晴らしい。しかも、攻撃は続いていて次々とハーピーを落としていく。ネイの驚異的なクリティカルヒット攻撃で、ササユリの毒攻撃とほぼ互角の戦いが展開されている。だが、ハーピーが撃ち落とされると、両陣営に試練が襲いかかる。次に登場するモンスターはガーゴイルだったのだ。


 ガーゴイルは悪魔の石像が魔法の力で生命を吹き込まれた邪悪なモンスターである。そんなに強いモンスターではないが、体は石でできているためにササユリとネイのもつ武器はすこぶる相性が悪かった。ブロウガンの矢ではガーゴイルの石の体には刺さらないし、例え、刺さったとしても毒は効かない。相手は魔法生物なのだ。打撃用の武器で粉砕するしかない。これはネイも同じだ。石の固い体に矢も弾かれてしまうのだ。


「ふふふ……。右京さん、僕たちが毒しか攻撃する手段がないと思わないでくださいね。姉さんは薬で強化された戦闘マシーンなんです。こんな武器も使えるのですよ。姉さん、あれを使いましょう」


 ロンがそう姉に促す。くノ一のような出で立ちのササユリは無表情で、腰の後ろの帯に挟んであった武器2対を両手に取った。それはくの字に曲がった金属製の武器であった。鉄製のブーメランである。


 ブーメランはオーストラリア大陸で生まれた武器だ。狩猟用として主に鳥を狩るのに使われている。さしわたしの長さは60センチ~80センチぐらいであるが、ササユリがもっている2対のブーメランは、1mはある大きなものだ。それを鎌を振り上げるように水平に振り上げ、手首のひねりを入れて投げると回転しながら飛んでいく。


 ブーメランは戻ってくるものと思われているが、狩猟用のブーメランは戻ってこないものが多い。こんな危険なものが自分の方に向かってくるのは命の危機であるからだが、当たらなかった場合に戻ってくるのであれば、次の攻撃という点でいけば有効であった。

 

 ササユリが投げたブーメランは、金属製で破壊力は相当なものであった。それはぐるりと回転して飛んでいるガーゴイルを次々と破壊していく。6体のガーゴイルがブーメランによって粉々になり、湖に落ちていった。


「姉さん、ナイスです。これで右京さんたちは窮地に陥ったはず。弓ではあのガーゴイルは倒せない」


 ロンはそう言ってネイを見ていた。彼女のもつ『ショート・ボウ』は強化されているといっても、石の体を貫くほどのパワーはない。矢尻も鋼鉄製では石に穴を開けることなどできないのだ。そして、右京たちがこの3回戦に持ち込んだ武器は弓しかなかった。それは勝利を掴み取ることは不可能ということと同じであった。


「どうするでゲロ……。あんな雑魚モンスターで負けるのは悔しいでゲロ」

「だが、右京は弓しか用意していないぞ」


 ゲロ子とキル子がそう心配そうにネイに言った。だが、ネイは困った様子がない。何やら目をつむって懐かしそうに何かを思い出しているようであった。


「大丈夫じゃ。石のモンスターを矢で倒す方法をうちは知っているのじゃ」


 エルフ村では子供は5歳になると弓をもつことが許され、それを使って狩りの練習をする。ネイも弓をもって近所の子供たちと野山を駆け回った。村の近くに古びた神殿跡があった。新しく移転したので廃れて廃墟になった場所であったのだが、そこには1体の神像が祀られていた。


 軍神マルファスの像である。大きな像で高さは3mほどあり、供え物が前に置いてあった。美味しそうな果物屋やお菓子が山ほどある。

 

 これは村人が立派なこの神像に敬意を払って行っていることもあったが、実はこの神像が魔法で封じられたモンスターであった。供え物は一種の封印の儀式であったのだ。



「供物を盗むものには天罰が下るだろう」


 そう神像には刻まれていたが、小さい頃からやんちゃでお転婆なネイがそのままにするはずがなかった。


「ネイちゃん、やめようよ」

「お供えものを盗み食いしたらいけないってお母さんが言ってたよ」

「神様の罰があるって、おばあちゃんも言ってたよ」

「ふん。そんなものあるわけないのじゃ。大人の嘘に決まっているのじゃ」


 ちっちゃなネイは備えてあったリンゴに手を出した。シャリシャリと音を立てて食べる。


「ほらね。何ともないのじゃ」

 他の子供たちも恐る恐る手を出す。欲しいお菓子を食べると怖さも忘れて、大胆になる。


 一人の子供が供え物を食べながら、神像の足首に謎めいた文字が書かれた札が貼ってあるのに気がついた。それは少しめくれて風でパタパタと揺れている。子供はそういうものを見ると手を出したくなるのだ。指でつまんではがす。面白いようにそれは剥がれた。


ギチギチ……。ギギギ……。


 変な音がした。子供たちは神像を見上げる。すると神像の首が動き、子供たちを睨みつけた。


「あわあわ……神様が……神様が怒ったのじゃ」


 足が持ち上げられて、神像は一歩を踏み出した。ギシギシと動きながら子供たちを追いかけてくる。


「に、逃げるのじゃ」


 慌てて逃げる子供たち。だが、神像はゆっくりのようでその一歩は子供たちの何倍かの距離をかせぐ。すぐに追いつかれる。ネイは振り返って弓を引き矢を放った。だが、矢は虚しく弾かれて地面に落ちただけであった。



 ブンっと右手でネイを払う神像。ネイは風圧で倒れる。倒れたネイをつかもうとする神像。掴まれれば潰されて殺されてしまったであろう。


「ネイ!」

「じいじ!」


 ネイの祖父が騒ぎを聞いて駆けつけてきたのだ。ネイの祖父はこの時、63歳。白髪に覆われた髪と白い長いヒゲ。年寄りだが筋肉質な体をもつ男だ。エルフの村で村長をしている。祖父は矢をつがえた。キリキリと弦を引き絞る。


「じいじ、こいつには矢なんて効かないのじゃ!」

「そんなことはない!」


 祖父が矢を放つとそれは右肩に刺さる。すると神像の腕が折れた。祖父は次々と矢を放つと神像はどんどん分解されていった。


「じいじ、すごいのじゃ」

「どんなに固いものでも、もろい部分があるのじゃ。弓の腕を上げればそれが見える。そこに矢を射る。それだけのことじゃ」


 祖父は笑ったが、それで済まされたわけでなく、ネイも含めてお尻ペンペンの罰を受けた。そんな思い出が頭を過ぎった。



(どんな固いものでももろい部分があるのじゃ)


 じいじの声が頭に響く。ネイは目を閉じながら、矢をつがえた。


「ネイ、目を閉じて見えるでゲロか?」

「見えるのじゃ」


 ネイが矢を放った。それはガーゴイルの翼の根元に刺さった。翼が外れてガーゴイルは水の中へと落下する。さらに2本、3本と矢が放たれた。


「すごい、すごい技です。ネイ選手。目を閉じていても次々にガーゴイルを撃ち落としています。一体どうやって狙っているのでしょうか、不思議です。不思議すぎます」



 ネイの曲芸のような弓の技でガーゴイルも全て駆逐された。いよいよ、ボスモンスターの登場である。それはワイバーン。全体としてはドラゴンに似ているが、前足がなく大きな翼がその代わりとなっている。後ろ足で立ち、長い尾は攻撃に使われる凶暴なモンスターだ。幸い、ドラゴンほど強くはないが強敵であることは間違いない。


「姉さん、ブロウガンで攻撃だよ! コトノキシンならワイバーンでも効くはず」


 ササユリは無言で素早く腰に取り付けてあったブロウガンを口にあてた。そして、吹いた。毒針が空を飛ぶワイバーンに見事に命中した。


「やった! これで僕たちの勝ち?」


 毒針はワイバーンの硬いウロコに阻まれてポトン、ポトンと水面に落ちた。突き刺さらなかったのだ。皮膚を破って血管まで届かないと毒は効かない。


「姉さん、ブーメランを!」


 ササユリはブーメランを投げる。それは2対でクロスしながらワイバーンに当たるがそれも虚しく水の中に落ちていく。ロンは負けたと思った。自分が用意した武器が全く通用しないのだ。通用しないということは倒せないということで、負けか引き分けしか選択がなくなったのだ。


「ゲロちゃん、例の矢を取るのじゃ」


 ネイはそうゲロ子に特別に作ってもらった矢を持ってくるように要求した。矢筒ではなく、それは箱に入っている。


「ドランゴの歯で作った矢でゲロ」

「これでアイツを撃ち落とす」


 ネイが弓につがえたのは、ドラゴンの歯とグリフォンの羽で作られた特別製の矢。まるで戦の女神マルスのように神々しい姿のネイがゆっくりと矢を放った。

それは放物線を描き、ワイバーンの脳天に突き刺さった。


 ギャウウウウウ……。ワイバーンは突然の有効打にめちゃくちゃに飛ぶ。狙いがつけにくいはずだが、ネイは戸惑うことなく、第2の矢を放つ。それは右目に命中。第3、第4と矢が当たる。5本目でワイバーンは飛ぶ力を失って水面に落下した。


 ウオオオオーーッ。


 観客の大歓声が起こる。だが、これで完全に勝ったわけではない。まだ、相手陣営のモニュメントを破壊していない。


「右京さん、まだ、僕は負けていません。引き分けならくじ引きで決勝進出者を決めるのが、この大会のルール。ここは引き分けということになりますね」


 ロンがそう言った。ロンの主張するとおり、時間以内に破壊できなかったら引き分けとなって運を天に任せることになるのが決まりであった。


「ネイ、最後の一本で決めろ!」


 右京は大声で叫び、ボートの上で強大なモンスターに対峙するネイを励ます。もう励ますしかない。


「最後の一本でゲロ」


 ゲロ子はそう言って最後の攻撃手段を手渡す。心配そうに見ているキル子。最後の一本はフェニックスの羽で作られたもの。ネイはロンの船の後ろにある扇を狙った。水面が微妙に揺れて的が絞りにくい。


(こんな時、じいじなら絶対外さない。うちはじいじの一番弟子じゃ。ここは決めるしかないのじゃ)


 ネイは真っ直ぐに立つと体を半身にした。弓はここまで使ってきたショート・ボウではない。右京が2本目の武器として申請したロング・ボウである。それは長さが1m80センチもあるのだ。もちろん、カイルの手で補強がしてある。


「この矢は当たるのじゃ。当たる運命なのじゃ」


 矢が一直線で飛んだ。スローモーションのようにひらひらと落下する扇。観客はみんな黙った。そして感動する。


 フェニックスの羽の影響なのか、ネイの腕なのか実際のところは分からない。だが、敵陣営の扇が撃ち落とされたことはまぎれもない事実である。


「やりました。これで決勝戦はアルフォンソ氏と伊勢崎右京さんとの間で争われることとなります」


 虎のお姉さんがそう戦いをしめた。



「ゲロゲロ……。ネイ、ちょっと聞いてよいでゲロか?」

「ゲロちゃん、なんじゃ」

「ネイのじいさんの名前はなんでゲロ」


余市よいちじゃ」

「よいちかよ! 新鮮味がないぞ」


「定番でゲロ。どうでもいいキャラは、こういうもんでゲロ」


 那須与一なすのよいち。その昔、源平合戦で活躍した武士だ。弓が得意で神業を連発したという。屋島の戦いのエピソードは有名だ。


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