ブロウガン
昨日、投稿した「弓の名人」は削除して大幅改稿しました。
半分寝ながら書いたウダウダの文章を直し、1000字ほど書き足しました。
毎日投稿でもクオリィティが落ちては、面白くないですから気をつけます。
「弓の名人」は次話で全く違う話です。
一般的なファンタジー世界の常識として、エルフ族というのは弓が得意な種族として認知されている。これは右京がいた現代におけるファンタジーゲームにおいても、お約束でエルフキャラは大抵が弓を主武器にしているというのが定番である。これが大きなハンマーなんかを持って登場したら、イメージを壊すと揶揄されるであろう。
(ついでにエルフの女の子は。みんな金髪美人であるというのもお約束だ。ブサイクでデブだった場合、作者はかなりのブーイングを浴びるであろう)
エルフには弓というのは鉄板ネタなのだ。それが理由というわけではないが、右京率いる『伊勢崎ウェポンディーラーズ』の3回戦に出場するデモンストレーターはハーフエルフのネイ。右京は手先が器用なだけの、このハーフエルフが使えるとは思ってはいなかった。ネイにしても面白半分について来て、いつの間にかチームの一員として行動を共にしているのだから、こういう時にこそ役立ってもらうべきだろう。
「あたしだっては弓くらいは使えるぞ。いくらエルフといってもネイみたいな子供に3回戦は無理だろう」
最初、キル子はネイが出ることに反対した。自分が3回戦のデモンストレーターを引き受けるつもりであった。キル子は若いが歴戦の女戦士で、ありとあらゆる武器を使いこなすことができる。弓も当然、その範疇ではあったが得意とは言えなかった。狙いをつけて放つ弓は集中力がものをいう。キル子のような大雑把な性格では、得意にするには長い年月の修練が必要であろう。
それでも右京は迷った。デモンストレーターには経験が必要なのだ。あまり弓は得意ではないが、経験豊富なキル子にすべきか、弓が得意だが経験皆無のネイにするか。
ハーフエルフのネイは15歳の小柄な女の子だ。トパーズのような輝く黄色の瞳にショートカットの銀髪が魅力的であるが、イメージに反して彼女は冒険者でシーフを稼業にしている。普段は短剣を主武器にしているが、冒険に出るときには小さな弓を背中に背負っていく。ネイにとって、弓は得意中の得意の武器なのだ。
「じゃあ、キル子とネイで勝負をしてもらう。勝った方が今回の戦いに出場してもらう。ゲロ子、競技の説明をしろ」
右京は悩んでそう宣言した。面倒だから、勝負をして決めてしまおうと思ったのだ。
「アイアイサーでゲロ。ここにリンゴがあるでゲロ。これをヒルダの頭に乗せるでゲロ」
ゲロ子はきょとんとして成り行きを見守っていたヒルダを壁に立たせて、その頭の上にりんごを乗せた。ヒルダは身長15センチのフィギュア体型だ。大きなリンゴを乗せられてあっちへフラフラ、こっちへフラフラしてしまう。
「ゲロ子先輩、ご主人様~っ。フラフラします。それに何だか怖いです」
「大丈夫だ、ヒルダ。ネイもキル子も名人級だ。君には当てないよ。だから、そこでじっとしていてくれ」
「じっとしていてくれと言われましても……。リンゴが重くて耐え切れません」
「ヒルダ、ちょっとの辛抱だ。そのリンゴを必ず射抜くから」
射抜くと言われて、ヒルダの心臓が(キュン)となった。右京が愛のキューピット役になって、ヒルダの心臓を射抜く妄想をしだしたのだ。
「ああん……。ご主人さま。その弓でヒルダを射抜いてください。ヒルダはご主人様に射抜かれるなら本望です。ああ……好き好き、右京様」
バスッ……。
矢がヒルダの顔をかすめるようにして壁に突き刺さった。氷に体が覆われたようにフリーズするヒルダ。声も出ない。
「……」
第2の矢が右の脇下、第3の矢が足の間に突き刺さる。たまたま外れただけだが、これが命中しても不思議ではない。かなり狙ったにも関わらず、微妙に外れてこの位置に着弾したのだ。
「おい、ヒルダ。じっとしていろよ」
3回戦に出品するショート・ボウをきりりと引き絞るキル子。今度こそ当てるという強い思いがある。それが殺気のように感じられるヒルダ。
「あわわわっ……。まさか、キル子さん。美しいわたくしが邪魔に……。そうですわよね。ご主人様に愛されているこのヒルダは、キル子さんにとってはまさにライバル。強敵ですからね。ここでわたくしを亡き者にして、ご主人様に近づこうという邪な気持ちがあるのでしょう。でも、ダメですよ。そんなことをしても右京様のヒルダへの愛は無くなりはしません。ヒルダへの愛は永遠なのです。あああ……ご主人様、右京様~」
バスっ!
鈍い音がして矢がヒルダのこめかみにかすって壁に突き刺さった。
「……」
さすがに冷や汗がポタポタと落ちるヒルダ。ゲロ子が寝惚けた声で結果を報告する。
「ゲロゲロ……。キル子は0点でゲロ」
「くそ。的が小さすぎやしないか」
キル子は文句を言った。25mも離れた場所から15センチの身長の使い魔の頭の上のリンゴに命中させるのは至難の業である。こんな試験、誰も通らないという主張だ。だが、次のネイの番が来ると、その主張は引っ込めるしかなかった。
ネイが弓と矢をもって出てきた。足を開きギュッと地面を踏みしめる。そしてスッと体を真っ直ぐにする。それだけで空気が張り詰めた。右手で持った矢を弓につがえる。そして、沈黙が支配する中、矢を放った。放たれた矢は一直線に飛ぶ。そして、それは見事にリンゴの命中。さらに連続し矢を放つネイ。2本目、3本目とリンゴに突き刺さる。百発百中とはこのことだ。
「エルフは弓名人と聞くがすごいな」
「ネイじゃないみたいでゲロ」
右京が感心する。どちらかというと、ゲロ子と同じくお笑い要員と思っていたが、認識を改めないといけないようだ。右京に褒められてネイはうれしくなった。それでも謙遜する。
「このくらい、うちの村じゃ普通じゃ」
「みんな、これくらいの腕前なのか?」
「ああ、そうじゃ」
ネイが説明するにはエルフ村では、5歳になると誕生日の祝いに弓が渡されるという。エルフの子供はそれを使って毎日遊ぶのだ。人間とのハーフとは言え、族長の孫娘であるネイは特に丁寧に教えられた。教えたのは族長。ネイが『じいじ』と呼ぶ老人は、エルフ村でも有数の弓の使い手であった。小さい頃から一流の使い手に学ぶと子供の才能は伸びるというが、その典型例だろう。
「エルフは子供が生まれると直ぐに自宅の庭に、弓にする木の苗を植える習慣があるのじゃ。エルフはその木と共に成長し、20歳になるとその木を切り倒して専用の弓にするのじゃ」
「20歳というとネイは自分専用の弓はもっていないということか」
「残念じゃが、そういうことじゃ」
「ゲロゲロ……家出した不良娘でゲロ」
家出と言ったがネイは父親を探しに村を出たから、グレて出たわけではないが、ゲロ子はネイに不良娘というレッテルを貼りたいらしい。外部との接触を立つ保守的なエルフ族としては不良行為かもしれないが。
「何でもいいのですけれど、わたくしはもうここから動いていいでしょうか」
ヒルダがそっと移動する。ここで逃げないとやばいと感じたのだ。そのうち、ゲロ子もやるとか言いだしたら、間違いなく射抜かれるであろう。ヒルダがいたところには、壁に3本の矢でリンゴが貼り付けられていた。
これで3回戦にデモンストレーターとして出場するのは、ハーフエルフのネイということになった。今回、右京が出品した弓は普通の弓ではない。マンティコアの革を使ってカイルが補強し、射程距離と攻撃力を上げた弓なのだ。
よって、弦を引くのもかなりの力がいるが、ネイは難なくできる。これにはコツがあるらしく、力がなくてもちゃんとした形で引けばできるのだという。右京は一度、自分がやってみたが男の右京が力を振り絞ってやっと引けるのに、華奢なネイが美しい所作で軽々と引くところを見ると物事には何でもコツがあるのだと納得した。
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「さあ、本日は3回戦の2つ目の試合です。昨日の打撃戦は大変見ごたえがある戦いでしたが、今日は空中の敵を撃破しながら、相手の本陣にあるシンボルを落とせば勝ちというゲームとなります」
今日も元気な虎のお姉さんことミランダがそう説明した。デュエリスト・エクスカリバー杯の3回戦が開始だ。ミランダは今回のゲームを詳しく説明する。
「今回のテーマは『飛び道具』です。空を飛ぶ敵モンスターを排除しつつ、敵本陣にあるモニュメントを破壊すれば勝ちです。デモンストレーターは水の上に浮かべた浮島から攻撃します。それぞれの陣の上空にはVMとして、ガーゴイル、ハーピー等の空を飛ぶ敵がたくさん集められています」
「ネイ、大丈夫だろうか」
戦いの行方を見ているキル子。ネイとササユリはそれぞれ小さなボートの上にいる。今回の戦いは水の上で揺れる船の上で行われるのだ。それぞれの本陣がこの船で、中央に高いポールが立っていて、そこに扇が取り付けられている。これを打ち落とせば勝ちである。地下水脈でできた地下の湖での戦いである。足場が全く安定していないために、この状況で空中にいる敵を倒すのは容易でない。
「姉さん。右京さんたちとは仲良くなりました。しかし、今回は彼らとの友情よりもこの勝負を制して得られる利益の方を次の目標とします」
ササユリが乗る船を操縦するのは弟のロン。彼は船を漕ぎながら、姉のササユリに攻撃するように命令する。ササユリは腰から筒状のものを取り出した。それは1mもある長いものであった。ササユリはその片方に口に当てる。
「あの武器、何だ?」
「見たことのない武器だね」
スクリーンに映し出された武器を見て観客たちが不思議がった。そしてササユリの行動を見つめる。彼女がフッと息を吹き込んだ。その小さな筒から何かが飛び出した。それはハーピーの体をかすめる。それだけで充分であった。ハーピーは痙攣を起こして、水面に落下した。
「ねえ、クローディア。あの武器は何?」
「ステファニーは大会長なのに何も知らないんだな」
クロアとステファニー王女はいつものようにVIPルームで観戦中である。無邪気な王女は分からなことはこの従姉妹に何でも聞く。特に武器については、全く知識がないステファニー。この伝統あるデュエリスト・エクスカリバー杯というWDの大会長という自覚は彼女にはない。
「あれは『吹き矢』というものよ。但し、普通の吹き矢じゃないわね。あんな長いのは見たことはないし、矢には強力な毒が塗ってあるようね。かすっただけで全身が麻痺して地面に落下していくなんて尋常じゃないよ」
「あらあ……。それだとクローディア。あなたのダーリン、今日こそ負けるようね。ここまで来て残念だけど」
ステファニー王女は何だかウキウキしてそうクロアに微笑みかけた。可愛い顔をしているが、クロアに悔しい思いをさせたいだけの腹黒王女なのだ。(残念です……という言葉の訳は、『ざまあみろ』なのである)
『吹き矢』と聞くと何だか昭和の匂いがする。白黒のテレビでカクカクと動く時代劇ドラマで、忍者が使っている武器だ。ロンはこれをブロウガンと呼んでいた。このブロウガンは、コトノキシンを使った毒を帯びた矢を発射できる。コトニキシンは神経性の毒で、体のどこかに当たるだけで、そのモンスターは即死するのだ。
「吹き矢は全く威力がない武器ですが、あれだけ長いと射程距離も馬鹿にできません。毒のおかげで威力が弱い弱点もカバーされています。ご主人様、この戦い、楽には勝たせてもらえないですね」
「確かにロンはすごいよ。だけど、こちらの武器も相当なものだ。カイルの手にかかれば、ネイの力を100%引き出すことができる」
そう言う右京の前で、ササユリが敵モンスターめがけて吹き矢を放つ。またしてもハーピーが1匹、2匹と落ちていく。
「ゲロゲロ。ロンの奴が調子に乗っているでゲロ」
「ネイ、お前の力を右京に見せてやってくれ」
ネイの船を操るキル子の右肩にはゲロ子がいる。(近くで戦いを見るでゲロ)と言って特等席に座わっている。ここならネイの攻撃がよく見えるだろう。
「分かったのじゃ。足場が悪いけど、うちは技を見せるのじゃ」
そうネイはふわふわと揺れる足場で矢をつがえた。ネイの攻撃ターンである。




