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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第8話 忘却の大剣(魔剣アシュケロン)
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けだものや2号店

  長距離用の武器といえば、「弓」であろう。この異世界でもそれは変わらず、『ショート・ボウ』が主武器であった。ショートというだけあって、長さは100cmほどで重さも1kgに満たないので主武器の剣に加えてこれを背中に背負っている冒険者も多くあった。遠くの敵に攻撃できる利点もあるし、なんといっても狩猟で大きな役割を果たすからだ。


 弓は意外と古い武器で、1万4千年前には既に発明されていたと言われる。それは洞窟の壁画や発掘品から確認されている。軍隊でも早くから採用された武器で、エジプトのファラオの軍隊には弓兵隊が組織されていたことも分かっている。

 

 右京は3回戦に出品する武器の一つとして『ショート・ボウ』を考えていた。弓は作り方によって種類に分けられる。まずは一本の木材で作られている『セルフ・ボウ』。そして、いくつかの材料で作られている『コンポジット・ボウ』と呼ぶ。『コンポジット・ボウ』の方が射程距離も長く、威力もあった。だが、右京はさらにその上を行く弓を考えていた。


 動物の腱や革でさらに裏打ちした弓『ラップド・ボウ』である。しかも、『コンポジット・ボウ』を強化した『スーパーラップド・ボウ』である。これで射程距離もおろか、威力も上げ、さらに攻撃スピードも落とさないのだ。


「右京、強化するために巻く革だが何を使うつもりだ」


 カイルがショート・ボウの改造の下処理を終えて、そう右京に尋ねた。ただ巻くだけではなく、革の質にこだわるのだ。


「革といえば、フランの店の支店がこの都にもあるって言っていたでゲロ」


「ああ。今回のWDで協力してもらうようにお願いがしてある。住所も聞いていたから、今から行ってみようと思う」


 右京は弓強化のための材料を買いに出かけることにした。連れて行くのはゲロ子にキル子にネイだ。ホーリーは神殿に研修に行っているし、ヒルダは眠ったままだ。クロアは死んだことになっている。


 フランの従姉妹がやっている『けだものや2号店』は今年になって都に開店した革の専門店である。地方都市から都へ逆出店することはよくあるが、革の専門店で出店するのはかなりの冒険であった。都にも何十軒と革問屋はあったからだ。


 だが、『けだものや』は豊富な種類と値段の安さで都でも売上を伸ばしていた。経営するのは、フランとそっくりの容姿のミランという名の女の子。フランよりは幾分、歳上な感じだが双子ではと思えるくらいよく似ている。赤毛のアホ毛が1本飛び出ているのも一緒だ。


「ああ、フランから聞いてるっすよ。伊勢崎ウェポンディーラーズの右京さんだろ。WDのベスト4進出おめでとっす。あのケロティって名前の娘さんは凄かったっすね」


 喋り方までフランと似ているのはどうしてだろうか。まあ、これから弓の強化をするにあたって、専門業者の力を借りられるのはありがたい話だ。


「弓に巻いて強化するための革を探してるんだ。何かいいのない?」


「なるほど。次の戦いは長距離武器でしたっすね」


 ミランは店の中を案内する。本店と同じようにこの世界の様々な動物の革が集められている。


「通常は黒牛の革を巻くけど、WDで使う武器だ。強度重視で行きたいすっよね。だったら、これがオススメっす」


 ミランが取り出したのは茶色い革。茶色と言っても赤っぽい感じでよく見るとウロコのような模様も見える。


「これは珍しいっすよ。フランの本店でも取り扱っていない革っす」

「何の革でゲロ?」

「マンティコアの革っす」

「マンティコアだって?」

 

 これはキル子が驚きの声を上げた。マンティコアは、体はライオン、コウモリのような羽をもち、さらに尻尾は蠍のような毒針を24本もつ人面のモンスターだ。ペルシャ語では「人を喰らう生き物」という言葉から由来するという。古来から伝説上の生き物として有名で、アリストテレスの『動物誌』や大プリニウスの『博物誌』にエチオピアに生息する怪物として紹介されていた。この世界では実在するモンスターだが、かなりレアな存在でその革があるというのは驚きなのだ。


「強度もドラゴンの革に匹敵しますし、何より、マンティコアは空を飛ぶモンスター。空中に矢を放つ弓の強化に最適だとは思わないっすか?」


「うちはマンティコアの革で作った弓なんて使ったことがないのじゃ」


 弓使いのネイがそう目を輝かせた。彼女がいつも愛用している弓はセルフ・ボウである。材質はイチイの木だ。


 弓の使い手にこう言われては買うしかない。3回戦は弓の名人であるネイの力を借りることにしているからだ。正直、値段は高かったが、今の右京は少々、財布が重くなっていたので迷わず買った。1m×30cmで100Gしたが4枚分をゲットした。


「あらあ、あなたたち、ここで材料を買っているの?」


 店に見慣れた人物がやって来た。馬車で乗り付け、執事に手を引かれてやって来たお嬢様だ。あの2回戦で惜しくも敗れた素材マスターことエリーゼ博士である。2回戦で出品した武器はシーサーペントの牙で作った槍であったが、それが偽物であったことが敗因となった人物だ。


「どうも……」


「前回はこっちのミスで負けちゃったけど、今度対戦する時は負けないからね。それにしても、今持っているそれはマンティコアの革ね。それを買ったということは、次に出すには弓でしょ」


「はあ」


 さすが素材マスターだ。右京の持っている革を見事に言い当てた。この眼力があるのに、なぜ偽物を掴まされたか不思議だ。


「弓なら、矢に使う矢羽根がいるでしょう」


 矢に取り付けられる羽は鳥の羽であることが多い。使われる素材は、鷲、鷹、白鳥、七面鳥、鶏、鴨と様々だが、最も高級なのは鷲や鷹などの猛禽類の羽で高価であった。さらに使用される部分でも差があって、尾羽の一番外側の石打と呼ばれる部位が一番丈夫で、希少価値も高かった。


 エリーゼはダミアンに命じて馬車から箱を持ってこさせた。彼女は手に入れた素材を、『けだものや』に売るとともに珍しい素材を探しにやってきたのだ。それで持ってきたのが矢の素材であった。


「これを見てごらん」


 差し出された羽は鷹のような羽だが、かなりゴワゴワして固い感じであった。しかもかなり大きいから、この羽の持ち主の大きさが計り知れた。


「これはなんでゲロ?」


「グリフォンの羽よ。そして、これはもっと希少価値が高いよ。1本しかない」


 エリーゼが取り出したのは七色に輝く羽。孔雀の羽根だろうかと思ったがそんなものではない神秘的な力が宿っている感じを受けた。


「信じられないかもしれないけれど、フェニックスの羽よ。これで矢を作れば絶対に当たると言われている幸運の羽よ」


「ホントでゲロか?」


 ゲロ子が疑うのも無理はない。確かにエリーゼは素材マスターと言われるだけあって、この世界の生物のことを知っている。だけど、シーサーペントやフェニックスといった伝説上の生き物については、研究が進んでいないせいもあって博士といってもそんなに詳しいわけでもないのだ。


「だけど、本物だったらすばらしい矢が作れるぞ。買おうゲロ子」


 右京は『けだものや』に売る前の素材をエリーゼから買うことに決めた。グリフォンの羽は一つにつき10G。フェニックスについては300Gもした。高価ではあったが、本物なら安い方だろう。店から買えば確実に2倍になるからだ。


 さらにエリーゼからは矢じり用にドラゴンの歯も入手した。これも貴重品なので5個だけであったが、下手な金属製よりも貫通力があり、矢の性能を高めるであろう。


「わたしが特別に売ってあげたから、勝たないとダメよ。特にあのアルフォンソという男ムカつくからね。決勝であいつをケチョンケチョンにしてやってね」


 決勝に行く前にエドと瑠子が倒すかもしれないが、そうエリーゼに託される右京であった。エリーゼが言うには、今回の大会は、武器を素材から鍛え上げて、良い武器を作ろうとしている人間と武器はそこそこでも魔法という力を宿らせて武器の性能を上げるという人間の戦いだというのだ。素材マスターのエリーゼは前者。メタルマスターと呼ばれるミハエルも前者だ。右京は中古武器を買ってそれを強化するという方法。やはり前者である。


 魔法に頼らず、使用者の技量を引き出す武器でありたいと考えるエリーゼにとっては、誰でも使って強力な攻撃ができる魔法の武器は反則でもあるのだ。



「はれ?」


 3日経ってヒルダがやっと目を覚ました。なぜかシーツでグルグル巻きにされてロープで吊るされている。


「わたくしって、一体何を……」


 キョロキョロと自分を見る。シーツに包まれた自分の体は裸だ。シミ一つない瑞々しい裸体がそこにある。ヒルダは2回戦に出場するために水着を着て等身大になっていたから、小さくなって脱げてしまったのだ。それをゲロ子が引きずってベッドに放り投げたのだが、『スキスキご主人様』の寝言がうるさくて、シーツにそのまま包んだのだ。


「わたくし、裸でこんな格好で縛られているって……まさか……。ご主人様が? ああん、ダメですよ。こんな趣味はダメです。それは変態ですよ~」


 ヒルダは妄想して顔を赤くする。右京が自分を縛って放置プレイをしているのだと考えたのだ。もしかしたら、ロープで縛られた自分にあんなことや、こんなことを……。


「はあはあ……そんなことされたら、わたくし、ご主人様のことがますます忘れられなくなってしまいますううう……どうしましょう……こんなことしちゃダメですよ~」


 ゆらり、ゆらりと身悶えて揺れる。するとロープがプチっと切れた。ゲロ子がロープでなくて糸で縛っていたからだ。揺れる重みに耐えられなくなったのだ。


「はれええええええっ……痛!」 


床に落ちるバルキリー。

辺りはシーンと静寂のままであった。


「誰か突っ込んでよ。イタ過ぎます」


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