暗殺者再び……
2回戦が終わった翌日のことだ。右京は大会主催者に呼ばれて、本部が設置されているVDのスタジアムにいた。そこにはもうすでにベスト4に進んだメンバーが到着していた。
まずはイヅモの武器ギルドマスターのディエゴ。彼はこの大会での目標をベスト4としており、自分のギルドの所属チームが2つも進めたことで満足していた。ベスト4に2つもチームが残れば、当然、優勝の二文字が頭に浮かぶ。
彼の本チームが武器デザイナーのエドモンド・バナージ。通称エド。彼が作り出すのは武器として高品質なエルムンガルド製の武器を奇抜なアイデアで改造したものであった。2回戦の全自動で射ちだす銛は記憶に新しい。デモンストレーターの『爆裂女学生』瑠子・クラリーネを擁して、一気に優勝候補に名前を連ねている。
2人目は優勝候補の本命中の本命、エンチャンターのアルフォンソ。武器に魔法を付与して、強化するタイプのチームだ。武器の性能を上げるという点では、魔法付与という分かりやすい方法であり、1、2回戦とも安定感のある戦いで勝ち抜いてきた。
3人目はこの大会のダークホース。薬師のロン。武器に毒薬を塗って威力を増すというこれまた分かりやすいものである。ただ、1、2回戦の戦いぶりを見ていると破壊力はそれほどあるわけでなく、地味に勝ち抜いてきた印象が強い。
そして4人目は右京。中古武器を修理するというこれまた地味な方法である。ただ、買い取る武器の性能の確かさとそれを丁寧に修理するだけでなく、一段とパワーアップすることで勝ち抜いて来た。右京の目利きとカイルの修理技術、そしてデモンストレーターの戦闘能力がうまく重なっての勝利と言えた。
「みなさん、お揃いのようですね」
そう大会主催者のステファニー王女が、3回戦のWDのルールを発表する。巻物に書かれたルールを読み上げる。
「3回戦はテーマ別に戦うトーナメント方式で行います。ここへ集まっていただいたのは、その組み合わせを決めるためです。特にイヅモのギルドチームは抽選結果によっては、同士討ちになるかもしれません。これは公平を期すための公開抽選です」
ステファニーがそう告げたので集まった4人は、何故、ここへ集められたのか納得がいった。大会主催者が決めては、意図的だと思われてしまうからだ。大会主催者としては、ここでイヅモ出身のチームが潰しあってくれた方が都合が良い。下手に両方共勝ち上がって決勝戦なんてことになったら、内輪どうしの戦いになり、盛り上がりに欠けてしまうという理由だ。
「それではくじを引いてください」
ステファニーが箱を差し出す。中にボールが入っていて同じ色のボールを取ったもの同士が対戦するという趣向だ。
「ゲロ子、代わりに引け」
「分かったでゲロ」
右京はゲロ子に引かせる。青色のボールにBと記されたものを引く。次にアルフォンソが引く。赤色のAと書かれたボールを引く。
「ヤッタでゲロ!」
ゲロ子はそれを見て小躍りする。とりあえず、優勝候補との対戦は免れたようである。次にロンが引いた。青色のボールである。文字はもちろんB。最後にディエゴが引く。引くまでもなく、赤のAだ。
「これで対戦相手は決まりました。アルフォンソさん対ディエゴさん。右京さんにロンさんという組み合わせです」
「ゲロゲロ……文字はテーマでゲロか?」
「そうです。Aは打撃系武器対決です。ダンジョン3階エリア。チェスの間での陣地戦で決着をつけます」
陣地戦というのはWDでは珍しい戦い方だ。お互いの本陣に味方モンスターが配置される。今回の場合は体が金属でできたゴーレムが守護している。これをデモンストレーターが破壊すれば勝ちである。だが、そう簡単にはいかない。なぜなら、邪魔をするようにストーンゴーレムを向かわせることができるのだ。
お互いのデモンストレーターは直接戦ってはいけない。あくまでもストーンゴーレムで相手を邪魔し、自分は立ちふさがるストーンゴーレムを倒しつつ、敵本陣を落とすのだ。
「Bは遠距離系の武器による陣地戦です。離れた相手の本陣にあるシンボルを落とせば、勝利です。こちらは飛べる系のモンスターで邪魔をすることができます。場所は同じく地下3階エリアです。Aチームの試合が10日後。その翌日にBチームの試合を行います」
「陣地戦とは面白いでゲロ」
「こちらはモンスターを操って敵の邪魔をしつつ、敵本陣を落とすというのが難しいな。これまでのようにデモンストレーターに任せるだけでは勝てない」
右京が言ったように、今回のルールはチーム全体の総力戦とも言えた。デモンストレーターが敵陣地を落とすまで、こちらは自陣の本陣を守るためにモンスターを操るのだ。
「武器はテーマにあってさえいれば、いくつでも持参して結構です」
今までは耐久力も重要なテーマであったから、武器は1つであった。今回はいくつでもよいということは、優れた武器をいくつ出品できるかということなのだ。
「右京さん、よろしくお願いします」
そう言ってロンが手を差し出した。握手である。思えば、この少年との出会いは1回戦の前であった。転んだネイの治療をこの少年がしてくれたのだ。
「ああ、こちらこそ、お手柔らかに頼む」
ロンは少年だが薬師である。その腕を生かしてあらゆる毒を自由自在に扱うことができるのだ。デモンストレーターである彼の姉、ササユリもキル子とは違ったタイプだが驚異的な身体能力をもっている。これも侮れない。
「右京さん、小耳に挟んだのですが、右京さんのところの使い魔が出場前にヒュプノスの粉を浴びて出られなくなったって聞きましたけど」
「ああ、誰か知らんが俺に勝って欲しくない連中がいるってクロアが言っていた」
「クロアって、ステファニー王女の隣にいる綺麗なお姫様です?」
「ああ、そうだが。ちなみに今日はいないぞ。あいつは昼間は眠いって言ってホテルにこもっている。眠らなくていいバンパイアなのに、最近は眠れるらしいのだ」
「そんなもんですか……」
「それにしても、あんな粉で強力なバルキリーを封じ込めるなんて薬の力はすごいな」
右京は改めてそうロンを褒めた。大人の余裕のつもりっだったがこの子供は正直、怖いくらい優秀だ。デモンストレーターの姉は無表情だからもっと怖い。しかも美形ときているからなお怖い。
「ヒュプノスの粉は特別ですからね。解毒剤はないのですが、必ず3日後には効果が薄れてきますから心配はいりません。ただ、粉には作った者の特徴が現れるといいます。見せてもらえませんか?」
「ああ。別にいいけど。ヒルダはまだ目が覚めていないし」
「ありがとうございます」
ロンはヒルダの様子を見に右京の泊まるホテル『グレイモント』にやって来た。ゲロ子のぐるぐる巻きにされたヒルダが吊るされている。身長15センチのフィギュアのような女の子だ。
「う~ん。症状からするとかなり強力なものですね。ヒュプノスの粉で眠らせると3日間は眠り続けると言われますが、それは正真正銘の純粋なものの場合です。大抵は粉に別の物質が入れられて性能が落ちる場合がほとんどです。このバルキリーさんが吸い込んだ粉のサンプルはありますか?」
「これでゲロ」
ゲロ子が更衣室で集めた粉の入った袋をロンに渡す。ロンはその色を観察し、ルーペで粉の様子を見た。そして、ペロリと少しだけ舐めた。
「これはかなりのものですね。ですが、少しだけ酸味があります。作った人物の癖が出るんですよ」
そう言ったロンだが、そのあとに来た苦味で薬を作った人物に心当たりがあった。それは長年、姉と探していた人物であった。
「ね、姉さん……。手がかりが見つかりました」
そうロンが姉に告げたとき、無表情のササユリがドアの外を見た。優れた感覚で何かを感じたらしい。すると同時に女の子の悲鳴がする。
「きゃああああああっ……」
「クロアでゲロ」
クロアの部屋はこのフロアのである。慌てて、右京とロンは部屋の外に出る。もう悲鳴は聞こえないが、声もしない。静かな廊下が余計に不安になる。
「クロア、どうした!」
クロアの部屋のドアには当然ながら鍵がかかっている。ササユリが頭に差したかんざして難なく解錠した。ドアを開ける右京。恐るべき光景が目に入った。
そこにはナイフで背中を刺されたクロアが床に倒れていたのだ。




