表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第2話 努力のメイス(ホーリーメイス)
10/320

孤児たちの教会

 ビンボーな神官見習いホーリーに連れられて到着したのが、イズモの町の南エリア。右京の買取り店「伊勢崎ウェポンディーラーズ」があるのが北エリアだから、結構歩かされた。30分は歩いたから2キロほどになるだろう。


 距離が分かっていれば辻馬車でも止めて、それに乗って行ったのだが、ホーリーは苦もなくテクテクと歩いていくので、右京も付いて歩くしか選択肢がなかった。よく見るとホーリ-の履いている靴はところどころ破れている。右足の方なんか、歩くたびに靴底が外れてパカパカいっているが、ホーリーはお構いなしである。


 この年頃の少女は身だしなみに気を遣うものだが、貧乏がそれをさせないのであろう。清潔には気を使っているようだが、使い古した神官服といい、靴といい、頭にかぶった神官の帽子もかなりくたびれてへなへなになっているところといい、まさに貧乏少女という肩書きキャラが歩いている。


 連れてこられた南エリアの教会もボロボロであった。教会といっても、規模は小さく、日本のコンビニぐらいの広さの拝礼所と生活スペース。裏に掘っ立て小屋が一棟建っていて、屋根には鐘が吊るされているが、錆びて動かない感じである。屋根もところどころ穴があいているらしく、板が適当にあてがわれている箇所がいくつもある。廃墟一歩手前という感じである。


 南エリアは町の歓楽街ということもあって、両隣は酒場とちょっといかがわしい雰囲気がある謎の店が立っている。


(主様。いかがわしいじゃ、分からないでゲロ。正直に綺麗なお姉さんと○○○する店って説明するでゲロ)


 右肩のゲロ子が言ったとたんに、右京はゲロ子をつまむとその店の壁に叩きつけた。ぺしゃんこになるゲロ子。


「ゲロ子、それ以上は言うな。R指定になるだろ!」

「あ、あ~る指定ってなんでゲロ……キュウウウ」


「どうぞ、こちらです」


 ホーリーは教会(もはや、教会と称するのはどうかと思うが)のドアをギギギ……っと開けた。ドアの立て付けも悪いらしい。


「お姉ちゃん、遅かったね」

「いない間に勉強進めていたよ」

「お姉ちゃん、ミトがいたずらをして本を破っちゃたんだよ」


 中には7人もの子供がいて、ホーリーの姿を一斉に見た。どうやら勉強をしていたようだ。ボロボロの紙切れを束ねたものに、木炭で字を書く練習をしていたらしい。子供は年齢が様々で、一番小さい子が幼稚園ぐらいの男の子一人。小学校低学年ぐらいの女の子2人と男の子1人。中学年くらいの男の子1人に高学年くらいの女の子一人。中学生くらいの男の子が一人だ。ホーリーが高校生くらいに見えるから、みんな子供である。


(大人はいないのか?)


 右京は素朴にそう思った。ここにはホーリーより年上の大人がいない感じがする。


「みんな、このお兄さんが食べ物を分けてくれたのですよ。朝ごはん、まだだったよね。みんな手を洗って食事にしましょう。タバサ、ピルト。食事を分けて上げて……」


 そう言うとホーリーは先程、ガランのカフェで右京に奢ってもらった食べ物の入った袋を中学生の男の子と小学校高学年の女の子に手渡した。子供たちは右京を笑顔で見て口々にお礼の言葉を言った。貧しくても礼儀正しく、誇りを持って生活している様子が分かった。


タバサとピルトの2人は慣れているらしく、ホーリーから食料の入った袋を受け取ると小さい子たちを礼拝所から連れ出し、奥の部屋で食事を開始した。やがて嬉しそうな歓声と食器の音、食べる音が響いてくる。子供のはしゃぐ声は何だか癒されると右京は思った。


「本当にありがとうございます。私たち、1日2食がやっとなので、朝は食べないんです。こんな豪華な朝食なんて久しぶりです」

 

 ホーリーは深々と頭を下げた。貧しい身なりではあるけれど、こんな美少女に丁寧に俺を言われて右京は何だか照れくさくなる。


「ゲロゲロ、しかし、聞きしに勝る貧乏娘でゲロな。あの食いっぷりは納得イクでゲロ」


 右京に壁に投げられ、ぺしゃんこになっていたはずのゲロ子が右京の足元で腕を組んで感心している。こいつの回復ぶりにも感心してしまうがそれは言うまい。


 ホーリーが説明するには、子供たちはみんな孤児で、この教会が引き取って育てている子供だと言う。本当は学校に行って勉強をさせたいのだが、お金がかかるので日中に、ホーリーが勉強を教えているという。ホーリーもこの教会で育った孤児だったのだ。


それにしても、教会ならちゃんとした神官がいて、神を祀る祭事をするものだが、年長者はホーリーだけみたいで、ここは完全に寺子屋状態である。一体、どうやって毎日暮しているのだろうか


「普通、こういう教会はどんなに小さくても、国からの補助金や本部からの資金が援助されるから、それなりに収入があるはずでゲロ」


「収入はないんです……」


 ゲロ子の言葉にそっとホーリーが答えた。ちょっと涙ぐんでいる。何か悲しいことがあるのだろう。ポツポツとホーリーは右京に話を切り出した。


 この愛の女神イルラーシャを祀る教会には、3ヶ月前まではちゃんとした神官がいた。神官の名はラターシャと言って高齢の女性であった。一人でこの教会を切り盛りし、孤児を引き取っては育てるという博愛の人であった。ホーリーも幼少の頃に両親を亡くしたとラターシャから聞いていた。


赤ん坊の頃からここで育てられ、15歳から神官見習いとして修行を始めたのだが、そのラターシャが病気で亡くなってしまったのだ。正式な神官がいなくなったことで、補助金も切られてしまい、無収入になってしまったという。神官見習いではお金はもらえないのだそうだ。


 これまでは、なんとかラターシャが蓄えてきたお金と売れるもの(服や家具)を売って暮らしてきたが、最近になってついに売るものがなくなってしまったというのだ。

 

 右京はこの薄幸の美少女が語る話を聞いて、思わず涙ぐんでしまったが、だからといって、自分が彼女らに何ができるかというと何もできないと思った。少しばかりお金を恵んだところで解決できるものではない。


「ご、ごめんなさい。右京様に同情してもらうつもりで、こんなこと話したわけじゃないんです」


 ホーリーは右京が悲しそうな顔をしているので慌ててそう言い、ぴょこんと頭を下げた。ひしゃげた帽子がずれ落ちる。それを抑えるホーリー。綺麗な桜色の髪の一本がひょこんと飛び出した。


「いや、俺も話しにくいことを聞いちゃってごめん。で、俺に用があるんだよね」


 右京は話を本題に戻した。ホーリーは別に右京に貧乏な暮らしを見てもらおうと連れてきたわけではないのだ。右京は「武器買取り」の商人だ。用があるというなら、そちらの話であろう。


「はい。実は右京様に見てもらいたいものがあるんです。ラターシャ司祭が死ぬ間際に、困ったことがあれば、この箱の中身を使いなさいと言われたんです」


 そうホーリーは言うと、祭殿のモニュメント、愛の女神イルラーシャの像の下に置かれた古ぼけた木の箱を指差した。それは1m程の長さで、オーク材で作られた年代物の頑丈な箱である。ホーリーはポケットをゴソゴソと探ると鍵の束を出し、その中の一つを使って、その箱を開けた。


「おおお……」

「ゲロゲロ……主様」


 箱にあったのはメイスである。メイスとは、殴打系の武器である。殴打系の武器といえば、古くは棍棒がその前身である。大昔は流木や骨をそのまま使用していたと言われるが、時代が進むと改良され持ちやすいように持ち手に工夫がされていく。さらに攻撃力を高めるために先端に他の物質をくくりつけるようにもなった。

 

 これは単体棍棒から合成棍棒への進化である。棍棒は人類が道具を使い始めてから使われていたと想像され、最も古い武器と言えよう。ギリシア神話でも英雄ヘラクレスがこれを持って戦っているレリーフがあるなど、古代から伝わるオーソドックスな武器なのだ。

 

 剣や槍が発明されると棍棒は蛮族が持つ武器であると過小評価されてしまうのだが、流血を伴わないということで中世では騎士たちの訓練に使われたという。現代でも殴打系の武器は使われている。警察官が持つ警棒。これは棍棒が進化したものと言えるだろう。


 棍棒が木で作られたものであるに対し、メイスは全体が金属、少なくとも殴る部分である先端が金属であるものを言う。この先端が金属でできた刺や、同じ形状の鉄片を組み合わせたもので、殴った時の破壊力を生み出すのだ。メイスのすごいところは、棍棒がその重量によって破壊力が決まるのに対し、メイスは先端の重さや材質によって破壊力を調整できる点にあった。柄は軽くても先端が重ければテコの原理で超絶な破壊力を生み出すことができるのだ。


「メイスは年代物が多いでゲロ。昔から使われてきた武器でゲロ。今は重装備の敵と戦う時に使用するくらいでゲロが、破壊力があるので愛用する冒険者も多いでゲロ」


 確かに右京も聞いたことがあった。剣はそれ自体が切れるので扱う者も気を付けないと自分を傷つけてしまうことがある。だから、剣を使う冒険者は訓練を欠かさない。だが、殴打系の武器は、技はそんなに必要ない。とにかく、殴ればよいだけだから剣術の稽古をしない僧侶や白魔術師がよく使う武器なのだ。


「ううん……。これは芸術的価値の方が高い感じがするなあ」


 箱を開けてそこに固定されているメイスを観察して、右京がそう感想をもらした。そのメイスは全体が金属でできている。おそらく銀製だろう。先端はもっと高価な白金でできている部分もある。これは金属として売っても価値があるが、美術品としての方に価値があるのではないかと思える優れた彫刻と先端部分の突起のデザインだ。


 だが、残念なことに柄と柄頭の部分がポッキリと折れてしまっている。このままでは美術品としての価値は限りなくゼロで、武器としてはマイナスである。このままでは、金属として売るしかないだろう。だが、この世界でも銀は金より価値が劣る。重さはおおよそ3キロ。銀は金の10分の1くらいの価値しかない。金が1gで1Gというのがこの国の価値だから、おおよそ……。


「おい、ゲロ子、金属としての価値を査定しろ」

「アイアイサー」


 ゲロ子が計算する。計算中は着ぐるみのカエルの大きな目が、スロットマシンのようにぐるぐると動く。計算するときにゲロ子が行うパフォーマンスである。


「300Gでゲロ。先端の白金部分が加わっても、400Gというところでゲロ」


「ううむ。日本円にして20万円か。まあまあの金額だ」

「貴金属のお店の人にも見てもらったのですが、そこのカエルさんが言っていた金額が妥当だそうです」


 ホーリーがそうポツリと話した。その金額では売りたくないのだと右京は思った。確かにこの貧乏暮らしだ。保護者の神官もいないなら、子供だけでは生活が成り立たないだろう。


「ああ、でも、そんなに高いお金で売りたいわけじゃないんです。当面の危機をしのげるくらいでよいのです。来月に神官の任用試験があるんです」


 ホーリーは今年で17歳。神官の任用試験を受けられる年だという。来月の神官任用試験に合格すれば、3等神官に任命され、ホーリーはこの教会の司祭として働くことができるという。そうなれば、わずかながらも補助金や給料が復活し、貧しいながらもなんとか子供たちを養っていけるのだという。


「じゃあ、俺じゃなくても貴金属店で売っても1ヶ月は生活できるんじゃない?」


「ええ……。そうなんですが」


 もちろん、試験に受かったらという前提だが。売ってしまえば1ヶ月はよいが、その後の生活に困ることは目に見えている。試験に受からなかったら最悪である。だが、ホーリーの心配はそんなことではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ