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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第1話 転職のバスタードソード(ガーディアンレディ)
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昼下がりの客

右京とゲロ子の容姿を書籍版に合わせました。9月23日修正

(ビジュアルはキャラデザインを参照)

「暇でゲロ……」

 

 武器&防具の買取屋「伊勢崎ウェポンディーラーズ」の午後はほんわかした眠気と戦う時間である。昼食に焼きたてのミルクパンにチーズをはさんだものと、野菜のたっぷり入った鳥のスープを食べてお腹がいっぱいになったこともあって、店主の伊勢崎右京いせさきうきょうもまぶたが重いと感じた。


 右京は21歳。細身の体は何をどれだけ食べても太らないラッキーな体質のおかげだ。特にスポーツで体を鍛えたことはないのだが、身長177センチの体格は男らしく精悍である。ビジュアル的には、かっこいい男子というカテゴリーに入るだろう。


 だが、右京を見るものは、彼の服装に思わず目を奪われる。この異世界では違和感のあるスーツ姿なのだ。高級ブランドショップの店員が着こなす、スタイリッシュなブラックスーツ。


 よく磨かれた黒の革靴は、男の価値は足元からという言葉に従った高級品。赤いネクタイはお洒落なイタリア製だ。それは長い後ろ髪を縛っている赤い布とマッチし、右京のセンスのよさをあらわしていた。

首からかけた金の鎖は、商売道具のルーペにつながっており、今は胸ポケットに収まっている。そして、ポケットから顔を出している真っ白な手袋は、査定をする武器に触れる際の必需品だ。


 メガネはかけているがこれは伊達めがね。鑑定人として賢いイメージを出したいとファッションアイテムである。実際の右京は、非凡の両眼2.0を超える視力の持ち主なのである。

 

 そんな風貌の若者は(ふーっ)と口で息を吹き、前髪をあおって暇つぶしに興じるがそんな行為では時間は稼げない。


(いっそのこと、看板をしまって昼寝タイムとするか?)


 そう右京は思ったが、それでは(お仕事がんばってください)と先ほどの昼食を差し入れてくれた裏手の鍛冶屋の美人若妻エルスさんに申し訳ない。


「ゲロゲロ……」


 そんなあるじの気も知らないで、使い魔のカエル娘が机の上で寝ようとしているので、右京は人差し指と親指で輪を作るとそこから人差し指を弾いて、カエル娘を転がらせた。


「痛っ……。何するでゲロ!」


 カエル娘は眠気がいっぺんに覚めて右京に抗議をする。カエル娘と書いたが、正確に言うとカエルの雨がっぱを着た女の子だ。身長は15センチ。フィギュアのキャラにこんなのがいたら、話のネタに一体買ってみようと思う人が10人に2人はいるかもしれない。


(び、微妙~)


 ちょっと間の抜けたカエルの顔がついた大きな雨がっぱを被っているというか、それ自体が体の一部になっているようにも見える。


 雨がっぱが大きすぎて手が出ていない。なぜかブカブカの長靴を履いている。肌はカエル妖精らしく緑色。顔は人間の幼い女の子。


 アマガエルのようなつぶらな赤い目もチャーミングである。ボブにカットされた緑の美しい髪が、ちらりとフードから飛び出しているのも可愛い。  


 だが、残念なことに、こいつは見た目を大きく裏切る腹黒い奴なのだ。つぶらな赤い瞳には、常に『金』の文字しか映らない。


(実に残念だ!)


 ちなみに、雨がっぱの下には何もつけてないように見える。ゲロ子曰く、『ゲロ子は脱いだらすごいでゲロ……。グラビアアイドル顔負けでゲロ』と言っているが、どう見ても幼児体型。見え透いた嘘を平気でつく。


 現代社会において、身長15センチの人間状の生物はいない。だが、ここはゲームの世界のようなファンタジー世界。このカエル娘のような不思議な生物には事欠かない。一応、カエル娘は妖精の一種だそうで、ひょんなことから右京が手に入れた使い魔なのである。


名前を……

(ゲロ子)という。

「もっと可愛い名前をつけてゲロ~っ」


 当初ゲロ子は抗議した。右京がどんな名前がいいかと聞いたら、アン・ハサウェイとか、ミラ・ジョヴォヴィッチとか、エマ・ワトソンとかふざけたことを言ったので却下した。(なぜ、コイツがそんな世界的ハリウッド女優の名前を知っているかは突っ込まないでおこう)顔はカワイイがお下品な言動からはやっぱり(ゲロ子)で十分だ。


 そんなゲロ子を手下にこのファンタジーのような世界で右京が営んでいるのが武器&防具、アイテムの買取屋(伊勢崎ウェポンディーラーズ)なのである。


 右京は現代日本で普通にサラリーマンをしていた、21歳の若者である。都内の某ブランド買取り店に勤めていたが3ヶ月前にとある出来事に巻き込まれて、このRPGのような世界に転移してしまったのだ。


「主様、やっぱり、もっと大々的に何でも買います的な商売にした方が良いのではナイでゲロか?」


 あくびをしたゲロ子。ゲロ子が言うことも一理あるが、それは薄利多売に業務転換するということである。大量生産の型抜きの剣を安く買い取って、それにちょっとだけ利益を乗せて中古品として売るということだ。


それだと中古品を売るという発想がないこの世界。客は結構集まるだろう。新しい武器を買い換えた冒険者が、今まで使っていた武器を武器屋や道具屋に売るが、この世界では機械的に買値の100分の1ということになっている。


新しいものだろうと古いものだろうと、状態が極上だろうが、錆があろうが一律買値の1%なのだ。なんで誰も文句を言わないのか不思議である。こんな世界で右京がそれよりも高い値段で買い取れば、売り客は沢山やってくることは想像がつく。


 大儲け海水浴場(意味不明)と考えそうだが、それはこの異世界では甘い。確かに、中古武器屋という誰でも考えそうな商売形態が信じられないことに、この世界にはない。機械的に売値の1%で買い取るシステムも下取りみたいな制度で、下取った品はそのまま、溶かされて再利用されるのだ。


 中古販売店がない理由。それは、この世界では中古の武器は品質にばらつきがあるなど信頼性に欠けるものと受け止められており、安くても売れないためである。命のやりとりをして稼いでいる冒険者にとっては、品質の悪い武器は危険なのだ。


もし、凶暴なモンスターとの死闘中に剣が折れたらどうなるだろうか。中古武器ではそんな恐怖がつきまとう。そんなリスクがあるなら、いくら高くてもがんばって新品を買うというのがこの世界の住人の常識だが、まあ、現代日本において中古品ブランドショップで働いていた右京からするとちょっと残念な常識である。


 また中古品の場合は冒険者たちによる個人売買や師匠や親から譲られて使うというケースがある。これは元の持ち主が分かっていて信頼できるということだろう。信用できないから大金を出して買うなら新品の方がいいという風潮なのである。


 武器屋や道具屋がその武器の程度や性能も何も考慮なく、一律100分の1で買取というのは、最初はひどいなとも思ったが、結局は売れなくて溶かして他に流用する材料としての価値しかないのだから考えようによっては冒険者に優しいと言えた。


 そこで右京は、滅多に手に入らないレアな武器や高性能な武器を見極め、それにさらに付加価値をつけて高値で売る商売を考えたのだ。品質の保証があれば、冒険者も買う。新品よりも価値があればこっちの武器を買ってくれるはずだ。


そう思って、この世界にやってきた時にこの商売を始めたのだが、3ヶ月程で小さいとは言え、街の中に店を構えることができたのだから、右京の狙いは当ったと言える。


 そう考えると薄利多売の商売では、忙しいだけで儲けも少なく、商品の品質が保てないから失敗するだろうと思われた。買取して転売の案件は少なくてもひとつの商品で利益を大きく出すことで商売を成り立たせるのが右京のビジネスモデルなのだ。

 

 とは言っても、暇なのは確かだ。1週間で大きく利益を出す案件が1つあればいい方だ。今日も午前中に使い古した「鉄の剣」を査定に来た冒険者がいたが、状態がよくなく、また剣自体も大量生産の型抜き製法で作られたものだったので、鉄くず以下の値段しか提示できなかった。そういう場合は、逆に一律で買い取る武器屋、道具屋の方が冒険者にとってはよいことになる。

 

 カラン……

 

 伊勢崎ウェポンディーラーズの重い樫の木の扉を開けて入ってきた人物がいる。扉に大きな金属製の鐘がついているので音がするのだ。逆光で顔は見えなかったが、シルエットから、その人物は190センチは超えている筋肉質の男であると右京は思った。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいでゲロ」


 右京はカウンターから客に声をかけた。ゲロ子はカウンターテーブルの上に立ち上がって礼をする。こんな不思議な生物に声をかけられたら、現代日本じゃ、絶対に客は驚くか、その場で固まるかであろう。でも、ここは異世界。ファンタジーRPGのような世界なのだ。特に驚くことではないようだ。


「武器買取屋のイセサキウェポンディーラーズという店はここでいいのか?」


 男はそう右京に聞いた。大きな声だが声帯が潰れたのかしわがれて聞きにくい声だ。男の上半身は金属製のブレストプレートを身に付け、背中に小さなラウンドシールドを背負っている。肩の筋肉はよく発達しており、見た感じは間違いなく職業「戦士」という男である。年齢は40後半ってところか。髪に白髪が混じり、顔には苦労を物語るしわがいくつか刻まれていたが、冒険者らしい精悍な顔つきである。


 右京は軽くうなずき、こう答えた。

「はい。当店は武器&防具の高価買取りをしています、伊勢崎ウェポンディーラーズといいます。私が店主の伊勢崎右京いせさきうきょうです」

 

 そう言って右京は右手を差し出した。この世界での商売上の挨拶だ。まずは自己紹介してから握手するのである。右京が元いた日本では、名刺を交換するという行為になるが。


「俺はガラン。職業は見てのとおり……」

「戦士ですね」


 これは右京でなくても分かる。格好と体格を見れば一目瞭然だろう。冒険者と呼ばれる職業の中で、モンスターと直接対峙する戦士だ。冒険者パーティの中の主力。戦いの要と言っても良い。


「うむ。それでわしももう歳でな。生涯の伴侶を見つけたこともあって、冒険者は引退することにしたのだ」

「そうですか、そうですか。それはおめでとうございます」


 引退することがおめでたいかどうかは、その人の状況による。怪我をしてやむを得ずということもあるし、年で体力の限界ということもあろう。ガランと名乗る戦士の場合、引退するにはまだ若い感じはしたが、結婚を機に職替えをするというなら、おめでとうというのは場違いではない。右京の目論見は当たって、ガランはいかつい顔に笑を浮かべた。


「うむ。お主、若いのになかなか気持ちのよい接客ができる。わしは気に入ったぞ」

「ありがとうございます。買取屋は売るお客様があって、商売が成り立ちますから」


 右京の言うことは買取屋の哲学みたいなものだ。普通はお金を払ってくれる買い客を大事にするもので、売り客はできるだけ買い叩くというのが、商売人の腕の見せ所である。


だが、そこは発想の転換である。すぐ売れるよい品を持ってきてくれるのは、商売人にとってありがたい存在なのだ。売る方もどうしてもお金が欲しくて泣く泣く売るという人もいる。そんな客の心のケアをしながら、大事に使ってきた品を次の人にバトンタッチすることで、売り客、買い客、商売人の三者が得するというのが右京の商売のポリシーとしていることだ。


「ガランさんは戦士の仕事、かなり年季が入っているとお見受けしますが、何歳から冒険者を始めたのですか」


「ああ。15歳の時からだ……」


 懐かしそうにガランは話を始めた。客の身の上話を丁寧に聞くのは商売のコツだ。このファンタジーRPGのような世界に来る前、右京はブランド買取り店に務めていたが、客とのさりげない会話は査定を決定するのに少なからぬ要因の一つであった。


 年を取ったと言っていたが、聞けばガランは48歳。まだ、依頼内容を選べば十分やっていける年齢ではある。マッチョな体つきも十分、彼が現役でやっていけることを物語っていた。


だが、引退するという。引退後は共に冒険者をしていた妻と一緒に町でちょっとしたカフェレストランをやって生計を立てたいのだそうだ。それにしても右京は大事な剣を売るという行為が納得がいかない。


引退する冒険者の場合、長年使ってきた剣は自分ところで大事に保管するケースが多い。もしくは、自分の後継者に託すということもある。むしろ、よいものほどその傾向にある。何しろ、この世界では売っても一律100分の1なのだ。


「妻がな。もう危ない冒険者稼業から完全に足を洗って欲しいから、この剣を手放せっていうのだ。わしの本音は長年の相棒を失いたくない。だが、妻の言うことも正しい」


「それは苦渋の選択ですね。でも、決めたんでしょう」


 右京はガランの表情を見てそう言った。顔には苦渋の相は出ていない。彼の中で既に結論が出ているのだ。


「愛しい、愛しいわしのかわいい妻の訴えだ。わしはきっぱり、この剣を手放すことにしたのだ」


 この無骨なおっさん戦士にここまで言わせる妻の顔が見たいのだが、右京としては話に合わせるしかない。既にゲロ子は鼻をほじって聞き流している。


「はあ……」

「おっさん、新妻に舞い上がっているでゲロな」


 小声でゲロ子が嫌味を言ったが、ガランは聞いちゃいない。


「だが、大切な剣を二束三文で売るのはわしは我慢がならないのだ。この剣に正当な評価を与えてくれる者に譲りたいのだ」

「なるほど……。それで私に売りたい品はなんでしょうか?」


 話の内容から、ガランはできるだけ高く品を売りたいのだろう。この場合はお金になるが、ガランは剣の価値を認められることで、きっぱりと愛剣と別れようという決意なのだ。ガランの言動からするとそれなりの金額がする武器であると思われた。



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