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シャドウ・ハンター 闇の狩人  作者: HK15
第1章:消えた男
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1-3

更新が遅れてしまって申し訳ありません。

 「ふむ」俺はうなずき、「では、まずその記者さんの名前を教えていただけますか……」

 「ええ、はい。名前はソウマ・ススム。綴りはこうですね」

 亀岡は背広の胸ポケットに差し込んだボールペンを抜き出すと、懐から取り出した手帳を開いてさらさらと文字を書き付けた。差し出されたそれを取り上げて見ると、そこ


にはなかなか達筆な字で、


 『相馬ススム』


 と書かれていた。

 「これは本名ですか……筆名(ペンネーム)とかでなく……」

 「ええ、はい。本名でまちがいありません」と亀岡。特に嘘をついているような様子はない。

 「なるほど。では、顔写真などがありましたら、それも見せていただけますか……」

 「もちろん」

 亀岡は背広のポケットから一葉の写真(ピク)を引っ張り出した。それを俺の方によこす。

 写真(ピク)に写っている男の顔は、特にこれといった特徴のない平凡なものだった。ただ、まあ、一見してそこそこ若いことは分かる。おそらく、齢のころは20の後半から30になるかならないかというところだろう。さっぱりと短く刈りそろえられた黒い髪。顔は平板で、いかにも典型的な東アジア系という感じだ。鼻の横にでかいほくろがあるとか、そういう分かりやすい特徴は一切ない。

 ただ、その目は印象的だった。一見してはっきり分かる知性のきらめき。この街の裏路地(バックアレイ)の住民にはこういう目の持ち主はほとんどいない。なんというか、いかにも記者らしい感じがした。

 「相馬くんはうちのホープでしてね」亀岡の声にはそこはかとなく誇らしげな響きがあった。「鼻が利きますし、目の付け所もいい。記事の切り口もユニークで独創的なんですよ。いずれはうちの看板を背負って立つ男だと私は思っています」

 「ははあ――」俺はうなずき、「――それはすばらしい」

 なんとも気のない言い方ではある。もう少しまともな答えをよこしてやるべきなのだろうが、そもそも俺は『週刊アンタッチャブル』の記事はほとんど読んだことがないのだから仕方がなかった。それに、ちょうちん持ちをしてやる義理もない。

 亀岡は、しかし特段気にした様子でもなく、俺のほうに身を乗り出してきた。団子鼻から生暖かい鼻息がふきかかってくる。気分のいいものじゃないが、俺はあくまで平静な表情を維持した。こんなことで顔色を変えているようでは、俺の仕事はつとまらない。

 「だから、こうやってあなたに捜索を依頼しにきたわけです。彼とはかれこれ2週間以上も連絡が取れないというありさまでしてね、もういてもたってもいられず……」

 亀岡の口調はあくまで真剣そのもので、若い部下を案ずる様子がはっきり見て取れた。どうやら、相馬くんはよい上司に恵まれたらしい。

 「ふむふむ。では、まず失踪に関する詳細について教えていただけますか……」

 「ええ。うちはまあ、ちっぽけなオンラインマガジンでしかないわけで、編集会議をするのでもない限り、小規模な打ち合わせには喫茶店や談話室などを使うわけです。それで、私は今度、相馬くんにちょっとしたコラムを任せようと思って、それでそのための話し合いをするためにナカトミ駅近くの喫茶店『ベラミ』で午後二時に待ち合わせをすることにしていたわけです。それが2週間前の火曜日のことでした。ところが、待ち合わせの時間になっても、相馬くんがやってこない。いつもは待ち合わせに遅れてくるような人間ではないので、おかしいなと思ったわけです。そこで彼の端末(ケータイ)に連絡を入れたんですが、一向つながらない。仕方なく伝言メモを残して、その日は一旦帰ったわけです」

 「ふむふむ。それで……」

 「ところが、翌日になっても連絡が返ってこない。さすがにこれは何かがおかしいと思いました。普通ならこんなことをするような男ではないですからね。そこで、彼が済んでいるアパートに向かいました。ところが、鍵がかかっていて入れない。彼のバイクもありませんでした。つまり、外出したきり帰っていないということです。彼が親しくしていた記者や編集部員にも話を聞きましたが、どこにいったか知らないと言われました。こうなると、さすがに不安になりましてね。それで警察に行って、捜索願を出したのです」

 「しかし、彼は見つからなかった……」

 「ええ。警察の行方不明人の捜索システムがどんなものかは知っていますから、それほど期待はしていませんでしたがね。じっと待っていれば見つかるかもしれないが、そうではないかもしれない。そんな悠長なことはしていられないというわけで、そこで興信所に頼んで捜索してもらおうと……」

 なるほど、極めて真っ当な判断ではある。ただ、問題は依頼を持ち込んだ先がリック・ユーンだったということだ。別に俺は自分自身をへぼ探偵だというつもりはないが、リックがどんな誇大表現を亀岡に吹き込んだか、分かったものじゃない。リックときたら、口を開けばハッタリをかまさずにはおれないのだ。

 何はともあれ、俺は頼りがいのある探偵の顔を保つように努力した。イメージというやつは重要であって、それによって報酬の多寡が決まってくるとあればなおさらだ。さりげない調子で続ける。

 「失踪直前に、相馬さんに何か変わったことはありませんでしたか……何か様子がおかしかったとか、何かのトラブルを抱えていたとか……」

 「いえ、そんなことはありませんでしたねえ。相馬くんはまじめでしてね、酒はほどほどにしかやらず、博打(ギャンブル)にも縁のない男でした。そんなものにつぎ込むような金があれば、本を買うでしょうな。たいへんな読書家でね、ヒマさえあれば本を読んでいるんですよ」

 「ほほう、それはそれは。しかし、予期せぬトラブルというのは誰にでもふりかかるものですし……」

 「いや、それならそれで分かるはずです。少なくとも、行方をくらます直前まで、相馬くんの身辺で目立ったいざこざはありませんでしたな。彼は他人の恨みを買うような性格ではないですし、女性関係のトラブルもありません。先ほどもいったように、彼は本の虫で、女性と付き合うような時間があれば本を読んでいるような男でして……」

 聞けば聞くほど、どうして相馬くんが記者という職業についたのか分からなくなってくる。むしろ学者の方が似合っているのではなかろうか。まあ、職業選択の自由というやつがあるのだから、俺が相馬くんの選択についてとやかく言うのは野暮というものだが。

 しかし、それにしてもどうして相馬くんは急に行方をくらますことにしたのだろう。状況から考えて何らかのトラブルに巻き込まれたのはまちがいないところだ。しかし、亀岡の話を信じるなら、相馬くんはトラブルという代物からは限りなく縁の遠い暮らしをしていたということになる。理屈にあわない。はてさて、彼の身にいったいどんな災難がふりかかったのか――。

 そこで、週刊誌の記者なら誰でも抱えていそうなトラブルの種に思い当たった。

 「彼は何か新しい記事のネタを探していたんじゃありませんか……それについて、何か詳しいことはご存じないですか……」

 「それがですね」亀岡は頭をかいた。「彼がなにかネタを追いかけていたことは私も気づいてました。ですが、私がそれとなく探りを入れてみても、のらりくらりと言を左右にするばかりでしてね。まだ確証を得られていない部分が多すぎてはっきりしたことは言えない、もう少し証拠固めをしてからお話ししますよ、と言うばかりだったのですよ。だから、私も詳しいことは何も知らない、というわけでして……」

 ふむふむ、相馬くんはなかなか用心深い性格のようだ。うっかりネタをしゃべってしまって、他の連中に抜け駆けされるのを嫌ったのかもしれない。そのあたりも、期待のホープとして頭角をあらわす要因になったのだろう。

 しかし、これだけではとても相馬くんの行方をたどる手がかりとしては貧弱に過ぎる。俺は灰色の脳細胞の持ち主ではないのだ。靴についた泥のはねから依頼人の職業を読み取ることなんてできやしない。頭の中で推論をひねくり回すにしても、そのためには手に入る限りの情報を集めておく必要がある。

 「申し訳ないですが、相馬さんの自宅の住所を教えていただけますか?もしかすると、行方を捜すための手がかりが残っているかもしれません」

 「えと、少し待ってください」亀岡は端末(ケータイ)を操作し、「あなたの端末(ケータイ)にデータを送信しますんで、貸していただけませんかね……」

 情けない話だが、少々気が引けた。こちらの端末(ケータイ)は年式落ちで、塗装もすっかりハゲチョロになってしまったいるとあって、亀岡の持っている最新型とおぼしきピカピカの端末(ケータイ)に比べたらだいぶ見劣りするからだ。とはいえ、そんな下らない感情はおくびにも出さず、俺は亀岡に端末(ケータイ)を手渡した。

 端末(ケータイ)を返してもらってから、データを確認する。ふむふむ、カズサ地区の第7街区(ブロック)か。それほど遠くはない。後日、調べてみることにしよう。

 「さてさて、お話は済みましたかね……」ちょうどいいところでリックが割り込んできた。このあたりの潮目の見定めは相変わらず的確なものだ。「ちょいとコーヒーブレイクとしゃれ込みませんか……代金の交渉はそれからということにしましょう」

 


 実を言うと、俺はコーヒーはさして好きじゃない。

 というか、こういう店で出る「コーヒー」という名前のこげ茶色のまずい液体が嫌いなのだ。味わいもへったくれもあったものではなく、ひたすら苦いばかりで、おまけに大体においてぬるいか熱すぎるかのどちらかだ。まあ、熱い方がマシではあるが。いずれにせよ、これでもかとミルクと砂糖をぶちこまないことには飲めたものじゃない。

 とはいえ、話の合間をもたせるくらいの役には立つ。俺はしこたまミルクと砂糖をぶちこんだ自称コーヒーをちびちびとすすりながら亀岡と代金交渉を進めた。ときどき、リックがあれこれと口を挟んだり、亀岡に意味ありげな調子で耳打ちしたりする。なにやら調子のいいことを亀岡に吹き込んでいるようだった。亀岡の財布のひもを徹底的にゆるくしてやろうという腹づもりなのは明らかだ。亀岡にはご愁傷様というほかない。

 ともあれ、リックが弁舌さわやかにまくしたててくれたおかげか、亀岡はだいぶ金をはずんでくれることに決めたようだった。

 「では、着手金として20万を前払いで。成功報酬として、さらに30万。これでいかがでしょう」

 こちらとしては、文句のつけようもない。なんともうれしい限りだ。これまでに出会った依頼人(クライアント)の中には、グズグズと文句を言うだけ言い、スズメの涙ほどの報酬を出し渋り、あまつさえ踏み倒しを図ったやつもいた。もちろん、そいつには自分の考えの浅はかさをいやというほど後悔させてやったが、あれは実際ひどい経験だった。それに比べたら、まったく亀岡は善良そのものだった。

 「ありがとうございます。振込先はリックから聞いていますね……」

 「ええ。本日中に前金を振り込んでおきます」

 「よろしくお願いします」俺は頭を下げ、「ところで、調査経過については定期的に連絡を差し上げますが、どちらに連絡したらいいか、教えていただけますか……」

 「ああ、それなら私が私用で使っている端末ケータイの番号に入れてください。番号は***‐***‐***です。あ、連絡はいつ下さってくれても構いませんので、そのあたりはご心配なく」

 「それはどうも。ありがとうございます」

 俺が頭を下げると、亀岡はひらひらと手を振り、

 「いえいえ。とにかく、よろしくお願いしますよ。あなたの腕はこちらのユーンさんから聞いています。必ず相馬くんを見つけ出してください――」

 不意に、亀岡の端末(ケータイ)がさえずった。端末(ケータイ)をのぞきこんだ亀岡は少し顔色を変えて、

 「おっと、すみません。急用が入ってしまったので、これで失礼します。それでは、どうかよろしく――」

 と言い残して、あたふたと店を出て行ってしまった。

 「さて、と」リックは店のドアの方にちらっと目をやってから、こちらに向き直った。嫌らしい笑みがその貧相な顔にへばりついていた。「首尾よくいったな。人探しの方はよろしく頼むぜ。この商売は信用第一だからな、分かるだろ……」

 「ああ」俺はうなずいた。どうせヤバいことになったら真っ先きって尻をまくるくせに、とは言わなかった。

 「報酬の配分はいつも通りかね……」

 「ああ。間違ってもちょろまかすんじゃないぜ。分かってるだろうな、ええ……」

 「オーケイ」

 いつもながら、リックの欲の皮の突っ張り具合には呆れるほかない。とにかく金のことになると、リックは真剣そのものだ。何がこの男をそうさせているのかは知らないが、きっとろくでもないことが原因なのだろうし、俺もそれを聞きだすつもりはない。

 いずれにせよ、リックが持っていく分を報酬から差っぴくと、これだけの実入りであってもけっこうカツカツになる。忌々しいが仕方ない。リックには借りがあるからだ。

 「それじゃ、あとは任せたぜ。ところで、朝飯はもう食ったのかい……」

 「いいや」俺はかぶりを振り、「おごってくれるのかい……」

 「バカ言え。俺もまだだからよ、ここで食っていくのさ」

 そろそろ帰り時のようだ。俺は肩をすくめ、ひょいと立ち上がった。

 「じゃあな、リック」

 リックは手をひらひらさせ、薄っぺらな笑顔をうかべてみせた。ふむ、珍しいこともあるもんだ。この業突張りにしては、だいぶ愛想がいいじゃないか。

 まあいい。何はともあれ、いつもと変わらぬ単純な仕事だ。淡々とこなし、報酬をいただく。それだけだ。










 そのときは、そう思っていた。

さて、いよいよ話が転がり始めましたね。主人公がどんなひどい目にあうのか、楽しみにしていてください(何)

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