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シャドウ・ハンター 闇の狩人  作者: HK15
第1章:消えた男
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1-2

 リック・ユーン。

 自称ブローカー。経歴不明。小金をせこく稼ぐのが上手な小悪党――俺があの男について知りえているのはそんなところだ。

 リックは俺に仕事(ビズ)以外のことについてあまり喋りたがらない。例えば、やつの商売の性質上、俺以外にも何人かと『契約』してるのは間違いないはずだが、俺はそいつらについて何も知らない。教えられていないからだ。別に俺にとっても必要な知識(ニード・トゥ・ノゥ)というわけでもないのだが。

 とどのつまり、俺とリックとの間にはあくまでビジネス以上のつきあいはない。別にどこかのバーで盃を交わすような仲じゃないということだ。リックが俺に用があるときは、向こうから勝手に連絡を入れてくる。そして、よほど特別な事情でもない限り、顔を合わせる場所はいつも同じ――ちっぽけな安食堂(ダイナー)だ。

 今から俺が出向くのは、まさしくその食堂(ダイナー)だった。



 俺の住処から目的地までだいたい10分――隣りの街区(ブロック)まで歩いていくだけ。これに関してはリックの選択に感謝している。少しだけだが。

 手早く身支度――黒のジャンパーとカーゴパンツ、それに履き古した編上靴(ブーツ)――を済ませて部屋を後にした。集合住宅(ハイヴ)玄関(エントランス)を抜け、寒風に頬を撫ぜられながら南に向かって歩く。朝日が少々目に眩しかった。

 高層建築(ビルディング)の谷間を独り進む。大通りの喧騒が遠く聞こえた。時折、青い作業着を来た男たちが自転車をこぎつつ賑やかに話しながら傍らを通り過ぎていく。機械ならではの愚直さで黙々とマニピュレータでゴミを拾い集め、道路を掃き清めるK……市清掃局の自動清掃機械(スウィーパー)の角張ったシルエットが遠くに見える。それ以外は、動くもののひとつも見えず、いたって静かだった。

 ふと、昔のことを思い出した。陽の当たる世界を歩いていた、あの頃のことを。

 鼻の奥が急につんとなって、思わず天を仰いだ。空は抜けるようにどこまでも青く澄んで雲ひとつない――その朗らかさが妙に苛立たしかった。晴れた空は好きじゃない。今にも泣き出しそうな雨雲が重く垂れ込めている方が俺の趣味には合っている。

 「クソッタレ」歯を食いしばって、押し出すように呟いた。「ふざけやがって」

 波立つ感情がゆっくりと凪いでいくのを待って、俺は再び歩き出した。いかに今の状況を呪ったところで仕方がなかった。運命の女神は、いつだって気まぐれで残酷なものだ。俺は女神の寵愛を受けるには、ちょっとばかり愛想が足りなかったのだろう。

 歩き続けること数分、目の前に見慣れたクリーム色の外壁の雑居ビルが見えてきた。件の食堂(ダイナー)はその一階に店を構えている。店の外に今どき古風な立て看板が出してあるのを確認してから、俺は食堂(ダイナー)のドアを押し開けた。蝶番(ヒンジ)がかすかに軋み音を立てた。

 「よぉ、遅かったじゃねェか――」声はからかいの響きを帯びて、あくまで軽かった。「道にでも迷ったのかねェ、色男(ナイスガイ)さんよ……」

 俺は軽く肩をすくめ、声の主を見やった。相変わらずの悪趣味なファッション――雨蛙を連想させる緑色のジャケットにストライプ入りのネクタイ。ネクタイピンはキンキラキンの金メッキ。やせこけたネズミみたいな貧相なツラの中年男がそんな道化じみた格好でヘラヘラ笑いながら往来を歩いている姿を想像してみてほしい――それがリック・ユーンだ。

 食堂(ダイナー)の間取りは奥に向かって細長く伸びていて、長いカウンターと5つのボックス席がある。リックが陣取っているのはいちばん奥のボックス席だ。その席がリックの指定席というわけだ。理由は簡単――壁際で、非常口がすぐ近くにあるから。リックがどういう性格(パーソナリティ)持ち主(オーナー)だか、分かってもらえるだろう。まあ、そうでなければこの街の裏社会(アンダーグラウンド)で長生きすることはできない。

 そこで俺は、リックの隣に見慣れない顔の男が座っているのに気づいた。くたびれた背広の上下を身につけ、薄くなった髪を整髪剤でなでつけている。冗談のように野暮ったいデザインの眼鏡が団子鼻の上に乗っかっていた。ふたり並んでいるのを見ると、できそこないの漫才コンビに見えなくもない。俺はあきれてかぶりを振り、二人のいるところに歩いていった。

 俺が席につくと、リックは俺の顔を少し眺めてから、

 「相変わらずひでェ顔色してるな、どうしたってんだい……」

 「言わなくたって分かるだろ」俺はむっつりと答え、「それより、そちらさんは……」

 「言わなくたって分かるだろ、ええ……」リックはからかうように手をひらひらさせ、「依頼人(クライアント)だよ――お前さんのな」

 「あ、どうも」ミスター・依頼人(クライアント)が頭を下げた。妙に如才ない仕草だった。「どうも、はじめまして。私はこういう者です」

 すっと差し出された小さな紙片を受け取り、目の前にかざした。いかにも事務的なゴシック体で「亀岡哲治」と印刷されている。やたらと古風な名前――ほとんど時代錯誤(アナクロ)じみていた。口の端に笑みが浮かびそうになるのを抑えて、奥ゆかしく名前よりも小さなサイズのフォントで表示された肩書きの部分を確認する。

 『週刊アンタッチャブル』――見覚えがある名詞がニューロンのどこかでスパークした。確か、アングラ系の怪しげなニュースを扱う三流のオンラインマガジンだったはずだ。俺も一度か二度、記事を閲覧したことがある――正直言って下らない記事がほとんどだった。人生の貴重な時間を費やすには適当とは言い難い。

 そんな感想はおくびにも出さず、俺は営業用の笑顔を顔面に張りつけてミスター・依頼人(クライアント)――亀岡に向き直った。宿酔で体調が未だ優れない人間としては精一杯愛想よく、「それで、ご依頼の件というのは」と訊ねる。

 「ええ、実はですね」そこで亀岡は声を少し低め、「うちの記者を探していただきたいのです」

連載3回目です。……ふむ。あまり進んでないですね。これはまずい(汗)

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