6.記憶代償
長めです
目を覚ますと窓から日が差し込んでいた。
夕暮れ時に寝たので、おそらく1日たったのだろう。
もう1つのベッドにはマリナが寝ている。
起きる時間が早かったかな、と思い時計を見ると7:30。マリナはいつも7:00には起きているので、昨日相当無理をさせてしまったのが窺える。
昨日の自分を思い返すとだいぶ参っていたな、と思うことができる程度には心の状態は回復した。
これもマリナのおかげだな、と思いマリナの近くまで移動する。
「ありがとな…」
そう言ってマリナの髪を撫でる。
まだ本調子ではないけど、マリナの前でぐらい本調子を演じないと。
じゃないとマリナがまた無理をする。
「ん…んん……」
そう言って寝返りをうつマリナを起こすべきかどうか迷った挙句、起こすことにした。
起こさないと「何で起こしてくれなかったんですか!?」とか言われそうだしな。
「マリナ、起きろー。朝だぞー」
呼びながらマリナの肩を揺する。
「…ん…マサ……おはよう…ございま……す?ってマサ!?」
人の顔見るなり叫ぶマリナ。
流石にひどいと思うぞ、それは…。
「あ、いや、そう言う意味じゃないんです!ただマサが先に起きてて寝顔を見られて恥ずかしいというかなんというか……」
布団に顔をうずめるマリナはしばらくそっとしておいた方がいいのかな、と思い少し離れてアイテム整理をしていた。
しばらくするとマリナから声がかかった。
「マサ、もう大丈夫なんですか?」
「…うん、問題ない」
「よかったです…」
そう言って目を閉じ軽く微笑むマリナは身内贔屓を差し引いても可愛らしかった。
これは意地でもボロを出せないな。
「それで、今日はどうする?」
「マサには本当に申し訳なく思っているんですけど、今日もミキさんを…」
「大丈夫だよ。アレはマリナのせいじゃない。俺が口を滑らせちゃったのがいけないんだけど…だいぶまいってたし……うん、だから俺も一緒に探すよ。それにあの状態の美紀を放っておくのは…」
何故だかヤバい気がする。
そんな言葉を飲み込んでそのまま話をつづけた。
「うん、とにかく俺も探すよ。それで、どこを探す?」
「えーと、昨日始まりの町の中は昨日探しました。それでいろんな人に見つかったら教えてもらえるように言ってあるので今日は外を」
外か…。
「わかった」
そしてこの時軽く了承してしまったのを俺は後悔することになった。
南の森、プレイヤー達が来ることはあまりない一風変わったエリアだ。
地形などは〈シルバーウルフ〉がいる北の森とさほど変わりはないし、南の森へ着くまでに出てくるMobは北の森前のフィールドと変わりない。
ではどこが変わっているのか、と聞かれると出てくるMob、と答えるほかない。
ここでは〈ポイズンマッシュルーム〉というMobが出る。
全ステータスがゴブリン並という、たいして強くない、と思われるこのMobがなかなかに厄介だ。
この毒キノコはスキルを使うMobなのだ。
今までのMobはただ殴る、かみつく、投げると言った単調な攻撃しかしてこなかったが、こいつは違う。
こいつに向かって攻撃を放ち、外した瞬間にこいつはそのスキルを使う。
〈群体軍隊〉というスキルはその場に仲間を呼ぶ。
それだけか、と思ったやつはあまい。
尋常じゃなく仲間を呼ぶし、呼ばれた仲間がさらに仲間を呼ぶ。
レべリングに最適だぜ、いやっっふうぅぅぅううう!とか言ってた掲示板のやつは次の日同じことをやって100体近く呼ばれて死んだらしい。
グループでいけば帰還石を使うなどの方法があるが、ソロだとそのまま死亡。
そんなリスクを負ってレべリングをする奴なんかいないからここは人がいないのだ。
それでもちらほらと見かける人はみんなグループを組んでいることからここでの危険度がわかるだろう。
ただ、キノコはキノコなので攻撃されなきゃ気付かない。
つまり攻撃しなければ何もしてこないから素通りすれば済む話なのだ。
「いませんね…」
この森に来て1時間弱、美紀の姿は見つからない。
ついでに〈Mikiの記憶〉も探しているのだが、見つかる様子はない。
「そろそろ戻るか」
「そうですね…」
この距離で〈瞬間移動〉を使ったり、帰還石を使ったりするのは何かもったいない気がするし、少しくらい歩いて話しながら帰ろう、と思った俺とマリナは森の中を町の方へ向かって歩いていた。
「そういや、マリナってフレンド何人くらいいるの?」
「えーと、少し待っててください」
そう言うとマリナは右手を操作しフレンドリストを開く。
「40人ほどです。マサは何人なんですか?」
…え?
何でマリナは俺とほとんど一緒にいるのに俺の20倍もいるの?
「…四捨五入したら同じくらいかな…?」
もちろん10の位での四捨五入で、だが。
「…えっ…」
何で俺のフレンド数がそんなに意外だったみたいな声を出すのだろう…。
マリナの少し前を歩いていた俺は振り返り言う。
「あのな、マリナ。その反応は……」
だが、その言葉も途中でとまる。
アレはなんだ?
マリナの左胸から出ている銀色のモノはなんだ?
「マサ…、町に戻って…」
マリナの頭上を見るとHPは残り6割ほどで、今もじわじわと減っている。
「天よ、我を我が望むところへ瞬く間に――」
俺一人帰還石で戻るわけにはいかない。
マリナのHPも少しずつ減ってはいるが、このペースなら俺の詠唱のほうが速い。
そう考えた俺の心を折る出来事が起きる。
「ッッうッ……」
今度はマリナの右胸に何かが刺さる。
あれは矢だ。
そしてHPは一気に削れ、さらに継続ダメージも増える。
(間に合わない…!)
「――運びたまえ」
あとは〈瞬間移動〉と唱えるだけ、というところでマリナのHPが空になる。
そしてその場にはアイテムが出てくる。
森の中での遠距離物理攻撃職と俺との相性は最悪だ。
相手のおおよその位置を把握し、範囲攻撃魔法で吹っ飛ばすことはできるが、それよりも相手の攻撃が速い。
ここで俺まで死んでしまったらマリナのアイテムが回収できない。
急いでマリナからドロップしたアイテムを拾った後、
「〈瞬間移動〉!!」
詠唱を完成させて俺は町まで一気にとんだ。
PK?俺とマリナが?何のために?
町に戻った後そんな疑問が浮かんでは消える。
森の中で〈弓使い〉と当たるなんて最悪すぎる。
〈銃使い〉なら発砲音がなるが、弓矢ではならない。
だから気づくのが遅れた。
(マリナに攻撃させるなんて…俺は何をやってるんだよ…)
マリナをKillした奴を許さない。
まずはマリナと合流して作戦を練らなくてはいけない。
さっき落ちたアイテムも渡さなくてはいけないし、とりあえずマリナに連絡を取ろう。
そう決めた俺は早速フレンドリストを開き、マリナにコールする。
3コールと待たずにマリナと繋がった。
「マリナか?いまどこにいる?」
『マサこそどこにいるんですか?早く戻ってきてくれないとミキさんを探しにいけないじゃないですか!』
え?
まさか……。
最悪な現状から最悪な予想が頭に浮かぶ。
BJOで死ぬと結構なアイテムをドロップすることになる。
例えばポーション類や金だ。
他にもMobのドロップアイテムや、場合によってはレアドロップまでもドロップしてしまうらしい。
武器類はドロップしないのが不幸中の幸いだろうか。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
急いでアイテムリストを開く。
結論から言えば俺の予想は的中していた。
〈Marinaの記憶〉
消費アイテムの下の方にそんな名前のアイテムがあった。
それを見た俺は急いで宿に向かう。
マリナが「戻ってきてくれないと」ということは今マリナは宿にいるのだろう。
「マリナは今宿にいるんだよな?」
『そうですけど??』
それを聞いた俺は一層走る速度を速め、数分と経たないうちに宿へ着いた。
「マサ、どこへいっていたんですか!?」
部屋の扉を開けるなり俺にそう言ってくるマリナの肩を持ち、真剣に言う。
「マリナ、落ち着いて聞いてくれ」
そして俺はマリナに記憶を失っていることを説明し、すぐにトレード申請をして、マリナに記憶を渡した。
「私だって一応記憶をなくしてしまうことは覚悟していたんです。だけど、私がなくしたのは本当に大切な記憶なんでしょうか?」
記憶を表示させたマリナは俺にそう言う。
おそらく俺が美紀に記憶を失っていることを言った時から自分にもその可能性がある、とは思っていたのだろう。
そしてそれを聞いてできるだけ普通でいようとするマリナは強いな、と思った。
「どういう意味だ?」
「今の私の一番大切な記憶はマサのことに関する記憶です。だから、マサのことを丸々忘れていてもおかしくはないんです」
面と向かって言われると恥ずかしい台詞だったが、マリナが言うからにはそうなのだろう。
「それはミキさんだって同じはずです。マサのことを大切に思っていたからこそ昔の出来事も大切だったんだと思います。だけど、考えれば考えるほどよくわからないんです。私には、ミキさんがマサのことに関する記憶よりも過去の記憶が大切だとは思えませんでした」
マリナにそう言われて俺も気づく。
自惚れでも何でもないが、美紀にとって一番大切な記憶は俺に関する記憶のはずだ。
だからこそ、過去の出来事も忘れなかったのだろう。
なのに何で俺に関する記憶が消えていないんだ?
違和感と不安が大きくなる。
「それも、私がコレを使えば分りますよね」
待て、マリナ!
そんな言葉が口から出そうになったが、何とかこらえた。
何かはわからないが、過去の出来事を忘れてしまったマリナはマリナではないのだ。
自分の記憶を取り戻そうとしているのに第三者がとめるだなんておかしいだろう。
「Come back my memory」
マリナが静かにそう唱えると光の球はより一層光を激しくし、はじけた。
「マリナ…?」
そして立ったまま茫然としているマリナの眼から大粒の雫が流れ落ちる。
「ぁ……ぁぁ…」
その場に座り込んで嗚咽するマリナ。
今は声をかけないほうがいいのかもしれない、そう思った俺はベッドから掛布団を持ってきてマリナにかけた。
そして数十分後、マリナは徐々にだが泣き止んできた。
「ごめんなさい、マサ…。いきなり泣き出しちゃって…」
だいぶ落ち着いたマリナはまだ少し俯いたままだがそう言う。
「大丈夫だよ、マリナ。俺こそ詠唱が遅れたせいで…ごめんな。……それで何を忘れていたんだ?」
俺の言葉を聞いたマリナはびくっと肩を震わせる。
流石にいきなり聞くのはまずかったか…、そう思った俺がどう言い直そうかと考えているとマリナが声を発する。
「私が死んでしまったのはマサのせいではありませんよ。私が急いで帰還石を出して使えばよかったんですから。それで…忘れていた記憶ですけど……」
いらない心配だったようだ。だが、次からは気をつけることにしよう。
「まずは死んだときの記憶です。それは事前にわかっていたことですからそこまでショックはなかったです。そしてもう一つの忘れていた記憶は…転校が多かった時期の私です。それも初期の。後半は慣れていたので大丈夫だった、という話は前にしましたよね?」
そう言えばマリナの家は引っ越しが多くて、そのせいで周りの人に合わせるようになってしまった、と言っていた気がする。
そして、その最初の方、小学校低学年の時はその時の態度が原因(とマリナが思っている)でいじめがあったということも。
「数週間のいじめ数回分を思い出したんです。あのアイテムを使った一瞬で…」
マリナの言葉を聞いた俺は自分の体に鳥肌が立つのを感じた。
いじめは毎日少しずつ蓄積される心のダメージだ。
それが一瞬で全て自分に来るとしたら…。
「おそらく、ドロップする記憶は…自分のトラウマとなっている、いわば負の記憶。そしてそれに関連する記憶です」
だからこそマリナはいじめられていた時の記憶をなくしていて、美紀はあの時の記憶をなくしていたのだろう。
「私はなんだかんだマシな方だったのかもしれません。それよりもミキさんです。ミキさんのあの精神状態は……2年間、毎日少しずつ崩壊していったものですよね?」
マリナに言われて俺も思い出す。
そう言えばあの事件の後、美紀は毎日少しずつおかしくなっていたのかもしれない。
それこそリアルで俺と会話できないほどには。
そしてその記憶がなくなって俺と話せなかった分のしわ寄せが来た、ということだろう。
「だからあんな感じになっていたのか…」
俺がそう口に出すとマリナは軽く首を横に振る。
何か間違ったことを言ったのであろうか。
「マサ、私が言いたいのはそう言うことじゃないです。ミキさんが自分の記憶を取り戻せば、2年分の負の記憶が一瞬で戻るんですよ?それこそさっきの私の比ではないです」
「ッッ!!」
ようやく俺は事態の最悪さを認識した。
俺はどうすればいいのだろう。
美紀の記憶を戻してあげるべきなのか、それとも永遠に戻さないべきなのか。
そんな思考に頭の大部分を使っていたこの時の俺は先ほどの弓使いのことなど考える余裕もなかった。




