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四話

 作業としては本当に単純なものだった。ハーデスの言うとおり糸には赤い線のようなものが引かれていて、そこから先をひたすら切断していくだけ。

 切り落とした先の部分は自然に消滅し、糸はしおしおと縮むとやがて数字の書かれたラベルへと変わった。

 これが何かはまだ聞いていないが恐らく大事なものだろうから、糸を切るごとに現れるラベルをひとまとめにして失くさないように取っている。

 しかしどうにも単純作業すぎて、最初のうちはともかく、数をこなせばこなすほど嫌になってきた。飽きが来るのだ。

 そのうえノルマは果てしない。切っても切っても湯水のように糸が湧き出てくる。うんざりとしてきたところで、ヘルメスが声を掛けてきたのだった。


「これから先ずっとそいつと付き合っていかなきゃなんねえのに、もう飽きたってのかよ」

「だってつまんないんだもん! ひたすら糸を切る仕事なんて……こんなの誰だってできるじゃん。なんで私がやんなきゃいけないのよ」

「それがおまえの役割だからだろ」

「だから、その役割って一体どういうことなの? ……あっ」

 梓はふと手を止めた。

 話しながら糸を切っていて、赤い部分より上の方で糸を切ってしまったのだった。

「うわっ、やっちゃった……大丈夫なのかなこれ」

 切り落とした部分は消滅し、糸もラベルへと変わる。特にこれといって変わった様子はないのだが、赤い部分より上を切ってしまったことによる支障はなかったのだろうか。

 梓が訝しんでいると、ヘルメスは片眉を上げた。

「運命を変えたな」

「は?」

 訊き返すと、あからさまに呆れたような溜息。

 何よ、と思う。自分は色んなことを知っているからってそんな顔をすることないじゃないか。ろくに教えもしないでいて、分からないのは当然なのに。

「アトロポスってのはモイライのひとりだ」

 ヘルメスは眉を顰めたまま言った。

「モイライ?」

「おまえ、ギリシャ神話は得意か」

「え、えーっと……」

 得意かと聞かれても、語れるほどの知識はないといったところが事実だ。

「モイライは三人一組の女神だ。クロート、ラケシス、それからアトロポス。そいつらを総じてモイライと呼ぶ。運命を担う三女神のことだ」

 ヘルメスの話を要約するとこうだった。

 モイライとは運命の三女神で、クロートが運命の糸を紡ぎ、ラケシスが運命の糸を割り当て、最後にアトロポスがその糸を断ち切る。そうやって三人一組で人の運命……つまり一生を管理しているということ。

「だからおまえはさっき、その糸の持ち主の誰かの運命を変えて、寿命を縮めたっつーことになるんだよ」

「ええっ!?」

 梓は思わず手中の糸の束を凝視した。

 ヘルメスの話を総合すると、今梓が手にしている糸の一本一本が人の運命を可視化したものということになる。では、目印としている赤い線が予め定められた死期とやらになるのだろうか。

「うそ……じゃあ私は……」

 誰だかわからない人々の寿命を知らずに取り扱っていて、尚且つ凡ミスで罪もない誰かの運命を変えてしまったということだ。

 何てとんでもない話なのだろう。

「ちょっとヘルメス、何とかならないの!?」

 思わず食って掛かると、ヘルメスは迷惑そうな顔をしつつ皮肉げに笑ってみせる。

「取り返しってのはつかねーもんなんだよ。現に糸がラベルに変わったじゃねえか。まあ諦めるこったな。次気をつけりゃいいんだ」

「そんな簡単な話じゃ……」

「簡単な話だ。人ひとりの運命を変えたところでおまえは殺されも解任もされねえ。ひとつのミスに拘んなよ、ノルマはまだまだたくさんあんだから」

 梓は閉口した。

 ヘルメスとは決定的に価値観が違う。否、ヘルメスとだけではなく、梓がまだこの“冥府”の価値観に馴染めていないのだろう。

「悔やむなら次から神経使え。ペナルティがないわけでもねえしな」

「もういい……わかったわよ」

 

 やっていけるのだろうか。こんなところで。

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