第二話
朝
「うっ」
右足をけられて、最初に目を覚ましたのはリードだった。もちろん、蹴ったのは一番遠くにいたはずのリザだ。リードは自分のポワポワをリザにかけて起きだした。リザの掛けポワポワはリザの下敷きになっていた。
リードは自分が一番に起きたかと思ったら、ミレはもう起きていて、ちょうど外から帰ってくるところだった。
「あら、リード兄さん、おはよう、顔を洗ってきたら?ハイ、タオル。寝心地はどうだった?」
「ポワポワから出ないようにとして、緊張のせいか、体のあっちこっちがいたい。そして、リザに蹴られた。ところで、顔は水で洗うのか?」
「そうよ。服をぬらさないように注意してね」
「ああ」
行こうとして、振り返って聞いた。
「ミレ」
「何?」
「顔はどこで洗うんだろうか?」
「ああ、こっちよ」
ミレはリードを案内した。
そのころ、おなかに何か落ちてきたセンリはびっくりして目を覚ました。
「うわぁ!」
すると、リザの腕が寝返りを打ったと同時にふってきたことが判明した。リードがリザにかけたポワポワはとっくに蹴っていて、寝た方向とは全然違う方向を向いていた。
「びっくりしたー。一体、誰に似たんだろう?リザ、起きろよ、リザ」
「んー」
寝ぼけた声を出して、リザはまったく起きる気配が無かった。センリの大きな声を聞いてライズが先に起きた。
「あーセンリー、おはよー」
「おはようライズ。……あれ、リードは?」
「もう、起きているわよ」
二人の声を聞いて、ドアを開けたミレが言った。
「二人とも先に起きて。リザはあと十分しないと起きないわ」
「十分?」
「そう、毎日、同じ時間に起きるのよ。それまではなにをしても無駄よ」
「へぇ……」
「ライズ兄さん、センリを連れて顔を洗ってきて」
と、同じようにタオルを渡した。
「顔を?洗うって……水で?」
「そう。センリー、こっちー」
二人が顔を洗っている間にミレはリザのいない部分のポワポワを片付け始めた。そして、リザがどいたのを見計らって、リザの分まできれいにしまった。
「ミレー、カオ、洗ったよー」
「やけに長くかかったわね」
「んー、センリとリードがねー」
「ああ、そうね。ライズ兄さんも始めて顔を洗ったときは時間がかかったものね」
「んー、服が気になるしねーカオを上げると水が下に落ちるしねー」
「朝から疲れるな」
よっぽど注意を払ったのか、リードは朝からもう疲れたような顔をしていた。
「あら、リード兄さん、センリは?」
「まだ洗っている」
「随分とかかるわね」
と、あきれたようにミレが言った。
「おはよー」
「あら、リザ、おはよう」
やっぱり、起きたてのぼんやりした顔のリザがいた。
「……ミレ姉ー」
「何?」
「誰?この人たち。ミレ姉さんと似た顔している」
「私の兄よ。こっちがリード兄さん、こっちがライズ兄さん」
「もう覚えていないのか?昨日のことなのに」
と、リードは驚いたように言った。
「そうよ。一日が限界なの」
「兄さんなんていたの?」
「いたのよ。ああセンリ、洗い終った?」
洗面所のほうからセンリがやってくる。
「うん。リザ、おはよう」
センリが顔を拭きながら、声をかけた。
「……誰?」
センリの手からタオルが落ち、顔から笑みが消えた。あわてて、ライズが説明しだした。
「センリー、リザが覚えていられるのは一日だけー。オレの事もー何回も会ったけどー朝、必ず、誰って聞くんだ」
「……。そうか。僕はセンリ。ミレの兄さんたちの友達だ」
「センリ?」
「そう、センリ。よろしく」
「よろしくー」
初めて会った時と同じようにリザはにっこりと笑った。しかし、かなりショックだったのか、センリの笑顔はぎこちないものになってしまった。ミレも申し訳なさそうだ。
「とにかくご飯にするから、座って。リザは顔を洗っておいで」
「はーい」
リザはフラフラと歩いていった。
「兄だと言わなくていいのか?」
「うん……言っても覚えてないんだ。毎日、言うのはちょっと辛いよ」
「そうか」
「リードー、クールー」
「クールで結構。センリがそれでいいなら私に口を出す権利はない」
「うーまぁねー」
と、ライズはしぶしぶ納得したように言った。
「はい、ごはんよー」
ミレの掛け声で食卓に着いた。まだ木の椅子には慣れない様だ。
「はい、これ」
受け皿を受け取ったリードは早速聞いていた。
「ありがとう、リザ。ところでこの白いのはなにかな?」
さっそく中身をリードは聞き始めた。
「カルーよ」
「カルーって食べられるものなのか?」
カルーは紫の色をした茸の一種だ。火を通すとなぜか白くなる。しかし、最初の見た目の色が色だけにあまり知れ渡ってないのが現状だ。
リザが驚いたように言った。
「あなたたち、どこから来たの?食べられるわよ、普通よ」
「リザ。カルーは栄養が低めだからシェーマン地方ではたべないわね」
「おいしーよー」
「ありがとう、ライズ兄さん。さぁ、みんな食べて」
朝食をとり終わり、乾いた昨日の服を着ると三人は外に出た。
訪問者
朝日がまぶしいくらいに輝く中でライズが言う。
「またくるねー」
「ええ、いつでも」
穏やかにミレが微笑んだ。
「リザ、また来るよ」
「センリたちはどこへ行くの?」
「シェーマン地方にある学校の寮だよ」
「シェーマン?どこー?」
「リザ、あとで教えるわ」
「わかったー」
「誰だ、あれは?」
「え?」
リードが見つめる方向を見ると、黒いスーツを着て袖に青く三本の線が入っている男性を筆頭に武器を持った人たちが四人も付いてこっちに向かって歩いてきた。そして一番前にいた人物が声をかけてきた。
「失礼ですが、こちらにラファン・ルファールどのはおいでですか?」
「父なら国からの要請でエドマール地方へ向かいましたが?」
と、ミレは戸惑いを見せた。
「我々はそのエドマールから来た者ですが、ラファンどのは、来てらっしゃらないのです」
ミレはびっくりしたように言った。
「なんですって?いいえ、そんなはずありません。父は確かにエドマールへ行くと、荷物をもってでかけて行きました」
「いつのことでしょう?」
「もう……三日、いえ、四日前ですけど……」
「手紙や電話などはありませんか?」
「いいえ。電話はもう使えませんし、手紙もバスが止まって以来、来ていません。父は最後のバスででかけまして、こっちで止まってしまいました。本当に父はそちらについていないのですか?」
「ええ。どこか他に、行く心辺りはありませんか?」
「いいえ、母はロボットなので、ここで止まっていますし、父の親戚はいとこ以外、誰もいないと聞いています」
「いとこ……ジェディンのことですか?」
「さぁ、名前までは知りませんが」
「そうですか……。もし戻ってきたら、エドマールの国際化特殊部門の私、リオマーレまで連絡を下さい、必ず」
と、その男は念を押した。
「わかりました」
「では失礼」
彼らは振り返ることなく、去っていった。
「おかしいわ、父さん、どこへ行ったのかしら?」
「ミレ、お前のお父さんのいとこはジェディンというのか?」
リードは何か考えながら聞いた。
「さぁ……どうかしら、父さんは言いたくなさそうだったから聞かなかったのよ」
「知っているのか、リード」
「皆、知っているはずーエーアイキラー、作った人―」
ろ、ライズも知っていたようだ。
「え……えーっ。あの母さんを止めたウィルス作った人?」
と、リザも驚いたように言った。
「リザ、エーアイキラーは知っているのか?」
「うん、母さん止めたウィルス。町の人たち止めたウィルス。でもウィルスって何?」
「リード兄さん、私、余計なことを言ったのかしら?」
「言ってしまったものはしょうがない。ミレのお父さんが、いとこに会いに行ったとはかぎらない」
「でも……父さん、どこへ行ったのかしら……?」
「また誰か来たぞ。郵便屋さんだね」
郵便屋のマークが見えたのか、センリはほっとしたように言った。
「えっと、ミレ・ルファールさんはどなた?」
「私です」
「ハイ、これ。遅くなりました。えっとー次は……」
郵便屋さんは次の家に向かっていた。バスが止まってから一度も来ていなかったが、それではまずいと馬車で来たようだ。かなりの荷物を荷台に入れていた。馬車を運転できる郵便屋さんも珍しい。
「父さんからだ」
ミレはあわてて、封を開けると中から出てきたものは、ペンダントと、
『これをもって、リザと逃げろ。』
と、書かれた手紙だった。
「逃げろって……どこに?誰から逃げるのよ?」
ぼんやりしたように、ミレはつぶやいた。少々、混乱しているようだ。リードがそのペンダントの入っていた封筒のマークを見ていった。差し出しの場所によってマークは地方ごとに違っているのだ。
「まて……これは、シェーマン地方のマークだ」
「マークー?本当だ。じゃあ、ミレのお父さんはシェーマンにいるってことー?」
「かもしれない」
「とりあえず、逃げろと言われたんだから、ここから離れたほうがいいんじゃないか?」
と、センリが意見を述べた。
「でも……」
「それに誰から逃げるのかは決まっているようだ」
「そーだねー」
さっき車で去ったはずの国際化特殊部門の武器を持った人たちだけがやってきた。どうやら、見張っていたらしい。だが、さっき声をかけてきたリオマーレはいなかった。
「それはラファンどのからのものですね。こちらに渡してください」
と、後ろにいた男達の一人が手を差し出した。
「どうして……」
と、ミレは戸惑いを見せた。なんだか、急に物事が一気に動き出したようで対応に困っているようだ。
「いやって言ったらー?」
ライズが無邪気に聞いてみた。
一人が手を上げると全員が武器を構えた。それに驚いて体をびくっとさせたのは全員だった。
「ミレ、僕が渡そう」
「センリ……」
ミレはセンリにペンダントを渡した。
「これ……」
そして、センリは部下の一人にペンダントを渡した。
一人が無線機を使って伝えていた。
「リオマーレ様、ペンダントを手に入れました」
「よし、行くぞ」
向こうはまさか、抵抗してくるなどと夢にも思わなかったようだ。
全員が後ろを向いた瞬間にセンリが首に斜めに手を振り下げ、ペンダントを取り返した。他の兵士達はあわてて武器を構えたが、それより早くに、リードとライズ、そしてリザまでが殴ったり、とび蹴りを入れたりして倒してしまった。
「リザ、武道をやっていたのか?」
センリは驚いたよう聞いた。
「母さんが教えてくれた。センリたちも強いね」
「学校の校長の方針だ。正しく、賢く、強くあれという」
と、リードが説明した。
「役にたったねー」
「まったくだ」
「ミレは武道をやらないのか?」
センリが聞いた。
「いえ私は力がないから」
「力、ないけど、手が器用だよ。ペンダント、偽物でしょ」
「さすがリザ、よく見ていたわね。こっちが本物。それはさっきまで、私がしていた方よ」
手から確かにさっきの封筒から出した青いペンダントをつるして見せた。
「では、倒す必要はなかったというわけだな」
「リード兄さん、そんなことはないわ。よかったわ、これで。こいつらを締め上げるから……」
柔らかに、にっこりと微笑んでミレは言った。センリは寒気を覚えてリザにそっと聞いた。
「ミレって、性格的にちょっと怖いのか?」
「んー覚えてない」
「兄さんたち、お願いが」
「なんだ?」
「その人たち、うちにいれてくれる?もちろん縛って。今、ロープ持ってくるから。あ、リザ、武器をとりあげておいて」
「わかったー」
リザは武器という武器を取り上げた。手に持っているものだけじゃなく、腰にあるものから、ポケットに入っているものから、腕に巻くもの、靴の中に入っているもの、靴、そのものからナイフが出るものなど全てはずした。センリはそれを手伝い、終わった者から、リードとライズによってロープでしばかれた。そして、担いで、倉庫へと運ばれた。
「さてと」
ミレはどこからか、大きな容器を持ち出してきた。
「何それー?」
と、ライズが聞いた。
「これ?水よ」
「どうするんだ?」
「こうよ」
一気にロープで縛られた連中に水がかけられた。
「わぁー、つ、つめたい!」
「川の水なの」
と、リザがそっと三人に説明していた。山の中の川から水を一部、こっちに引っ張ってきているらしい。
「目が覚めた?」
「てめぇら……なんだ、これ!」
自分達が縄で縛られていることがわかったのか、四人は暴れだした。それでもかなり、しっかり結んでいるのでかなり無駄な抵抗のようだ。
「あなた方は囚われの身。さ、話してもらおうかしら。どうして私たちの父さんを探しているの?」
「知らないね」
と、一人がぷいっと横を向いた。
「そぉ、リザ、氷」
「ハイ」
手際よく、リザが持ってきた氷をミレは四人の襟首をつかんで氷を中に入れた。
「つ、つめたいー」
「まだ、話す気になれない?」
と、ミレは聞いた。
「誰が!つ、つめたーいー」
「リザ、油」
「油?……どうする気だ?」
氷のせいで一気に顔を真っ赤にしていた顔が青ざめた。氷の冷たさより油の方が気になるらしい。
「もちろん、あなたたちにかけて石をたたくと、火が出る」
「や、やめろ。殺す気か?」
「殺したら、話、聞けないじゃない。焼くのは下半分だけよ」
にっこり笑ってミレが言った。
「や、やめろ!」
「はい、油」
あっさりとリザが渡した。
「せーの……」
「わかった、話す!話すからやめてくれ!」
「壮絶だな」
後ろから見ていたリードもさすがに驚いたようだ。ほとんどのことには動じないようだが、さすがにこれには驚いている。
「リードよりミレのほうが恐いー」
と、ライズは怖そうに言った。
「さらりと持ってくるリザもな」
「慣れているのか?」
「まさか、ここはそんなに危険な地方だとは聞いてないよ。だよな?」
「うーん……少なくともー、オレの知る限りではー……」
ひそひそと後ろの方で男性による話が繰り広げられていた。
「で、どういうことなの?ん?」
「よくは知らないが……まて!かけるな!……知っていることは話す!」
ミレは油の入ったバケツを下において、再び聞いた。
「……で?」
「エーアイキラーを知っているだろう。作ったのはお前の親父のいとこだ。だが、やつは作りたくて作ったんじゃない。偶然に出来たものを研究者の一人が我々に売ろうとしたところに、あの家族が外から帰ってきたんだ。当然、争いになった。我々が、やつの妻を殺して、子供を人質にして、もう一度作るように言った。だが、子供は上の命令で人体実験施設に送ったんだ。そこのことをどこで、知ったのかやつが脱獄したんだ」
「ひどい」
「子供は運よく命は助かったが、行方不明なんだ。そして、父親のほうも反対側へ寝返りを打たないようにと牢獄へ閉じ込めておいたのに……」
「どこの牢獄?」
「軍のだ」
「それが、脱獄したのか……」
と、聞いていたセンリが口を挟んだ。
「そうだ。そして彼は我々を恨んで攻撃をしだしたんだ」
「攻撃?待て、いくら科学者でも一人だろう?そんなに簡単に攻撃なんか、できるものなのか?」
と、リードが口を挟んだ。
「およそ、二年前に脱獄して、仲間を増やしたのか、わからないが、エーアイキラーでも倒せないロボットを作り上げたんだ。そして、攻撃し始めた」
「なぜ、それに私たちの父さんが関係あるの?」
「ある情報によると、お前のところの親父さんがエーアイキラーの特効薬造りの方法を知っていると……」
「そんなもの、誰にも作れていないのに……。その情報はどこから?」
「わからないが、かけるな!だが!もっと上の連中を捕まえれば、わかるかもしれない」
油はさすがに怖いようだ。
「もっと上……ねぇ……さっきの人とか?」
「リオマール?だっけー」
「リオマーレだ」
リードはさっと訂正した。さすがに正確に覚えているようだ。
「よく覚えたねー」
「嫌いな顔だ」
と、リードは顔をしかめた。
「そんな理由でか?」
と、あきれたようにセンリが言った。
「人間そんなものだ」
「非論理的ー」
「非論理的で結構。それよりミレ、どうするんだ、この連中……」
「んー焼くのはちょっとねー」
つながれた部下たちの顔がギョッとしたようになった。たとえ半分でもやっぱり焼かれるのはごめんだろう。
「スーハーの森はどぉ?」
リザが言った。
「いいわね」
「スーハーって裏山の?」
と、ライズは知っているようだった。
「そう。ま、ちょっとした森よ。そこにしましょ。ハイ、立ってー」
立ってと言われても全員が一つでつながれていたために立ち上がるのにリードとライズの手伝いが必要となり、時間がかかった。
そして家から歩いて五分しないところに森の入り口が現れた。
「三人はここで待っていて」
「大丈夫かい?」
「リザがいるから」
そして十分後、二人は山を降りてきた。もちろん連れて行った四人はいない。
「あいつらは?」
「一人、縄を緩めて気絶させてきた。後はほっといた」
と、リザが言った。
「すぐ、やってくるんじゃないか?」
と、センリは心配そうだ。
「平気よー。磁石、きかないしー。ねー姉さん」
「そう、方向感覚が鈍る森なの。軽い崖に落としてきたから怪我はしないけど、落ちると登るのは落ち葉ですべって大変なの。ロープで木に結んでから降りないとね。平面になるまで歩いているうちに方向を失うから」
「それって樹海みたいなものなの?」
と、センリが森を見つめていった。鳥の鳴いている声が聞こえる。
「そうねぇ……でも、馴れた人にはいい茸たちや細菌や植物の宝庫よ」
「では慣れてないと死ぬな」
「めったにそこまでいかないわ。川はあるし、木の実もたくさんあるし。食べ物には困らないわ。森の中はなぜか、あったかいし。死にたい人だけよ、骨になるのは」
さすが、住んでいる人の言葉は説得力が違う。
「そんなところがあるんだ。この現代に」
「不思議よね。科学は発達するのにこういう場所の解明はされてないなんて」
「ねーこれからどーするのー?」
リザが話を変えた。
「とりあえず、彼らの武器と車で逃げましょう。家は特に取られるような物はないけれど、……一応、止まっているとはいえ、母さんがいるからシードだけはしていくわ」
「シードってなんだい?」
「知らないの?シェーマンにないの?」
リザが驚いたのに、ミレが答えた。
「ないわよ。ここだけのものよ。ちょっと失礼」
ミレは玄関の入り口にあったところに首から下げていた鍵を入れた。
すると、どこからか、地響きのような音がした。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……パタン。
実際に地面から大きな曇ったガラスが出てきて、丸く家を覆った。時間も十分かかることなく閉まった。
「これでよしっと」
と、安心したようにミレが言った。
「なにこれ?」
「聞いてはいたが、始めて見た」
と、リードが珍しく目を丸くした。
「オレも」
「え、リードもライズも聞いたことあるのか?」
センリは驚いたように聞いた。
「ああ。ガラスの専門課程の授業で、災害などから家を守るシェルターがある地方があるとは聞いていたが、それがここだったとは。驚きだ」
「オレもびっくり……」
今回、これがライズがびっくりしたモノのようだ。
「なんでガラスの専門課程なんか……」
こっちのほうに、センリは驚いたらしい。
「なんでも得られることを得るのが好きなんだ」
「姉ーさん、動物はどうするー?」
と、リザが思い出したように言った。
「そっか、餌と水だけはどうにかしてくる」
ミレは家の後ろの方へと去っていった。
「どうにかって?」
センリが聞く。
「餌は撒いたりとかー、水はー川からの水が勝手に飲めるようになっているからー平気なんだけど」
「動物がいるのか」
「一応ねー。勝手に歩き回っているのよー」
「隣の人に、頼んできた。これで、しばらくは平気よ」
走って戻ってきたミレは車のほうへ歩きながら言った。
「じゃ、私たちは父さんの言うとおり、逃げるけど、兄さんたちはどうする?シェーマン地方の学校まで送るわよ?」
「僕は一緒に行く。ずっと、一緒に逃げる」
センリが真っ先に答えた。やっと会えた妹だからだろうか。
「だめよー。センリのお父さんとお母さんはどうするのよー」
リザは顔をしかめて注意するように言った。
センリは少し迷ったようだった。
「えっと、親はいないんだ。だから、大丈夫」
と、リザに安心させるように言った。
「そーなの?じゃ、一緒に来るのねー。リードとライズは?」
「オレ行くー。もっとホンモノみたいしー。リードは?」
「半分以上機能停止しいている学校にいても得る物はなさそうだ。こっちにつきあう」
ミレが言う。
「私が言うのもなんなんだけど、親たちはいいの?」
「父さんは新しい母親と旅行中だ」
「かーさんはー、仕事でーしばらくいないー」
「センリは誰かに連絡とかしなくていいの?」
「連絡機能は全滅しているよ。手紙以外」
それも、かなり遅い配達なのがさっきの郵便屋さんの様子でわかる。馬車やチャルに乗れる人が全員駆り出されているのにもかかわらず、ここまで手紙がくるのに時間がかかっている。
「……そうねぇ……。平気?出席率とか、関係してくるんじゃないの?」
「大丈夫。どれだけ休んでも、試験にさえ通ればいい学校だし、今の状況では行っても得るものは少ない」
と、リードが言った。
「じゃ、それで決定ということで、誰が運転できるの?誰も出来なかったら、私がするけど」
と、ミレが言う。
「オレ、するー」
と、ライズが手を上げた。
「え、ライズ、免許持っているのか?」
と、センリは聞いた。知らなかったらしい。
「とったー。とりあえず、乗ってー」
車は滑らかに動き出した。本来なら車はすでに言うだけでその場所に無事故で連れて行ってくれる機能が付いている。それでも、何かあったように、免許は必要だ。そして、本来は声のセンサーが付いていて、登録されている本人でなければ、車は動かないという防犯機能付きだが、いまのところ壊れているようだ。
「いつ、免許をとったんだ?」
「リードがメアリド法をやっていたときー」
「言えよ!」
リードも知らなかったらしい。
「なんだ、メアリド法って……」
「カルナレ地方の法律だ」
と、リードが説明した。シェーマン地方よりも西にある地方だ。
やっぱり、あきれたような顔でセンリが言う。
「……なんで、そんなもの……」
「この地で最新の法律だ」
「おもしろいのー?」
と、リザが聞いた。
「おもしろくはないが、かなりまともな、法律だとは思う」
「ミレはいつ、免許を?」
と、センリが聞いた。
「十六ですぐに。農業で必要だから」
「ロボットがやるんじゃないの?今はエーアイキラーで止まっているけど」
「ううん、父さんがとっとけって」
「本当に、ロボットに頼らない人だね」
センリは逆に感心したようだった。
「ロボットはいるよー」
と、ライズが言った。
「そう、農業用のロボットはいるのよ。今は、エーアイキラーで止まってしまって、母さんの隣のカプセルに入っているけど。それでも、それとは別に免許を取っとけって」
「へぇ……」