序幕
この地の向こう 一
序幕
あまりの、自然災害に恐れをなした、かつての人々は国を空中に上げてしまった。
隕石の落下、火山の噴火、大地震、大津波、おかしな天気たち。大雨だったり、大雪だったり、ひどい強風だったり、雨が降らなかったりと、とにかく農作物や植物や自然の動物達は大いなる被害を受けた。人も例外ではない。多くの人が亡くなる毎日が何年は続いた。それが一つの場所ならまだしも、あっちこっちで災害が起こっているため、復旧の時間さえも与えてはくれなかった。
とにかく、全ての土地はともかく、人だけでも安全なところへ異動しようと国を空に上げようと声が上がったことから始まった。最初の案では、空に浮かべるよりかは海に沈めた方が早いとしてあげられていたが、国の関係者の中には反対を述べる者が多くいた。
そこで、人々は国を守るための案を持ちよっての、会議が開かれた。
「海の浅いところに国をおいても、津波でやられる」
「地方よりも低いのはどうだろう」
と、いう意見があげられた。
海洋学や、海底学などの海関係の学者からも人間関係の学者からも反対があった。
「太陽が当らないと、人間の体に影響があり、逆に人工的の太陽を海底に作ると海の生き物に影響がある」
と、いう研究結果にもとづいた反対意見が上げられた。
結局、海底に地方が一つ、できた。しかしそれは、海底調査の一時的調査場所として、使用されることになった。それと同時に刑務所の役割も果たす場所となる。しかし、これはまだ先のこと。名前はダボ地方という。
次に地下はどうだという議論がなされた。
「地震で壊れる」
「火山が心配だ」
「津波のように水が入っては、全員おぼれる」
そして、最終的に出た案が空に浮かべることだった。
「空に浮かべたら、鳥はどうする?」
「鳥のあまりいない高さにすればいい」
「空気が薄くなる」
「人工的に作ればいい」
「紫外線はどうする」
「さけるための膜を空に作ればいい。それか、なにかで国を覆えばいい」
と、あれこれ、あれこれ、長い長い議論が行なわれた。
その間に、いくつか沈んだり、逆に海から出現する地面があった。そのたびに会議が開かれ、 名前や主有民族が国によって決められ、地方になったりした。
そして、最終的に空に浮かべることになった国は海からの直立飛行に成功し、強風などを避けながら動いている。ノアの箱舟のようだと表現した人もいたが、どちらかといえば、空中庭園に近い。
地上にいた、ほとんどの地方の住人はゆっくりと時間をかけ、地方から国へ移動していった。しかし、住人の中にはこの地を離れないという者も現われ、それは本人達の意見が尊重された。
そして、離れていた小さかったり、大きかったりした地方と言われる土地たちはどんどんくっつき、大きな大陸になってしまった。もちろん、原因は様々だが。それでも、地方に残っている 人々が少ないせいか、特に大きな混乱もなく、時間がただただ、流れた。
言語は段々、似たようなものになり、それでも、独自の文化はなぜか保護されながらあり続けた。
服は薄くても、冬でも暖かいものが開発され、コートはマニアの世界の人のものになりつつある。ピットリウムという、自分の体系に合わせた服が作られ、一年間で、体型に何の変化がなければ、ほとんどの人はそれを着用するようになっていた。
携帯は腕に巻くものになったがメール機能はあり続けた。パソコンもテレビもどんどん薄くなっていた。交通機関も徐々に自然にやさしくなるようにと変化していった。
多忙な中、ペットの貸し出しも商売として成り立ち、そして、優秀な人材も高額で取引される時代になっていた。しかし、当然、全員がそうであるわけではないので、そうでない者はどこの会社にも入れないという大いなる差が生まれていた。
食べ物も得られない者たちは自分達で作る道を選び、他の地を求めて動き、この地は完全なる人手不足になっていた。
そこで、ロボットが急激に開発され、人を手助けするタイプから、人にそっくりなものまで作り出された。
その結果、人口よりロボットの方が多い地方もあるくらいにまでなった。ロボットにも権利をと、国で長い時間をかけて議論されロボット用の法律も出来た。それにより、人とロボットとの結婚も認められ、一緒に焼かれることを望んだロボットも多くいた。それ以外にロボットの停止が出来ないという背景もあったのだが。
第一章
そんな中、大きな地方のほぼ中心にあるシェーマン地方で人間同士が結婚し、そこに三つ子が生まれた。あまりのめずらしさにニュースになったくらいだった。
三年後、ゼラルド地方に隕石が落ちた。シェーマン地方よりずっと、ずっと南にある地方に起きた出来事だった。
その男
その男は多くを望んだわけではなかった。ただ、緑の多い、このゼラルド地方一生を過ごせればいいと、それだけを願っていた。しかし、その男の願いは隕石によって砕け散った。男はこの生まれ故郷の地方から一番遠いルフェ地方へと移り住むことを決めた。
三つ子
長男のリードと次男のライズは子供の頃から賢かったのだが、なぜか、長女のミレだけは普通の成績だった。比較的、一般家庭なみに幸せだったが、幸せは長くは続かず、三人が五歳のときに両親が離婚となった。
長男リードは父親が、次男のライズは親がそれぞれ引き取り、そして、長女のミレは人間とロボットの間の両親のもとに養子にだされた。
養子制度はどの地方でも認められていた。養子の行き先は子供本人の意思を尊重するということで、意志判断が出来る十才までは施設で育てられることが一般的だった。しかし、親同士が知り合いだったりすると、それ以下の年齢でも養子になることが可能とされた。そこでミレは母親の知り合いのところへ養子に出された。
十五年後……。三人は当然のことながら、別々の苗字を持っていた。
長男、リードは父方の姓を名乗って、リード・カルザル。
次男のライズは母方の姓、ライズ・ルウェル。
長女のミレはロボットは姓を持たないため、里親の父方の名を名乗っていた。ミレ・ラファールという。
月日は流れ、三人は大学生になっていた。
親は別れていても、リードとライズはこの地で一つしかない、シャーマン地方の天才用学校に行っていた。学校は他にもあるのだが、ここまで大きい大学はここにしかない。それに、他の地方では学校があったとしても、農作業で多忙の為、最低知識しか教わらない状態にもあった。
リードとライズは、小学校、中学校、高校、大学とエスカレーターのように上っていった。常に二人は、そっくりではないが似たような顔で同じ身長で伸び、首位を争ってはいたけれども、なぜか仲がよかったのは性格があまりにも違っていたためだろう。
リードは真面目で勤勉という感じだったが、ライズはどこが勉強しているのだろうと思わせるようなのんびりした感じに育った。一方ファルト地方で育てられたミレは、余りにも全てにおいて平均的に育っていた。もちろん学校もパソコンでの通信教育だったが平均的な成績を収めていた。ロボットの母親はなにか、一つでもと教え始めてみたら、手先が器用なことだけは判明した。しかし、母親はそのうちに止まってしまったのだった。
その男
その男は、ただ大好きな生物の研究をしてきただけだった。ルフェの土地で過ごしている間に研究を手伝ってくれていた妻とも出会い、結婚し、娘も生まれ、幸せだった。
そんなある日、研究の途中に偶然に出来たものは、あまりに大きなものだった。それを処分しようとした矢先の出来事だった。研究者の一人が裏切った。軍への売買を目的とし、軍に渡そうとしたとき、その男と研究員は争った。軍のメンバーに妻はその場で殺され、娘が人質に取られた。
それは試験管に入っていたが、もみ合っている内に割れてしまい、広がっていった。その男は捕われ、娘も施設へと送られていった。
エーアイキラー出現
三人が高校を卒業した頃から、機械たちはゆっくりとおかしくなっていた。
試験管が割れたその日から、この病気はこの地に発病し始めたのだった。
それはロボットの機能を低下させるもので、ゆっくりと、しかし止まるまで確実にあり続けるというウィルスだった。その結果、エーアイキラーとまで言われるようになった。
エーアイキラーはまず、簡単な機能から壊していった。パソコン、電話、テレビ、家庭の電化製品から始まった。そのうちに通行機関、通信機関、移動関係にまで影響を及ぼしていった。国でさえ、氷山の一番高いところに着陸していた。エーアイキラーの影響は今のところはうけていなかったが、突然に国が墜落でもされては困る。海に落ちても、必ず津波が発生するということで緊急避難として、氷山に待機している状態だった。
リードたちがもうすぐ、大学の卒業という頃までには、誰にも治せず、ひたすら機械たちがどんどん低下していく中、人々は完全にパニックを起こしていた。食べ物の栽培も料理もロボットに頼んでいたために食べ物は減り、服や靴も減り、伴侶を失ったという人も現われ、町はすさみ、そして学校も機能しなくなっていた。
それでもリードたちのいる、シャーマン地方にある天才の集まる学校のラーファル学校だけは、政府ががんばってバックアップをしていたために、他の地方と比べてあまり被害はひどくはなかった。
ある日のこと、閉じ込められていたその男が脱獄をした。
校内で
ラーファル学校は、全部地方の中でも一番大きい学校だった。門があり、すぐに庭園がある。普段なら、エーアイキラーの影響のないときなら、ロボットによってきちんと整備された美しい庭なはずだった。ところが今では、木々は四方に伸びている。生徒が歩く道だけは、先生たちの手作業によって確保されていたが、とにかくせまくなった。
左に校庭、右に生徒の半分が入る寮、そして、正面に五階建ての学校がある。上から見ると、田の形をしている。マジックミラーの屋上も人気だ。屋上から下を見ることが出来る作りになっている。学校の後ろには少しの緑があり、その後ろにもう一つ、校舎があり、その後ろに先生方のいる寮があった。
この学校は、成績制度の学校で、高校までは一年に三度のテストでなんとか進級できる。ところが、大学だけは違っていた。一年で進級できる人数は、一年に一度行なわれる、テストの上位三十人だけなのだ。テストは本人がとった教科の中で行なわれる。しかし、百三十単位はとらないと卒業できないので、かなりの教科をえらぶことになる。
逆に言い換えれば、単位を百三十とって卒業しても、大学一年のまま、進級せずに卒業となる。大学は四年制だが、四年になる人物はずいぶん、年を重ねた人だったり、何度も入り直した人だったりと多種多様に飛んでいた。
リードと、ライズの二人はこの学校が始まって以来、同率一位で進級した二人だった。
この日は珍しかった。
昼休み、普段は外で草木を見ているライズは雨が降っているからと校舎内に戻った。傘を取りに行くためだ。
そして、同じく昼休みには普段は図書室にいるリードはかたっぱしから本を読んでいた。人が少なく、静かなところが気に入っている。ところが、ずっと読んでいた本の九巻が貸し出し中なのを見て、顔をしかめた。
まず、基本的にいまは本は大抵、電子になっていて、紙の本など少ないので、二冊あることはめったにない。
そして、生徒が好んで読むような本ではなかった。調べてみると、先生の一人が授業での参考に使うからと持っていったことが判明した。
「持っているのは……レン先生か」
放課後に、直接先生のところに行くことにして教室に戻るところだった。
まるで、横から見れば鏡に向かって歩いているようだった。
「リードー」
と、向こうからライズがにこやかに手を振っていた。
「やぁ。ひさしぶり」
と、リードも手を上げた。
同じ学校にいながら、なぜか一緒にいることの少ない二人だった。しかし、どんなによく似ているといっても、よく見れば違っていることがわかる。
リードは一言で言うならきちんとしている。しかし、ライズのほうは髪が少し長く、結んでいる。他にも、服のえりがまがっていたりとしていた。
一卵性ではないのに顔だけは似ていた。
「リードー、聞いたかー、数学のシェーマン先生、ブレイクダウンだってー」
ライズは、しゃべりかたもゆっくりだ。子供のときからのクセでいつまでたっても変わらないでいる。
「言葉を伸ばすな、ライズ。その話は聞いた。生物のマーシェル先生も機能停止になったそうだ」
「えー、オレ、あの人に聞きたい事あったのに……」
と、ライズはつまらなさそうな顔をした。
「ちぇー」
そこに、向こうから彼らの友人のセンリがやってきた。二人よりも背が高く、すらりとしているちょっと白めの、いかにもシェーマン地方の子を代表するような容姿だ。少し長い髪がうっとおしいのか、かき上げるのが癖になっている。
「お。二人が一緒だなんて珍しいな。なんかあったか?」
「雨、降りそうで。傘、忘れたー」
「読みたい本が貸し出し中だった」
「ああ、なるほど。二人が一緒なんてめったにないからな。そういや、聞いたか、数学と生物の先生が……」
「あー、今、話していたとこー」
「あと、工学と歴史の先生も動きがおかしいんだ」
と、センリは新しい情報も付け加えた。
「……あーそれは……まずいんでないの?」
「ここまで、エーアイキラーの影響がきたか」
と、リードはため息をついた。
「サザル地方では、高層ホテルが今年も赤字だって」
「あー、この学校の五階まで来るのだってー階段で大変なのにー……」
と、ライズはげんなりしたような顔をした。確かに、エレベーターが壊れてから校舎内の移動がひどく体力を使い、大変になった。移動教室の際、走ることも多くなった。
「ところで、さっき言っていた二人の先生は、大学院のテスト製作者じゃなかったか?」
「さすが、リード。その通り。他の人間の先生方、困っているみたいで会議しているよ」
「あー……センリー、よく知っているねー。どうりで、先生方がいないと思ったらー」
「センサー、くぐって、盗聴器でも仕掛けたのか?」
「あ、ばれた?あんなの、五分で作れるよ。気付かない先生方が悪い」
「へー。そーゆーもん?」
「いい訳だな」
あっさりリードが言った。こんなことは日常茶飯事のことのようだ。
「リードはきつい……」
「きつくて結構。それより、学校がこんな状態では来る意味がないな」
「あー確かにー。三分の二がロボットの先生だもんねー」
同時に二人を見つめていたセンリはしみじみと言った。
「……。本当にそっくりな顔が二つあると変な感じだよな。ちょっとした服装の差とか、髪型とか、しゃべり方のテンポとか、色の黒さでしか差がわからないよ」
「それだけ、差があれば十分ー。オレの方がー、外、でてるもんねー。リードは本好きーだし」
「三つだ」
と、リードは話を変えた。
「え?」
「オレらー、三つ子ー」
ライズはいつもと変わらない口調で言った。
センリは聞いたことが無かったのでつい聞きなおしていた。
「え、三つ子?え、双子じゃなかったのか?もう一人いるのか?知らないぞ。おまえらに似ているのか?」
「言ってないもーん。オレら、似てる?」
「お前らはそっくりだ。で、養子?誰が?どこに?」
センリは自分が知らなかったことがちょっとショックだったようだ。
「オレたちはー、リードは父さんに、オレは母さんに、ミレは養子―」
「ライズ、文章を短くしすぎだ」
と、リードはたしなめた。しかしこれは、もうずっと言い続いている台詞でちっとも直ることがなかった。
「……ミレっていうのが養子に出されたのか。……女の子?妹?姉?」
「一番下の妹」
しばらく考え込んだ後、ポツリとセンリが言った。
「――僕の妹と同じだ」
「養子ー?」
「そう。どこに行ったのかわからないんだ。君たちはどこにいるのか知っているのか?」
「んーファルト地方にー、人とロボットの間の養子に……」
「まて、ファルト地方にいるのか?」
急にリードが会話をさえぎった。
「知らなかったのー?」
「聞いてない」
憮然として腕を組んだ、リードが言った。
「あららー。んとねー、ラファンってお父さんとー、ロボットのお母さん、メルの間にいるのー。妹もいるよ」
「ロボットのところの養子ってまずいんじゃないか?」
と、センリが慌てたように言った。
「なにがー?」
「つまり、このウィルスで片親が止まっているかもしれない」
「止まっているよー。もう、半月ほど前から」
と、あっさり言った。当たり前とでもいいたそうな顔だ。
「……なんで知っているんだ?」
またリードが会話をさえぎった。
「きいたー」
「誰に?」
「ミレー」
「連絡を取っているのか?」
「うん」
と、ライズは素直にうなずいた。
「もしかして、……片方がとっていて、片方がとってないのか?」
と、センリはリードの顔が段々と怒っているような表情になっているのを見つつ、おそるおそる聞いた。
「少なくとも、私はとっていない」
ついに、リードは腕組をしたまま、そっぽ向いてしまった。
「オレの方―母さんだしー」
「意味がわからん」
「いや、だから、養子に出しても母親は自分の産んだ子供なんだから心配して、連絡を取っているってことだろう?」
と、センリはひたすらリードをなだめるかのように言った。
「さすが、センリー。でも、ちょっと違うー。養子先、母さんの知り合いなのー」
「長くするな、彼はセンリだ」
もはや八つ当たり状態だ。
「いや、僕の名前の長さはともかく、会いに行ってみたら?」
「ミレにか?」
と、リードは少し考えてから言った。心が動かされたらしい。
「そう、困っているかもしれないし。会えるなら会ったほうがいいよ」
「しかし十五年も会ってないのだぞ……いまさら……」
「オレ、あっているよー。けっこう、たくさん」
今度はライズが話をさえぎった。
「早い……。さすが、行動派」
センリは感心していた。
「いつだ?私も誘えよ!」
ついに、リードが怒鳴りつけた。
「リードー、ドラス語中だったからー」
と、ライズの口調は変わらない。
「……何語?」
「ドラス語だ。この地方のちょうど反対側にある地方の五百年前の言語を、今、習得中なんだ。と、いっても、今は先生が止まっていて、途中までだが」
「……なんのために?」
あきれた顔をして、つい、センリが聞く。
「時間と脳に余裕があったんでとっただけだ。どうせ理解できるからいいんだ」
平然とリードは言い切った。図書館の三分の二の本を読んでいてもまだ、脳に余裕があるというのだろうか……。
「言ってみたい台詞。で、なんで、ライズは会いに行ったんだ?」
「別にー、意味はないよー。よく会うしー」
「私なんか、一度も会ってないのに。……それで、ミレの近況は?」
リードは何かを言う気力が失せているようだった。
「んー、お母さんが、ロボットね、動かないってー、お父さんはウィルスの研究に連れて行かれたってー」
「ウィルスの研究?」
と、センリが聞いた。
「じゃ、ミレのお父さんは学者なのか?」
「なんでー?」
「今、本気でエーアイキラーを止めようと研究者が政府関係者によって集められているんだ。それで、ミレのお父さんも国に召集されたんだろう。ああ、そういえば、シーリーさんも見ないな。彼女もか?」
だいぶリードの怒りは静められたらしい。気は短いが、根に持たないところが長短同じだとずっと父親から言われていた。
「そうー」
「シーリーさんって?」
センリには聞いた覚えのない名前だった。
「科学5の先生だ」
「あ、それは、いないだろう……」
「そうか、じゃ、ミレは一人か」
「妹がいるよ。んでー、今日も会うー」
「なんで、お前ばっかり会っているんだ!妹?いつでも、会えるのか?」
「会えるよ。リードも暇だったらくればー」
「暇でなくとも、行くとも」
「僕も行っていい?もう一人、同じ顔見たいし」
と、センリも言い出した。
「いーよー」
「なんで、お前が許可するんだ!」
「リードー、かたいー」
「かたくて結構」
ぶすっとして言い切った。ライズがのんびりしている分だけ、リードの方が気が短いようだ。
ファルト地方へ
ファルト地方はシェーマン地方から北へトンネルを二つ越えた先にある町で、人とロボットのために作られた町だった。世の中にはロボットを人よりも下だと見る人もいた。そのため、彼らは自らそこへと異動して行ってできた町だ。
ここでは、主に農業が中心の生活で、ファルト地方から出る人も少なければ、地方の外へ行く人も少なかった。当然、バスの本数も多くはない。
バスはタイヤではなく、無人運転手の浮く、乗り物になっていた。他の乗り物や人がいると自動的に止まるのが特徴で、安全性と時間に正確なこと、そして本数が多いことから人気を集めていた。
「おかしいな……」
正確な時間を表している時計を見つめながらリードが言った。
「なにが?」
「時間なのに、バスが来ない」
一方、ライズは時計などしていない。
「どーしたんだろー?」
「ウィルスのせいか?」
と、誰に問いかけるわけでもなく、センリが言った。
「あー人や車を避けるセンサーが壊れたのかも」
「しかし、あれはロボットの停止だけじゃないのか?バスは人が運転すればいいだけだろう?」
センリが言う。
「機械全部かもー」
「じゃ、なにか、歩くのか?トンネル二つ分も?」
リードはため息をついた。
「リードー、体力ないもんねー」
と、ライズは笑った。
「え?いつも走るのは早いじゃないか」
「短距離はいいが、長時間、意味もなく歩くのが嫌いなんだ」
「へぇ……。ライズは平気なのか?」
「んー、オレは歩くの、好きー。道にある植物でホンモノ見たいしー」
にこにこしながらライズが言う。
「なるほどね。少ないけれど、確かに本物だ」
「でしょー」
「本当に来ないな……歩くのか……よし、私は走るから君たちは歩いて来い」
「お前の方が先に着くじゃん」
「へーきー。走っては休みー、走っては休みーの繰り返しだから」
と、ライズはよくわかっているようだった。
「なるほど」
「ではお先に」
と、いうなり、リードは走り出した。まるで百メートル走でもするかのようなフォームで走って行き、ある程度のところで休んでいた。
それをみた、センリはやれやれというふうに首を振った。
「変わった、兄貴だな」
「んー、でも、今に始まったことじゃなしー」
「なるほどね」
そして二人はのんびりと歩き出した。彼らが追いつくとリードは走り、追いつくつと走るというのを繰り返し、やっとファルト地方についた時には夕方になっていた。あたりをみても、ぽつぽつと数えられるくらいの人しかいなかった。
「こっちだよー」
と、ライズは先頭に立って歩きだした。
「なんか寂しい町だな。建物は近代的なのに、温かさがない感じ?」
「ああ、ほとんど人が見られない。夕方だからだろうか?」
と、辺りを見回しながら言った。
「んー半分以上がロボットでーしかも止まっているからー」
「ああ、そうか、それにしてもなぁ……」
ある山の方に近い家の、庭にいた一人の女性がこっちを見て驚いた声を出した。
「兄さん!」
「ミレー、久しぶりー」
と、ライズが走っていった。
「やだ、三日前に会ったでしょ」
と、彼女は笑顔を見せた。
「ひさしぶりだ」
と、リードも声をかけた。
彼女は驚いたように二人の顔を見比べていた。しかし、彼女も二人も同じ顔なのでつい、センリは吹き出しそうになった。二人よりも少し背の低い、髪型が短い女性だ。三人とも、黒髪だが、彼女の目だけは二人より薄い色をしていた。
「こっちがライズ兄さんだから、リード兄さん?」
「ああ」
「久しぶり……こちらは?」
数歩、下がっていて、ニヤニヤ笑っていたセンリを見つめた。
「センリー」
「伸ばすな。彼は私たちと同じ学校の友人のセンリだ」
「はじめまして、センリ・ラフォードです」
と、手を差し出した。
ミレもその手を握り言った。
「はじまして、ミレ・ルファールです。兄たちとは苗字が違いますので、ミレとだけと呼んでください」
「じゃ、僕もセンリと呼んでください」
「ええ」
ミレは三人の中で一番色が黒かった。この地方は農業中心の生活をしているからだろう。
「ミレ、バスがこなかったのだが……」
と、リードが言いだした。ミレが顔を曇らせて言った。
「ええ、こっちで止まってしまったの。だから、そっちへ行けなかったし、今日も来られないと思っていたのよ。リザを一人で置いていけないし」
「リザ?」
「妹よ。もちろん彼女も養女としてきたの。二つ下なんだけど……、病気にかかっているもんだから。預かってくれる人が今日はいなくって」
その時、家のほうから女の子の声が聞こえてきた。
「ミレー、姉さんー、どこぉー?」
「リザだわ、あ、兄さんたちもセンリも今日はこっちで泊まっていって。明日、チャルを貸すわ。馬でもいいけど、乗れないでしょう?」
そういうと、家のほうへ歩き出し、三人はミレについていった。
「チャルって……しかし……あれは、まだあるのか?」
と、リードは小声で言った。
「チャルってなんだ?」
センリが聞く。
「足でこぐ乗り物ー。機械じゃないよー」
「乗ったことがあるのか?」
と、リードは驚いたようにライズを見つめた。
「んー。ここにくるとよくねー。おもしろいよー、つかれるけど」
「足でこぐ?ボートならこぐってわかるんだけど……」
と、センリは考え込んだ。
「別物だ」
チャルは体力を使うという理由と、長距離移動できないし、自動的に人や物を避けることができないという理由でほとんどの場所で見られないものになっていた。タイヤもゴムではなくやわらかい金属になっていた。
妹
「ミレー、このあいだ、来たときよりー街が寂しいよー?」
遠慮なく、家に入りながらライズが言った。
「ええ、この三日間で三人は最低でも止まってしまってね。だんなさんや、奥さんたちが、落ち込んで静まり返っているのよ。農業をやる気にもなれないんでしょう。うちはまだ、リザがいるからね」
家に入るとぼんやりした髪の長い女の子が出てきた。寝ていたらしい。
「ミレ姉さん、誰?」
「リザ、こちら私の兄たちと、そのお友達よ。この間、話したでしょう?」
「……そうだったかしら?いつ?」
ぼんやりした目のまま、リザは言った。
「三日前。あ、兄さんたち、どうぞ、上がって」
あわてて、ミレは室内履きを出した。
「忘れたわー。父さんは?」
ほとんど三人を見つめることなく、リザはふらふらと歩き続けた。
「でかけているわよ」
「また仕事?最近いつ見たのかしら……」
ぶちぶちとリザは言いながら歩き続けていた。
「お父さんは、国からの要請で、でかけているの?」
「そうよ、詳しいのね、センリ」
「うちの学校で、聞いたんだ。学者が国に集まってるって」
「そうよ。生物学者なんだけど……」
リードがふと、気付いたように言った。
「ミレ、彼女……リザはレファンド病か?」
「ええ」
「よくわかったねぇー。聞かないとオレはわかんなかったのにー」
と、ライズは感心したように言った。
「レファンド病って、もしかして、あの物事を長時間覚えていられない病気か。しかも、それだけじゃなくて、逆に一生覚えているものもあるという、両極端なやつか……。発症率は低いため治療方法も見つかっていないという……」
「詳しいな、センリ」
「僕の妹もリザだ。レファンド病で養女に出された……。ミレ、リザはどこから来た?」
「シェーマン地方のアレド施設から……」
「センリー?」
センリは急に走り出した。そして、リザの前まで行き、両腕をつかむと言った。
「リザ、覚えてないか?兄のセンリだ」
ミレは驚いたようだった。
「お兄さん?リザ、お兄さんなんていたの?」
リザは長い髪をぼさぼさにしたまま、そこにたっていた。相変わらず、彼女はぼんやりしたまま顔色一つ変えずに言った。
「覚えてないわ。どうだったのかしら?痛いんだけど」
「あ、ごめん」
慌てて、センリは腕を放した。
彼女はフラフラと進んでいった。
「……覚えていないほうに分類されたみたいだな」
さらりとリードは言った。
「リードー、ひどいよー」
「ひどくて、結構。ミレのことは覚えているほうに分類されたのか?」
こんなところで、兄が出現するとは思っていなかったのだろう、呆然としたミレにリードが聞いた。
「ええ。私と、今の両親、それと、この町のおばさんを一人、でも、それ以外の人はあんまり覚えていないようなの。自分の本当の両親のことさえも。でも、まさか、お兄さんがいるなんて!」
センリは黙って、それを聞いていたがため息をついて言った。
「そうか。しかたないな。いいんだ、リザが覚えていなくても、僕は覚えている」
「センリー……」
「いいんだ。昔から、リザは物をよく忘れた。病気だとわかって、しばらく努力はしたんだけど、どうしようもなくてね。両親は手放した。そのことも忘れているなら、そのほうが幸せだ」
「センリー……」
「ここにくれば、会えるし。いいんだ、居場所がわかっただけでも。もう会えないと思っていたからな。施設では里親の場所も名前も教えてくれないだろう?リザという名前を聞いても同じ名前だな……くらいにしか思わなかったんだ。再会できるだけで十分だよ。自己紹介をしてこよう」
と、センリはリザの歩いていったほうへ早足で歩いていった。心情は複雑なのか、それでもうれしそうに歩いていった。
三人がリビングに行くとセンリがリザに挨拶をしていた。
「リザ、僕はセンリだ。ミレのお兄さんたちの同級生だ。よろしく」
「センリー?よろしく」
彼女はにっこりと笑った。人見知りをするタイプではなかったようだ。その点はセンリと似ているのかもしれない。
「ミレー、腹減ったー」
「あ、はいはい。ごめんなさい、すぐに作るから座っていて」
「お前には緊張感が無いのか!」
さすがに、リードが怒鳴った。
「リードー、怖いー」
「怖くて、結構」
家の中は思ったよりも大きく、かなり大きな机も置かれていた。
「これは……木?」
と、リードは驚いたように見つめた。
「あ、ええ。父さんが研究で使って余ったもので、母さんが作ったの」
「木の机……久しぶりに見た」
リードはしげしげと見つめ、恐る恐る触っていた。
「え、見たことあるの?僕は初めてだけど……」
と、センリも触っている。
「いや、木工の授業で見たことがあったよな、ライズ」
「あー、そーいやーそーだねぇー」
やっと、頭がはっきりしてきたのか、リザがしゃきしゃき、話し出した。
「座ってよ。ところで、木工?授業?なに、それ?」
センリは驚いたように言った。
「リザ……。ミレ、リザはもしかして、学校に行ってないのかい?」
と、台所に立っているミレのほうを向いた。
「行ってないわ。行っても覚えてないし。私も学校にはしばらく行ってないわ。先生方は止まっているし、パソコンも使えないし、でも行かなくてもやることはたくさんあるのよ。あまり私には必要の無い場所ね」
「そっか。」
「ミレ……なんだ、それは?」
そぉっと座った椅子から台所を覗き込んだ、リードが野菜の一つを指して、聞いた。
「これ?キョリよ」
「うそ……キョリって四角だろう?なんで、丸いんだ?」
と、センリも目を丸くした。
「キョリは丸いのよー、何言っているの?」
「リザ……」
「リザ、シェーマン地方から来ている人たちは見たことが無いはずよ。私たちは自分たちで作っているから丸いけれど、シェーマンでは工場作成でしょ?だから切りやすいように四角いのよ」
「こっちがホンモノー」
と、ライズは嬉しそうに言う。二人の反応がおもしろかったのだろう。ライズはもう、見慣れているのか野菜の事は聞かなかった。これが知らないものだったら、絶対に全部聞いていたに違いない。
「ミレ、そっちのはやけにでかいが、アボラか?」
と、リードは野菜たちに興味を持ったようだった。
「そうよ、種が入っているからその分、大きいの」
「種、あったんだ……」
センリも見つめながら、感心していた。
「姉さん、この人たち、変よー?種があるのが普通よー?」
「リザ、シェーマン地方のものには種のあるもののほうが少ないのよ」
「なんで?」
「品種改良の結果だ」
と、リードが説明した。
「品種改良って何?」
「あーいいにおいー」
「リザ、先に皿を出して。五枚よ」
「わかった」
ガザラノ魚、アボラのサラダ、キョリの煮物、米、トーンのスープ。
食べ物を前にして、性格が出ていた。リードは一つ一つ、何が入っているのかを聞いていた。ライズはひたすら食べ、センリは恐る恐る口に入れていた。
「あ、うまい」
「あたりまでしょ」
と、リザと同じような会話を繰り返していた。
そして、なぜか木の椅子にきちんと腰をかけるのが不安なのか、ライズ以外は二人とも前かがみな状態だった。
「うまかったー」
「そぉ?よかったわ」
ほっとしたようにミレが言った。
「確かにうまかった。味がずいぶんと違うものだな」
「元のせいじゃないか?」
「そうかもな」
「いつもと同じに姉さんの料理は美味しいよ。私はけがしちゃう」
「けが?なんで、けがなんか……」
と、センリは意外な顔をした。
「作るからー」
「え、作る?」
センリはミレのほうを見た。確かに、台所には調理器具が置かれている。
普通の家庭ではもう、最近では少ない商品になっている。ロボットか、冷蔵庫が調理してくれるのが普通だ。入れた食べ物の賞味期限の時間切れから順番に調理していく。古いものは肥料に変えていく、そんな機能がある冷蔵庫が主流だ。
「ええ。調理機は壊れているし、もともと、ロボットは基本的に、ここでは外の労働用でね。父が調理機の料理はつまらない味だといってね。母が作っていたの。私もそれを手伝っていたから……」
「君のお父さんの言う、つまらない料理を毎日食べているのだが、私は料理など栄養がきちんとしていればいいと思うがな」
「えーおいしーほうがいいー」
と、ライズが抗議した。比較的、味にはうるさいほうだ。
「栄養って何?」
きょとんとした顔をしてリザが聞いた。
「私はお風呂を沸かしてくるわね」
センリは驚いたように言った。
「お風呂があるの?本当に?」
「あるわよー。なんでー?」
リザが聞く。興奮したようにセンリが言い出した。
「リード、見たことあるか?風呂だと」
「金属5の授業では見たことがあるが……入ったことは無いな」
「お風呂、入らないのー?えー?」
「いや、リザ、僕たちは抗菌の光を毎朝浴びて除菌しているんだ。別に汚いわけじゃないよ」
と、慌ててセンリが言った。
「抗菌?除菌?なにそれ?」
「えーとー……」
「オレ、お風呂に入ったことあるー」
と、ライズが話を変えた。
「風呂に?どこで?」
「ここでー」
「まて、お前はいつからミレと連絡を取っているんだ?」
と、リードが会話をさえぎった。
「ずっとー」
「ずっととはどのくらいの期間を差すんだ?」
イライラしたようにリードが根気よく聞いた。
「んー、十三年くらいー?」
「なんで、言わないんだ!」
「だってー、聞かなかったからー」
「あははは」
リザが笑い出した。
「二人、面白い。ミレと同じ顔して言うことが全然違う」
その笑顔にセンリも微笑んだ。
「僕もそう思うよ」
楽しそうな会話が聞こえてくる頃、ミレは三人の服を用意していた。父、ラファンのものだが、三人でも着られるだろう。
部屋に戻っても、四人はまだまだ楽しそうに会話をしていた。
「はい、入れるわよー。誰から入る?」
「リードー、先、どうぞー」
「いや、私は……」
「風呂は入らないと汚いよー?」
リザが言う。
「いや、その……入り方がわからないんだ」
「僕も知らないんだけど……」
と、センリも言った。ライズは一人でニヤニヤしている。
「じゃあ、ライズ兄さんと三人ではいるといいわ。広いから三人くらい、入れるわよ」
「お風呂に入り方ってあるの?」
「リザ、水を浴びるという習慣はどこにでもあることじゃないのよ。シェーマン地方では光よね?」
「ああ」
「ポニュ地方では科学的に作りだされた霧だし、ルフェ地方では液体だし……地方によって違うのよ」
「ふーん……」
「さぁ、三人は入ってきて。服は赤い籠に入れてね。新しい服があるから、それに着替えてね」
「いこー」
「ああ」
「うん」
三人はぞろぞろと風呂に向かって歩いていった。その間に、ミレは夕食の片付けをし、リザはそれを手伝っていた。
「楽しいね」
「ん?」
「お兄さん達」
「……よかったわね」
「うん」
センリはリザのお兄さんに当たるのだが、いまいち、リザには理解し切れていないようだ。ある日、急に見知らぬ人に兄だと名乗られても戸惑うのが当然だろう。
三人が出てきたのか、風呂場のほうから声が聞こえてきた。
「気持ちよかったー」
と、ライズが満足そうだ。
「やることが多くて、疲れた」
髪をタオルで拭きながらリードがぶちぶちと言っていた。
「新鮮だった」
「バラバラな意見ね。服もサイズが合ってよかったわ。リザも入っておいで」
「うん」
「お風呂には一人では入れるの?僕らと住んでいたときはわからなくて母さんが一緒に入っていたけど」
センリが聞く。
「ええ。生活的にはそんなに困らないの。でも、風呂に入る前に出てきた後の着る服は用意するのを忘れるのよね。それはだから、私が持っていくの」
「そっか……」
「ミレ、さっき、サイズって言ったな?」
と、リードが急に言い出した。
「ええ」
「じゃ、これはピットリウムではないのか?」
と、服をつまんだ。センリも自分の着ているものを見下ろした。
「そう、ただの布。ピットリウムはサイズが、その人のピッタリになるけれど、種類が無くてつまらないって父さんが」
「あれこれ、言う人なんだね」
ライズが座ったソファの横に二人も座った。椅子よりもこっちの方が安心して座っていられるようだ。ミレはお茶を入れていたが、やっぱりライズ以外の二人は恐る恐る飲んでいた。
「変わった人なのよ。この町でもちょっと浮いている人ね。私はもう慣れたけれど、何度も来ているライズ兄さんでさえ、来るたびに一つは驚いて帰るものね」
「んー、ないものが、ここにはあるからー。たのしー」
リードはちょっとすねたように、しかもそれを顔に出さないように言った。
「ミレ、どうして、ライズとは連絡を取っていたのに、私とは取ってくれなかったんだ?」
「あら、だって、兄さんたち、同じ学校だから知っているんだと思っていたのよ。知らなかったの?私はライズ兄さんからリード兄さんの話はよく聞いていたけれど……」
「実物はどぉ?」
センリが聞く。
ミレは笑っていった。
「本当に、ライズ兄さんの言った通りすぎる人だわ」
リードはそっとライズをにらんだ。ライズは気がつかないふりをしていた。
「ミレー。姉さんー」
リザの声が聞こえた。
「あ、服、ちょっと失礼。今、行くー」
パタパタとミレは走っていった。その間に小声でリードが話しかけた。
「ライズ、お前、どういった話をミレにしていたんだ?」
「んーいろいろ」
「いろいろではわからん」
「んーいっぱい」
「まぁ、いいじゃないか、十五年も会ってなかったようには見えなかったよ」
「そーそー」
「そういう問題じゃない」
「みんなー寝よー」
ふらりとでてきたリザが言った。
「あー、じゃ、オレ、手伝うー」
と、ライズが立ち上がった。
「手伝う?何を?」
「シーツ、ひくのよーポワポワに」
「カプセルじゃないのか?」
「それが……カプセルはやっぱり父さんが嫌がってね。それに今ではあっても使えないし。じゃ、リザとライズ兄さんで、寝るところ作っておいて。私が今度は風呂に入ってくる」
と、ミレは申し訳なさそうに言って、風呂のほうへと歩いていった。
「わかったー」
「了解ー」
「シーツはーと……」
ライズはどこに入っているのかわかっているようでガサゴソと布を引っ張り出し始めた。
「ライズ、シーツのひき方なんて知っているのか?」
「んー、ならったー」
「ここでか?」
「うん」
カプセルは最初は介護の必要な人間の老人用に作られたものだった。人を引っくり返す労力は人が少ない地方ではあまりに大変なのでカプセルが引っくり返してくれる役目を果たしていた。それが段々と形を変えて自分で寝返りが打てるぶん、小さくなり一般家庭用として売り出され、あっというまに広がったのだった。体調の管理システムもあり人気があった。ただ難点をあげるとするなら場所をとるということだった。
「リード」
「うん?」
「ポワポワってなんだろうか……」
センリが真面目な顔で聞いた。二人は何をしていいのかわからず、邪魔にならないように部屋の隅に立っていた。
「綿や綿を入れた袋みたいなものだ。上から似たようなものをかけて、間に入って寝るんだ」
「なんで、知っているんだ?」
「見たことがある。ジェイエリアの文化だ。歴史でやった」
「歴史?4までやったが出て来なかったぞ?」
「歴史の8だ」
「8……ずいぶん先だな……」
教科は10まである。数が上がるほど、当然内容も高度なものになっている。
「ちょっと!二人とも手伝ってよ!」
と、リザが言った。
「手伝うといっても……」
何をどうしていいのか。あーでもない、こーでもないと、シーツをひくだけなのにもかかわらず、かなり時間がかかった。
「できたー」
「完成ねー二人とも寝てー」
「寝てーと言われても……うわ、弾力がある。微妙だ」
と、リードはまず手で触って言った。
「本当だ」
「でねー、これをかけるのー」
リザが上から、掛けぶとんをかけた。
「かける?上に?結構、重いな」
と、センリは驚いたようだった。
「えー軽いほうだよ。だって、まだあったかい時期じゃん」
「時期?なんの関係が?」
「寒くなると、量が増えたり、質が変わったり、厚みが増すんだ。自分で調節するんだ」
と、リードが知識で説明していた。
「そーなのー」
「へぇ……なんか……落ち着かないな。手とか、出していいのか?」
「いーよー」
「へんなの。自分で決めていいのに……」
風呂から出てきたミレはポワポワが五つ並んでいるのを見ていった。
「リザ、なんで、あなたや、私の分まであるのよ?」
「んーここで寝る」
「リザ、父さんや母さんと寝るわけじゃないのよ、自分の部屋で寝なさい」
「えーいやー。みんなといるー」
だだっこのようにリザが言った。
「リザ」
ミレが少しきつい声で言った。
「いいよ、ミレ。リザがここにいたいなら、それでも」
「でも……」
センリの言葉にミレはためらった。
「平気よー」
リザは笑った。
「あなたの心配はしてないわ。みんな、気をつけて寝てね」
「どういう意味だ?」
「リザは寝相がひどく悪いの。そして、次の日には覚えてないわね。父さんなんか、それで肋骨折ったことがあるんだから。けられたりしないようにしてね」
センリはぎょっとしたように言った。
「そうなんだ……気をつけるよ」
「がんばるー」
「がんばって避けられるものではあるまい」
全員、ポワポワにもぐった。
「じゃ、おやすみー。私、隣の部屋にいるから、何かあったら呼んで。じゃおやすみー」
ミレは部屋の中で光っていた石たちをはずした。サザル地方の政府公認科学研究所で作られた、水に一晩つけておくことで、翌日ずっと光り出していられる合成物質だ。水の中につけると、明かりが消えた。そして夜はふけていった……。
続く