ep.1 午後の宵待
変な人を見る目が全身に突き刺さる。
(当然、か…)
時刻は午後三時になる頃。平日のこの時間に鞄も持たず、制服姿の学生がふらふらと歩いていれば不審に思われるのは当然だろう。視線と一緒に刺さる日差しが痛い。学校にいてもじんわりとにじんでいた汗は首筋を伝い続け、制服のシャツの背中をじっとりと濡らしている。
(日傘くらい、持ってきておくんだった)
せめて直射日光の当たらないところへ。少しでも日陰の多いところへ。ふらふらと住宅街をさまよう。一瞬だけ、冷房の空気が流れてきているのかと思うほどにひんやりと冷えた心地の良い空気が頬を撫でた。けれど、そこにあったのは開けっぱなしにされた窓でも、打ち水のされた玄関でもなかった。ずっと上まで続く、両側に木々の生い茂った急な階段。
(こんな場所、あったっけ?)
視線をさまよわせて草むらの中に半分ほど埋もれた石標を見つけた。
(宵待神社…。“よいまち”で良いのかな、読み方)
もう、涼しければ何でも良かった。見た目ほどは段数の多くなかった階段を上りきると、視界が開ける。少し見渡せば全て見終えてしまうほどの小さな境内。あるのはポチャポチャと申し訳程度に龍の口からしずくが落ちてくるだけの、ほぼ干上がった手水舎と、瓦の隙間から雑草が伸び放題の、本殿と呼んで良いのかすら怪しい建物。『社務所』と書いてあるのがかろうじて読める木札のかかった物置のような小さな建物だけだった。
「つかれた…」
本当なら怒られるのだろうが、別に良いだろうと思いながら本殿の賽銭箱の横に腰を下ろす。授業をさぼるためだけにこれほど労力をさいているのが馬鹿馬鹿しいとは思うが、この労力をさいてでも出たくなかったのだ。美術の授業にだけは。
(もう授業おわるな…)
高校の入学祝いに両親から買ってもらった腕時計をみて、その腕をパタリと傍らに落とす。上を向いてため息を一つこぼすと体が疲れを認識したのか、全身がずっしりと重たくなる。
「お前のような幼子は、この時間ならばまだ『学校』にいる時間なのではないか?」
背後から柔らかな低音で声をかけられ、はじかれたように後ろを振り返る。そこにいたのは着流し姿の、二十代中頃の男だった。
「誰…」
ついさっきまでそこには、いや、ここに人は誰もいなかったはずだ。まさか、社務所の中にでもいたのだろうか。とも思ったものの、即座に否定する。一度中を覗いているのだ。誰かいたなら気がつかないはずがなかった。
「そう警戒しなくてもいい、人の子。お前に害をなすものではないからな」
「害をなすって…」
「私はこの神社の住人だ。人の子らが言うところの『神』という存在だ」
「神様…って見えるものなんだ…」
きっと、本当ならイタい人だとか、ヤバい人だと思う所なんだろう。けれどそう感じなかったのは、疲れすぎているからなのか、はたまた目の前の『神様』のもつ雰囲気のせいなんだろうか。なんとなく嘘のようには感じられなくて、そんなどうしようもない感想が口をついて出た。
「今一度問おう。『学校』とやらに戻らなくて良いのか、人の子よ」
私の言葉には何も応えず、目の前の『神様』は微笑んだ。責めるような気配をつゆほども感じさせず、ただ好奇心だけを何も映していないような、けれど全てを見透かしていそうな瞳に浮かべて。




