プロローグ
田舎町の住宅街の奥。細く伸びた、急な階段を中年と呼ぶにはまだ若い女性がひとり上っていく。一段、また一段。そのたびに踵の高いヒールがカツン、カツンと音を立てる。高台にひっそりと佇む、地元の住民でも知らない人がほとんどであろう、すっかり寂れた神社がそこにはあの日と変わらず町を見下ろしていた。
「ひさしぶり」
女性が誰もいない本殿に、ではなく、そこへ続く階段に向かって声をかける。見えているのかいないのか。けれど少し明るい茶色の瞳はかつてそこにいた誰かを確かにとらえていた。
「もう、十年か・・・早いな」
その声に返事はない。
「またこの街に帰ってきたんだ。これからはここで仕事をしようと思って。だからさ」
そこで言葉を切り、女性はさっきまで見つめていた階段に勝手知ったる、というふうに自らも腰を掛けた。本来ならば即刻咎められる行為だろう。けれど、ここには神主もいなければ警備員もいない。自宅のソファにそうするように腰を下ろして、鞄から取り出したのはB5サイズのスケッチブックだ。
「そろそろ、あなたのこともちゃんと見たいよ。藍」
このスケッチブックで何冊目だろうか。学校の授業をさぼって彼と出会ったあの日。彼はここからの景色が好きなのだといった。その一瞬、いつもは白と黒しかない私の見る景色の中で、彼のあの柔らかな微笑みだけが色を纏ったように見えた。
もしかしたら、見えるかもしれない。彼が見ているものと同じ景色が。
見えないといった私に、「いつか見えるようになった日には、きっと、ここを好きになる」と断言してみせた、その色が。
「この色は藍が好きだといっていた色と同じになっている?」
こぼした問いに答えはない。もう、十分に待った。私の願いが叶ったあの日から、十年も。だから




