タイムマシン
大富豪の山崎隆則はこの世の春を謳歌していた。自らの会社が事業で大成功を収めて今はその富で悠々自適の日々を送っている。
しかしそんな彼にも過去に3つだけ後悔していることがあり、それだけが心残りであった。人生のありとあらゆることを自分の思い通りにしてきた彼だからこそ、それらの後悔は恥ずべきことであり、できることなら過去に戻ってでも消し去りたいと思っていた。
ある日彼はタイムマシンに関する論文を読んだ。人間の脳にアクセスすることで過去にタイムスリップできるのではないかというのである。彼はその論文を書いた科学者を呼び寄せることにした。
「鈴木亮生と申します」
と言って現れたのは若くて冴えない顔つきの男だった。
「君の論文を読んだ。過去に戻れるというのは本当かね?」
「理論上は可能です。ですがまだ実現化には至っておりません」
「どれくらいあれば実現する?金ならいくらでも出す。タイムマシンを作ってくれないか?」
「分かりました。では5年は頂きたいと思います。またあくまでこれは人類史上初の試みです。上手くいくかというのは断言しかねるところがあります」
「構わん。やってみてくれ。私には過去に戻って修正しなければならないことがある。私の人生は常に完璧でないといけないのだ。そのためには何としてでもタイムマシンが必要だ」
「ではとりかかります」
鈴木は5年の歳月を全てタイムマシンの完成のために費やした。山崎もまたそれを飽きることなく待ち続けた。もはや彼の人生においてやり残したことなどなく、あるとすれば過去に失われたものを取り戻しにいくことだけなのである。
そしてタイムマシンは完成した。山崎の脳にタイムマシンをアクセスさせることでタイムスリップは可能になる。あとは何年前のどこに行きたいかを打ち込めばいい。
まず山崎は20年ほど前に戻って過去の自分に会いに行った。彼の1つ目の後悔は、妻を亡くした直後に別の女性と再婚しようとしたが上手くいかなかったことだ。それもあって現在の彼は独身である。彼は過去の自分に向かってこのままではこの恋が上手くいかないという事実を告げ、それから過去の自分にアドバイスを与え続けて見事にその女性との再婚までこぎつけた。
次に彼は16年前に戻ってきた。この頃彼の会社はライバル会社によって倒産寸前にまで追い込まれたことがあり、なんとか窮地を脱したがそのライバル会社は今でも存続している。ライバル会社の動きを知っている現在の自分が助言すれば逆に相手を倒産に追い込むことができる。彼はこの時の自分にも助言を与え続けてやがてそのライバル会社を倒産に追い込んだ。
最後に彼は9年前に戻った。この時株の大暴落があって彼の資産にも大損害が出た。株価が下落するタイミングを知っている彼はまたもや過去の自分に助言して、ベストのタイミングで株価を売り払わせた。これで現在の彼の資産は大幅に増加したことになる。こうして彼は大満足で過去から帰ってきた。
タイムマシンを完成させた鈴木は山崎から得た資産で悠々自適に暮らしていた。彼は特に野心のようなものはなく、ただ自分の科学者としての知識を役立ててほしいと言われれば使うというだけの単純な理屈だけで生きている。だからあのタイムマシンを世に広めてさらに富や名声を得ようなどとは考えていなかった。
そんな彼のもとへ血相を変えた山崎が乗り込んできた。
「どういうことだ?過去から戻っても何も変わってはいないじゃないか。再婚相手もいなければライバル会社も存続している。資産だって増えてはいない。これでは詐欺ではないか?」
「詐欺だなんて人聞きの悪いことを言わないでください。私のタイムマシンはあくまで人の主観の中での事実を変えることができるというだけのものです。客観的に見たこの世界が変わるなんてそんなのは夢物語ですよ」
「ふざけるな。払った金は全て返してもらうからな」
「私はあの時言ったはずです。上手くいくかは断言しかねると。それでも構わないからあなたは作れとおっしゃったじゃありませんか」
「馬鹿な。5年待ったんだぞ。私の完璧な人生のために」
山崎は膝から崩れ落ちた。だがもはやどうしようもなく落胆したまま帰っていった。
「人生上手くいくか云々なんて科学でどうこうできる問題じゃないさ」
鈴木は1人でそう呟いてそのまま眠り込んだ。